ささやかな自信
「ん~。……うん、良い感じだ」
作り上げたばかりの木剣を掲げ、ジンはその出来映えを確認する。ジンが鍛冶場の隅で『木工』スキルを使って作り上げたその木剣は、自身が持つ木剣そっくりだ。
ただ大きさとしてはジンのそれの半分ほどしかなく、明らかに自分で使うものではなかった。
「どれ、見せてみろ」
この場にいたのはジンだけではない。この鍛冶場の主、ガンツが師匠としてジンが作り上げた品を検分する。
「……ふむ、これならいいだろう。練習用としては充分なはずだ」
「そうですか! ありがとうございます」
今回が三度目の修正になる。ようやくガンツから認められ、若干緊張気味だったジンの顔が一転して満面の笑みに変わっていた。
「ふっ。しかし娘のためとはいえここまでやるとは、お前もかなりの親馬鹿だな」
「あはは。やっぱりそうですよね。でも練習用とはいえトウカにとっては初めての武器ですし、折角だからここはこだわろうかなと」
今回ジンが作り上げた木剣は、トウカの訓練用だ。今はまだ体力をつけるための基礎訓練と魔法文字の勉強しかしていないが、近々始まる二カ月程度を予定している旅路の中で使うこともあるだろうとジンは考えていた。勿論子供用の木剣は普通に市場で販売されているのだが、どうやら父として張り切ってしまったようだ。
そのためにジンはガンツの指導を受け、結果的に『木工』スキルを習得するほど頑張った。トウカが冒険者を志してから四カ月ほどになるが、その頃からジンの修業は始まっており、しかもその短期間でランク4という実用レベルまで『木工』の腕を上げている。
ガンツとジン、その会話に共通するのは笑顔だが、前者のそれには「よくやるよ」と呆れの成分も微量だが混じっていた。
「まあ、気持ちはわからないでもないがな」
昔を思い出したガンツは、浮かべていた笑みを深くする。自身も息子に手ずから鍛えたハンマーを渡したことがあったため、ジンの気持ちはわからないでもない。
ただ、元々鍛冶師だったガンツとは違い、ジンは冒険者で、しかも『木工』スキルはトウカに手作りの木剣を渡すためだけに習得している。しかも自身の木剣とデザインをおそろいにするなど、親馬鹿度でいえばジンの方に軍配が上がるだろう。
「……しかし『鍛冶魔法』目当てと言っていたお前が、『鍛冶』どころか『木工』にまで手を広げるとはな」
ジンが修業をお願いしてきた当時のことを思い出し、ガンツは苦笑交じりにしみじみとつぶやく。
当初こそ冒険に便利な『鍛冶魔法』を習得することだけを目的としていたが、ジンがなんだかんだで休みの度にガンツの下へ通うようになって軽く一年以上経つ。その間にジンはお目当てだった『鍛冶魔法』はもちろん、今では『革細工』や『木工』といったガンツが教えることができる生産スキルを一通り身につけている。
さすがにそのスキルランクはガンツに及ぶはずもないが、ジンは一年半にも満たない期間でそれだけ多くのスキルを、しかも実用レベルで身につけていた。特に『鍛冶』については店を開くことが可能なランク5まで上達していたし、『鍛冶魔法』に関しては『魔力操作 R:MAX』を持つジンの腕は既にガンツを超えている。
今更ジンの規格外さに驚くことはないが、本職も形無しだとガンツが苦笑いするのも無理もなかった。
「いやー、物作りが思っていたよりも楽しかったんですよね。ガンツさんに教えてもらったおかげで、自分の手で作りたい物が色々作れますし」
ジンは屈託なく笑って応える。
たこ焼き器や鉄板などの調理器具がその代表だが、ジンはいくつも便利な道具を生み出している。その中にはオリジナルの魔道具も多いが、ジンはそうした道具や知識を市場に出す気は全くないので、必然的に生産系の技術を身につける必要があったとも言えるだろう。ジンが造りたいイメージのままに大枠を作り上げ、それにガンツがアドバイスや修正を加えることで、高品質な道具として完成していた。
「あ、そうだ。ガンツさん、明日は大丈夫ですよね? 約束通り、明日の打ち上げではこの一年の成果を実際に味わってもらえると思いますよ」
そういえばと、ジンはガンツの明日の予定を確認する。
『暴走』撃退後に街を挙げて開かれた祝勝会には、自身の体調不良もあってジンは参加できなかった。だが『暴走』撃退の最大の功労者であるジンを欠いたそれでは物足りないと、ジンの体調が良くなった今、内輪だけで祝勝会をやり直そうということになった。そしてそれならば気兼ねなく話が出来るようにと、ジンの提案により自宅を開放してパーティーをすることになったのだ。
参加を予定しているのは冒険者ギルドのグレッグ夫妻、神殿長のクラーク、薬師のビーン夫妻、門番のバーク一家、商会のオルト一家、孤児院のヒルダ、そしてガンツの14名だ。
本当ならエイブやアルバート達のような冒険者仲間も呼びたいところではあったが、彼らを招くと40名を越してしまうため、さすがにジンの家では難しい。なので彼らについては別日に改めて招待する予定だ。
「おう。こっちは問題ない。楽しみにしてるよ。……だが、自宅でやるなんて大変だろうに、お前も物好きだよな」
「いやー。色々とプライベートなことも話したいですし、外でやるより安心かなと」
まだジン達が数日後にリエンツの街を離れる予定であるということを知るものは少なく、この機会にジンは自分達がしばらくリエンツを離れることや、行き先などの予定、さらにはアリア達三人との結婚(婚約)の報告をしておきたいという考えがあった。
また、自宅でパーティーをするのが随分久しぶりだということもあり、ジンは準備も含めて純粋に楽しんでいた。
「ふっ。まあ、お前の作る飯は美味いし、俺が手伝った道具がどんな風に仕上がったのかも興味あるしで、こっちとしては言うことはないんだがな」
たとえばホットプレートの鉄板作りには関わっていても、ガンツは魔道具として仕上がった状態は見ていない。ジンから完成形の話は聞いてはいるものの、実際には見たことがない魔道具はホットプレート以外にもいくつもあった。
「以前よりだいぶ調味料も増えましたし、たぶん楽しんでもらえると思います」
口では謙虚なことを言いつつも、ジンは自信ありげに微笑んでいる。ジンが家族の食事を取り仕切るようになって早一年以上、少なくともこと料理に関しては確かな自信をつけているようだ。
「くくくっ。そりゃあ楽しみだ」
珍しく自信ありそうな顔を見せると思えば、それはガンツも認める冒険者としての腕などについてではなく、腕は腕でも料理の腕だ。その平和な自慢がなんともジンらしいとガンツは愉快そうに笑い、そして少しずつ自信をつけながらも根本は変わらない年少の友人の背を叩く。
「それじゃあ明日のためにも、今日中にできるだけやってしまうぞ!」
「はい!」
数日後に控える出発の日までに、ジンとしては作っておきたい物がいくつかある。笑顔で発破をかけるガンツに対し、ジンも笑顔で応えるのであった。
お待たせしました。
色々と迷いもあり、なかなか筆が進みませんでした。申し訳ありません。
まだ迷いは晴れていませんが、まずは書き進めることを優先します。よろしければご意見やご感想をお聞かせください。
次回は遅くとも書籍版六巻発売日の30日迄に、次々回をできれば発売日直後の月初あたりにお届けしたいと考えております。
ありがとうございました。