迎撃準備
「――姿を現せ、『土壁創造』!」
トウカ達の無事を確認したあと、ジンはグレッグやメリンダとも合流していくつかの許可をとった。トウカ達には全力全開と言ったものの、今のジンにできるのはペルグリューンの力を借りても魔獣三千体を相手取るのが精一杯だ。もちろんそれで終わるつもりもないが、まずはできることから始めなければならない。
そして手始めに取りかかったのが、この古代魔法を使った城壁の補修だ。
ジンの魔法により出現した土の壁が、城壁の地震で崩れ落ちた部分を見る見るうちに塞いでいく。さすがに城壁の上までは届かなかったが、それでも高さは五メートル以上あるので防壁としての役目は果たせそうだ。
「強度的には城壁に劣るでしょうが、応急処置としてはこんなもんじゃないでしょうか」
何の気負いもなくジンは話していたが、実はこの魔法は過去の転生者ケンが自らの持つユニークスキルの力を使って作り出したオリジナルの魔法だ。正確に言うならば、オリジナルではなくアレンジになるのだろうか。元々『土壁』という地面から土壁を出現させて敵の攻撃から身を守る魔法があったのだが、これは出現するのが二メートル×三メートルの壁と決まっていたのに対し、ケンが開発したこの魔法はその形や規模をある程度自由にできた。「野営の時にテーブルやベンチを作るのに便利」とは、この魔法の注釈に書いてあったケントのコメントだ。
しかもそこに『魔力操作 R:MAX』の力が加わり、ジンの場合は更に自由に表現することが可能だった。
「……マジか」
「……凄いわねー」
いずれにせよ、『土壁創造』も『土壁』も今では失われてしまった魔法であることに違いはない。間近で見ていたグレッグやメリンダにとっては驚愕としか言いようがなかった。
「今ある櫓だけでは心許ないですので、次は櫓に沿うように射撃台をつくりますね。そこに魔法使いや弓使いに待機してもらうようにすれば視線も遮らないでしょうし、前衛の冒険者達の援護もしやすいでしょうから」
ジンの魔法で城壁の補修はしたとはいえ、本来の城壁ほどの防御力は期待できず、そこが穴であることに変わりはない。である以上、城壁を背にする形で防御陣を敷かざるを得なかった。
パーティ単位で戦うのではなく、前衛、後衛、回復役と、大まかに三つの役割に別れて部隊が編成されている。
「……頼むわ」
「あ、それなら場所は私が指示するわ。こっちよ、ジン君」
少し呆れたようにグレッグは応えていたが、メリンダは早くも順応したようだ。ジンとしても防衛戦構築の知識や経験などあるはずもなく、経験豊富なメリンダに指示してもらった方が助かる。お願いしますとメリンダの後に続いた。
「なあ、ありゃあ本当にいいのか?」
この場から移動していく二人の背中を見ながら、思わずグレッグはアリア達に確認してしまっていた。これ以外にも、ジンは緊急の回復手段として複製したHP回復ポーションをいくつか渡していたし、戦闘が始まれば古代魔法で攻撃するつもりであることも話している。自重しないということは聞いていたし、ありがたくも思っているが、グレッグはこの戦いの後に待ち構えるであろう、ジンを巡る環境の変化を心配していた。
「ええ、大丈夫ですよ。シリウスのこともありますし、力を見せるのは私達も同意していることですから」
「そうそう。ここで出し惜しみしたせいで怪我したり死んだりする人が出たら、その方がジンは嫌がりますって」
「ですね。それに相手は『暴走』ですから。生半可な対応では生き残れないと思いますし」
アリア、エルザ、レイチェルの順で、それぞれがグレッグに返す。
確かに彼女達が言うことはどれも真実だろう。後のことは後に考えれば良いことで、まずは生き残ることが先決だったし、ここで力を見せることが後にもつながるはずだ。
「お前達がそう言うのならいいか。何かあれば俺も……」
力を貸すと言いかけたグレッグだったが、その前に巨大な直方体が地面から出現する様子が目に飛び込んできた。縦二メートルに横五メートル、高さも四メートルほどありそうな土の台座は、既に壁という範疇を超えた代物だ。しかも転落防止用なのか、上部には高さ五十センチほどの柵まで設けられている。
更に数秒後にはその台座に沿うように階段状になった壁も出現し、直後にその階段を駆け上がって問題なしとサインを送るメリンダの姿も見えた。
我が妻ながらその適応能力はさすがだと唸りつつ、もう一度グレッグはアリア達に確認する。
「あれも本当にいいのか?」
それに応える声は、前回に比べやや遅れがあったようだ。
――その後、ジンは既存の防護柵や櫓を強化するだけでなく、古代魔法を使って新たな防護壁も作製した。魔獣の数の多さに呑まれないよう、進行速度を落とすためにリエンツの前には何重もの防壁が築かれている。念のためレイチェルの戦槌で攻撃してもらい、土壁というより石壁程度の防御力があることも検証していた。
結果として、リエンツ前に設置された陣の防御力は飛躍的に上がったと言える。
(これで足りるか?)
だが、それを成した当事者であるジンは、まだ不安を捨てきれないでいた。 実際に三千の数を相手にした経験から、数の暴力を甘く見てはいけないと、骨身にしみて感していたのだ。もしあの時にペルグリューンの協力がなかったら、時間稼ぎさえまともにできたかどうかわからない。
これから待ち受ける戦いでも、ジンは古代魔法を惜しまず使って魔獣を撃退するつもりだ。だが、今回はペルグリューンの協力はないし、すぐ後ろには守るべきリエンツがある。いかに魔獣の波に呑まれないようにするかが問題だった。そしてそれはジンの古代魔法によって強固になった今の陣を以てしても十分ではない。
全力全開でいく――トウカとシリウスに約束したその言葉通り、ジンは己の持つ全ての力を持って『暴走』を乗り越えるつもりだった。
(何か使えるものは……)
ジンは『メニュー』を呼び出し、自分が持つ能力を改めて確認する。ステータスやスキルはともかく、こうして『メニュー』の内容から見直すのは転生してまもなくの頃以来と、随分久しぶりとなる。
―基本情報―
LV:43
HP:569
MP:220
STR:223
VIT:180
INT:94
DEX:180
AGI:180
「そりゃレベルも上がるか」
まずステータスを確認すると、三千体もの魔獣を撃退した結果、ジンのレベルは二つ上昇していた。思いのほか小さな上がり幅で済んだのは、三千体といってもDランク以下の魔獣が多かったからだろう。
「MPは220……。まだ足りないな」
ジンが撤退戦で使った古代魔法はいくつかあるが、消費MPは100~150と様々だ。一番よく使った『ボルカニックレイン』は、威力は高いものの距離も効果範囲も一般的な攻撃魔法の二倍程度しかないが、消費MPは100と最も少なかったので使い勝手がよかった。
ジンが受け継いだケンの魔法書にはこんな時にこそ役立つ超広範囲の殲滅魔法も載っているのだが、発動にはMPが300も必要と、魔法系に特化しているわけではないジンはまだ使うことができない。それでもジンのMPは1レベル上がる毎に5上昇するので、このままいけばレベル60以降には使えるようになる計算だ。
「うーん、『MP補正』を取っておくべきだったか? でも『鑑定』も『健康』も役に立ったしな~」
各種ステータスの上昇値を増やす補正スキルだが、ジンは『武の才能』に付属していた『STR補正』などの肉体系の補正スキルしか所持していない。もし『MP補正』をランク2で所持していたら、現時点でMPは300を超えていたはずだが、ここでたられば話をしても仕方がない。
それにジンは魔法系の補正スキルを所持していないが、ゲームの仕様を引き継いだおかげでレベルアップ時の上昇値は高めで、その数値は一般的な魔法使いを超えている。さすがにアリアには負けるが、ジンは数値だけ見れば『風を求める者』の魔術師ムースや『巨人の両腕』のメリーよりも優れているほどだ。それ以上を求めるのは贅沢だろう。
「魔法はやっぱこれ以上は難しいか」
古代魔法がこれからの戦いの助けになるのは事実だが、より広範囲を巻き込める魔法が使えない以上は決定打にはならないと、ジンは改めてその事実を確認した。
「何か使えないかな」
ジンは本命と考えていたユニークスキル『メニュー』を改めて確認する。これはゲームシステムがそのままスキルになっており、『地図』や『無限収納』などの各種機能や、ジンの体が傷つくことがないのもこのスキルのおかげだ。
「ん~、とりあえず『無限収納』に入っている複製ポーションをもう少しグレッグさんに渡すか? あとは『道具』を使って武器を持ち替えて戦うと……いかん、全然足りないぞ。『音楽』はいけると思うけど、なんか他にもないか?」
ジンは撤退戦用の奥の手として、『音楽』を活用した方法を一つだけ考えていた。このように、本来攻撃に使うものではない『メニュー』の能力を武器に転用できないかと、ジンはそこにこれからの戦いに勝利する鍵を見いだそうとしていた。
(さすがに『カメラ』とかは使えないだろうし……)
なかなか解決策が見いだせず、悩み続けるジンに聞き慣れた声がかけられる。
「よう、ジン。どうした? しけた面して」
「あ、ガンツさ……」
声をかけられて振り向くジンの目に、頼もしい年長の友人であるガンツの姿が映る。だが、その姿はいつもとは違い、黒鉄製の全身鎧を身に纏い、長柄のハンマーを肩に担いだ戦闘装備だ。おそらくは冒険者であった頃の装備なのだろう、目にした瞬間は驚いてしまったが、すぐにその姿がしっくりはまって見えた。
「お似合いですけど、もしかしてガンツさんも今回の戦闘に参加するんですか?」
考えてみれば、ガンツは元Aランク冒険者で、リエンツでも有数の実力者だ。ジンは戦闘に参加するのは冒険者だけと思い込んでしまっていたようだ。
「わはは。何を今更。リエンツの危機なんだから、参加しないわけがないだろうが。ほら見ろ。あっちにも見た顔がいるだろう?」
ガンツが指さす方向には、ジンがよく行く肉屋の店主であるトッドや『旅人の憩い亭』のハンナ、他にも見たことがある顔がいくつもある。
あの人も元冒険者だったのかと、ジンは驚きを隠せなかった。
「こんな状況だが、街が活気づいているんだよ。地震の時に冒険者達が頑張ってくれたおかげでな」
ガンツが言うには、昨日は状況によってはリエンツが戦場になる可能性もあるからと、待機組の冒険者達にはギルドから体力を温存しておくようにと指示があっていたそうだ。その指示もあって『迷宮』に潜るものもほとんどおらず、ギルドの運動場が盛況だったらしい。必然的に、地震発生時もギルドには多くの冒険者が待機していた。
「走れ! 街の人を守れ!」
地震直後、即座に出たメリンダの指示がこれだ。
前回迷宮が出現したときに起こった地震の経験から、冒険者達にはパーティごとに緊急時に見回りをする担当区域が振り分けられていた。行く行かないはあくまで任意ではあったが、メリンダの指示の前にギルドを飛び出していった者も多い。更には自宅や宿で休んでいた冒険者達も街に出て、街が受けた被害の大きさに驚きながらも救助活動に率先して参加していた。その際、所持していたポーションを惜しみなく使い、そのおかげで命を拾った者も少なくなかった。
もちろん街の警備兵や神殿の神官達、そして無事だった住民達も救助活動に参加し、まさに街が一体となって災害に対抗していたそうだ。
緊急時にこそ人の本質が現れるとよく言われるが、その本質は周囲の環境によって作られる。今回建物の被害はあっっても人的被害がほとんどなかったのは、リエンツに住む全員が積み上げてきたお互いの信頼関係があってこその結果だった。
「それに、聖獣様もついてるしな」
ガンツは口元をニヤリと歪める。狼型の聖獣とそれに跨がる女の子の姿は、街のあちこちで目撃されている。それは彼らが救助のため街中を走り回っていたからこそなのだが、そのおかげでこの街には聖獣様の加護があるという希望が生まれた。事実、大きくなってパワーが増したシリウスは、要救助者の場所を知らせるだけでなく、自ら直接瓦礫をどかして救助することもあった。少なからず今回の結果に貢献していのは間違いない。
「助けてくれた冒険者や聖獣様に恥ずかしくないように、少しでも力になろうと、みんなできることをやっているんだ。俺みたいに腕に自信がある奴は、昔の装備を引っ張り出したりな」
様々な理由で冒険者を辞めて一般の仕事に就く者も多く、そうした人々はそのランクに差はあれど全員が何らかの戦闘スキルを所持してる。戦闘向きのスキルを所持していない一般人達も、たとえば調合士のビーンであれば今もポーションを造り続けているし、弓屋のシーマの夫は矢を造り続けている。他にも避難所で炊き出しをする者もいれば、瓦礫の撤去に勤しむ者もいた。
人々は希望にすがって祈るのではなく、希望を胸に戦うことを選んだのだ。
「そうですか……」
リエンツの街そのものの協力という心強い戦力の存在を知り、ジンの顔から自然と笑みがこぼれる。
「まあ、あんまり気をはりすぎるな。お前の力は確かに大きいかもしれんが、全てを背負う必要なんてないんだからな」
「はい!」
それでもジンが目指すものは変わらないが、ガンツの言葉でいくらか気分が楽になったのは事実だ。
この後しばらくガンツと話した後、ジンはグレッグの元へと向かうのだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回は少しお待たせしてしまいましたが、次回も遅くとも一週間以内には更新します。
ありがとうございました。