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隠されたもの

「ふう……危なかったな」


「ジン!」


「ジンさん!」


「大丈夫ですか!?」


 大きく息を吐くジンを駆け寄ってきたアリア達が取り囲む。この中で一番ダメージを受けたのがジンであるのは間違いなく、また、あわやという場面も何度かあったこともあって、彼女達が心配するのも当然だ。


「ああ、皆がフォローしてくれたおかげで大丈夫だよ。やったな、皆。俺達は勝ったぞ!」


 階層主の攻撃を一身に受け続けてきたジンの鎧はいくつかのパーツが弾け飛ばされており、有り体に言ってボロボロの状態だ。だが、その顔には勝利を喜ぶ輝かんばかりの笑顔があった。

 アリア達もその笑顔でジンに問題がないことを確信できたのか、次第とその顔に笑顔が浮かんできた。


「んもう、ジンさんは。……でもそうですね。私達は勝ったんですよね」


 アリアの苦笑が次第に満面の笑顔に変わる。


「そうだな。まずは勝てたことを喜ばなきゃな」


「はい! 皆無事で本当に良かったです!」


 それにエルザとレイチェルも続いたが、アリアも含めて次第にその笑顔が消えていった。


「でも……本当に強かった……」


 アリアが噛みしめるようにつぶやく。

 万全の体勢を整えて臨んでいたつもりだっただけに、一つ間違えれば全滅していたかもしれないという現実にショックが隠せないようだ。

 確かにジンの傷つかない体という特性がなければ、今のジン達では勝利することは難しかったに違いない。


「ほんとよく勝てたよ。私達もまだまだだということか」


 エルザは拳を握りしめ、悔しそうに見つめている。


「そうですね。慢心していたつもりはありませんでしたが、それだけ先は遠いということなんでしょう」


 レイチェルもまた思うところがあるようだ。


 先ほどの迷宮主は、魔法こそ使わなかったものの、単純な戦闘能力だけなら並のAランク魔獣を超えていた。基本冒険者にしろ魔獣にしろ最高ランクはAだが、その中でも群を抜いた強者にはAAダブルAAAトリプルと称される場合がある。今回の階層主も、少なくとも直接戦闘能力に関してはAAのレベルに値していたと言えるだろう。


「正直、俺もここまで強いとは予想していなかった。まさか炎魔法の二連発を喰らってもピンピンしているとはね」


 ジンとアリアが戦闘開始と同時に使用した『炎魔法』は、現在では失われた『古代魔法』だ。消費MPは多いが、その威力は最低でも『火魔法』の三倍以上と高く、実際取り巻きのミノタウロスのほとんどがこの魔法の二連撃で倒れている。かろうじて魔法の範囲から逃れていた三体のミノタウロスも、その余波で少なくないダメージを受けていた。にも関わらず、直撃を受けた階層主のHPは三分の一程度しか削ることができていなかったのだから、階層主の規格外な強さがわかる。


「だが最後のジンの一撃も凄かったな。新しいスキルか何かか?」


 気を取り直そうとしたのか、エルザがことさら明るい口調でジンに話しかける。

 確かにエルザが指摘したように、先ほど止めとなったジンの一撃は、階層主の兜ごと階層主の頭部を粉砕していた。


「あ、確かに。その木剣が特別製なのは聞いていましたが、いつもより凄い威力だったような気がしました」


 気持ちが浮上してきたのか、レイチェルの目はキラキラと輝いている。

 不壊の特性を持ち、ジンの筋力に合わせて自重を増す『木剣』は、打撃武器として最高の性能を持つといえるだろう。だが、それにしてもジンが放った最後の一撃は、総黒魔鋼製のグレイブでさえあれほど手こずった階層主の硬い装甲をものともしていなかった。確かに硬い装甲で守られた階層主には斬撃主体のグレイブよりも打撃武器である木剣の方が相性がよかったのは間違いないが、それだけではあの威力は説明がつかない。


「いや、使ったのは『武技』の『打撃力強化インパクト』なんだけど、言われてみれば確かに凄い威力だったな」


 ジンとしては体勢を崩した階層主の頭部が目の前にある絶好のチャンスだったため、決めるべくして決めたという印象が強かった。エルザ達から指摘を受けて、想定以上の威力だったことにようやく気づけたようだ。


「……もしかして、その木剣も魔鋼のように魔力を通しやすいのではないですか?」


 アリアが一つの推測を口にする。魔力を通しやすい黒魔鋼のグレイブが『武技』の威力を飛躍的に増し、大猿の変異種の首を飛ばした時と状況的によく似ていた。


「あ!?」


 ジンはグレイブを主武器メインウェポンとして使うようになって久しく、木剣を実戦で使う機会はそれほど多くなくなっている。ましてや木剣で『武技』を使ったのは、先ほど以外は最初に遭遇した変異種にとどめを刺した時と、王都でトウカを助けるために樽を吹き飛ばした時の二回だけだ。

 最初の変異種に武技を使った時は最後の一撃だったせいか今でも違和感はないが、樽を吹き飛ばした時は違う。


(そういえば木剣の剣先がギリギリ届いたくらいだったのに、樽は綺麗に宙に舞ったよな)


 本来『武技』は攻撃の威力を二割程度増加させるくらいの効果しかない。

 当時は少しでも距離を詰めようと、トウカの元に飛び込んでいたジンの体勢は中空にあり、しかも樽に触れたのは剣先の一部分だった。無理な体勢だったので力も入りずらく、いくら『武技』で威力を増したとしても、本来なら樽を跳ね上げるほどの威力はない。

 だからこそれを可能にした理由があり、それこそがアリアが指摘した黒魔鋼にも共通する魔力を通しやすいという性質だった。


「……アリアが言う通りだろうな。たぶん、この『木剣』も黒魔鋼と同じなんだろう」


 考えてみれば、『木剣』はジンがこの世界に持ち込んだものの一つだ。その中には時間経過と共に再充填されるポーションもあり、そこに魔力が関係していないはずもない。木剣が魔力を通しやすいのも、考えてみれば当たり前の話だった。


(また一つ感謝することが増えたな)


 まだゲームだった頃、ジンはチュートリアルナビゲーターのクリスからこの木剣をもらった。その時からこの木剣は特別なものになり、それは今も変わっていない。

 ジンは微笑みと共に手にした木剣を見つめると、そのまま額に当てて目を閉じた。


「ほんとジンの道具には色々と助けられるな」


 エルザにはジンが感謝を捧げているのはすぐに理解できた。


「ふふっ、また皆で神殿に行ってお祈りしましょうね」


 レイチェルも嬉しそうに微笑む。今ではトウカも含めて全員で神殿でお祈りすることも珍しくなく、それは神官でもある彼女にとって嬉しいことだった。


「迷宮踏破の報告もしなきゃいけないしね」


 そのアリアの台詞をきっかけに、今は他に優先するべきことがあると、ジンはお祈りを一旦止める。


「よし、それじゃあさっさと剥ぎ取りを済ませるか」


「あ、ジンさん。その前に回復しますから、ちょっと待ってください」


 後回しになっていた剥ぎ取りに向かおうとするジンをレイチェルが呼び止め、早速回復魔法の詠唱を始めた。


「剥ぎ取りはジンに任せる。私達はその間に吹き飛ばされたグレイブとか鎧のパーツを回収しとくよ」


 ジンなら魔獣の体に触れるだけで剥ぎ取りが終わるので、これも役割分担だ。グレイブはもちろん、鎧のパーツも集めておけば後で補修が可能なので、ちゃんと回収しておく必要があった。


「そうね。もう大丈夫だとは思うけど、念のため私もMPを回復しとくわ」


 この後も戦闘があるとは思えなかったが、念のためにとアリアはMP回復ポーションを飲み始める。

 ほどなくして剥ぎ取りも回復も全て終了し、いよいよ奥の部屋に行く準備ができた。


「よし、行こう」


 ジン達がこの部屋に入ってきた入り口の丁度反対側にある最後の部屋に続くと思われる扉、その扉の前へとジン達は歩を進める。『地図』上は魔獣の反応はないが、念のため戦闘準備も整えていた。

 そしてこれまでと同じように、ある程度まで扉に近づくと、自動ドアのように扉がスライドして開いた。


「おお!」


 ジンだけでなく、メンバー全員の口から感嘆の声が上がる。その部屋は一辺六メートルほどの正方形の小部屋で、部屋そのものには特筆すべきものはない。だが、その中央にある台座の上には、これまで見たこともない青みがかった巨大な魔石クリスタルが鎮座していた。


「これって、魔石だよな?」


 このクリスタルは高さがジンの身長ほどはあり、直径もジンが両腕を回しても届くかどうかわからないほどだ。これまでジン達がみた最大の魔石でも片手で収まる程度だったので、その大きさは比較にならない。驚きのあまり、エルザはわかりきっていることを確認してしまっていた。


「ああ。これが極大魔石ダンジョンコアなんだな……」


 応えるジンの声には感慨めいたものが含まれている。

 やはりここが迷宮の最深部であり、この魔石を壊せばこの『災害迷宮』が『祝福迷宮』に変わるのだ。それは『暴走スタンピート』の恐怖からの解放と、今後はこの迷宮がリエンツに永久に恵みをもたらすことを意味する。


「とうとうここまで来たんですね……」


 アリアも僅かに震える声で続く。死闘をくぐり抜け、ようやくここまできたのだ。

 その想いはここにいる全員共通したものだった。


「ん?」


 こみ上げる感動に身を任せていたジンだったが、落ち着くと極大魔石ではなくその下にある台座に目を引かれた。

 大理石のような乳白色の石材で作られたその台座には、ネームプレートのように横に長い長方形のレリーフが施されており、そこに五つの記号らしきものが彫刻されているのだが、それがどこかで見たことがあるもののような気がしたのだ。


(十字と小さなぽっちと正方形が二つずつ……)


 長方形のプレートの一番左に大きく太い十字があり、続いてプレートの下部に横長の小さな楕円形が二つ並ぶ。そして最後に一辺が楕円形の横の長さと同じか少し大きいくらいの正方形が二つ。それらは浮き彫りではなく、全て彫り込んであった。

 レリーフ部分の長方形と彫り込んである五つの記号の形と並びが、ジンの既視感を強く刺激していた。


「あ!!」


 そして懐かしさと共に、ジンの脳裏にある物が思い浮かぶ。ジンが幼い頃に夢中になって遊んでいたTVゲーム、そして当時一世を風靡したえんじ色のゲーム機のことを。


(まさか、これってファ○コンのコントローラー? しかも初期型?)


 このレリーフの大きさは元の四倍以上あり、本来ならえんじ色とゴールドで色分けされていた部分は表現されていないので気付くのが遅れたが、各記号の大きさや配置などが全く同じで、一度そう認識してしまうとジンはそれ以外の物には見えなくなった。

 だが、何故迷宮の最深部、極大魔石の台座にこれがあるのか。


「ジンさん、どうかしたのですか?」


 動揺するジンを見かねたアリアが声をかける。何か問題でも発生したのかと、エルザ達も不安そうにジンを見ていた。


「ああっと、ごめん」


 彼女達の不安げな視線に気付いたジンは、これはいけないと大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「……どうやらこの迷宮には俺と同じ転生者が関わっていたみたいだ」


「「「ええっ!?」」」


 今度はアリア達が驚く番だ。


「この迷宮はその方が造ったんですか!?」


「いや、それはまだわからない。ただ、ここにあるレリーフは、元の世界にあったものと同じ形なんだ」


 アリアの推測にはジンも同意したいところだったが、現段階でわかるのは台座のレリーフが元の世界にあったものに似ているということだけだ。

 ただ、レリーフと台座は一体化しているので、この迷宮と過去の転生者が無関係ということは有り得ないだろうとはジンも考えていた。


「極大魔石を壊す前に、ちょっとこの部屋を調べてみるか?」


「ああ、頼むよ。俺もちょっと『地図』で確認してみる」


 もしかしたら他にも何か転生者の痕跡が残されているかもしれないと、ジンは『地図』を開いて周囲の状況を確認し、言い出しっぺのエルザを初めとした女性陣も何かおかしな点はないか部屋の探索を始める。

 するとジンの『地図』により、この部屋の奥の壁の先にもう一つ小部屋が隠されていることが判明したが、その部屋に続く隠し扉のようなものや、他に何か気になるようなところも見つけることはできなかった。



「気になるのはこのレリーフだけか……」


「ここに奥の部屋に行くためのヒントが隠されていると思うのですが……」


 ジンのつぶやきにアリアが応える。ただ、このレリーフの元になったゲーム機のコントローラーを理解できるのはジンだけだ。


「いったい何が隠されているんでしょう……」


「大丈夫だ、レイチェル。ジンに任せよう」


 不安げなレイチェルをエルザがフォローするが、そのエルザも完全に不安を払拭できているわけではない。

 難敵だった階層主を倒し、本来ならあとは目の前にある極大魔石を壊すだけだったはずなのだが、ジンが元いた世界の痕跡や隠し部屋の存在など想定外の事態が次々に発覚し、単純に壊せばいいという話ではなくなってしまった。

 この謎かけリドル解くことができるのはおそらくジン唯一人だろうと、アリア達は考え込む彼の背中を固唾を呑んで見つめていた。


(何だろう? コントローラーが暗示するものでもあるのか?)


 一方、ジンはアリア達に見守られながら考えを巡らせるが、これといったものはまだ浮かんでいなかった。そうこうしているうちに、ジンは無意識にレリーフへと手を伸ばす。

 このレリーフはゲームのコントローラーを模しているが、浮き彫りになっているのは外側だけで、十字キーやボタンは逆に彫り込んである。十字キーのくぼみを指でなぞるジンの指に、僅かに沈み込みような感触が伝わってきた。


(これは……)


 改めてジンが十字キーの端やボタン部分を指で押して確かめてみると、やはり本物のコントローラーのようにそれぞれに押し込む感触があった。単純に彫ってあるだけでなく、わざわざそうした細工が施されている以上は、そこに何らかの意図があるはずだ。


「多分ボタンを押す順番の組み合わせで何か起こるんだと思うけど……」


「押す順番ですか……。この形の物ならではのことなんでしょうね」


 何も思いつかずお手上げ状態のジンは、一旦アリア達に現状を説明する。

 だが、アリアが口にした「この形の物ならでは」というところで、ふと脳裏に浮かぶものがあった。


「まさかとは思うけど……」


 リアルタイムでこのゲーム機で遊んだ世代なら多くの者が知っているコマンド。それはある傑作シューティングゲームから始まり、その後長年に渡りいくつものゲームに採用された世界で最も有名な隠しコマンドだ。


(上上下下左右左右BA)


 遠い記憶を頼りに、ジンは順番通りにボタンを押していく。そして最後のAボタンを押すと同時に、カチリと音がした。


「見ろ!」


 エルザの声にジンが顔を上げると、極大魔石を挟んだ反対側の壁がゆっくりと左右に開き始めていた。


(確かグラ○ィウスが最初だったっけか? まさか本当にコ〇ミコマンドとはな)


 ジンは驚きと共に苦笑を隠せない。

 まだ安全と決まっているわけではないのでいささか場違いな感情と言えるかもしれないが、このダンジョンに関係するであろう過去の転生者に、同じゲーム好きとして親近感を覚えていたのだ。


「よし、それじゃあ行ってみようか!」


 だが、それで適度に肩の力が抜けたのか、明るい声で号令をかけるジンに無駄な緊張感や気負いは見られず、かつ改めてグレイブと大盾を構え直しているところからも警戒心が失われていないことがわかる。 


「おう!」

「「はい!」」


 そのジンの態度につられたのだろう。不測の事態に緊張感を隠せなかったしアリア達の顔からも、無駄な気負いが消える。

 アリア達は明るい声で応え、そして全員で隠し部屋へと足を踏み入れるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

数日前、久しぶりにレビューも書いていただき嬉しかったです。


さて、いよいよ明日『異世界転生に感謝を』五巻が発売になります。

今回はいつもの加筆修正に加え、更に七十ページくらい新規書き下ろししております。ジン達以外のパーティにスポットライトをあてておりますが、あまり閑話っぽくならないように気をつけたつもりですので、楽しんでいただけたら幸いです。

できましたら、どうか応援をよろしくお願いします。


次回更新も一週間以内と言いたいところなのですが、初めての青色申告、しかも急遽そちらでいけることになったものでアタフタしており、少し遅れる可能性があります。申し訳ありませんが、その時はご了承ください。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファミコンをやった世代がコントローラーで真っ先に思い浮かぶコマンド入力
[一言] まさに粉みかん
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