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急転

 その朝は、何事もなく始まった。


(静かな朝だ)


 まだ動き出した者がほとんどいない早朝に目覚めたジンは、大きく深呼吸をして朝の新鮮な空気を体中に取り込む。早朝の空気は凜として澄み渡り、とてもこのあと決戦を控えているとは思えないほど静かだ。

 毎朝恒例のラジオ体操を済ませると、ジンは食料班の一人として朝食の準備を手伝い始めた。


「さあ、腹が減っては戦はできぬと言うし、しっかり食べてくれ」


 危険な遠征にコックのような非戦闘員を連れてくるわけにもいかず、遠征中の食事はパンと干し肉、チーズといった調理の手間がかからないものばかりだ。それは冒険者にはお馴染みの食事ではあったが、大一番を控えた今の食事としてはやや物足りない。一応申し訳程度にスープもつくが、予定していたものは具材に乏しい塩スープだった。

 そこでジンは『無限収納』にストックしていた出汁類を放出し、更にベーコンやタマネギなどの野菜もたっぷり追加する。結果野営の食事とは思えないほど食べ応えのある汁物が完成した。

 調理を終えたジンは、今度は配膳係としてお手製のスープを振る舞う。


「うめえ! なんだこれ? 単なる塩スープじゃねえぞ」


 あちこちでスープを口にした冒険者達がその旨さに驚きの声を上げる。似たようなものはレストンでも提供されているのだが、それが野営の食事で提供されるのは想定外だ。地味にジンの『料理』スキルが仕事をしていた。

 また、一日経って味が落ちたパンや硬い干し肉も、スープと一緒に食べれば格段に味わいが増す。ジンが一手間加えたスープは、冒険者達に好評をもって受け入れられた。


「よし、そろそろ俺達も朝飯にしようか」


「はい。お腹がぺこぺこです」


 食事もほぼ行き渡ったかなと、ここまで調理係件配膳係として働いてきたジンとレイチェルは、自分達も食事をとることにした。


「おつかれ、ジン、レイチェル」


「お疲れ様です。スープ以外は確保していますよ」


 そんな二人をエルザとアリアが笑顔で迎える。彼女達も二人の仕事が終わるのを待ち、まだ食事をとっていなかった。


「はは、待っててくれたんだ。ありがとう」


 それにジンは笑顔で応え、レイチェルと共に四人分のスープを持って合流する。そして和気藹々と食事を始めた。


「――いいなー、あれ」


「ああ。羨ましい……」


 そんな親しげな様子のジン達へ、羨望の眼差しを向ける者も少なくない。美女三人を侍らすジンの姿は、確かに独り者には目の毒だ。しかもこれまではその認識は誤解だったが、今となっては紛れもない事実となっている。だが当人達は周囲の視線など気にすることなく、決戦前の朝でありながら無意識に周囲に幸せオーラ―を放っていた。


「やっぱ料理ができた方がもてるのかな?」


「いや、それだけじゃ駄目だろう。やっぱ強くないと」


 ただ、以前はそんなジンに対して嫉みなどを多分に含む視線が注がれていたが、今ではそうしたネガティブな感情はあまり見られなくなり、むしろ憧れに近いものまであった。

 オズワルドとの模擬戦をきっかけに変わり始めたジンの評価は、その後も随時見直されてきた。模擬戦後も毎日のように繰り返される訓練風景を見ればその実力の高さは明らかだったし、それに『迷宮』を使った鍛錬法の公開や、ダントツで『迷宮』の深部まで攻略しているという実績もある。

 ジンは名実ともにリエンツでもトップの実力を持つ者の一人として捉えられるようになっていた。



 大満足の食事が終わると、冒険者達は手分けして陣地の作製を始めた。


「お前達はここだ。図面通り柵を作ってくれ」


「はい、了解です」


 グレッグの指示に従い、早速ジン達は魔獣の群れの侵入を防ぐ防護柵を作り始める。この防護柵の出来が生死に直結しかねないこともあり、慣れない作業ではあっても皆真剣だ。

 こうした作業にあたっては、Bランクパーテイ一組につきCランクパーティを二~三組をつけ、それを一班としてグループ分けしてある。そして面識がある方がスムーズだろうという配慮なのか、ジン達の班にはクリスが所属する『セーラムの棘』と、ジンの同期である『栄光への道』の面々が振り分けられていた。


「ジン、材料は運び終わったぞ。次は何をすればいい?」


「おつかれ。それじゃあクリス達も柵作りに加わってくれ」


 遅い成長期ということなのだろうか。クリスがリエンツに来てまだ三カ月ほどだが、更に身長を伸ばして精悍さが増し、もう子供の面影はほとんど見られなくなった。しかも彼ら『セーラムの棘』の面々もオズワルドから指導を受けるようになり、更にジンが伝えた『迷宮』を利用した鍛錬法を実践していることもあって、その実力はこの三カ月という短期間でも着実に上昇していた。


「クリス、こっちを手伝ってくれ」


「コロナさん達はこっちねー」


 そんなクリス達に一足先に柵作りをしていたアルバートとシェリーが声をかける。

 精神的にも成長したアルバートは、もうかつての問題児ではない。同期であるジンをライバル視しているのは変わらないが、その想いを原動力に今も努力し続けている。彼らもオズワルドの指導や『迷宮』での鍛錬を実践しており、Cランクになってまだ四カ月ほどだが、その実力は確かだ。彼らも一年未満でCランクになっているので、ジン達の影に隠れて目立ってはいないが、かなり優秀といえる。


 更に彼らはその装備も一新し、黒鉄製の武器や迷宮産の素材を使った防具など、全体的にグレードアップを果たしている。

 そもそもリエンツの側にある『迷宮』が過去の転生者が造り上げた訓練施設の側面を持つことは既に話したが、宝箱こそ出ないものの、冒険者の成長のために作られた施設であるという考えは、魔獣のドロップアイテムの内容にも見ることができる。

 迷宮内の魔獣が遺すドロップアイテムには魔石以外にも様々な種類の素材があるが、共通しているのが「防具の素材」であることだ。

 下層のゴブリンは『ゴブリンの革」に代表される微妙な性能のものしか落とさないが、オーク辺りから実用性のある素材が出てくるようになる。たとえば『オークの革』はマッドボアと同程度の性能を持つし、オークガードが落とす装甲板と組み合わせればCランクでも使える装備になるだろう。

 その性能は、四十一階以降に発生するオーガ、そして六十一階以降のミノタウロスと、強さが増すにしたがって上がっていく。既にジン達はミノタウロスの革もギルドに下ろしているため、Bランク相当の素材でつくられた防具を身につけている冒険者の姿も見られるようになってきていた。


 アルバートやクリス達はまだオークまでしか戦ったことがないが、既にその鎧はオーガの革で作られたものを使用していた。


(皆、頼もしくなったな~)


 アルバート達でさえまだ一年ちょっと、クリスに至っては半年ほど前のことでしかないが、ジンは今の頼もしい彼らの姿を見て当時の彼らの姿を思い出す。そして同時に彼らだけでなく自分の成長も思い、感慨深いものを感じていた。




「――よし、こんなところかな」


 レベルアップにより増した各種ステータスの恩恵もあり、作業自体は順調に進んだ。しっかりとくみ上げた防護柵は、リエンツの外壁ほどではなくとも防壁の役目は果たしてくれるだろう。あとはこの防護柵で間に合うレベルの魔獣の数であることを願うだけだ。

 それもペルグリューンが知らせてくれるからわかることだと、ジンはあらためてペルグリューンに感謝していた。


「それじゃあそろそろ昼飯時だし、一旦休憩にしようか」


「了解だ。この後は何かすることがあるのか?」


 ジンの提案にアルバートはうなずき、更に今後の予定を確認してきた。 


「今のところは、他にグレッグさんからの指示はない。魔獣が出てくるのが深夜になる可能性もあるから、たぶん交代で休憩をとることになるんじゃないかな」


 ペルグリューンからの直近の知らせによると、現在洞窟の最深部には極大魔石ダンジョンコアが発生しつつあるとのことだ。これが出来上がるとほぼ同時に『迷宮』へと変化していくそうで、今はいつ迷宮が発生してもおかしくない状況だ。ただ、まだ一般的な極大魔石の半分程度の大きさでしかないので、早くても夕方以降ではないかという見解だった。

 また、『迷宮』の入り口になると思われる場所は、ここから馬車で二時間ほどかかる距離にある。そこから魔獣が姿を見せ始めてからこの場所に到着するまで、少なくとも同程度の時間はかかるはずなので、直前の戦闘準備もペルグルーンからの連絡があってからでも十分間に合う。


「それじゃあ模擬戦とかは……」


「さすがに止めといた方がいいと思う。素振りぐらいにしときなよ」


 ジンから止められ、言い出したクリスだけでなく他の面々も少し残念そうな顔をしていた。


「ははっ、その元気は本番までとっておこう。それじゃあ俺は食事……」


 そう言いかけたジンの背筋にゾクリと冷たい戦慄が奔る。笑顔から一瞬で真顔になったジンに周囲の人々がどうしたのかと声をかける前に、地面が跳ねた・・・


「な! 何だ!?」


「きゃ!」


「くっ!」


 ドンという衝撃と共に、地面が大きく揺れる。かつて『迷宮』が出現したときに感じた一度限りの揺れとは違い、その揺れは長い。


「地震だと? よりによってこんな時に」


 この地域で地震が発生するのは珍しく、リエンツ側に『迷宮』が出現した時を除けば二百年以上前のことだった。地震大国であるに日本に住んでいたジンは何度も地震を経験していたが、今回のはそれなりに大きな地震のように感じた。


(リエンツは無事なんだろうか)


 地震の際、家屋の倒壊や室内設備の落下など、危険なのは屋外よりも屋内になるケースが多い。ジンはトウカをはじめとしたリエンツで待つ人々のことを思い浮かべるが、今は彼らの無事を祈ることしかできないのがもどかしかった。


 


『ジン!』


 そして自体は最悪の方向へと進む。


『緊急事態だ。先ほどの揺れで洞窟深部が崩落し、極大魔石が押しつぶされた。迷宮へとなるために蓄えられた魔素があふれ出し、次々に魔獣を生み出そうとしている。しかも既に存在していた魔獣は恐慌状態で、出口を求めて入り口に殺到して周辺を掘り返している。地上へと出るのも間もなくだ」


 もし、完全に迷宮になった後に地震がおこったのならば、何も問題はなかった。『迷宮』になることで通路や壁が極めて強固になり、崩落などもおこらなかっただろう。仮にそれが起こって極大魔石が壊されたとしても、既に迷宮なのであれば魔素も制御されているので大事にはならない。ここで問題なのは、「なりかけ」だったことだ。

 先ほどの地震は最悪のタイミングで起こったと言える。


 驚愕の事実に青ざめるジンに、ペルグリューンが告げる。


『起こるのは『準暴走』などではない、れっきとした『暴走』だ!』


 こうして全ての予定は覆された。

お読みいただきありがとうございます。


個人的にジェイド達とアルバート達のパーティ名がしっくりきていませんので、もしこんなのどう?という案があれば感想欄でいただければ嬉しいです。


次も早めに。


ありがとうございました。

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