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前準備

 翌日から、早速ジン達は精力的に活動を始めた。


「うーん、こりゃあ修理するよりも、作り直した方がいいだろう」


 まずジンは、鎧を修理してもらうためにガンツの元へと向かった。

 最深部の階層主との戦いで傷ついたジンの鎧は、ところどころ革が破れているところもあり、有り体に言ってボロボロだ。魔獣素材製なので『鍛冶魔法』での修復は可能だが、革は金属ほど相性は良くない。とりあえず元の形に戻すことは可能かもしれないが、性能は以前より落ちてしまう。


「やっぱりそうですか。ただ、そうしたいのは山々なんですが、近々大一番がありそうなんですよ。間に合うならいいんですけど」


 まだペルグリューンから洞窟が迷宮になる日がいつになりそうかという連絡は来ていない。


「どうした? 何かあるのか?」


「はい、実は……」


 周囲に自分達以外の人気がないのを確認したあと、ジンはガンツに現在リエンツがおかれている状況を伝える。もちろんグレッグには許可を得ていたし、逆に事情を話してくれと頼まれた相手がガンツ以外にもいた。


「――まさかそんなことになっていたとはな」


 この街の近くで二つめの迷宮が誕生しようとしていることも驚きだったが、更に迷宮の発生に伴って小~中規模な暴走が発生するというのだ。リエンツの置かれた状況はかなり悪い。

 しかし、悪いことばかりではない。こうして情報を発生前の現段階で入手できたことで、事前に対策をとる猶予ができた。しかもその情報をもたらしてくれたのが、聖獣という半ば伝説の存在だというのだ。暴走と聖獣という普通では考えられない事態の連続に、ガンツは驚きと共にやや肩すかし気味な気分を味わっていた。


「現状は最悪ではありませんが、何が起こるかわかりませんからね。鎧を作り直すにしても、決戦の日に間に合えばいいのですが」


 ペルグリューンの連絡内容によっては、ジン達は『準暴走』の発生源近くまで遠征する可能性もある。いずれにせよジンに防具が必要なのは間違いなく、間に合わなければ性能が落ちても修理したものを使うしかなかった。


「新しい鎧が間に合うかはその決戦の日次第だが、修理の方はお前が手伝うならすぐに終わるだろう」


 修理や作成に便利な『鍛冶魔法』ではあるが、素材に『鍛冶魔法』を使う者の魔力が浸透しているほどその効果は高くなる。今回はジンの魔力が浸透しきっている愛用の鎧を修理するので、まず前準備としてガンツの魔力を浸透させる必要があった。だが、ジンはガンツとの鍛冶修業で『鍛冶魔法』を習得し、さらに最大ランクの『魔力操作』スキルも所持しているので、こと『鍛冶魔法』の腕についてはガンツを凌駕している。既に鎧にはジンの魔力が浸透済なこともあり、ジンが手伝うのなら修理には半日もあれば十分だった。


「防具がないと迷宮にも行けませんし、もちろんお手伝いします。それと新しい鎧にはこれが使えませんか?」


 ジンが取り出したのは、迷宮産の素材――迷宮七十階の階層主がドロップする『ミノタウロスエリートの革』と、最深部となる八十階の階層主から出た『ミノタウロスロードの装甲板』だ。前者も貴重なものではあるが、特に後者は最後の階層主がドロップするだけあって高性能かつ貴重な品になる。しかし、アリア達からの強い勧めにより、今回ジンの新しい鎧に使用することが決まった。


「……そういや最後のボスも倒したって言ってたな。こいつは腕が鳴るぜ」


 それら貴重な品を受け取ったガンツは、驚きと共にこれほどの品を扱える機会に鍛冶士として喜びも感じているようだ。


「しかしジン。こいつは決戦とやらに使わない手はないと思うぞ? お前も忙しいとは思うが、こいつを仕上げるのに手を貸せないか? それなら七日、いや、五日で仕上げてみせるぞ」


 手にした素材の価値を『鑑定眼』で感じたガンツは、これらの素材でつくる鎧の性能がかなり高いものになるであろうことを確信したのだろう。鎧作りの全ての工程にジンが携わる必要はないが、要所要所で手を借りることができるのならば、大幅に納期を早めることが可能だ。

 防具の性能は装備者の生死に直結するという思いもあり、ガンツはジンのためにも決戦時には新しい鎧で臨むことを勧めていた。


「うーん。確かにそうかもしれませんね。私も手伝う前提で、皆と相談してみます」


 リエンツのすぐ横にある迷宮は、過去の転生者が造ったものなので暴走を引き起こす危険はない。ただ内部の魔獣を倒して魔素の消費を増やせば増やすだけ安全性も増すことから、ジンは一通りの用事が片付いた後は積極的に迷宮に行くつもりだった。

 だが、その規模はまだ不明とはいえ、来る『準暴走』は一大決戦になることは間違いないだろう。そこにわざわざ性能の鎧で立ち向かう理由はない。ガンツが言うように、間に合うかではなく、間に合わせなければならない場面だ。


「ああ、そうした方がいい。……嬢ちゃん達を悲しませてはいかんからな」


 ガンツはジンの返答に満足げに頷いたが、その後にニヤニヤしながら一言付け加えるのが彼らしいところだ。だが、アリア達との関係性については、ジンもガンツに報告しなければならないことがあった。


「はは。そのことにも関係する話なんですが……」


 いつもなら苦笑して流すことも多いジンだったが、今回は満面の笑顔で応える。そしてこれまで相談に乗ってもらってきたガンツに、ジンはアリア達三人から結婚の承諾を得たことを伝えるのだった。

 ガンツが驚きと共にジン達を祝福したのは言うまでもない。



 次に訪問したのは、薬屋を営むビーンのところだ。

 ジンは『調合』の師匠でもある彼に、ガンツと同様にリエンツが置かれた状況を説明して協力を依頼する。


「まさかそんなことが……。しかしこれはどうしたものか。協力したいのは山々なんですが、ポーションは迷宮用に今でも限界近くまで増産している状態です。無理をすればもう少し増やせると思うのですが、今回はかなりの数を確保しなければなりませんよね? 他の店に協力をお願いするとしても、残された日数次第では必要数をそろえるのは難しいかもしれません」


 魔獣との戦闘回数が多くなる『迷宮』に潜るのに、回復手段であるポーションを準備しない冒険者はいない。そんな冒険者達の要望に応えるため、ビーンのような調合士達は休みもそこそこにポーションを作り続けていた。そこから更に増産することはビーンにとってもかなりの負担になるが、リエンツの為に不眠不休でポーションを作り続ける覚悟はあった。だが、ことは単純にビーン達調合士の作業時間を増やせば済むという話ではなく、ポーションの作成には相応の素材も必要になるのだ。

 調合士として冒険者の活動を支えている自負があっただけに、ビーンはここで確約できないことが心苦しかった。


「やはりそうでしたか。確かに問題は時間ですよね」


 時間さえあればビーンもポーションをそろえることはできるだろう。だが、いつ『準暴走』がおこるかわからない現状では、万一を考え可能な限り数をそろえる必要がある。ジンはこの状況を半ば予想していたこともあり、次善の策としてある提案をすることにした。


「ビーンさん。私はビーンさんに調合を学ぶようになってから、自分でも自宅でポーションを作り続けてきました。その在庫が四百本ほどあります。それをビーンさん経由で冒険者ギルドに下ろしていただけないでしょうか?」


 その四百本の内訳は、HP回復ポーションが三百本、MP回復ポーションが百本だ。一般的に出回っているポーションには使用期限があるが、時間経過しないという特性を持つジンの『無限収納』に収められたこれら四百本、全てが使用可能だ。これで必要数を全て満たせるわけではないが、とりあえず緊急用としては十分だろう。残りはビーン達の頑張りに期待するだけだ。


「ですが……」


 ポーションの使用期限も気になり、ビーンが戸惑いつつも口を開こうとしたが、それをジンが途中で遮る。


「ああ、心配するお気持ちはわかります。ただ私はちょっと特殊な収納ができるので、その四百本は全て使用可能な状態なんです」


 ビーンが心配するのも最もだと、ジンは彼を安心させるために中空に『無限収納』のゲートを呼び出し、そこから一本のポーションを取り出して見せた。


「な!?」


 ビーンが驚くのも当然だろう。ジンは驚かせて申し訳ないと頭を下げると、自らの『無限収納』について説明し始めた。


「これは『無限収納』といい、私のスキルみたいなものです。ほぼ無限に物を収納することができ、しかもこの収納に収まっている間は時間が経過することもありません。これまで作ってきたポーションは全てこの中で保管していましたので、先ほど申し上げた四百本は全て使用可能な状態なんですよ」


 ジンがこの『無限収納』のことを明かした相手は、パーティメンバ―以外には片手の指で足りるほどの人数でしかない。今回ジンがあえてビーンにこの秘密を明かしたのは、ビーンに対する信頼からだけではなく、たとえそれが自らの秘密を明かすことであったとしても、あらゆる手段を使って人々を守るという決意の表れでもあった。


「…………わかりました。一旦ポーションは私の方で預かり、それからギルドに下ろすようにします。残りも可能な限り早く納品できるようにします」


 以前『魔力熱』の解決策を模索していた際、ビーンはジンが持つ『鑑定』と『地図』という二つのユニークスキルの存在を知ることになった。その時もジンの秘密を守ると誓ったが、今回もそれは変わらない。ジンのおかげで用意しなければならない数は半分近くまで減った。あとは同業者と協力して、一日でも早く残りを揃えるだけだ。

 リエンツを守るため、そしてジンの信賴に応えるため、ビーンはやってやるさと久しぶりに血がたぎるような高揚感を覚えていた。


「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」


 更なる増産を余儀なくされたビーン達調合士の負担はどれほどのものか。しかし、今は無理を押してでも踏ん張らなければならない時だ。

 ビーンに対する敬意から、ジンの頭は自然と深く下がった。





「……レイチェルから大変な状況にあるとだけは聞いていましたが、そういうことだったんですね。わかりました。いざという時に対応できるよう、神官からも幾人か選抜するべきですね。もちろん私も参加するつもりです」


 最後に訪れた神殿で、ジンはクラークにもこれまでの経緯を話し、脅威への対応の協力をお願いした。それに対する答えがこれだった。

 クラークもそうだが、神官は若い頃に冒険者として活動する者も少なくなく、現役を引退してはいてもそれなりにレベルが高い者もいる。彼らなら前線でも救護活動をすることも可能だろう。


「ありがとうございます。どうかよろしくお願いします」


 そうした神官の存在は戦闘に参加する冒険者の生死を左右する重要な要素となるが、同時に冒険者同様、神官も死の危険にさらされることになる。

 もし『準暴走』に対して何もしなければ、そこに待つのは死だ。だが、『準暴走』に立ち向かうことを選んだ場合も、そこに死の可能性はある。戦場に立つのは本人の覚悟次第とはいえ、ジンはクラークをはじめとした神官達をそんな立場に引きずり込んでしまうことに心苦しい気持ちになっていた。


「これも人々を守るためです。ジンさんは私たちにその手段を与えてくれたのですから、私はジンさんに感謝していますよ」


 クラークは微笑を浮かべて穏やかに語る。それはジンを慰めるかのようでもあった。


「はい……。ですが、それでも言わせてください。ありがとうございます」


 クラークが言ったように、ジンは自分達がもたらした情報で対策が可能になったという側面があるのは自覚している。だが、それと実際に行動できるかどうかは別の話だ。

 今度は申し訳なさを忘れ、ジンはただクラーク達の決断に感謝して頭を下げていた。 


「ふふっ。そんなに固くならないで。もうじき家族になるんですよね?」


 ジンの気を楽にさせるためだろう。クラークは悪戯っぽい笑顔を浮かべ、あえてプライベートなことについて話す。ジンが来る大分前に訪れていたレイチェルから、さわりだけだが結婚の話については聞いていた。元よりそうなることを期待していたクラークにとっても嬉しい報告だったが、何より嬉しそうに話す孫娘の笑顔がたまらなく嬉しかった。


「その、今はこんな状況ですので、正式なご挨拶は改めてさせていただきますが、できるだけ早くに結婚したいとは考えています」


 ジンとしても話さなければならないことではあったが、このタイミングでくるとは思っておらず、今度は別の緊張感を覚えていた。


「はい、その時がくるのを楽しみにしています。……そのためにも一緒にがんばりましょう」


「はい!」


 優しい笑顔を浮かべるクラークに対し、ジンも今度は笑顔で返事をするのだった。




お読みいただきありがとうございます。また、ご意見ご感想もありがたく拝見しています。

誤字脱字のご指摘だけでなく、そうしたものも書籍化する際の参考にさせていただいております。


何かお気づきな点などございましたらどうぞお願いします。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] そこにわざわざ性能の鎧で立ち向かう理由はない。 →そこにわざわざ性能の劣る鎧で立ち向かう理由はない。
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