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二つの手段

「いいかシリウス。もう一度確認するが、絶対に俺達の前に出るんじゃないぞ?」


「わん!」


 あれから数日が経ち、諸々の手配を終えたジン達は、シリウスを連れてリエンツ横の『迷宮』へと来ていた。転送装置で迷宮の六十階まで移動したジン達は、転送部屋を出る前に最後の確認をする。

 まだ幼いシリウスを『迷宮』に同行させるのはいささか無茶にも思えるが、もちろんこれには理由がある。ペルグリューンとの約束の一つに、シリウスをできるだけジンの冒険に同行させるというものがあったのだ。


『なに。まだ幼いとはいえ、その気になればお前達が言うBランク魔獣あたりにも負けはせんよ』


 難色を示すジンに、ペルグリューンが言った台詞がこれだ。聖獣という存在の規格外さを改めて感じたジンだったが、かといって何の対策もせずにシリウスを連れて行くことなどできるはずもない。


「シリウスちゃん、私から離れては駄目よ?」


 まず、シリウスには常にレイチェルの側にいるように言い含め、彼女には守り役として常にシリウスの動向に気を配るようにしてもらう。


「遠距離攻撃は、私とアリアで止める」


「ええ。優先順位は一番に魔術師タイプ、二番目が弓士タイプね」


 そしてエルザとアリアが厄介な遠距離タイプ、特に一番厄介な範囲魔法を使う魔術師タイプを優先して仕留めることにした。

 これでもまだ全ての不安が解消したわけではないが、それでもジン達はシリウスに傷一つ付けさせるつもりはない。 いくらペルグリューンから大丈夫とお墨付きがあるとはいえ、ジン達にとって幼子のシリウスを守るのは当然のことだった。


「よし、シリウスもいるんだから、六十階といっても気を抜かないように。今日からは全力で挑むぞ!」


 それに今は少しでも多く魔素を消費させておきたいところでもあるので、数多く戦闘をおこない、魔獣の数を減らすことが最大の目的となる。

 ジン達はこれまでしてきたような訓練を兼ねた攻略ではなく、範囲魔法の使用も解禁した一切の手加減がない迷宮攻略に専念するつもりだ。


「「「はい!」」」

「わん!」


 号令をかけたジンだけでなく、シリウスを含めた全員が気合い十分だ。

 ジン達は転送部屋を出ると、宣言通り全力で迷宮を進んでいく。ジンのグレイブが、エルザの大剣が、アリアの攻撃魔法が、レイチェルの戦槌が。彼らの前に立ちはだかろうとする魔獣を、次々にたたき伏せていく。六十階に出るミノタウロスでは、既にジン達の敵ではない。その彼らの勇姿を、シリウスは後方から真剣な目で見つめていた。


 このあと、結局彼らは迷宮の六五階まで歩を進めた。あまり深くは潜らなかったが、魔獣との戦闘回数はかなりのものになり、魔獣の数を減らすという目的は十分果たせたと言える。

 この間シリウスは言いつけ通りずっとジン達の後方で身構えるだけで、戦闘には一切参加していない。攻撃を受けることも一度もなく、無事にこの日の探索は終わった。




「よーし、よし。よく我慢したな、シリウス。偉いぞ~」


 転送装置がある六十階まで戻ってきたジンは、転送部屋でシリウスの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。ここまでシリウスは普段の甘えたがりな面は一切見せず、ずっと大人しく緊張感を持って行動していた。ジン自身もシリウスを褒めるのを我慢していただけに、あとは転送装置で戻るだけとなった今は存分に可愛がっていた。


「うふふっ。途中うずうずしてた時もあったみたいですが、よく我慢しました」


 レイチェルは最も近くで行動していただけに、シリウスの葛藤が伝わってきていたのだろう。その微笑みは優しい。


「男の子だもんな。少しくらいはしょうがないさ。なあ、シリウス」


「もう、エルザったら。シリウス、思うのはいいけど、ちゃんと言うことは聞かないとだめよ」


 このままでは少しくらいなら攻撃しても良かったと言っているようにも聞こえかねないと、アリアはエルザを軽くたしなめながら補足を入れる。


「あはは。ごめんごめん。シリウス、よく我慢したな。うん、偉かった!」


「そうね。良い子でしたよ。シリウス」


 エルザもそう取られるのは本意ではない。二人はシリウスのとった行動が正しいのだと笑顔で褒めた。


「わん!」


 ジン達全員から褒められたシリウスは、尻尾をちぎれんばかりに振ってご機嫌な様子だ。


「ふふっ。それじゃあ帰ろうか。シリウス、またこの中に入ってくれるか?」


 ジンは笑顔のまま『無限収納』から取り出した肩掛けの鞄を広げる。


「わん!」


 一吠えして応えたシリウスがその身を軽く震わせたかと思うと、その体毛が白色から褐色へと変わり、聖獣からどこにでもいそうな子犬の姿となる。そしてジンに言われたとおり、シリウスはトコトコと移動して鞄の中に自分の身を収めた。


「よし、それじゃあ少しだけ我慢してくれよ」


 ジンはシリウスが入った鞄におおいをかぶせてから、自らの肩にかつぐ。そこまで底が深い鞄ではないので、シリウスは鞄の端から頭だけ出している状態だ。これから迷宮を出るまで他人に見られるわけにはいかないので、転送装置を使うその時からはシリウスも頭を引っ込めて隠れていなければならない。

 一応グレッグには了解を取っているのだが、本来なら冒険者以外を迷宮に入れることはできなかったし、それが子犬であればなおさらだ。こうして隠して連れて行かなければならないのも仕方がなかった。


 ジン達はそろって迷宮から出ると、トウカを迎えに孤児院に寄ってから自宅へと戻る。そしてジンは手早く夕食の準備を済ませると、あとの仕上げはレイチェルに任せて一人ガンツの鍛冶屋へ向かった。


「お待たせしました」


「いや、ちょうどいいタイミングだ」


 作業中の手を止め、ガンツはジンに笑顔で返す。共に鎧を作製し始めてから二日経つが、ミノタウロスエリートの革とミノタウロスロードの装甲板はいくつものパーツに分けられ、一部は既に鎧の形に組み上がっているところもある。本来なら二~三日程度では魔力を馴染ませる時間にも足りないのだが、ジンの最大ランクの『魔力操作』がその常識を覆し、初日から作業を可能としていた。ジンの規格外な『鍛冶魔法』と、ガンツが鍛え上げてきた高い『鍛冶』スキルが合わさり、ここまでの工程は当初の想定以上に順調に進んでいる。


「よし、ここを『融合』で頼む」


「はい。あ、こっちもやっておきますね」


「おう、頼んだ」


 てきぱきと作業は進んでいく。こうしてジンとガンツの二人で作業するのは、女性陣の武具を作ったときからやっていたことなので、二人の息はピッタリだ。


「――よし、ちょっと休憩するか」


「はい。あ、お茶は用意してます」


 ふと気付けば、三時間ほどぶっ続けで作業していたようだ。

 ガンツの提案はジンも望むところで、早速『無限収納』からティーセットを取り出してテーブルに並べた。


「ったく、便利なスキルだぜ」


 自らの前におかれたティーカップに、お茶が湯気をたてて注がれていく。『無限収納』については既にこの作業中に何度か見た光景ではあったが、ガンツは目にする度に新鮮な驚きを感じていた。


「はは、色々助かってます」


 ジンがガンツにこの『無限収納』の存在を初めて明かしたのは、つい数日前のことになる。それまでも何度か機会はあったし、ガンツならいつでも秘密を話せるとジンは考えていた。だが、ジンがあまりにも便利なこの能力に頼りすぎないようにしていたこともあり、これまで決定的な機会が訪れなかったということなのだろう。


「そいつがありゃあ、倉庫整理も簡単そうだな。もし冒険者を辞めたら、いつでも雇ってやるぞ?」


「ははは。それもいいかもしれませんね」


 ガンツの本音混じりの冗談に、ジンも笑顔で返した。


「しかし、このペースならあと二日もありゃあ完成するだろう。……予定日は確か五日後だったよな?」


 前回とデザインをほとんど変えていないということも、鎧の作製が順調な理由の一つだ。そしてガンツが言った予定日、それはペルグリューンが予測した洞窟型の『迷宮』が誕生する日のことだ。


「はい、思っていたより小規模で済むかもしれないので、場合によってはこちらから打って出る予定です」


 ペルグリューンの話では、洞窟の入り口に近いところにいた魔獣が奥へと移動しているそうで、このままいけば迷宮の誕生直後に外に出る魔獣の数は少なくなる見込みということだった。現在もペルグリューンは監視を続けており、何か変化があった場合や、『準暴走』が発生した際にはその規模をジンに知らせてくれることになっている。


「ということは、早ければ三日か四日後に出発する可能性もあるってことか」


 ガンツの言うように、打って出る場合は、『準暴走』の起点となる『迷宮』までの距離を考えるとそうなる。だが、いずれにせよ鎧は間に合いそうなのが救いだ。


「はい。打って出る方が村や農産物の被害は少なくてすみそうですけど、万が一を考えると危険ですし。どうなるんでしょうね」


 リエンツを守る城壁を利用して防衛戦を行うのに比べ、打って出て『迷宮』のそばで戦う方がはるかに難易度が高い。必然的に打って出ることができるのは、『準暴走』の規模がかなり小さい場合のみとなる。

 また『迷宮』からリエンツの間には、いくつもの村やそこに住む人々が丹精込めて育ててきた畑や作物があるが、それらは『準暴走』が発生する頃には無人になっているはずなので、魔獣の集団が意図して荒らすことはない。ただ進路上にあるだけでも被害は免れないため、できればそれらに被害が出る前に迎撃できれば最高の結果となる。

 ただ、いくら聖獣のペルグリューンとはいえ、できるのはあくまでも現状を見ての予測だけだ。その信憑性は高いが、予測が外れる可能性も否定できない。発生直後に入る予定のペルグリューンの連絡を待って出発するならともかく、前もって出るのであれば、それが早ければ早いほど想定外に規模が大きくなった場合のリカバリーが難しくなるだろう。

 その決断には慎重さが求められた。


「その辺はグレッグの奴に任せるしかだろうな。……よし、どう転んでも対応できるように、俺達は鎧を仕上げることに専念しよう。お前だって一日くらいは慣らしの時間が欲しいだろう?」


 打って出るかどうかを決めるのは、グレッグも参加している運営会議になるはずだ。主に魔獣にあたるのは冒険者であるため、そのギルド長であるグレッグの発言力は大きいが、それでも他の面々の意思を無視することはできないだろう。


「そうですね。今はできることを一生懸命にやるしかないですね」


 ジンはグレッグがしているであろう苦労を思い、全てが終わったらお酒でも奢ろうかと考えていた。


 この後、休憩を終えた二人は、再び鎧の作製に取りかかる。


 ――そして二日後、ジンの新たな鎧は完成した。

お読みいただきありがとうございます。

できたら明日も更新します。


ありがとうございました。

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