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成功と失敗

「いよいよか……」


 ジンは迎撃隊が待機する陣を後ろに、無手の状態で一人たたずむ。

 当初はもっとリエンツから離れたところで待ち受け、状況の変化と共に後退しつつ対処する予定だったが、今ジンがいるのは最終防衛線の少し手前だ。

 視線の先にはこちらに迫りつつある魔獣の群れと土埃が見える。パラパラと先行してきた魔獣が何匹かいたが、それらはメリンダを始めとした優秀な射手が個別にしとめていた。


 ジンが『地図』に映し出された魔獣の集団を目をやると、目的地が近くなったせいか進行スピードを上げ、やや縦長に隊列が伸び始めていた。


(もう少し引きつける)


 ジンは『地図』と目の前の集団の両方を視界にとらえつつ、ベストのタイミングを待つ。

 事前に行った演説のおかげか、リエンツまで間近まで迫った集団を前にしても、ジンの後ろにいる迎撃隊の面々には動揺の影はなかった。


(いくぞ!)


 ジンは作戦の発動を決断する。


『ウィンドウ!』


 そして『地図』や『ステータス』などの確認に使われる『ウィンドウ』をここで出現させた。


「最大化! 強化! 『ウィンドウ・ウォール』!」


 イメージを固めつつ口にしたその言葉通り、『ウィンドウ』がまるで強大な壁のようなサイズまで大きくなる。縦は三十メートル、横は百メートル以上はあるだろう。


「『ウィンドウウォール』『ウィンドウウォール』『ウィンドウウォール』『ウィンドウウォール』『ウィンドウウォール』!」


 その巨大な壁が、ジンが唱える毎にどんどん数を増していく。


「いけ!」


 十分な枚数が揃ったと判断したジンは、大きく手を振って方向を指し示すと、それに従って巨大な壁が列になって前方に飛んでいく。唯一目の前に残った『地図』を頼りに、巨大な『ウィンドウ』の位置をコントロールするその様は、まるでオーケストラの指揮者のようだ。

 そしてジンの動きが止まる頃には、魔獣の群れを囲うように、その上空に見えない壁が並んでいた。


(くっ!)


 ただ、全てが順調というわけではない。ウィンドウをウォールに見立てて強化したあたりから、ジンの頭がズキズキと痛み始めていた。

 その痛みを堪え、ジンは右手を振り上げたまま前方の集団と『地図』を睨みつける。もうすぐで『地図』に映し出された『ウィンドウ』の囲いの中に、赤い染みのように広がった光点が全て収まろうとしていた。


「立ちふさがれ!」


 ついに全ての魔獣が囲いの中に入ったその瞬間、ジンは上げていた右手を振り下ろす。その動きに従い、空中に浮かんでいた巨大な『ウィンドウ』も一気に降下して地面に突き刺さった。


「固定! 可視化!」


 そして次の瞬間、非表示だった『ウィンドウ』が姿を現す。人々の目に、魔獣の周りを囲むように半透明の巨大な壁が立ちふさがっている光景が映った。


「「「「おおおおおおおおお」」」」


 その光景に興奮した迎撃隊の者達から雄叫びが上がる。ジンの目の前にある『地図』上では、『ウィンドウ』で形成された壁が魔獣の集団をすっぽりと囲んでいるのが確認できた。その壁はリエンツに近づくほど先細りになっており、『地図』上ではリエンツ側を頂点とした二等辺三角形の様にも見える。ただその頂点となる部分だけは、出口として幅十メートルほど壁がなかった。


 そんな周囲を高い壁で覆われるという異常事態にありながらも、魔獣は暴走を止めない。やはり『暴走』状態の魔獣は、正常な判断力が失われているということなのだろう。先細りして徐々に幅が狭くなっていくのにも構わず、魔獣はスピードを緩めることなく出口に殺到し、『ウィンドウ』の壁と他の魔獣に挟まれて押しつぶされるものも多い。

 だが、それでも『ウィンドウ』の壁はびくともしない。かつてジンは樽の破片からトウカを守るために『ウィンドウ』をつかったことがあるが、今回はその時のことをヒントに考えたものだ。

 ジンがこの世界に持ち込んだ物は全て破壊不能の属性を持っているが、それは『ウィンドウ』も例外ではなかったということなのだろう。


「くっ!」


 だが、これが本来の用途ではないことは事実だ。その反動か、更に激しい頭痛と共に、傷つかない体を持つはずのジンの鼻から一筋の血が流れる。

 ジンは痛みに顔をしかめながらも手で鼻血をぬぐい、更にもう一つ『ウィンドウ』を呼び出そうとする。

 ジンはこの『ウィンドウ』を蓋として使用することで、魔獣の数をコントロールしつつ皆で協力して魔獣を殲滅するつもりだった。もしこれも予定通りできたなら、確かに一人の犠牲も出すことなく戦いを終わらせることができただろう。

 だが、『ウィンドウ』が新たに出現することはなかった。


(限界なのか?)


 それならばと、ジンは唯一残っていた『地図』のウィンドウを巨大化させて蓋代わりにしようと考えたが、僅かなサイズ変更さえできなかった。頭の芯から響くような頭痛や傷つかないはずの体から出た鼻血のことを考えると、今が限界ギリギリで、これ以上は『ウィンドウ』を制御することはできないということなのだろう。


「今から敵を混乱させる! 全員耳を塞げ!」


 それならばと、ジンは背後に向け『スピーカ―』で拡大した声で指示を出す。本当なら古代魔法の一発でもかましたいところだったが、今は酷い頭痛のせいで発動するイメージが全くわかない。だが、多数に影響を及ぼすということで考えれば、今からやろうとしていることもあたら劣るものではない。元は昨日の撤退戦の際に緊急脱出するための時間稼ぎに考えていた策だったが、今回は積極的な理由で使うことになる。


「ふぅーーーーーーっ」


 指示を終えたジンは、腹一杯に大きく息を吸い込む。


『喝!』


 そしてまさに壁の出口から出ようとしていた魔獣達に向け、ジンは『音楽』の機能を使って最大音量に増幅した声を放つ。前方のみへ指向性をもって放たれてはいたが、耳を塞いでいてもなおその爆音は空気の震えと共に人々の体を揺らした。


『ぶgushayoらeneahheきuuhi』


 それは音の爆弾とでも言っても過言ではないだろう。

 振動さえ伴う音の波を受けた魔獣達は、鼓膜が破けて耳から血を流すものや、狂乱するもの、泡を噴いて硬直するものなど様々だ。

 被害は音源に近い前方に位置していた魔獣が最も大きかったが、ただでさえ先細りになった出口に魔獣が殺到している状況下では、その混乱に拍車がかかる。混乱して足が止まった魔獣達の後方から比較的影響を受けなかった後続が突っ込み、戦う前に多数の魔獣が押しつぶされていった。


『あとはここから出てくる奴を倒せばいいだけだ! 攻撃開始!』


「「「「「「おおおおおおおおおお!」」」」」」


 再び鼻から血が流れるのを感じつつ、ジンは再びスピーカで増幅して指示を出し、それに任せろと仲間達の雄叫びが応える。後続から押されて転げるように壁を抜けた魔獣達を前衛達が囲み、後方からは後衛が放つ魔法や矢が飛んだ。


「ジンさん!」


 ジンも戦闘に参加するために足を踏み出そうとしたが、足下がもつれて倒れそうになってしまう。かけよってきたレイチェルが支えることで倒れずには済んだが、足下がおぼつかないのは変わらない。ジンは激しい頭痛と共に、全身にかなりの倦怠感を感じていた。

 レイチェルはジンに回復魔法を使おうとするが、これは単純な怪我ではない。新たな『ウィンドウ』を呼び出せない今、ジンはステータスさえ確認することができなかったが、感覚的にさほどHPが減っているようには感じていなかった。


「大丈夫。無茶な使い方のせいで負担がかかっているだけだ」


 ジンはそう言ってレイチェルの回復魔法を断るが、決して『だけ』という軽い状態ではない。事実、ジンの顔からは血の気が引いて真っ青だったし、大量の脂汗も流していた。


(やばっ!)


 再び歩き出そうとしたジンだったが、頭の痛みと疲労感で体がぐらりと傾ぎ、思わず片膝をついてしまう。もしここで気絶でもしようものなら、折角の『ウィンドウ』の壁も消えてしまい、全てがお終いになってしまうだろう。ジンは飛びそうになる意識を必死でつなぎ止める。


「ジン! 無理するな! ここは任せて少し休め! いいかお前ら! ここまでお膳立てしてもらったってのに、下手こいたりするんじゃねえぞ!」


「はい!」


「わかってまさあ!」


「ここは心配いらねえぞ! 俺らに任せてくれ!」


 前衛を指揮していたグレッグにも、そして周りの戦士達にも悲壮感などはない。ジンのおかげで大量の魔獣の波に溺れることはなくなり、あとは目の前にいる敵を片付けるだけだと、その士気は高かった。


「……すみません。頼みます」


 今も壁の中では混乱が続き、先ほどの爆音の影響もあって魔獣同士のつぶし合いが継続して発生している。今がたたみかける絶好のチャンスではあったが、とてもではないがジンは戦闘に参加できる状態ではない。葛藤はあったが、ジンはあらためて魔獣を囲む壁が動かないよう、壊れないように意識しつつ、オズワルドの指示に従って一旦下がることにした。



「――ジンさん、横になってはどうですか?」


 最前線から少し離れた後方の救護テントまで移動し、ここまで付き添ったレイチェルが心配そうに声をかける。こんなに具合が悪そうなジンの姿は今まで見たことがなかった。


「いや、横になったら眠ってしまいそうだからね。このままでいいよ」


 ジンは救護テントの床に腰を下ろすと、そのまま片膝を立てて顎をのせる。こうしているだけでも、体が重くてたまらなかった。


「ありがとう、レイチェル。俺はもういいから、受け持ちの場所に戻ってくれ」


 ジンはレイチェルに戦線への復帰を促す。

 戦闘にも長けたレイチェルは、最前線でも問題なく戦える優秀な回復役だ。彼女が必要とされる場所はここではない。


「……わかりました。回復するまでジッとしていてくださいね」


「ああ、そのつもりだよ。ありがとう。レイチェルも気をつけて」


 レイチェルはこの場を離れがたく感じていたが、それでも自分が果たすべき役割を忘れたりはしない。ジンの見送りをうけ、後ろ髪を引かれるような思いを感じながら前線へと向かった。


「……くそっ! 後少しだったのに」


 レイチェルを見送る際には笑顔を浮かべていたジンだったが、彼女が去ったあとは心のまま悔しげに顔を歪める。後少し、後一手が足りなかった。当初予定していた蓋さえできれば、時間はかかったとしても犠牲を出さずに済んだはずだ。今の状況は最悪ではないが、最良にはほど遠い。これでは前線では休みなく激しい戦いが続くことになる。

 ジンが考えていた犠牲を出さないための策は、あと一手及ばずに終わってしまった。


「早く回復しないと……」


 まだ戦闘が始まったばかりということもあって、この場にいる患者はジンだけだ。そのジンも特に肉体的な問題があるわけではないが、ただ激しい頭痛と尋常ではない倦怠感があった。それはこの世界に来て間もない頃、痛みを感じない機能をOFFにした際の疲労具合とは比べものにならない。

 もしかしたらとかすかな希望を抱いて複製したHP回復ポーションを使ってみるが、この特別製のポーションを持ってしても、やはり体調は回復しなかった。そのまま何かないかと『無限収納』を探るジンの目に、ここまで使う機会がなかった『癒やしの角(小)』が映る。元のゲームでは『調合』で使用する、その身に癒やしの力を蓄えたレアアイテムだ。


「頼む! 癒やしてくれ!」


 ジンは藁にもすがる思いで『癒やしの角(小)』を取り出して強く握りしめる。それと同時に、ジンはこれまでも何度も助けてくれた『快癒の指輪』にも触れていた。


「皆、頑張ってくれ……」


 ジンはじりじりとした焦燥感を覚えながら、視界の右上にある『地図』をじっと見つめていた。

本文中にも書いておりますが、一応四巻ラスト付近のトウカを守るためにしたウィンドウの使い方が、伏線のつもりでした。今回表現がイマイチだと自覚しておりますので、宜しければご意見ご感想をお願いします。


ありがとうございました。

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