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転生者と迷宮

 隠し部屋――ゲーム好きでなくとも、この言葉に浪漫を感じる者は少なくないだろう。

 ゲームにおいては貴重なアイテムや金銀財宝が眠っていることが多く、数多のRPGで慣れ親しんできたジンも否応なく期待が高まっていた。


「…………」


 ただ警戒しつつも期待を胸に部屋の中に足を踏み入れたジンであったが、その想いとは裏腹に一通り部屋の中を眺めた後は無言のまま立ち尽くしていた。

 隠し部屋は先ほど前ジン達がいた極大魔石があった部屋より若干狭いだけで、壁や床などの造りも同じと目新しいものはなく、当然金銀財宝や宝箱もない。ガランとした空間が広がっているだけだ。

 ただ唯一の違いとして、部屋の片隅に段ボール箱を縦置きにしたくらいの小さな石造りの台座が一つ置かれていた。


「……これだけか?」


 どこか気が抜けた声でエルザがつぶやく。小さな台座があるだけの閑散としたこの部屋の光景に、全員が若干肩すかしを食らった気分だった。


「こりゃまいったな……」


 そりゃ宝箱なんてあるわけないよなと、思わずジンの口から苦笑が漏れた。


「コホン。……ジンさん。もしかしたら、あの台座に秘密が隠されているのかもしれませんよ?」


「そうですよ! 調べてみましょう」


 いち早く気を取り直したアリアがもっともな指摘をし、それを聞いたレイチェルは目を輝かせて同意する。


「確かにそうだな。……よし、調べてみよう!」


 同じゲーム好きの転生者が関わっていたのだからと、ジンも期待のハードルが上がりすぎていたのだろう。ようやくここで気を取り直すことができた。

 そして全員で台座の方に移動を始めると、すぐにアリアの指摘が正しかったことが判明する。


「あ! これって……」


 遠くからではわからなかったが、近づくと台座の上に文字が彫ってあることに気付く。どことなく見覚えのある三つの文字に、レイチェルが思わず声を上げた。


「これって、ケントさんの家にあった掛け軸の文字に似ているな」


 文字そのものの意味はわからなくとも、同じ系統の文字だということは何となく推測できるものなのだろう。エルザが言うように、そこに彫ってある三文字は紛れもなく漢字とひらがなが組み合わさった日本語だった。

 いくつもの意味で懐かしさを刺激するその文字列に、ジンは顔がほころぶのを抑えることができなかった。


『犯人は』


 この三文字に続く言葉も、オールドゲームファンならほとんどの者が検討がつくだろう。アドベンチャーゲームと呼ばれるジャンルの最初期の傑作の一つで、その衝撃の結末と暴露は長きにわたって様々なところでネタにされてきた。


「ふふっ、はいはい。『○ス』ね」


 このTVゲームネタも二度目となると、ジンも慣れたものだ。よく見ると台座の周りをぐるっと囲む紋様のように見えたそれは、五十音順に刻まれたカタカナだ。

 ジンが笑顔で答えとなる二つの文字を順に押していくと、二つ目の文字を押すと同時にブンと音を立てて台座の上部全面が淡く発光し始め、次の瞬間にはそこに体長30cmほどの人物が出現した。


「「「な!?」」」


 アリア達は驚きのあまり声を上げるが、ジンはすぐにこれが立体映像ホログラムだと見当がついたので、彼女達ほど動揺せずにすんだ。むしろ何を話してくれるのだろうと、興味津々で目の前のホログラムを見つめる。

 そして数秒後、台座の上に映し出された人物が口を開いた。


「あー、あー、ただ今マイクのテスト中」


 それはこんな気の抜ける台詞から始まった。

 ただ、ここで使われていたのはこの世界で話されている共通語ではなく、その意味を理解することはアリア達にはできなかった。


「ああ。俺の国の言葉だよ」


 視線で問いかけるアリア達にジンが答える。単語ではなく台詞としてはこの世界に来て初めて聞くその言語は、今では懐かしささえ感じる日本語だった。


「いや、多分この隠し部屋を見つけられる奴はいないと思うんだが、万が一いた時のためにメッセージを遺しておくことにした。本当は何も遺すつもりはなかったんだが……ま、気まぐれだな」


 ホログラムで映し出されているのは、年の頃は三十代半ばと思われる中肉中背の男性だった。身につけているものは細かい装飾が施されていてやや高級そうではあるものの、ジン達から見ておかしいところがあるわけではない。それなりに裕福な商人のような印象をうけた。

「まあ、もしこれを見ている奴がいるなら、俺と同じゲーム好きってことだ。そう考えると親近感がわくし、なんか嬉しいがな」


 ここまでどこか面倒くさげな印象だった男が、最後に少しだけ微笑みを見せた。

 この転生者が遺した謎かけは、どちらもオールドゲーム好きか、もしくはリアルタイムにそれらのタイトルを遊んでいた者にしか解けない問題だ。ネタとしては長く愛され続けてきたものの、これらの知識を知る世代は限られているし、少なくとも転生者であれば誰でも解ける問題というわけではない。

 この何もない部屋が示すように、本来なら彼はここに何も残すつもりはなく、本当にこのメッセージは彼の気まぐれだった可能性が高い。


「もし実際に会えるんなら同じゲーム好きとして話したいことは山ほどあるんだが、まあ夢みたいな話をしても仕方がない。せっかくメッセージを遺すんだから、ちっとは身のある話をするか。……もしかしたら、お前には申し訳ないことをしているかもしれないしな……」


 ここで男が浮かべていた微笑みは消える。


「本当なら自己紹介すべきなんだろうが、悪いが遠慮させてくれ。俺も罪悪感が皆無ってわけじゃないんでな。……なあ、お前はここにたどり着くまでに仲間を失ったりしていないか? 六十一階から先は段違いな危険があったはずだし、ラスボスは正直強く設定しすぎたかもしれない。それを乗り越えてここまで来たお前らに悔しさと敬意を感じるが、無傷ってわけにはいかなかったんじゃないかと思ってな」


 男の目は段々と昏く澱み始め、問いかけてきた以降はなにか痛みを感じているかのような苦しげな表情を浮かべていた。


「もう想像はついていると思うが、この迷宮は俺が造ったものだ。ゲーム好きだったからか、この世界に来たときに授かっていた『迷宮作製ダンジョンメイク』っていうユニークスキルでな。だからもしお前の仲間でこの迷宮で死んだ奴がいたら、それは俺の責任だ。謝って済む問題じゃないことはわかっているが、それでも言わせてくれ。すまん」


 ここで男は深く頭を下げる。

 この告白はジンにとってもやはりそうだったのかと納得できたが、彼が迷宮を造った理由については話が別だ。幸いジン達は全員大きな怪我もなく済んだものの、この迷宮の中で命を落とした冒険者が少なからず存在するのは確かなのだ。


「俺の『迷宮作製』は何もかも思い通りにできるわけではなく、ルールに則ってしか迷宮を造ることはできない。その範囲でできるだけ死なないように工夫したつもりだが、それでも死ぬ奴は出ているだろうと思う」


(そこまでしてこの迷宮を造らなければならなかったってことか?)


 できるだけ冒険者が死なないように配慮しつつも、それでも人を襲う魔獣が出現する迷宮を生み出さなければならなかった理由。

 ジンは一言たりと聞き逃すまいと、一層男のメッセージに耳を傾けた。


「お前がここに来たのがいつなのかはわからないが、俺が今を生きているのは『大崩壊』とも呼ばれる魔獣の大規模暴走メガスタンピートが起こってから百年ほどたった時代らしい。人類は大陸の端の方に押し出され、数年毎に起きる『暴走』をなんとかやり過ごしながら生きている。そんな時代だ」


 かつて聖獣ペルグリューンが語った失われた歴史を知るジンには、その苦難の時代の光景が目に浮かぶようだった。


「こんな時代でも人々は自暴自棄になることなく、一生懸命生きている。それは神の恩恵が目に見えるおかげなんだろうな。統制はとれているし、一丸となって魔獣どもの脅威に対抗している。……だが、正直よく百年もったと俺は思う。生まれてくる命よりも、失われる命の方が多すぎる。このまま魔獣の脅威が収まらなければ、いずれジリ貧になるだろう」


 ホログラムの男の顔から、彼が感じていた絶望感がジンにも伝わってきた。リエンツの街があるナサリア王国では『暴走』数十年前に起こったっきりという話だが、それでも当時は甚大な被害を受けたそうだ。それが数年という短い間隔で襲ってくるのであれば……。


「俺はこの世界にきて十年ほど経つ。だが、俺は『迷宮作製』というユニークスキルをほとんど使ってこなかった。迷宮があればそこで鍛えることができるとはいえ、迷宮の作製にはルールがあり、誰も死なないというわけにはいかないことにも気付かされたからだ。単なるサラリーマンだった俺に、誰かを殺す可能性がある施設なんて造れるわけがないだろうが!」


 最後は吐き捨てるようだったが、それでも彼は迷宮を造った。何故? ジンの脳裏に疑問が浮かぶ。


「それでもこの末期ともいえる状況下で、俺は何もしないという選択肢を選ぶことはできなかった。多分俺の前にも転生者がこの世界に来ていたんだろうな。冒険者やギルドというシステムはそれこそ『大崩壊』前から存在していたみたいだ。俺は『迷宮作製』を使う『迷宮主ダンジョンマスターとして生きるのではなく、魔獣の防波堤となる冒険者として生きることに決めた。だからこのスキルを生涯使うつもりはなかった。……俺はこの世界で五年間を冒険者として生き、周囲の人々と協力して魔獣と戦い、縁があって嫁も子もできた。…………そして失ったんだ」


 ここまで言い終えた男は、何かを噛みしめるかのようにうつむき加減で目をつぶっている。

 冒険者として、そして夫や父親としてこの世界で生きてきた彼は、幾度めかの『暴走』で全てを失い、そして気付かされたのだろう。冒険者として生きるのは、根本的な解決にならないと。


「冒険者としての俺では何もできない。それを痛感した俺は、ようやく『迷宮作製』に目を向けた。俺ができるだけ安全に配慮した迷宮を作ることができたなら、若者が強くなる前に死んでしまうのを減らすことができるし、強い者もより強くなることもできるかもしれない。それこそ『暴走』をはね除けられるくらいに。そう思った俺は、このスキルに人類生存の可能性を賭けたんだ。……迷宮内で死ぬ者が出る可能性だってあると理解した上でな」


 顔を上げた男の目にあるのは、揺るぎない決意の光だ。 


「俺は初めてまともに『迷宮作製』を発動させ、この部屋に籠もって実験を繰り返した。だが実際に使うほどにこのスキルの制約の多さには手を焼かされ、当初イメージしていた訓練施設のようにするのは早々に諦めざるしかなかった。だが、それでも俺は冒険者ができるだけ安全にレベルアップできるようにしたつもりだ」


(なるほど、そういうことだったのか)


 ジンは人類の強さの底上げのためという彼が迷宮を作った理由に納得すると同時に、以前からこの迷宮について感じていた疑問の答えを知った。

 階を進める度に魔獣が徐々に強さを増すのも、同じ階に出現する魔獣が基本一種類だけなのも、十階層毎に転移装置が備え付けられているのも、全てはできるだけ迷宮を探索する冒険者が死なないようにするためだったのだ。そして迷宮で得た力で、『暴走』の脅威を乗り越えて欲しいと彼は願っていたのだろう。


「だが、実際は俺が考えていた以上に、この『迷宮作成』というスキルは今の状況に相応しいスキルだった。迷宮を作り上げていくなかで、『迷宮作成』の発動にはそれに見合った魔素が必要になるという事実が判明したんだ」


 男は笑みを浮かべたが、それは純粋な喜びのそれではなく、苦みを多分に含んだものだった。


「考えてみれば当たり前の話なんだが、全くの無から有を生み出せるはずがないんだ。迷宮の作成や維持には魔素が必要になり、それは迷宮が大きくなればなるほど、そして魔獣の数が増えたり質が良くなったりすればするほど増える。つまり、ある程度の規模の迷宮があれば、『暴走』が起こる大きな原因である魔素の異常増加を抑えることができるかもしれないってことなんだ」


 まずここでハッキリしたのが、『暴走』の原因は『迷宮』ではなく、魔素の異常増加だということだ。

 むしろ『迷宮』は内部で魔素を消費することで異常増加している周囲の魔素濃度を平常値に近づけ、『暴走』の原因となる魔獣の異常発生を未然に防ぐ効果があるということなのだ。


(これは定説がひっくり返るな)


 もちろん、それで百パーセント『暴走』の発生を防ぐことができるわけではないのだろう。現在主流となっている『迷宮』が『暴走』を生み出すという定説は、そうして『迷宮』が『暴走』の発生を防ぎきれなかった時に生まれた誤解なのかもしれない。


 いずれにせよ単純に人々を鍛えるだけでも効果が大きいのに、更に『暴走』の発生を抑えることができるかもしれないとなれば、男が作り上げた『迷宮』の有効性は計り知れない。確かに大きな発見だ。


(だけど……)


 問題はこの知識を得たのが、男が全てを失った後だということだ。男の心情を慮り、ジンの心も沈んだ。


「……これに気付いたときは複雑だった。もし俺がもっと早く覚悟できていたら、もしかしたらあいつらは死なずにすんだかもしれないってな……」


 おそらく男はかさぶたをはぐようにこれまで何度も自分を責めてきたのだろう。そこには色褪せない悔恨の感情が溢れていた。

 男は想いを振り払うかのように首を一降りすると、中断していた話を続ける。


「もちろん『迷宮』で消費しきれなかった魔素が『暴走』を引き起こす可能性もあるから、絶対ではないだろう。だが、俺が作る『迷宮』で『暴走』を抑えることができるかもしれないという推測は、俺が生きる力になった」


 その台詞通り、沈んでいた男の目に再び力が宿る。


「俺は更に実験を繰り返し、いくつかの制約を条件に、迷宮そのものを転移させることに成功した。厳密に言えば転移とは違うんだが、まあ、それはいいだろう。大事なのは、これで迷宮を魔素が異常増大している場所に転移させることが可能になったということだ。迷宮が存在することで魔素の異常増加を抑制し、正常値に近くなれば次の場所に自動で移動する。これで俺が迷宮を造れば造るだけ『暴走』の発生を抑えることができるかもしれないし、いつかこの世界に増えすぎた魔素を落ち着かせることができるかもしれない。……それは希望だった」


(なるほど。『魔力熱』が治まったのも、この迷宮のおかげだったんだ」


 以前リエンツの子供達を襲った『魔力熱』の原因は、異常増加した魔素が引き起こす魔力異常だった。ジン達の活躍により対処療法は確立できたものの、新しく病を発症する者は出ていたし、根本的な解決までは至らなかった。しかし現象として『魔力熱』の発生は『迷宮』の出現と共にピタリと止まっていたのだが、その理由がこれでハッキリしたということになる。

 ジンはストンと腑に落ちた気がしていたが、同時に何か引っかかる物を感じていた。


「……思ったより長くなっちまったな。まあ、あと何年俺が生きていられるかわからんが、俺は生ある限り『迷宮』を作り続けるつもりだ。迷宮を一つ造るのに数年かかるのがネックだが、可能な限りたくさんな」


 この迷宮を最初の一つとして、男はその言葉通りこの後も迷宮を作り続けたのだろう。そして彼の希望は千年以上の時を超えて現実となり、現在では『暴走』の発生は以前よりはるかに低く抑えられているのだ。

 ジンの心に言いようのない敬意と感動が沸き上がり、気がつくとホログラムの男に向けて自然に深く頭を下げていた。


「ところでもうダンジョンコアは壊しちまった後か? もしまだなら、できたら壊さないでいてくれるとありがたい。こいつがあるだけで魔素の増大はだいぶ抑えられているはずだから、お前らにもメリットはあるはずだ。迷宮があるってことは、『暴走』を引き起こしかねないほどの魔素が近くで増え続けていたってことだからな」


(あ!?)


 まだ極大魔石に手を付けていないことに一旦は胸を撫で下ろすジンだったが、すぐに先ほど何が引っかかっていたかハッキリした。『迷宮』は百パーセント『暴走』を防げるわけじゃない。『魔力熱』は治まったものの、まだ『暴走』については可能性が消えたわけではないのだ。

 ジンは慌てて『地図』で近くに大きな魔獣の群れがないか確認するが、今のところはまだ見つけることができなかった。再び胸を撫で下ろす。


「……もしもう壊しちまっているんだったら、くれぐれも『暴走』に警戒しておくんだぞ? お前らがこの迷宮が出てから何年で攻略したか知らんが、その期間が短いほど『暴走』発生の危険性は高くなるんだからな」


 まだこの迷宮が出現してから一年も経っていないのだが、男もそんな短期間で攻略されるとは想定していなかったようだ。

 実際迷宮は数十年同じ場所にありつづけることもあり、この一年にも満たない期間では、異常増加した魔素の全てを消費している可能性は低い。


(まだまだ安心はできないってことか)


 迷宮から魔獣があふれ出すという定説は覆されたが、迷宮内で魔獣を倒せばその分新しい魔獣が生み出すために魔素の消費が増えるので、結果としては『暴走』を未然に防ぐ手段としては正しかった。ジン達をはじめ、これまで冒険者達がやってきたことは無駄ではない。

 ジンは改めて極大魔石を壊してはいけないと心に刻み、そしてこれからも魔素の消費を早めるために迷宮で魔獣を倒し続けていこうと決意していた。


「しかし誰も見ることはないだろうってのに、ついついぶちまけちまったな」


 ガリガリと頭を掻きながら、ホログラムの男は独りごちる。昭和の後半から二~三十年ほどの限定された世代の転生者でかつゲーム好きという縛りでは、確かにこのメッセージが人目に触れる可能性は低かった。

 たまたまそれにジンが該当しただけだ。


「……まあいいか。ここまで話してきたことは、言うなれば俺の懺悔みたいなものなんだろうな。……俺が造ったこの『迷宮』では、これから何人も冒険者達が死んでいくだろうし、そんな危険性がある代物を俺はこれからも造り続ける。制約のせいでしようと思ってもできないことが多いんだが、少しでも冒険者にメリットがあるように頑張ってみるよ」


 おそらく世界中各地にある『迷宮型』と称される全ての迷宮は彼が作り上げたもので、その努力の結果として罠や宝箱の有無など色々なバリエーションの迷宮が生まれたのかもしれない。

 だが最も基本的でかつ効果的なのは、迷宮の目的と注意事項などを入り口に掲示することのはずだ。もしそれが可能であれば、冒険者も慎重になって迷宮で死ぬ数が減っただろうし、『暴走』発生の可能性があることを知れば備えもできたはずだ。しかし現在では『迷宮』が『暴走』の原因という勘違いがまかり通っていることからも、それはとうとう実現できなかったことが推測できる。

 男は詳しく語らなかったが、もしかしたらこうして日本語でメッセージを遺しているのは、そうした制約から逃れるためには必須だったのかもしれない。


「さて、そろそろ終いにするか。まあ実際にこのメッセージを見るやつはいないとは思うが、一応先輩から後輩へアドバイスだ」


 軽い咳払いと共に男は続ける。


「この世界に来てお前に何ができるようになったか知らんが、俺みたいに使ってもみずに判断するんじゃないぞ? 少なくともその能力についてよく知ってから、使うかどうか判断するんだ。そうすれば俺みたいに後悔しないですむ。……あと、俺に引きずられてこの世界のために生きようとか思うなよ? ただ後悔のないように、精一杯生きることができればいいと思うぞ。あと……いや、すまん。俺はお前の仲間を殺したかもしれないんだから、そんな男が偉そうに何を言ってんだって話だよな……」


 人生経験を積んでいれば積んでいるほど、自分と同じ轍を踏まないようにとアドバイスしたいことが増えていくものだ。本来ならまだ続いたのかもしれないが、ジンの仲間が『迷宮』で死んでいるかもしれないという可能性を思い出し、男はばつが悪そうに頭を下げ、再び頭をガリガリと掻いた。


「最後に一つだけ。願わくばお前らが生きるその時代が、少しでも平和な世界にならんことを……」


 そしてこの台詞を最後に男のメッセージは終わり、ホログラムと共に台座の発光も消えてしまう。結局最後まで男は自らの名を告げることはなかった。


(ありがとうございました!)


 ホログラムが消えた石造りの台座に向け、ジンは深く一礼する。

 彼が『迷宮』を造り上げたからこそ、今の比較的平和な時代があるのだ。『迷宮』という光と影を併せ持つ存在を生み出した彼を、無条件に肯定することは難しいだろう。もしジンが仲間や友人を『迷宮』で失っていたならば、今より複雑な気持ちになったであろうことは間違いない。

 だが、悪名を背負ってでも事をなした彼の覚悟は、同じ人間として尊敬に値した。


「ジンさん……」


 そんなジンにアリアが声をかける。ホログラムが出現して以降、彼女達にできたのはジンを見守ることだけだった。


「ちょっと長い話になるけど、皆にも聞いて欲しい」


 迷宮の隠し部屋の中、ジンは『無限収納』から手早く四人分の椅子と飲み物取り出して準備を整えると、アリア達に向けてこの迷宮の真実を伝えるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

きりが良いところまでと考えていたら、いつもの倍近くになってしまいました。

今回ようやく伏線っぽいものを少し明かすことができましたが、予想していた方もおられたでしょうね。


更新が予定より数日遅れてしまいましたが、次はできれば今度の月曜あたりまでにと考えています。


ありがとうございました。





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