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気持ちの整理

 迷宮探索のメリットでありデメリットでもあるが、迷宮探索を進めるということは、多くの戦闘を繰り返すということでもある。ジン達の場合は鍛錬も兼ねているので少数で挑むことも多く、一回の戦闘にかかる時間はやや長めだが、それでも一日に行う戦闘の数は十回程度では収まらない。

 そしてミノタウロスという単体でもBランクに相当するのではないかと思われる魔獣をそれだけ倒せば、必然的にレベルも上がっていくことになる。


「――昨日、レベルが四十になったんですよ」


 既に馴染みの店となった落ち着いた雰囲気のバーで、ジンはグレッグとガンツといういつものメンツにオズワルドを加えた四人で呑んでいる。

 クリスやザック達との再会から約一カ月の時が過ぎ、今回ジンはパーティメンバーに先駆けてレベルが四十になった。いつの間にかアリアのレベルを追い越していたことを考えると、ステータスの表示には出ないものの、転生したことで何かしらの恩恵があったのかもしれない。とはいえ仮にそうだったとしても、その恩恵はそこまで大きなものではないのだろう。仲間達の成長も順調で、アリア達もそれぞれレベル三十九まで上がっていた。


「そうか、凄いじゃないか。お前の歳で四十を超えているなんて聞いたことがないぞ」


「ああ。いくら迷宮があるといってもな。誇って良いぞ」


 グレッグ達が手放しにジンを褒める。彼らもかなり早い成長でAランクに至ったが、それでもレベルが四十を超えたのは二十代の後半だった。


「ありがとうございます……」


 だが、肝心のジンの返事はどこか重苦しいものを感じさせるものだ。

 そういえばさっきの報告も嬉しそうじゃなかったなと、グレッグ達もどうやらめでたいばかりではないらしいということに気付いた。


「……どうした、気になることでもあるのか?」


 グレッグが訝しげに尋ねるが、それにジンがぽつりと答える。


「いよいよリミットが近づいてきたなと」


 それはジンが数カ月前に告白を受けて以降、ずっと考えてきたことだ。

 レベルが上がると共に生まれにくくなる子供のことを考えると、結論は早ければ早いほどいい。


「彼女達がどういう判断をするにしろ、もうそろそろ答えを出さなきゃいけないなと考えてしまいまして」


 一カ月ほど前になるが、ジンはくれぐれも他言無用と念を押した上で、グレッグ達に自分がアリア達に告白を受けたことを相談している。いささか情けなくはあるが、自分の経験不足を認めて素直に先達に教えを請うていた。

 聞かされたグレッグ達にとっては何を今更という話ではあったが、アリア達が行動に移していたことは知らなかったので驚いたのは確かだ。

 ジンがアリア達のことを相談したのはその一回だけで、その時グレッグ達にできたのは無難な話を聞いてやることくらいだったが、それでもジンは大分楽になったようだ。


「子供の件か……確かに俺もこんなに嬉しいものとは思っていなかったしな。お前が気にするのもわからないではない」


 サマンサのお腹もだいぶ大きくなり、グレッグは子供が生まれるという幸せを噛みしめる毎日を過ごしている。それはもう一人の妻メリンダも同じで、サマンサのお腹の子に「私もあなたのママよー」と蕩けた笑顔で話しかける様は、家族以外には絶対に見せない顔だ。

 だがそのメリンダも、過去には自分もできることなら子供を産みたいと思っていたはずだ。

 グレッグにはジンが女性陣のことを気にするのも理解できた。


「ならさっさと決めてやれよ。それとも本当はあいつらのことが気に入らないのか?」


 ガンツは一人の妻しか娶らなかったが、それは他に縁がなかったからで、別に一人にこだわったわけではない。何をまごまごしているんだという気持ちにもなる。


「いや、とんでもない!」


 ジンはガンツの問いに思わず大きな声を出して否定していた。むしろ逆だからこそ悩んでいるのだ。


「うだうだ悩まずに三人とももらっちまえばいいじゃないか。Bランクで三人も嫁がいるとなると確かにちょっと珍しいかもしれんが、お前なら周りも認めるんじゃないか? それにどうせあと数年したらお前もAランクに上がりそうだし」


 やや呆れたような口調でオズワルドが話に参加する。ジンから詳しい話は聞いているわけではないが、ジンも含めパーティ全員と付き合いのあるオズワルドにしてみれば、この話題について行くのも容易だった。

 また、このオズワルドの台詞には一つ注目すべき点がある。


 それは伴侶の数と周囲の目についてだ。

 この世界は制度として一夫多妻もしくは多夫一妻が認められているが、周囲に認められるかどうかは話が別で、やはり優れた血を後世に残すという前提がある以上、複数の伴侶を持つにはその人物が優れている点を示す必要がある。

 その際になにより重視されるのは、やはりレベルだ。それは高レベル到達者ほど子孫を残しにくくなるからだろう。

 王侯貴族や財産家なども血筋や金で優れていると認められるが、それだけでは持てる伴侶の数はBランクの冒険者と同じ二人程度でしかない。多くの妻を持つためには、優れた業績や何かで名声を得るなど、レベル以外の力を示す必要があった。


「そのあたりが私には馴染めないんですよ。……私の故郷では一夫一妻が当たり前で、もし妻にあたる人が複数いるとすれば、それは愛人ってことになります。これが他人のことなら別に本人が良ければそれでいいと思うのですが、もし自分がそうしたらと考えると、どうも忌避感がぬぐえなくて……」

 

 オズワルドにとっては三人という人数が問題だったが、ジンにとってはそれ以前の話だ。

 アリア達はジンがどんな結論を出そうと離れることはないと言ってくれているが、それでも彼女達とパーティとして活動していくつもりなら、オズワルドが提案したこの方法が一番角が立たないのは間違いないだろう。

 だが、それに素直に頷くことはジンにはできなかった。


「なんというか……意外と面倒くさいな、お前は。アリア達のことは気に入ってんだろう? ならとりあえず付き合ってみればいいじゃないか。そうすりゃお前の気持ちも、そのうちハッキリするだろう」


 アリアと長い付き合いのグレッグやガンツと違い、全員と平均的な付き合いをしてきたオズワルドには遠慮がない。


「いや、普通ならそれもありなのかもしれませんが、私達は住んでいるところも同じですし、いつも一緒ですからね。多分単に付き合っている以上に関係は深いかと。……だから悩むんですよ。私は彼女達のことが好きなのは間違いありませんけど、だからといって激しい衝動に駆られることはありません。一緒にいる今の状態で十分すぎるほど幸せなんですよ」


「……好きならいいじゃねえか」


 腕組みをしたガンツが体を揺すらせている。


「いえ、全員好きってことは、誰も本当の意味では好きじゃないんではなかろうかと……。好きという感情はあるにしても、どうも胸を張って惚れているとは言えないんですよね」


 本人としては至極真面目なつもりでも、煮え切らないジンの態度にグレッグ達もいい加減疲れてきたようだ。


「……殴りたくなってくるな」


「まあまあ。気持ちはわかりますが、落ち着いてください」


 とうとうぶっちゃけたグレッグをオズワルドがなだめる。彼らにはジンがなにか言い訳をしているようにしか聞こえなかった。 


「お前はあいつらが他の奴の嫁になって平気なのか?」


 ガンツも苛立ちを隠そうとせず、直球の疑問を投げかける。


「平気なわけないじゃないですか! ……でもそれは独占欲です。彼女達が幸せになれるのであれば、耐えます」


 最初こそやや大きい声だったが、すぐにいつものトーンに戻る。だがジンが浮かべたその表情が全てを物語っていた。


「そんな顔をして耐えるって言われてもな」


 そのジンの表情には、悲しみと怒り、そして諦観が入り混じっている。グレッグ達にもジンが答えを出すために真剣に悩み、そして苦しんでいることが理解できた。


「「「はあ……」」」


 グレッグ達の苛立ちは収まったものの、代わりに揃って大きくため息を吐いた。

 続けてオズワルドが口を開く。


「あのな、ジン。俺はグレッグさん達と違って結婚もしてないし、あんまり偉そうなことは言える立場じゃないかもしれんが、いっぺんお前のその変なこだわりを捨てて考えてみたらどうだ? このままじゃお前、大事なもんを見失うなっちまうかもしれないぞ?」


 オズワルドには全ての悩みはジンの一夫一妻へのこだわりから始まっているように思えた。それ以外にもジンの自信のなさなど原因はいくつかあるが、このオズワルドの考えは決して的外れではない。


「詳しく話すつもりはないが、俺も若い頃にちょっと失敗をしていてな。そいつと別れてからは同じ気持ちになることはなかった。……お前は大事にしなきゃいけないものを間違えるなよ?」


 その言葉にはオズワルドが重ねてきた年月の重みが感じられる。


「……ありがとうございます。考えてみます」


 一理あるとは認めても、老人だった過去の経験と常識、そして自らの自信のなさは簡単に捨てられるものではない。だが、それでもこの世界に来てからの経験を通して、ジンの自信のなさは幾分か改善が見らるようになってきている。そしてこの世界で現在いまを生きる者として、過去にこだわって思考停止することは許されない。

 老人ではなく若者のジンは、万感の思いを込め、オズワルドに向けて深く頭を下げた。


「まあ色々考えてみることだな。わざわざレベルが上がったことを報告してきたぐらいだ。いい加減お前も結論を出すつもりなんだろう?」


 グレッグがジンのグラスに酒を注ぐ。


「はい。彼女達のレベルが四十になったら、迷宮の八十階に挑もうと思っているのですが、遅くともそれが終わった後には!」


 ジンは注がれた酒を飲み干すと、宣言するかのように自らの意志を伝えた。


「いよいよ八十階か。そこが最後の可能性が高いんだろう?」


「ええ。もしかしたら切りよく百階までなのかもしれませんが、私は八十階が最下層だと思っています」


 以前からグレッグ達はジンの迷宮に対する見解は聞いている。迷宮の階層はところにより様々なので、ジンの推測も的外れではないと考えていた。


「ふっ。Bランクで迷宮の完全攻略なんて聞いたことがないが、お前らならできるかもしれないな。だが、無理だと思ったら諦める勇気を持てよ?」


「オズの言う通りだな。俺もお前らならとは思うが、必ず撤退することも頭に置いておけ」


 オズワルドの忠告にガンツも同意する。今回が駄目でも次に頑張ればいいだけなのだから、あたら若い命を捨てることだけは避けなければならない。彼らにとっては、攻略よりもジン達の命の方が大事だった。

 そして慎重論はもう充分だろうと、ここであえてグレッグが発破をかける。


「迷宮の完全攻略で弾みをつけて、何もかもスッキリさせちまえ!」


「はい!」


 ジンは笑顔でそれぞれの激励に応えた。


 ジンが迷宮の完全攻略に挑む日、そしてアリア達の想いに答えを出す日は近い。

お待たせして申し訳ありません。

年末からかなりひどい風邪を引いてました。しかもまだ完治してないという……。

今後は少しずつペースを早めていくつもりです。


あと、アマゾンで『異世界転生に感謝を』五巻の予約が始まっております。よろしければ。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 殴りたくなるって気持ちはよく解る。 うじうじ、うだうだとしすぎ!
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