天啓
「――俺達の後ろにはリエンツの街がある。それを忘れるな」
魔獣の集団が到着するまであと二時間ほどとなり、最後の激励がグレッグにより行われている。結局洞窟内にあふれていた魔素は魔獣の発生により消費しつくされ、万を超える数の魔獣がリエンツへと近づいていた。
魔獣によって走る速さが違うからか、『暴走』は縦長の列のようになることが多いのだが、ジンの『地図』に映るのは比較的まとまった縦長の楕円形だ。
まともにぶつかっては被害が甚大になるのはわかっていたが、もはやペルグリューンの協力をあおぐことはできない。いくつか対応策も思いついたが、それでも決定的なものではない。グレッグのすぐ後ろで控えているジンは、グレッグの激励を聞きながらも何か手がないか今も考え続けていた。
「――俺からは以上だ。それでは聖獣様より守護者として指名されたジンから話がある」
促され、ジンはグレッグに変わって壇上に立つ。この『聖獣の守護者』の名乗りについては、事前にペルグリューンの許可を得ている。これによりジンは更なる注目を集めることになるが、聖獣より守護者に任じられたジンが共に戦うことは、リエンツの人々にとって一つの希望となるはずだ。同時にこうして宣言することで、ある意味ではジンもその称号に守られることになる。
「今グレッグさんに紹介してもらったが、俺の名はジン。聖獣様に守護者として任じられたものだ」
ジンはゆっくりと周囲を見渡す。そこにはオズワルドやジェイド、アルバートやザックなどの冒険者達、他にもバークを始めとした警備兵や、神殿の神官達に元冒険者からなる義勇兵の姿もある。皆頼もしい仲間達だ。心に勇気がわき上がり、ジンはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「まず始めに言っておくが、この戦いで聖獣様が直接手を下すことはない」
一瞬ざわりとしかけたが、すぐにそれも収まる。
「皆もわかっているようだな。聖獣様にも守らなければならない掟のようなもがあり、本当なら聖獣様が俺達の前に姿を見せること自体が稀だ。しかし、直接手を下すことはできなくとも、聖獣様は俺達に様々な形で力を貸してくれた。魔獣の襲撃が起こりそうだと教え、地震で傷ついた者も探し出してくれた。他にも聖獣様がしてくれたことはたくさんある」
ジンはペルグリューンとシリウスが同じ存在であるかのように話す。効果のほどはともかく、一応カモフラージュの意味も込めていた。
「今度は俺達が聖獣様の信頼に応える番だ。――聖獣様が信じてくれた自分を信じろ。この場に立つ自分の勇気を信じろ。共に戦う仲間達を信じろ。俺達を支えてくれる街の人々を信じろ。俺達ならできる! 必ず『暴走』を止めることができる! そうだろう!?」
「「「「「「「おう!!!!」」」」」」」
大地を揺るがさんばかりの応えと共に、全員の目に更なる力が宿る。土壇場で聖獣という存在にすがってしまわないよう、ペルグリューンの協力がなくとも大丈夫だと皆が思う必要があった。
「……それじゃあ最後に私事を発表させてもらう」
ジンは満足そうに微笑んだあと、それを悪戯っぽい笑みに変えた。
「この戦いが終わったら、俺は結婚するんだ」
そう盛大なフラグをぶちまけた。
事情を知っている者の中には笑みを浮かべるものもいたが、ほとんどがいきなり何を言いだしたんだこいつはという視線をジンに送る。そんな困惑混じりの目にさらされながらも、ジンは続ける。
「嫁や子供はもちろん、俺には他にも守りたい人がたくさんいる。お前達は嫁や旦那がいるか? 恋人や惚れている相手はいるか? 世話になった人や、親兄弟、友人、感謝している人、守りたい人はいるか? 目が合ったら挨拶する相手は? 美味い飯を食わせてくれる店は? 居心地の良い部屋や場所はどうだ?」
尋ねかけるジンの真剣な目に、次第に人々は引き込まれていく。それぞれの心に思い浮かぶものがあった。
「……なあ、お前達はこの街が好きか?」
それはこの場にいる人々にとっては聞くまでもない質問だ。
「俺はこの街が大好きだ。この街に住む人々、お前達のようにこの街を守ろうとする奴らも好きだ。だから死ぬな! 死にそうになったら、さっき言った人や物のことを思い出せ。俺は死なないし、お前達も死ぬな! なんとしても生き残って、そして胸をはってリエンツに凱旋するんだ! いいか!?」
「「「「「「「おう!!!!」」」」」」
先程とは違い、そこには決意と共にかすかな笑みも見える。死んでも守るという気持ちは尊いが、それでも生きていて欲しいというのがその周りにいる人々の願いでもある。
死も間近の老人だったジンは、自分も含めた全員が今後誰かの死に遭遇しないということはあり得ないと理解している。だが、いつか別れが来るとしても、今は誰も死なないという奇跡を信じたかった。
「俺も結婚するぞ!」
「私だって告白するわ!」
「俺はまず好きな人をつくるか」
「……私なんてどう?」
などと盛り上がりを見せる者達も出てきた。
そんな彼らを見守るジンの心に、強烈な想いが浮かび上がる。
(守りたい!)
二万近い数の魔獣に対し、迎え撃つリエンツの戦力は約四千。そのうちCランク以上の力を持つ者は半分にも満たない。いかに強固な陣があるとはいえ、激突すれば犠牲は必死だろう。そんな残酷な現実にあらがうように、ジンは目の前にいる戦士達の姿を見つめていた。
(!?)
そんなジンの脳裏に、天啓のように一つの閃きがおこる。それと同時に、それが可能だという確信も。
「皆! 聞いてくれ!」
その声が人々の鼓膜を刺激し、再びジンに視線が集中した。
「聖獣様が信じた俺を信じてくれないか? 皆が俺を信じて生きることを諦めないでいてくれたら、俺が皆を死なせない。俺の全ての力を使って、その道筋をつける! たぶん戦闘開始の直前から、普通では考えられないことが立て続けに起こると思うが、心配するな。それは俺達が勝つため、死なないためのものだ」
思いついた方法を前提に、ジンは戦略を立て直す。このあとグレッグ達にも相談して、場合によっては陣を引き直すことになるかもしれない。
「どうだ、もう一度聞く。グレッグさんや聖獣様、そして俺のことを信じてくれるか?」
「「「「「「「「おう!」」」」」」」」
応える声が三度空気を揺らした。
「今更なこと聞くんじゃねえ!」
「そうだ! とっくに信じてるよ!」
野次のようにも聞こえるが、口にしているものは皆笑顔だ。
『魔力熱』の解決に尽力し、Aランクのオズワルドとも互角に渡り合い、『迷宮』もリエンツで唯一最深部まで到達している。さらには『迷宮』での鍛錬法を公開し、つい昨日は三千の魔獣を聖獣と共に食い止めた。ギルド長のグレッグや聖獣という伝説の存在に認められたジンを、今更疑う者などいなかった。
「ありがとう!」
犠牲を出さないというお伽噺を、ジンは全力をもって現実にするつもりだった。
短めかつ遅れて申し訳ありません。
ちょっと最近体調不良でして、次回はなんとか今週中に更新したいと思います。
ありがとうございました。