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再会

 その瞬間、ジンを含めた全員が身構えて周囲を探る。ここにいる面々は誰もが『気配察知』スキルを高いランクで所持していたが、その彼らをしても自分達以外には何の気配も感じていなかった。


「いない?」


 自分達の目で辺りを確認したが、やはり周囲に彼ら以外に人影はない。『念話』という初めての経験もあって一層警戒を強めるグレッグ達だったが、ジン達は逆だ。

 何故ならジンとその仲間達にとって、『念話』はこれが初めてというわけではない。『声』がした瞬間は反射的に反応してしまっていたが、今ではもしかしてと、この『声』に既視感を覚えていた。


『今から行く。しばし待て』


 そんな警戒するジン達を安心させるかのように、二回目の念話が届く。ジンとその仲間達は、その瞬間にこの声の主が誰なのか確信を得た。


「武器を収めてください!」


 一流の冒険者として当然の反応だが、グレッグ達は各々が武器を構え、何があっても対応できるように完全に臨戦態勢をとっている。ジンは慌ててグレッグ達に警告した。


「何を……」


「敵じゃありません! 武器だけでいいです!」


 時間がないと、グレッグの反論を遮ってジンは叫ぶ。いつもとは違う真剣さが感じられるジンの様子に、グレッグ達もとりあえず構えていた武器を下ろす。ただ何かあったら即座に対応出来るように、警戒だけは解いていなかった。


「ありがとうございます」


 そのジンの言葉が終わるや否や、音もなく運動場の中央に大きな気配が出現した。


『ふむ。驚かせたようだな』


 たてがみまで純白の馬体と額から伸びる螺旋状の一本角、そして通常の生物にはありえない全てが紺碧に染まった眼がジン達を見つめていた。


「ペル……」


 思わず叫びそうになった彼の名を途中で止める。ジンはその名を軽々しく口外しないと彼と約束していた。


「「「聖獣!?」」」


 その代わりというわけでもないだろうが、ほぼ同時に放たれたグレッグ達の驚愕の叫びがジンの声をかき消していた。


『久しいな。ジン、そしてその仲間達よ』


 一角を持つ巨大な白馬ユニコーン――それはかつて『魔力熱』解決のため奔走するジン達に力を貸してくれた聖獣、遠くダズール山の山頂に住まうペルグリューンの姿だった。


「お久しぶりです。その節は本当にありがとうございました。おかげで『魔力熱』は一人の犠牲も出すことなく収束しました」


 名を覚えていてくれたことが嬉しくもあり、ジンは駆け寄りはしないまでも物怖じせずにペルグリューンに近づく。そして彼のおかげで子供達の命が救われたことを伝えると共に、深く頭を下げて心からの感謝を伝えた。


『ふむ。それは重畳と言っておこうか。いずれにせよここに「迷宮」が出現した以上は、遅かれ早かれ「魔力熱」も収束したと思うがな』


「結果的にはそうだったかもしれませんが、だからといってペ……貴方にしていただいたことは変わりません。おかげであの後すぐに子供達は病気の苦しみから解放されましたし、本当にありがとうございました」


 ペルグリューンが指摘した通り、彼に会ってから二カ月も経たないうちに『迷宮』のおかげで『魔力熱』は収束したのは事実だ。だが同時に、その二ヶ月の猶予がなければ、失われてしまっていた命があったであろうこともまた事実だった。

 ジンが感謝しないわけもなく、アリア達も彼に続いて頭を下げていた。


「聖獣様にはお初にお目にかかります。私はこのリエンツで冒険者ギルドの長を務めているグレッグと申します。私からも感謝を。本当にありがとうございました」


 もちろん、感謝しているのはジン達だけではない。ジン達にやや遅れてグレッグも頭を下げたが、彼はことの経緯を知る数少ないメンバーの一人だ。

 同じく聖獣のおかげで魔力熱解決の目処がついたことを知るメリンダと、概要しか知らないがここまでのやりとりでおおよその見当がついたオズワルドも、グレッグに続いて頭を下げていた。


『ふむ。では、その感謝は受けよう。……それとジン、この者らはお前が信用するものなのだろう? であれば我が名を隠さずともよい。無論この者らにも軽々しく口外することも記録に遺すこともせぬと誓えばの話だがな』


 何度もペルグリューンの名を口にしかけては言い直すジンがおかしかったのだろう。苦笑めいた思念がジン達に届いた。


「「「誓います!」」」


 即座にグレッグ達が誓う。聖獣という存在に対する敬意だけでなく、『魔力熱』解決の恩義もあるのだ。彼らがペルグリューンの意にそぐわない真似をするはずもなかった。


「それでは改めて言わせてください。ペルグリューンさん、その節はありがとうございました!」


「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」


 ジンに続けて、全員が再度ペルグリューンに感謝を捧げるのだった。





(やっと言えた)


 ジンはペルグリューンに事の顛末とお礼を伝えていないことが頭の片隅にずっと引っかかっていたので、ようやく伝えることができたとスッキリした気分だ。……だが、肝心なことを忘れている。


「……ところで、何故ペルグリューンさんがここに?」


 やはりペルグリューンの出現という予想外の事態に混乱していたのは間違いないのだろう。ここに来てようやくジンは、ペルグリューンがこの場に姿を現した理由や、その前に伝えてきた「それだけではすまないかもしれない」という台詞の意味を気にする余裕が出てきた。

 

『ふむ、ようやく本題に入ることができるな』


 苦笑と共にペルグリューンが思念を伝える。

 確かに一番に話さなければならなかったのはペルグリューンが来た目的だったのかもしれないが、ジン達がこれまでの感謝を伝えることをせずに話を進められるはずもなく、ある意味では仕方のない流れだったかもしれない。


『ジンを探していたのだが、ちょうどお前達が面白い話をしているのを聞いてな。どのみちお前に会わせるつもりだったので、こうしてやってきたというわけだ』


「会わせる?」


 ペルグリューンが『時空魔法』を使ってこの場に転移してきたのは間違いないだろうが、離れた場所からジンを探したり、その会話を聞いたりできたのも『時空魔法』の力なのかもしれない。そんなことを思いつつ、まるで第三者を連れてきているようなその言葉にジンには首をかしげる。

 そしてジンがその第三者を意識するとすぐに、ペルグリューンの側にもう一つ小さな気配があることに気付いた。


「ワン!」


 それは少し前、ジンがこの世界でのスタート地点となるあの丘で出会った小型犬だ。褐色の毛並みと瞳は珍しいものではなかったが、ついこの間のことなので見間違うはずもない。ペルグリューンの大きな気配に紛れて気付かなかったが、ずっとその側で大人しく待っていたようだ。

 ちょこんとお座りしたまま尻尾をパタパタと振るその姿は、自然とジンの頬を緩ませるに十分な可愛さだった。

 だが、何故この犬がここにいるのか?


「まさかとは思いますが、会わせたいというのはこの子のことでしょうか?」


『その通りだ。……よし、元に戻って良いぞ』


 特大の疑問符を頭上に浮かべるジンに、ペルグリューンはあっさりと答える。


「ワン!」


 ペルグリューンに促され、子犬は水に濡れたときに水滴を弾きとばすかのように、目をつぶってブルブルッと体を震わせながらその体全体から淡い輝きを放った。


「「「な!」」」


 ジン達は驚愕の声を上げる。次の瞬間には子犬の茶色の体毛は純白に変わり、そしてまぶたの奥から見えるのは紺碧の宝玉。それは他の生物にはない、聖獣の証だ。


(この子も聖獣なのか? 一体どうなってる?)


 ジンはこの子が聖獣だったとは知らずに遊んだこともあって、この場にいる誰よりもショックを受けていた。


「ワウ」


 だが小さな聖獣はジンの動揺など気にすることなく、呆然とする彼の側にトコトコと近寄ってくると、甘えるように足に鼻面をこすりつけてきた。

 その姿にジンは笑みを誘われ、半ば無意識に腰を落としてコリコリとその額をくすぐる。その毛並みが鎮静剤代わりになったのか、そうしているうちにようやくジンも平静に戻った。


「もしかして、前にこの子に会ったのも偶然じゃなかったんでしょうか?」


 ジンはこの小さな聖獣を撫でながら、しゃがんだままペルグリューンに問いかける。


『そうだ。まず相性が良くなくては話にならんからな』


 その答えに、ジンは若干だまされたような気分になってしまうが、すぐにこの世界における聖獣という存在の立ち位置に思い当たり、それも無理はないかとすぐに思い直していた。


 ただ、このようにジンは小さな聖獣やペルグリューンに対して特に気負いもなく自然体で接していたが、聖獣という偉大な存在に対する態度としては、少なくともグレッグ達にとってはフランクすぎる気がしたようだ。ここはジンに声をかけるべきかと、気をもむグレッグ達がジンの背後でその手を伸ばしたり引っ込めたりしていた。


「そうだったんですか。まあ確かに最初からこの姿だったら、驚いて仲良くなるどころじゃなかったかもしれませんね」


 グレッグ達の想いが通じたのか、ジンはしゃがむのを止め、立ち上がってペルグリューンに返す。聖獣であることを隠してくれたおかげでこの子が懐いてくれるようになったと思えば、ジンが感じていた僅かなわだかまりめいたものもすぐに消えていた。


 一方、ようやく立ち上がって話すジンの姿にほっと胸を撫でおろすグレッグ達だったが、ジンはその腕の中に小さな聖獣を抱きかかえている。

 フランク過ぎるのはあまり変わっておらず、遅れてそのことに気付いたグレッグやオズワルドは額に手を当てて天を仰いだが、メリンダはアリア達と同様に苦笑で済ませる余裕が出てきていた。

 ここはグレッグとオズワルドが心配性すぎたというより、メリンダの柔軟性を褒めるべきかもしれない。


『ふふっ。やはり心配はいらなかったようだな。お前達の仲が良くてなによりだ』


 もちろんグレッグ達の心配は杞憂に過ぎなく、ペルグリューンはそんなジンに対して楽しげに笑って答える。その思考が届き、グレッグ達もようやく落ち着いた。


「それでこの子に会わせるために私を探してたのはわかりました。その理由はともかく、この子にまた会えたのは嬉しいので問題ありません。ただ、さきほど『足りないかもしれない』っておっしゃってましたよね。そちらの方が理由が気になるのですが?」


 ペルグリューンがこちらに好意を抱いてくれているのは伝わってきたが、だからといってわざわざこの小さな聖獣を紹介するためだけに来たはずがない。その理由が気にならないわけではなかったが、この可愛い聖獣が関係することが悪いものであるとはジンには思えなかったし、それよりもペルグリューンが姿を現す前に発した台詞の方がはるかに不穏なものだった。


『ふむ、どのみち関係してくるか。……いいだろう。まずは先ほどお前達が話していた件について、吾の見解を話そう』


 ここまでのやりとりでグレッグ達も聖獣という存在に対する緊張感が若干薄れてきていたが、このペルグリューンの台詞で再び緊張感が戻る。聖獣という上位の存在の警告なのだからそれも当然だろう。

 ジンもまた腕に抱えていた小さな聖獣を地面に下ろし、ペルグリューンが話し始めるのを待った。


『まず、先ほどジンが話していたことは概ね事実だ。お前達が『迷宮型』と分類しているここの迷宮は、確かに周囲の魔素を消費することで『暴走』の発生を抑えている。自らが『暴走』の原因になることもなく、『暴走』対策としては最高の設備だろうな』


 ペルグリューンの言葉に全員が頷く。それはここにいる全員の共通認識だ。


『ただ補足するならば、そもそも全ての『迷宮』は魔素を発散させるためにできているのだ。『迷宮型』ほど効率はよくないが、それ以外の迷宮も維持するために魔素は消費しているし、迷宮内の魔獣を間引きすることで『暴走』を抑える効果も増すのも同じだ』


 過去の転生者が『迷宮創造』で作り上げた『迷宮』も、元々迷宮が持つ性質を引き継いでいたのだろう。その上でより効率良く魔素を消費するようにしたり、攻略する冒険者が成長しやすいようにしたりと、様々な改良を加えていったと考えると説明がつく。


『だが『迷宮型』は絶対に『暴走』の原因にならないように人の手によって造られているが、それ以外の自然発生する『迷宮』は、『暴走』の原因となる可能性がゼロではないのだ。巷で言われているように『迷宮』を放置したからといって必ず『暴走』起こるというわけではないが、何かのきっかけでそうなってしまう危険性があるということだだけは忘れるな』


 やはり『暴走』対策として一番有効なのは『迷宮型』で、『洞窟型』や『遺跡型』などはそうとは言い切れない部分があるようだ。一括りに『迷宮』だからと同じように考えてはいけないのだと、ジン達はしっかりと頷く。

 ただ、それは確かに記録しておかなければならない新事実ではあったが、現在のリエンツにあるのは人がつくった『迷宮型』だ。今の状況には直接の関係はないようにジンには思えた。


『また、お前達が話していた『暴走』への対策についても、私が言うべきことはない。備えは確かに大事だ。ただ……』


 いよいよかと息を呑むジン達に、ペルグリューンは告げる。


『私が指摘したいのは、対策までにかかる時間と、お前達が今は大丈夫だと判断した根拠についてだ。……あまり悠長なことは言えぬかもしれぬぞ?』


 悠長にはできない。つまりそれは、危機がすぐ側にまで来ているということに他ならない。


「もうすぐ『暴走』がおきるのですか!?」


 思わずジンの声が大きくなる。聖獣という存在から伝えられるその推測は、何よりも信憑性があるものだ。グレッグやアリア達にも緊張が走った。


『まだ決まったわけではない。……だが、いつ起こってもおかしくないと言っているのだ。ジン、お前は『地図』で魔獣の異常発生が起こっていないことを確認したと言っていたが、その『地図』とやらは魔獣の発生を確認できるものなのだな?』


「はい。私の『地図』で確認すると、周辺の魔獣が光点で示されるんです。その数が平常時と変わらないようですので、まだ魔獣の異常発生はないと判断しました」


 今のところ、まだジンの『地図』に反応しない魔獣は確認されていない。ジンは再度『地図』を出して確認したが、やはりそこに大きな変化は見られなかった。


『確認だが、それは『迷宮』でも使えるのか?』


「はい。本来の地図としての役目で見れば、地上に比べると確認出来る範囲は極端に狭くなります。ですが魔獣がいる場所などは制限なく映し出されます」


 おそらく『迷宮』が魔素によって造られているからと思われるが、地上とは違い迷宮内では『地図』の能力が制限されるのは事実だ。だが、この話のポイントとなる魔獣の数や位置については、これまでは迷宮内であっても問題なく把握できた。


『ふむ。制限はあるのか……。ではこの場から『迷宮』の様子は確認できるか?』


 これまで必要にならなかったこともあり、このペルグリューンの質問については、ジンは試したことがないのですぐには答えられない。その場でジンは『地図』で迷宮一階の魔獣を表示しようとしたが、迷宮内とは違い、その外にいる今は確認することはできなかった。

 その事実を伝えるジンに、ペルグリューンはやはりそうかと思念を返した。


『ジンの『地図』とやらは凄まじい性能だと吾も思うが、外からでは『迷宮』の様子を確認できないことで、何故ジンが魔獣の異常発生はないと判断したのか理由がわかった。吾はジンの『地図』ほど一度に広範囲を把握することはできぬが、魔素の異常を感じることと、離れたところからその状況を探ることはできる』


 ペルグリューンはその能力を使ってジンを探し出し、グレッグ達との会話も把握していた。おそらく『時空魔法』と思われるその能力で、彼は何を見たのか。――ジンの脳裏に最悪の予想がよぎった。


 僅かな間の後、ペルグリューンは告げる。


『この街の近くにある『迷宮』は一つではない』


「「「「!?」」」」


 最悪の予想を裏付けるペルグリューンの言葉に、この場にいる全員が息を呑む。

 だが、それだけならまだ救いがある。ペルグリューンも過去の転生者が造った『迷宮型』については、ジン達の考えが正しいと言ってくれていた。全く攻略をしていなかったとしても、魔獣があふれ出すことはない。

 ……そう、それが『迷宮型』であれば。


『それはお前達が言う『洞窟型』というものだ』


 ジンの希望的観測が音を立てて崩れた。

お読みいただきありがとうございます。


ちょっと説明が続き過ぎたかもしれませんね。

できるだけ次回を早めに仕上げます。


ありがとうございました。

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