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報告

「まさか『迷宮』が人に造られたものだったなんて……」


「しかもそれがジンと同じ転生者だっていうんだから……」


「その方のおかげで私達の現在いまがあるんですね……」


 ジンが話す迷宮の真実を神妙な面持ちで聞いていたアリア達だったが、全てを聞き終えた後もそれは変わらない。

 遙かな過去、『迷宮』は『暴走』を抑制するために転生者によって造られた。その事実は現在の常識を根底から覆すもので、確かにアリア達を驚かせるに十分だ。

 だが、それ以上に罪を背負ってでも『迷宮』を造り上げ、現在の世界の礎を築いた転生者の過去と想いを知ったことの方が、彼女達の心を強く揺さぶっていた。


「ああ、本当に頭が下がるよ……」


 最後にレイチェルが言ったように、数十年に一度というレベルまで『暴走』の発生頻度が下がったのは、遙かな過去に転生者が『迷宮』を造り上げたおかげだ。ジンもまた改めて過去の転生者の偉業に触れ、尊敬と感謝の念をあらたにしていた。


 そうしてしばらく全員で過去の転生者に思いを馳せていたが、そろそろ現在を生きるものとして方針を決めなければならない。


「……しかし、そういうことであれば、極大魔石は壊すわけにはいきませんね」


「ああ。まだ『暴走』が発生する可能性がゼロになったわけじゃないからな。一応『地図』で確認した限りでは『暴走』の兆候は見えなかったが、油断していい状況じゃないと思う」


 まずアリアが口火を切り、ジンもそれに同意した。 


「それじゃあ、今後の目的は魔獣の数を減らすことでいいんだな?」


 エルザが言うように、極大魔石を壊すわけにはいかない以上、当然目標は変わる。


「魔獣をたくさん倒せば、その分魔素の消費量が増えて『暴走』の可能性が減るんですよね? 頑張ります!」


 レイチェルが小さくガッツポーズをとり、ふんすと小鼻を膨らませつつ己に気合いを入れる。その様子にジンは笑みを誘われながら、彼女達に大きく頷いて返す。


「二人が言う通りだ。単純に迷宮を攻略すればいいという話ではなくなったが、俺達が魔獣を狩れば狩るほど安心に近づくんだからな」


 ジン達は『迷宮』を完全攻略することが『暴走』の不安から解放される唯一の方法だと考えてこれまで行動してきたが、迷宮の真実を知った今ではそれが間違いだったことがわかる。『暴走』の不安から解放される方法はそんな単純なものではなく、地道に魔獣を減らし続けるしかないのだ。

 しかし、それでも目標は明確で、ジン達の顔に不安の影はなかった。


「そうですね。魔獣が強いほど消費される魔素も多いという話でしたし、これからも七十階から八十階までの魔獣を狩っていけばいいでしょう。……ただ、さすがに階層主に挑むのはしばらく遠慮したいですが」


 最後にアリアが付け加えた一言に、ジン達はクスクスと笑い声をあげて同意した。


「よし! それじゃあ、ギルドに戻ってグレッグさん達に報告しよう。迷宮踏破の報告じゃなくなったけど、迷宮が造られた目的と効果がわかったんだ。この情報が広まれば『暴走』の発生や被害を抑えられるかもしれないし、俺はこの情報の方が価値があると思う。……たぶん迷宮を造ったあの人も喜んでくれるんじゃないかな」


 そのジンの言葉に、アリア達も大きく頷くことで応えた。




 ジン達は転送装置で一階に戻る。この転送装置は一方通行で、次にあの場所へ行くためにはもう一度ボス戦を突破する必要があった。だがもう一度挑戦することがあったとしても、それはジン達がもっと腕を上げてからの話になるだろう。


「まずはギルドで報告だな」


 ジン達は迷宮を出ると、その足で冒険者ギルドへと向かう。

 本当はその前にガンツの店に寄ってジンの壊れた鎧を修理に出したり、戦いでかいた汗を流したりしたいところであったが、今日迷宮の踏破に挑戦するということはグレッグ達も承知しているため、ギルドでジン達の帰りを今か今かと待っているはずだ。逆の立場なら心配でたまらないのが理解できるので、ジン達もまずはギルドに行ってグレッグ達を安心させる方が優先だった。



「よく戻った!」


 やはり待つだけというのは落ち着かなかったのだろう。グレッグは部屋ではなく運動場で鍛錬をしながら時間を潰していたようだ。

 全員揃って運動場に姿を現したジン達を、グレッグは満面の笑みで出迎えた。


「おかえり。ジン君はボロボロだけど、特に大きな怪我はしていないみたいね。よかったわ~」


「はははっ。すごいなお前ら。その年で迷宮踏破者か」


 運動場にいたのはグレッグだけでなく、メリンダとオズワルドの二人もいた。だが他に人影はなく、ジン達以外にいたのはその三人だけだ。

 訓練の重要性が広く知られるようになった今では、他に訓練する者がいないこの状況は明らかにおかしいのだが、どうやらジン達の無事を祈ってピリピリしていたグレッグ達に気圧され、運動場に近づけなかったというのが真実のようだ。


「ただいま戻りました」


 そんな裏事情はつゆ知らず、まずジン達は口々に帰還の挨拶を済ませる。そして、次に彼らがしているであろう誤解を解く。


「迷宮の最深部まで行ったのですが、極大魔石は壊していないんです」


「「「は?」」」


 その台詞の内容とあっけらかんとしたジンの態度に、グレッグ達が揃って戸惑いの声を上げた。

 極大魔石がある部屋まで到達するということは、最後のボス戦も突破し、あとは極大魔石を壊すだけという迷宮を完全攻略したも同然の状態だ。その状況下であえて極大魔石を壊さない理由が彼らには理解できなかった。


「驚かせてすみません。もちろんそれには理由がありまして、実は……」


 ジンは自分でもちょっと人が悪かったかなと思いつつ、彼らに自分達が知り得た迷宮の真実を語る。

 今の常識を根底から覆すその真実は、グレッグ達をしても呑み込むのにいくばくかの時間が必要だった。


「…………うーん。こりゃあ凄いことになるぞ」


 まず、グレッグが感嘆を込めたうなり声を上げる。

 ジン達が話したことが真実なら、迷宮攻略に対する考え方がガラリと変わるのは間違いない。少なくとも『迷宮』を攻略する最終目標が極大魔石の破壊ではなくなるだろうし、『暴走』に対する心構えも変わるだろう。

 『迷宮』は『暴走』を生み出しかねない『災害』としてではなく、迷宮主となった過去の転生者が望んだ『暴走』への対抗手段であると考えられるようになるかもしれなかった。


「そうですね。ですが、伝え方には気をつけないといけないかもしれませんよ?」


 オズワルドが言うように、不安要素がないわけではない。これまでは『迷宮』が『暴走』を生み出す原因と考えられていたから、『迷宮』の攻略さえ順調なら『暴走』の可能性は限りなく低いと言えた。だが、実際は『迷宮』は周辺の魔素を吸収して『暴走』の発生を抑える施設だ。そうである以上、『迷宮』が『暴走』を抑えきれない可能性のことも考える必要が出てくるし、今までのように迷宮の攻略状況だけをみて安心しろとは言えなくなったのだ。

 特に『迷宮』の周辺地地域のどこでも『暴走』が発生する可能性があることから、下手をすれば周辺の街や村に住む人々の恐怖をあおることになりかねなかった。


「はん! そんなもんは俺達冒険者がどっしり構えていればいいんだよ」


 グレッグもオズワルドが感じた懸念を持たなかったわけではない。

 いくら『暴走』の可能性がゼロではないとはいえ、『迷宮』の攻略が順調であれば発生の可能性が下がるのは確かなのだから、『迷宮』の周辺地域に住んでいる人々も、ほとんどの者は住み慣れた場所を捨てる覚悟までは持てないだろう。

 ならば冒険者にできることは、限りなく発生確率を下げるために迷宮に潜り、そして人々に動じない姿を見せて安心してもらうことだろう。それがグレッグの答えだった。


「ははっ。確かにそうですね」


 オズワルドもグレッグの考えに納得して笑顔を見せる。彼もまたそれだけの自信と誇りを冒険者という仕事に持っていた。


「……まあ、私も同意見ではあるんだけどね」


 二人の結論にはメリンダも頷くことができるが、ギルドの臨時職員でしかないオズワルドはともかく、ギルド長であるグレッグはその前に確認しなければならないことがいくつもあるはずだと、メリンダは額に手をやって首を振った。


「ごめん、ジン君。信じていないわけじゃないんだけど、ちょっといくつか質問させてもらっていい?」


 そこは副ギルド長であり、公私共にグレッグのパートナーであるメリンダがフォローするしかない。これは人としてジン達のことを信用としているのとは別の話で、組織としては当然の判断といえる。


「もちろんです。何か気になることがあればおっしゃってください」


 あの隠し部屋にあったメッセージはどうやら一度きりのものだったらしく、ジンは『カメラ』で録画しておこうともう一度メッセージの再生を試みたが、二度目は何も反応しなくなっていた。一度目の再生時にジンが録画の必要性に気付いていれば良かったのかもしれないが、仮に録画できていたとしても、そこでの会話が日本語である以上はジン以外に理解できる者はいない。また、当然これもジンの秘密の一つであることもあり、いずれにせよ根拠としては弱いと言わざるを得ないのはジンも自覚していた。


「ごめんね。まず王都にもある『祝福迷宮』のことなんだけど、あれも造られたものなのかな?」


 それでもメリンダがジンのことを信じているのはグレッグ達と同じで、尋ねたのはあくまでジンが話したことが真実だという前提での疑問だ。彼女が「何故ジンがその謎を解けたのか」などのジンがとった行動やその理由に対する疑問を口にすることはない。


「私は結局王都の『祝福迷宮』には行かなかったのではっきりと言えませんが、確かあそこも『迷宮型』と呼ばれるものだったと思いますので、その可能性が高いと思います」


 あくまで推測でしかないが、『迷宮』の成り立ちを知ったジンは想像を交えて答える。

 ここでいう『迷宮型』とは、石造りの壁や天井といった人の手が入っているように見える迷宮のことだ。洞窟のような『自然型』との区別はつきやすいが、同じく人の手が入っている『遺跡型』とは、攻略難易度で区別できる。


「うん、そうだよね。でも攻略しちゃったのに、『暴走』は起こらなかったってことなのかな?」


 完全攻落された『迷宮』は魔素を吸収する能力が格段に落ちるはずなのに、王都では『暴走』がおこったという記録はない。だからこそ、今までは『暴走』がおこらなかったのは『迷宮』を完全攻略して『祝福迷宮』に変えたおかげだと考えられていた。


「確かに攻略してしまうと極端に魔素の消費量は減ると思いますが、たとえば十年とか二十年かけて最深部までたどり着いたと考えると、それまでに十分な量の魔素を消費していたので『暴走』が起こらなかったということも考えられますね」


 魔素の量は『暴走』に密接に関係すると思われるが、それは大きな原因ではあっても絶対ではない可能性もあった。


「確かにそう言われるとそんな気もするね。それじゃあその人が造った迷宮って、いくつくらいあると思う?」


「そうですね。冒険者をしていたそうですし、レベルが高く百歳まで元気だったと仮定して考えてみます。一個目の迷宮を造り終えた時の映像が三十代半ばくらいに見えましたので、差し引き六十五年。数年で一つと言ってましたので、五年として十三個、二年で三十二個くらい。……あくまで推測ですが、二十から三十個ぐらいじゃないでしょうか?」


 なんとなくではあるが、ジンはそう大きくは間違っていないような気がしていた。


「なるほどね。現在見つかってる『迷宮型』の『災害迷宮』は多分世界に十個もなかったと思うけど、攻略済みの『祝福迷宮』は世界中に十個くらいあったはずよ。……うん、確かにそんなものかもね」


「たぶん未開拓地の中の誰も足を踏み入れないようなところにも『迷宮』はあるんじゃないでしょうか。魔素が濃い場所と言えば、まず未開拓地でしょうから」


「そりゃそうか。今も魔素の調整を頑張ってくれているのかもしれないね」


 その後もいくつかメリンダの質問に応えるジンだったが、それほど長い時間ではなかった。


「――よし! ありがとう、ジン君。後はこの考察を元に資料を揃えれば、説得力も増すと思う。物証がないぶん根拠が弱いのは仕方がないし、だからといってジン君が目立つのはできるだけ避けないとね」


「ありがとうございます。でも、必要であればバンバン名前を出してください。この件に関しては腹をくくってますんで」


 過去の転生者の想いを知った以上、この件に関してはジンに目立つことに対して躊躇する気持ちはなかった。


「うん、ありがとう。まあすぐには信じてもらえないだろうけど、時間の経過と共に裏付けができていくでしょう」


 メリンダが言うように、どんなに辻褄があっていたとしても、物証がない状態ではこれも迷宮に対する学説の一つに過ぎない。ただ『暴走』は『迷宮』より生まれるという現在有力とされている説も、『迷宮』がある地域では『暴走』を警戒しなければならないとしているところは同じだ。受け入れられやすい素地はちゃんとある。


(大丈夫です。ちゃんと伝わりますよ)


 ジンは心の中で迷宮主となった過去の転生者に語りかける。

 基本的な対処が似ていても、『迷宮』を『暴走』を乗り越える力として欲しいという過去の転生者の願いを知るか知らないかでは、冒険者の心構えも大きく違うはずだ。

 無論、それでも迷宮で死ぬ冒険者は今後も出続けることだろう。しかし、少しでも迷宮で死ぬ冒険者の数が減らすことができるようになるのであれば、それは最後までそのことを気にしてきた彼にとって何よりの慰めとなるに違いない。


「よし、それじゃあ俺達はしっかり裏付けがとれるように動くか。迷宮ではなく周辺地域から『暴走』が発生するという前提で対応策を組み直しだ。やらなきゃならんことは多いぞ」


 グレッグがパンと両手を打ち合わせ、ここからは俺達が頑張る番だと気合いを入れる。そして最後にジンに確認を入れた。


「ところで、お前が落ち着いているということは、『暴走』の方は今のところ警戒する必要はないんだよな?」


 グレッグはジンの『地図』のこともおおよそのことは理解しており、この件については落ち着いたジンの態度から早い段階で推測していた。


「はい、私が確認出来る範囲では大丈夫のようです」


 現在もジンの『地図』に魔獣の異常な群れの反応などは映し出されていない。地図上の光点も普段と大差なく、地上はいつも通りだ。


「そうか。それなら俺はまず近隣の村の緊急時の対応策と、リエンツの街の備蓄とかを見直すか。次の会議には間に合わせんといかんからな」


「ふふっ。迷宮の新事実については私がやるから、そっちは頼んだわよ」


 グレッグが苦手な資料作りのことを考えて禿頭をガリガリとかき、そんなグレッグの背中をメリンダが笑顔で叩いていた。


「しかしそういう事情なら、俺も訓練教官だけじゃなく、迷宮に潜る回数を少し増やすか。後悔したくないしな」


 ここまでほとんど訓練教官として活動してきたオズワルドだったが、『迷宮』と『暴走』の因果関係が判明した以上は、自らも魔獣の数を減らす方向に動こうとしていた。

 現役Aランクの彼が本腰を入れるのであれば、迷宮が消費する魔素の量はかなり増えることが期待される。そして消費される魔素が多ければ多いほど周辺地域の魔素量も正常値に近づき、『暴走』が起こる可能性も下がる。歴然とした力を持つ冒険者にとって、それが『暴走』の発生を未然に防ぐ最も効率の良い対策だった。


「はい。私達も少しでも安心できるように、これまで以上に迷宮に潜ろうと思います。もし何か変化があれば、すぐに連絡をいれますね」


 ジン達もまた、今まで以上に迷宮攻略に労力を割くつもりでいた。これまでは半々の割合で迷宮探索と依頼をしてきたが、今後しばらくは迷宮で魔獣を減らすことに専念するつもりだ。

 というのも、リエンツでは『迷宮』が出現する数カ月前から、同じ魔素の増大によって発症する『魔力熱』が発生していた。つまりそれは『迷宮』が出現する以前から魔素の異常増大が始まっいたということで、『迷宮』が出現した時期はリエンツ周辺で魔素が増大し始めた最初期とはいえないのだ。当然それまでに相当量の魔素が溜まっていたはずで、それをこれまでの迷宮攻略で消費しきれたかどうかについては不安が残る。

 そこでジン達は、早い段階で大量に魔素を消費することが『暴走』の発生を未然に防ぐことに繋がると考えたのだ。


 ジン達、そしてグレッグ達は、名前がわからない過去の転生者から授けられた知識を元に対応策を考え、確かにそれは期待していた効果をもたらすはずだった。


 だが――。


『それでは足りんかもしれんぞ?』


 その不穏な台詞が、この場にいる全員の脳に直接届いた。

お読みいただきありがとうございます。

ご意見ご感想はありがたく拝見させていただいております。


次回も書き上がり次第。遅くとも一週間以内に更新します。


ありがとうございました。


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