表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/207

対応策

「何だと!」


 我に返ったジンはすぐさまグレッグの元へ報告に向かう。この想定外の事態に、さすがのグレッグも動揺を隠せなかった。


「とてもではないですが、ここで迎え撃つことなど不可能です。すぐにリエンツに引き返して体勢を整えましょう」


 おそらく魔獣の数は最低でも数千、下手をすれば数万の規模になる可能性もある。元々は魔獣の数を多くても五百体前後と想定し、その数が八百体を超える場合には一旦撤退して仕切り直すつもりだった。だが、蓋を開けてみれば、少なく見積もった場合でも撤退の条件を軽く上回っているのだ。ジン達に撤退以外の手段は残されていなかった。


「最低限の食料や物だけを馬車に積み込み、残りは全部ここに置いておきましょう。空けたスペースに冒険者を乗せるようにすれば、一つの馬車に乗る冒険者の数は少なくなって、行きより軽くなります」


「そうですよ。一刻でも早くリエンツに戻って準備しないと」


 アリアに続き、エルザもグレッグに決断を促す。こうしている間にも、刻一刻と残された時間が減り続けている。


「よし、すまんがアリアは外にいる職員達と連携して撤退の音頭をとってくれ。馬車ごとに食料と水を積み込むのを忘れるな。あと途中で休憩をとる余裕はない。パーティごとではなく男女で分けた方がいいだろう。エルザ達もアリアを手伝ってやってくれ。俺はジンと話すことがある。終わり次第合流するから、それまでは頼む」


「わかりました。エルザ、レイチェル、行くわよ」


 動揺から立ち直ったグレッグの指示に、アリアは即答してすぐに行動に移す。元ギルド職員であるアリアはこの手の作業にも慣れている。討伐隊に同行しているギルド職員もいるが、アリア以上の適任者はいなかった。


「それでジン。聖獣様には連絡が付けられるか?」


『吾に用か?』


 ジンがグレッグの問いに答える前にペルグリューンが返す。地震直後の知らせ以降、ずっとチャンネルは開けてあった。


「改めて現状を教えていただけないでしょうか」


 今は正確な情報が欲しかった。


『魔素が濃すぎて今は洞窟深部の状況を見ることができぬが、入り口付近の状況はかろうじて把握できる。つい先ほど洞窟の入り口が完全に掘り起こされ、もはや遮る物はなにもない。続々と魔獣があふれ出しておる。今の段階でも千体ではきかぬだろう』


 状況は刻一刻と悪化している。


『外に出ているのは、元々洞窟にいた魔獣だ。崩落時の混乱で数はいくらか減っているが、最終的には三千体は超すだろうな』


 やはり今はリエンツに戻るしかないようだ。しかし、三千体で済むのならまだマシな方なのだが、現実は違う。


『しかもそれで終わりではない。今洞窟内には極大魔石が壊された影響で魔素があふれかえっている。これから時が経つほどに多くの魔獣を生み出し続けるだろう。そちらの方は検討が付けられぬが、少なくとも三千程度ではすまんだろう』


 あくまで今この陣地に近づきつつある三千体は始まりでしかなく、じきに規模を増した第二弾がやってくるというのだ。ジンの脳裏に絶望の文字が浮かんだ。


『……すまぬ。吾もこのタイミングで極大魔石が破壊されるとは想像もできなかった』


 ペルグリューンの思念からは、彼の苦悩が伝わってきた。


「いえ、これは聖獣様を責められません。誰も考えもしていませんでした」


「そうですよ。それに今はどう対処するかを考えないと」


 グレッグに続きジンもペルグリューンを責めるつもりがないことを伝える。いかに聖獣とはいえ、全知全能というわけではない。今はどうやって撃退するかが大事だった。


「ちょっと整理しましょう。まず最初から洞窟にいた魔獣がこの地に向けて進行中で、その総数は約三千体になる。そして現在生まれているであろう新たな魔獣は、いつ頃洞窟を出るかも、どれくらいの規模になるかも不明。ただしかなり数は多いと。……まず最初の三千体に対する対応を決めましょう」


 ジンの提案にグレッグは黙って頷いた。


「私達はこの後リエンツに向け出発しますが、その間も魔獣は私達を追い続けるでしょう。魔獣が進むスピードが馬車と変わらないと仮定すると、魔獣がこの地にたどり着くのにおそらく二時間はかかります。……グレッグさん、私達が帰るスピードは魔獣のそれより早いと思いますか?」


「馬車を引く馬の体力の問題もある。追いつかれることはないだろうが、更に時を稼ぐのは難しいかもしれん」


『暴走状態の魔獣は魔素に酔っているようなところがあるからな。休まず走り続けるだろう』


 グレッグとペルグリューン、両方の見解が一致した。つまりこのままリエンツに戻っても、最大で二時間程度の余裕しかないということになる。先ほどの地震でリエンツが混乱してる可能性もあり、二時間という数字は決して十分なものとは言えない。しかもその時間がもっと短くなる可能性も否定できなかった。


「……やっぱりそうなりますよね。つまり、どうにかしてもっと時間を稼ぐ必要があるということになりますね」


 そのためにとる手段。それは時間稼ぎということで考えれば一つしかなかった。


「ジン、お前……」


『まさか……』


 その考えを否定しようとグレッグとペルグリューンが声を荒げかけるが、その前にジンは手を振って否定した。


「いや、そんな犠牲になるような真似をするつもりはありませんよ? 私には守るべき家族がいるんですから、死ぬわけには生きません」


「なら……」


 どいうつもりだと問いかけるグレッグに、ジンは困ったように頭をかくことで返した。


「とても都合の良い話ですし、無茶なお願いでもあるのですが……」


 一度は口ごもるジンだったが、意を決して伝える。


「ペルグリューンさんにお願いがあります!」


 続けてジンはペルグリューンにそのお願いを伝えるのだった。





「注目!」


 アリア達やギルド職員らの尽力により冒険者の再分配も速やかに終わり、出発の準備が整った。だが何故この場を離れるかなど、不安を残したまま出発するわけにはいかない。手短にではあるが、現状を正確に伝える必要があった。


「うすうす勘づいているとは思うが、先ほどの地震をきっかけに魔獣の大量発生が始まった。しかも想定以上の数だということがわかったので、俺達はこれからリエンツに戻ってから迎撃することになる。このパターンになる可能性があることは前に話していたから、お前達にも納得出来るはずだ」


 冒険者達の反応を確認しつつ、グレッグは話を続ける。


「だが、更に想定外なことが起こった。先ほどの地震の影響で魔獣の数が更に増え、今ここには約三千の魔獣が向かっているところだ」


 ざわりと冒険者の動揺が場の空気を乱す。そして冒険者達を驚かせる情報は、これで終わりではない。


「しかもその三千体に続いて、さらにそれ以上の規模の魔獣が発生する見込みだ。つまり、『暴走』が発生したということだ」


 その事実に小さな悲鳴が漏れる。冒険者といえど、『暴走』はそれだけ恐怖の対象だ。


「だが、ここで一つ朗報がある!」


 動揺する冒険者達に活を入れるように、グレッグの声が響く。


「ジン! 前にでろ! お前から話せ!」


 グレッグに呼ばれたジンが前に出る、その顔は少し緊張しているようにも見えた。


「俺のことはどうでもいいから自己紹介は省略させてもらう。これから話すのは朗報についてだ」


 以前は目立つことを嫌っていたジンもBランクとなり、実力も相応以上についた。今もその気持ちに変わりはないが、必要であれば目立つことを躊躇する気持ちはなくなっている。

 

「俺達の窮地を見かねて、ある存在が俺達に力を貸してくれることになった。その存在はかつて『魔力熱』の解決のためにも力を貸してくれたことがある」


 ジンが『魔力熱』の立役者の一人であることは、ここにいる多くの者が知っていることだ。ざわめきと共に自分に集まる視線に怯みそうになりながらも、ジンは覚悟をもって話を続ける。


「その存在をここで紹介する。……お願いします!」


『よかろう』


 ジンの言葉と共にそこにいる全員の脳裏に言葉が響く。そして次の瞬間、ジンの横に角持つ白馬が現れた。


「……まさか」


「聖獣様……?」


 突如出現した青い眼を持つ白馬。この場にいる者達のほどんどが、目の前に現れた伝説の存在に理解が追いつかない。


「そうだ! 聖獣様が俺達に力を貸してくれる! 確かに魔獣の数は多く、『暴走』は脅威だ! しかし、俺達には聖獣様がついている! 直接戦うことは聖獣様の掟で禁じられているが、そのお力で俺達をサポートしてくれるそうだ。いいか、俺達には聖獣様がついている! 希望を失うな!」


 『暴走』の知らせのすぐ後に出現した『聖獣』。驚愕の事態の連続に混乱する冒険者達の脳に、ジンの台詞がゆっくりと浸透していく。それは確かに希望だった。


『速やかに街へ戻り、迎撃の準備を整えるがよい。その時間は吾とこのジンで稼ごう』


「全員馬車に乗れ! 乗り込み次第出発せよ!」


 ペルグリューンの言葉に続いて、すぐにグレッグが指示を出す。


「「「「おおおおおお!」」」」


 それに応える声は大きく、その顔に絶望の色はない。

 指示されたとおり、冒険者達は速やかに自らが割り当てられた馬車に乗り込む。


「出発!」


 そして馬車は走り出した。




『――本当に良かったのだな?』


 続々と出発する馬車を見送りながら、ペルグリューンがジンに話しかける。


「はい。これが最善の方法だと思いますから」


 手を振るジンの視線の先には、走り去る馬車の中から心配そうな顔で彼を見つめるアリア達三人の姿がある。だが、去りゆく彼女達をジンは笑顔で送った。


「それよりペルグリューンさんこそ申し訳ありません。目立ちたくないのは私どころの話ではないでしょうに」


 そもそも聖獣は伝説とされているくらい目撃情報が少ない。


『構わぬ。シリウスの守護者たるお前の頼みだ。だが、吾が協力できるのはここまでだ。事が終わった後、お前を彼らの元に届ける。それが吾ができる最後の協力だ。よいな』


「はい。無理なお願いを聞いていただき、本当にありがとうございます」


 ジンは深く頭を下げる。

 時間を稼ぐための方法は二つある。決死隊とも言える殿しんがりを置いて時間を稼ぐか、ペルグリューンに討伐隊の全員を転移でリエンツに送ってもらうかだ。

 しかし、後者は対象となる人数が多すぎて、俗世に極力関わらないようにしている聖獣の身では難しい。ペルグリューンに許されているのは、シリウスの守護者であるジン個人への協力が精々だ。よってジンが殿として残って時間を稼ぎ、危険な状況になる前にペルグリューンの転移で避難することを選択した。

 これも本来なら協力可能な範囲を超えていたが、これが最後の協力という条件でペルグリューンは承諾していた。


『しかし、お前一人で本当に大丈夫なのか?』


「はい。ただ、かなり無茶になるのは間違いないですし、最後はペルグリューンさん頼みになってしまうのが申し訳ないですが」


 ジンは自らの持つ全ての能力を使って魔獣を足止めするつもりなので、逆に一人の方がやりやすいという面もあった。

 しかしいくらジンでも無謀と考えるのが当然で、この話をジンがペルグリューンに持ちかけたときにはグレッグも反対していた。ただ、どう転んでもジンがペルグリューンの転移によって安全を確保できるということで、最後は納得していた。

 しかし、これでジンと聖獣との関わりが広く知れ渡ることになる。今後ジンの周囲が騒がしくなることも十分考えられる。


(皆にも心配をかけちゃったな)


 アリア達にこのことを話したとき、猛反対をうけたのも当然だろう。自分達も一緒に残ると言い出したが、ジンはこれ以上ペルグリューンに負担をかけるわけにはいかなかった。

 必ず戻るからと約束し、ジンはこの場にいる。


『さて、集団が姿を現すまでもう少し時間はありそうだが、それまでどうする?』


「先行している奴らを仕留めつつ、本隊を待ちます。転移をお願いする際には合図を出しますので、それまでペルグリューンさんはどこかで待機していてください」


『ふう……。特別だぞ?』


 そう言うとペルグリューンの体が光り始め、次の瞬間にはその巨体が普通サイズの大きさまで縮んでいた。


『他に人はおらぬからな。特別だ。吾の背に乗せてやろう』


「いいのですか?」


『言っただろう。特別だと。吾はお前を乗せて走るだけだ』


 ジンの作戦における最大のネックだった機動力がこれで一気に解決した。しかもペルグリューンが共にいてくれるならば、本当のギリギリまで足止めできる。


「ありがとうございます」


 ジンは再び深くペルグリューンに頭を下げた。

お読みいただきありがとうございます。


次も早めに。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ