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変化と今後

「よう、守護者殿! 調子はどうだ?」


「グレッグさん……。勘弁してください」


 ここぞとばかりにからかうグレッグに対し、がっくりと肩を落としながらジンは返す。ギルドにいた冒険者や職員は微笑みを浮かべながらそのやりとりを見守っており、そこに緊迫した雰囲気は欠片も存在しない。

 あの『暴走』という脅威にリエンツが総力を挙げて立ち向かった日から、既に五日ほど経っている。耳を澄ませば遠くからトンカンと釘を打つ音が聞こえてくるなど、現在リエンツは復興の真っ最中だ。


 そしてグレッグの言葉が示すように、ジンを取り巻く環境にはちょっとした変化がある。


「わはは。この街を聖獣様と共に救った英雄が、随分お疲れじゃねえか」

 

 ジンは聖獣ペルグリューンと共に『暴走』の先遣隊を壊滅させて時間を稼ぎ、リエンツに帰還してからは『暴走』本隊を迎え撃つ防御陣の強化に尽力した。さらに本番では魔獣を囲む巨大な檻を造り上げ、誰も知らない強力な呪文でその殲滅にも大きな成果を上げている。

 そうした直接的なもの以外にも、ポーションの提供にスピーカーやHPバー表示を利用した連携強化など、ジンがなしたことは間接的なものまで及ぶ。

 あの戦いで聖獣と共にジンが果たした役割が大きいことに異論を挟む余地はなかった。


「いや、だから勘弁してくださいよ。この間も言ったでしょう? 英雄って言うなら、それはあの戦いに参加した全員のことですよ」


 決戦のあと、ジンを取り巻く周囲の目は大きく変わった。これまでも『魔力熱』の解決などでジンの名はリエンツでは広く知られていたが、『暴走』を巡る一連の出来事を通して、その名前を知らない者はいないというレベルにまで至った。グレッグが言った『英雄』や『守護者』だけでなく、『変幻』や『爆炎』、『万能』や『鉄壁』など、様々な字名が興奮や敬意と共にリエンツのあちこちで囁かれている。

 しかし、ジンも自分がやったことに対してそれなりの自負はあったが、それでも自分だけが英雄なわけがないと心から思っていた。


「ようやく最近落ち着いてきたんですから、ここで混ぜっ返さないでください。……いや、ほんとに!」


 暴走を撃退した当日はさすがに多くの者が疲労困憊でおとなしかったが、翌日からは街を挙げてお祭り騒ぎが始まった。暴走を撃退。しかも死者ゼロという奇跡は元より、聖獣という伝説の存在の顕現に数万にもおよぶ魔獣の集団を取り囲んだ長大な壁など、それはまさに奇跡のオンパレードといったところだ。数々の奇跡を目の当たりにした者達が浮かれるのも無理はないだろう。

 当然その全てに関わるジンは祭りの主役といっても過言ではなく、一目その姿を見ようと冒険者ギルドの周りには人があふれかえり、その収拾にジンがスピーカーを再び使用せざるを得ないほどだった。『大声』という何とも締まらない字名もそれをきっかけについたようだ。


「わはは。俺がお前をからかうのもいつも通りじゃねえか。俺は言われたとおり、ちゃんとやってるぞ?」


 そうして場を治めるためにやむをえず行った数度の演説で、ジンは今回の暴走に対抗するために行動した全ての人々が英雄で、自分はその中の一人でしかないという話をした。街の外で戦っていた者達だけでなく、ポーションを作り続けていたビーンの様に、街の中で自分達にできることをやっていた全ての人々が英雄なのだと。

 そう言われて誇らしい気持ちにはなる者は多かったが、それでも最大の功労者がジンであることは明白で、人々がジンに対して感じている感謝や恩の気持ちが変わることはなかった。


「皆さんの感謝の気持ちは今ありがたくいただきました。ですから今後はいつも通りに対応してください」


 そんなジンに対して感謝を示したいと思う者達にお願いしたのがこれだ。確かに感謝してもらえるのは嬉しかったが、ジンが何より大事にしたいのは平穏な日常だ。

 ジンが見せた長大な壁や強力な魔法のインパクトで薄れてはいたが、地震の際に活躍したトウカとシリウスも十分目立っており、余計なトラブルを招かないためにも騒がずに見守っていてくれるのが一番ありがたかったのだ。


「皆さんで話すのは私のことだけにしてください。どうか私の家族に関しては静かに見守っていていただきたいのです」


 併せてジンがお願いしたこれが、トウカやシリウスを守るためなのは言うまでもない。ここまで規格外の力を見せてしまった以上、自分の噂が広まるのは覚悟している。むしろ自分の力が目立つことで、それが抑止力としてトウカやシリウスを守ることに繋がると考えていた。

 今のところジンのお願いは守られており、トウカやシリウスもこれまでと変わることなく生活している。

 地震の際にトウカ達に直接救われた者達もお礼をしたがったが、ジンの意をくんで行動には移していない。街中では普通の中型犬の姿をしているシリウスが聖獣なのか確かめる者はいなかったし、トウカに地震の時のことを蒸し返す者もいなかった。

 ただ五日経って少しはマシにはなったが、ジンが外を出歩く度に多くの人々に遠巻に見守られる日々がしばらく続いている。お願いしていた通り直接声をかけてはこなかったし、彼らが浮かべている笑顔についてはジンも嬉しくはあるのだが、中には涙ぐむ人や拝む人までおり、そんな現状は地味にジンの心を削っていた。


「ほどほどでお願いします……」


 肩を落として応えるジンを、ギルド内にいた冒険者達は微笑ましいものを見る目で見守っている。彼らのように街の外で行動していた者達は、ジンと共に戦っていただけに、既に一時の熱狂は治まっている。一緒に戦ったという仲間意識があるだけ、街の中にいた人々よりも復帰が早かったのだろう。

 現在では同じ冒険者として、「あいつは凄いだろう?」と身内自慢の方向に変じているようだが、実際ジンがなしたことは聖獣という存在の後押しがあってもなお大きすぎて、本来なら畏敬を通り越して恐怖を感じられかねないほどだった。そうならなかったのは、こうして今もグレッグにからかわれてへこんでいるように、これまでと変わらないジンの飾らない等身大の姿を見られるのも理由の一つだろう。

 今回のようにことあるごとにグレッグがジンをからかうのも、もしかしたらジンをフォローするための彼の配慮の一つなのかもしれなかった。


「わはは。まあもうしばらくの辛抱だろうさ」


 豪快に笑って返すグレッグだったが、最後にはその笑みを消し、ジンを気遣うような表情に変わる。


「……それより体調はどうだ?」


「はい。もう大丈夫です。体のだるさもほとんどとれました」


 自分を気遣うグレッグにジンは微笑みながら返す。

 ペルグリューンと別れた後、いざ街に戻ろうとしたジンは、全てが終わった安心感から気が抜けたのか、再び意識が飛んで倒れそうになった。戦いのあと、必要がなくなった『ウィンドウ』を消すことで頭痛は消えたものの、全身の倦怠感は消えることはなかった。やはり『ウィンドウ』で壁を作るという試みは、本来の使い方でなかっただけにかなり無茶だったのだろう。その反動なのか、倦怠感はむしろ増しているほどだった。

 その時はどうなることやらと少し不安だったが、日を追う毎に体調は回復し、あの日から五日経った今、ジンはほとんど倦怠感を覚えていない。ほぼ完全に復調したと言ってよかった。


「そうか……。ならいいが、くれぐれも無理はするなよ」

 

 復調したとの報告を聞き、グレッグはホッとしたような安堵の笑みを浮かべる。この五日間、本調子ではないジンは『迷宮』に潜ることはなかったが、何かできることはないかと毎日冒険者ギルドに顔を出しており、そのおかげでトラブルを未然に防ぐことができた。しかし、その分ジンには無理をさせてしまったとグレッグは気にしていたのだ。


「はい。ありがとうございます」


 ジンとしては、体はだるいものの普段通りの生活をするのに問題はなかったため、何か特別なことをしたという意識はない。ただ、こうして気遣ってもらえるのは嬉しかった。


「それと……」


 そして、残念ながらこの五日間という期間で起こった変化はこれで終わりではない。グレッグは若干声を潜めてジンに伝える。


「徐々に探りが入ってきている」


 犠牲を出すことなく『暴走』を撃退したという奇跡の詳細を知ろうと、グレッグの元に問い合わせがいくつも来ている。今はまだ同じ冒険者ギルドからの問い合わせばかりだが、その詳細が広く知られるようになるにつれ、国や他の機関からも探りが入ってくるだろう。そしてそこにジンというキーパーソンの存在があることが知られれば、興味の対象がそこに集中するであろうことは自明の理であった。


「そうですか……」


「ああ。……五日後に報告書を出すつもりだ」


 そして冒険者ギルドリエンツ支部のギルドマスターであるグレッグには、今回の『暴走』を巡る顛末を上に報告する義務がある。いくらジンを守ろうとしているグレッグでも、その報告書でジンについて全く触れないというわけにはいかない。ある程度の情報開示が必要になるのは致し方なかった。また、五日後、つまり『暴走』を撃退してから十日後に報告書を出すというのは、グレッグが限界ギリギリまで提出を引き延ばした上でのことだ。


 このグレッグが報告書を出す五日後が、ある意味でタイムリミットととなる。


「お手数をおかけします。では、予定通りに……」


 ジンはグレッグに深く頭を下げる。

 予想される混乱を避けるため、そしてもう一つの目的のため、その五日後にジンは家族とともにリエンツを一時離れる予定にしていた。


お待たせして申し訳ありません。

大団円に向けて頑張ります。


どうぞよろしくお願いします。

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