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同輩

「「「乾杯!」」」


 その音頭は同じでも、唱和が行われた場所と時間、そして人が違う。グレッグやビーンといった家庭持ち達との打ち上げの翌日、今度はジン達が親しくしている冒険者達との打ち上げが小さな店を貸し切って行われていた。今回は他に子供もいないため、トウカとシリウスは参加していない。


 宴は始まってからしばらく経っており、この乾杯の音頭も既に五回目を数えようとしていた。


「わはは。ジン、やっぱこれ美味いな!」


 ジンが持ち込んだ料理の一つ、ホロホロになるまでじっくり煮込んだ豚の角煮が気に入ったこともあってか、ほどよく酔いがまわったエイブはかなりご機嫌だ。


 店を貸し切っているからこそできることだが、今回店が提供する料理以外に、ジンは自らが作った料理をいくつも持ち込んでいる。もちろん店側にも許可は取った上のことではあるものの、本来ならあまり推奨される行為ではない。だが、これは本来予定していた自宅へ招くことができない分、せめて振る舞うつもりだった手料理を味わってもらいたいというジンの我が儘だった。


「ほんと美味しいわね。アリア達はこれがいつも食べられるんでしょう? 羨ましいわ」


「ですよね。私も料理は得意なつもりでしたが、これはお店を開けるレベルですよ」


 エイブと同じ『風を求める者』のミラに、『セーラムの棘』の神官ジョディが同調して頷く。

 他にもこの場には魔力熱を巡る旅で出会ったザック達『巨人の両腕』や、Aランク冒険者オズワルドの弟子ジェイドが率いる『挑戦者』、同期であるアルバート達『勝利への道』がおり、ジン達『フィーレンダンク』も合わせると総勢六組、計二十四名もの冒険者達がこの場に集っている。

 さすがにこの大人数が一同に集うには自宅のLDKでは狭すぎるが、とはいえ気兼ねなく内緒話もしたい。そのため、今回は店を貸しきることで自宅と同じプライベート空間を確保していた。


「あはは。褒めてくれるのは嬉しいけど、俺のは珍しい調味料を使っているだけだよ。ほら、お店が作ってくれたこのガーリック炒めなんかも美味しいよ?」


 料理を作ったジンとしては褒められて嬉しいのだが、その賞賛も醤油や味噌といったまだこの世界ではあまりメジャーじゃない調味料の物珍しさのおかげだという思いもある。それは『料理』スキルを持つ者としては謙遜が過ぎるというところもあるが、それでもジンの本心であった。


「ああ、この店も確かに美味いよな。……これから贔屓にするか」


 ジンとの約束で酒を呑みすぎないようにしているザックにとって、今では酒よりも料理が美味しいことの方が店選びの基準になっている。リエンツに来て数カ月が経ち、それなりに贔屓の店もできた彼らだったが、どうやらこの店もその一つに加わったようだ。


「はは。店の人も喜ぶと思うよ。後で伝えとくね」


 ジン達がこの店を利用するのは初めてではない。これまでに何度か利用したこともあり、この店も『風の憩い亭』を始めとした外食をする際の選択肢の一つだ。

 その店の主人や従業員達は、打ち上げが始まる当初こそ料理や酒を準備するた店内にいたが、それが終わった今では全員が店を出ており、通常の閉店時間あたりまでは戻ってこないようになっている。

 これも仲間内で気兼ねなく内緒話をするためだが、普通ならあり得ないことだろう。ただこの店の主人も元冒険者で先日の防衛戦に参加していたこともあり、そこで活躍したジンへの感謝と信用のおかげで実現していた。

 

「――よし、それじゃあそろそろ話そうか」


 こうしてほどよく場も盛り上がったところで、ジンは自分達がおかれている現在の状況と、今後の予定について話し始める。

 防衛戦で見せた聖獣との関わりや『古代魔法』などのいくつもの超常の力は、この場にいる全員が実際に目にしていたことだ。それ故にこれから身辺調査や勧誘合戦が始まる可能性を危惧しているというジンの話は、全員が納得出来るものだった。


「それと、皆も地震の時に活躍した狼型の聖獣の話は噂に聞いているかもしれないけど、その子はうちの子……というか、防衛戦の時に協力してくれた聖獣から預かっている子なんだよ。そして、それに跨がっていたのもうちの子――トウカなんだ」


 地震が起こった時、ここにいるメンバーは全員『準暴走』を迎撃するためにリエンツの外にいた。なので地震の際に生き埋めになった人々を救助してまわった聖獣とそれに乗った少女・・のことは、基本的には噂だけでしか知らないはずだ。

 だがこのジンの告白も、ほとんどの人にとっては驚きよりも納得で迎えられた。


「あー。俺、遠くからだけど、見たよ。真っ白な狼に乗ってたのは、やっぱトウカちゃんだったんだな」


 決戦当日の早朝、ジンに会うために走る聖獣――シリウスと、それに跨がる少女――トウカの姿を目撃した者は何人もいた。その時、警戒のために歩哨の任についていたエイブもその一人だ。


「俺は直接会ったっていうやつから話は聞いていた。そいつらは名前は知らなかったみたいだが、銀髪赤目の十才くらいの女の子って話だったから、もしかしてと思っていたんだ」


 ジェイドが話を聞いた相手とは、トウカが一人きりで救助活動をしていた時に駆けつけた冒険者達にことだ。彼らはトウカの姿はもちろん、小型犬サイズだったシリウスが彼女を背中に乗せられるほど大きくなった瞬間も目にしている。ただ、彼らがジェイドに語ったのはトウカの見た目だけで、シリウスの変化については聖獣に対する畏れからか口を閉ざしていた。


「狼の聖獣と銀髪赤目の少女の話は有名だからな」


 『セーラムの棘』のリーダー、コーリンも重々しく頷く。

 シリウスについては情報が錯綜しているおかげでハッキリしているのは狼型というところだけだが、トウカの見た目については銀髪赤目ということで一環している。

 ジンが演説で自分はともかく、身内についてはそっとして欲しいとお願いしたことで大きな騒ぎにはなっていないが、十才頃の少女ということであれば、現在のリエンツで該当するのはトウカ一人しかいなかった。


「そうなんだよ。俺達だけならまだしも、トウカまで騒ぎに巻き込まれるのは避けたいんだ」


 ジンの顔が苦々しいものに変わる。

 今のところは街の人々の協力のおかげでトウカの身の回りで問題は起こっていないが、暴走撃退から既に一週間以上が経った現在となっては、それも時間の問題だろう。


「だから、俺達は問題が起こる前にしばらくリエンツを出ることにした。ほとぼりが冷めるまでな」


 そのジンの宣言を耳にした者達に動揺が走るが、すぐにそれは納得へと変わる。確かにこのままリエンツにいれば、彼らが何らかの騒動に巻き込まれることは間違いないだろう。


「……それしかないとは思うが、いつ頃戻ってくるつもりだ? ほとぼりが冷めるまで……というか、ほとぼりが冷めることがあるのか?」


 『巨人の両腕』のリーダー、ヒギンズが疑問を呈する。一応この場にいるメンバーの中では最年長の彼は、そう簡単に事が収まるとは思えなかったようだ。


「確かにヒギンズの言う通りだ。単に時間を置くだけでは厳しいと俺も思うよ」


 ジンもその辺りは織り込み済みだ。

 今回の旅の目的の一つは、有り体に言って時間稼ぎだ。ほとぼりを冷ますだけでなく、その時間を有効活用する必要がある。


「ありがたいことに、グレッグさんやクラークさん、他にも色々な人が協力してくれることになっている。冒険者ギルドとして情報を統制したり、王都の知り合いに連絡をとってくれたりね。そして最終的には、何らかの庇護をもらうしかないと考えているんだ」


 現在ジンは冒険者ギルドの庇護下にあるが、冒険者は依頼で雇うこともできるし、街の兵士など、別の所属に転職することも珍しくない。ある意味自由であることが冒険者の良さでもあるため、勧誘について抑止力になるのは難しい。なので別に確たる庇護、もしくは立場が必要になる。


「やはり神殿でしょうか?」


「今のところ、それが一番現実的だと思っているよ」 


 スピカの問いにジンが頷く。クラークからも、神殿ならば何とかなるかもしれないと言われていた。

 ただ、庇護には何らかの代償が必要となることも充分考えられるため、そのあたりは慎重に進めることになっている。


「リエンツを離れている間に有象無象のちょっかいを防ぎ、しっかりした後ろ盾を得てからリエンツに戻ってくるってわけか。……確かにグレッグさんやクラークさんなら悪いようにはしないはずだし、それしかないのかもしれねえな」


 エイブはそう言いながら最後に天を仰ぐ。せっかく暴走撃退に力を尽くしてくれたというのに、そのジンが家族を守る為にもリエンツを離れなければならない。その事実がどうもやりきれなかった。


「暴走も撃退できたし、ジンも元気になった。これからってところなのに……」


 クリスも悔しそうに顔を歪める。彼らがリエンツにやって来たのは『迷宮』があるからだが、ジンと再会したいというのもクリスの目的の一つだったのだ。

 ジン達に負担をかけてしまう現状への不満は、多かれ少なかれこの場にいる全員に共通した気持ちのようだ。


「俺もこの段階で街を離れるのは残念だけど、元々迷宮の件が片付いたら同じようにしばらく街を離れるつもりだったし、それがちょっと早まっただけだよ」


 若干重苦しい雰囲気になったのを気遣い、ジンは殊更明るい口調で微笑む。現状に不満がないわけではないが、少しだけ街を出る時期が早まり、そしてやることも増えただけの話だ。


「そうなのか? でも街を離れる必要なんてないだろう。もしかして未開拓地にでも行くつもりだったのか?」


 Bランクとなったジン達にとって、『迷宮』の存在がなければリエンツは決して効率の良い狩り場ではない。上を目指すのであれば、未開拓地に拠点を移すことも充分にあり得ることだ。


「いや、今度結婚するって話をしただろ? その前にちゃんとご両親のところに挨拶をしにいこうと思ってね」


「「「「…………」」」」


 予想外のジンの返答を受け、場を沈黙が支配する。わざわざ結婚の挨拶に行くということもそうだが、さっきまでの深刻な話題からの落差に気が抜けてしまったようだ。


「アリアはもう終わったから、まずエルザの両親がいるシャルダ村に行って、その後レイチェルの両親がいる王都に行く予定だよ。今回の件でちょっと王都でやることが増えたけど、それでもまあリエンツを離れる期間としては二、三カ月ってとこじゃないかな」


 未だにジンは結婚することに幸せを感じており、自然と笑顔で話している。だが、それを聞かされてた面々にとっては、結婚することは決戦前の演説で聞いていても、それがアリア、エルザ、レイチェルの三人だということは今回が初耳だった。


「三人……?」


「やりやがったよ、こいつ……」


「……なんて羨ましい」


 ジン達との付き合いがまだ浅いグループを代表してオレガノが、そしてその関係性を疑っていても否定したかったグループ代表のエイブが呆然とつぶやく。最後に残ったのは極めて欲望に素直なガストンらだった。


 もちろん、上がる声はそれだけではない。


「お前なら周囲も認めるだろうが、三人共か……。さすがだな」


「くはははは。こりゃあ、めでてえじゃないか!」


 自身もミラとスピカという二人の恋人を持つゲインが、そしてアリア達を単なるジンの仲間としか見ていないジェイドが、共にジンへ祝福を贈る。


「はー。ジンさんは全員受け入れちゃうんだ~。良かったね、皆」


「ちょっと、もっと早く言いなさいよ。そこまで進展しているなんて、聞いてないわよ」


「うわ、先を越されちゃったか。儚いリードだったわね」


 王都でクリスと共にジン達に稽古を付けてもらっていたコロナが、トロンの街でアリア達と共に恋バナで盛り上がっていたメリーが、そしてお互いの恋の進展状況をよく知るミラが、それぞれジンの側で頬を染めるアリア達に声をかける。


「……俺も頑張ろう」


 そんな悲喜こもごもな舞台の隅では、ジン達と出会った頃からメリーに懸想しているザックが自らを省みていた。


 ――この後、やっかみからもみくちゃにされるジンの姿が見られるが、それに参加したのは比較的少数であったことを付け加えておく。


「「「うらやましすぎるぞ、こんちくしょう!」」」


 その声は店の外まで響いたとか、響かなかったとか。


お読みいただきありがとうございます。ちょっと今回粗いかもしれません、申し訳ない。


以下お知らせです。


9月30日に『異世界転生に感謝を』六巻が発売されたばかりですが、その帯でお知らせしているとおりコミカライズが決まりました。漫画家は二戸謙介さんです。

10月26日に発売される『月間コンプエース』にて連載がスタートする予定ですが、現在発売中の号には予告が掲載されてありますので、絵柄などはそちらで確認できるかと思います。かなり良い感じで、私自身とても楽しみにしております。本当にありがたいです。


次回更新は15~17日辺りの予定です。

ありがとうございました。

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[一言] 駆けつけた冒険者達にことだ。 →駆けつけた冒険者達の事だ。
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