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三連休とトウカの将来

 三連休の一日目、アリアは自宅にある自分の部屋に朝からこもっていた。


「ふう……。ちょっと休憩しようかな」


 ずっと魔法文字の勉強をしていたアリアが、眼鏡を外してこめかみをもむ。度の入っていない伊達眼鏡ではあるが、眼鏡とは関係なく勉強で目が疲れたということなのだろう。


 過去の転生者ケンが遺した『遺失魔法』は、その名の通り現代では失われている魔法だ。ただ『遺失魔法』は通称のようなもので、実際は『炎魔法』のような『火魔法』の上位互換タイプや、『氷魔法』『雷魔法』などの単なる上位ではなく新しい概念の魔法まで存在していた。


「ん、美味しい」


 ジンがおやつとして用意してくれていたクッキーをつまみ、彼お手製の魔道具である『魔法瓶ポット』のお湯を使って淹れた紅茶で喉を潤す。優しい甘みとかぐわしい香りが、つかれたアリアの脳を癒やした。


「……だいぶ慣れたとは思うけど、やっぱり文字数が多いから覚えるのがきついわね」


 休憩で一息吐いたところで、アリアは先ほどまで行っていた勉強の内容を振り返る。

 『遺失魔法』にはアリアが初めて学ぶ魔法文字も多く使われており、しかもどれも文字数が多めだ。アリアが修得してる『火魔法』には『火のファイアアロー』という初級魔法があるが、それは五つの魔法文字で構成されている。対して『遺失魔法』の一つである『炎魔法』になると、同じ初級魔法の『炎のフレイムアロー』でさえ八文字で構成されており、魔法のランクがあがるにつれてさらに文字数が増えていく。

 これまでの努力の甲斐あってアリアは既に『炎魔法』のスキルを修得しており、『炎の矢』は使えるようになっている。だが、現在勉強中の範囲魔法『炎のフレイムストーム』は使われている魔法文字が二十文字近く、まだ修得までは至っていない。


「ジンさんがちょっと羨ましくなってしまうわね」


 そう言ってアリアが微笑を浮かべる。ジンには『ウィンドウ』に映し出した魔法文字を見ながら魔法を発動させるという裏技があるので、発動に必要な魔法文字の習熟度は完璧を求められるわけではない。もちろん魔法文字の勉強が必要ないわけではないのだが、そのハードルはアリアよりもかなり低かった。しかも『翻訳機能』を持つジンは魔法文字を直感的に理解することが可能なため、勉強自体の難易度もアリアより低い。

 実際ジンは『炎魔法』以外にもいくつかの『遺失魔法』を修得していたし、使える魔法の種類も多い。しかも魔道具の作製においては見本をみながら作業しても何の問題もないので、ケンが遺した魔法文字の知識を十全に有効活用している。アリアが『炎魔法』を修得しただけに留まっているのと比べると、つい羨ましく思ってしまうのも無理はなかった。


「まあこうして応援して貰っているのだから、贅沢言っちゃ駄目よね」


 アリアの手元には『遺失魔法』の魔法書だけでなく、魔法文字の一文字一文字の意味が記載された辞書もある。それはどちらもケンが遺した原書だ。いくらジンが『メモ帳』にコピーしたものを手元に持っているとは言え、抜粋して渡すことも可能なそれをそのまま全てアリアに渡すことは、世界を揺るがしかねない代物の扱いとしては微妙なところだろう。だが、それはアリアなら間違った使い方はしないという信頼であり、そして存分に学んでくれという激励なのかもしれない。

 少なくともアリアにはそう感じていた。


「よし、休憩終わり!」


 アリアは小さなガッツポーズと共に拳に力を込め、ムンと己に気合いを入れる。そして再び勉強へと没頭するのであった。




 二日目の午後、まだ火が高い頃に孤児院まで迎えに来たエルザに連れられ、トウカはエルザ行きつけの雑貨屋に来ていた。


「わー。エルザお姉ちゃん、これ可愛いね!」


 トウカは眼前にある可愛い小物の数々に目を輝かせる。その中でもひときわ気に入ったのが、小さな花の刺繍がほどこされたハンカチだ。


「お、トウカもそう思うか!? 私もこういうの結構好きなんだよ。ダーナさんが作るようなのも憧れるんだけど、あれは凄すぎるからなー」


 トウカが自分の趣味でもある刺繍のワンポイントを気に入ってくれたことが嬉しくて、エルザは笑みと共に刺繍愛がこぼれそうだ。ダーナは小さな友人であるアイリスの祖母で、エルザの刺繍の師匠とも言える人物のことだが、王都で知り合った彼女が作る精緻な刺繍の施された作品はもはや芸術品で、エルザの憧れでもあった。


「エルザお姉ちゃんも凄いよ? この間つくってくれたウサギさんも可愛かったもん」


「あー、あれは元の絵をジンが描いてくれたからなー」


 少し前のことになるが、ジンが描いた絵を元にエルザがトウカのハンカチに刺繍を入れたことがあった。

 その時ジンがイメージして描いたのは、口が×印の例のアレだ。そのままズバリは気が引けたので、口を逆三角形にしたりと若干変えてはいる。シンプルなので、絵心がないジンでもそれなりに描けた。


「でもお父さんが描いた絵より、エルザお姉ちゃんが作ってくれた方が可愛かったよ?」


 残念ながら絵心のないジンが描いた元の絵は、やはりそれなりでしかなかったようだ。それを修正して可愛く仕上げたエルザの努力と実力は誇ってもいいだろう。


「ははは。でも、私はああいう考え方はしたことがなかったから、ジンはやっぱり凄いと思うぞ?」

 

 元の世界でもデフォルメという技法は古くから存在していたが、可愛い方向でのデフォルメは一般的ではなく、ましてやSDスーパーデフォルメのような極端に頭身の低いキャラが大量に使われるようになったのは比較的最近と言える。

 今回ジンが参考にした絵は服を着たウサギなので、デフォルメした上に擬人化までしている。やはりこうした考え方は、この世界においても珍しかった。


「うん! お姉ちゃんもお父さんも凄いね!」


 トウカにとっては、どちらも尊敬できる大好きな人だ。そう結論付けて笑顔を見せるトウカに、エルザも照れくさそうに笑って応えるのだった。


 ――その後、屋台でジュースを飲みながら休憩する二人だったが、その時エルザはトウカから一つの相談を持ちかけられることになる。




 そして最終日。休みも兼ねた自由行動のはずだが、今日もレイチェルは治療院でお手伝いをしていた。


「ほほう、そうかい。トウカちゃんがねえ」


 その治療院でのお昼休憩時、レイチェルは神殿にあるクラークの執務室で近況報告をしていた。こうして近況を知らせることは、ジンからもせっかく近くにいるのだからと進められていることとでもある。こうした祖父と孫の語らいは、お互いの楽しみでもあった。


「ええ、明日初めてのお料理なんですよ。ふふっ、私も少しは教えられるようになりましたからね」


 嬉しそうに話すレイチェルの姿は微笑ましく、クラークは優しい笑顔で見つめる。王都から娘を連れて戻ってきたジンには驚かされたが、そんな想い人にできた娘を目に入れても痛くないほどかわいがっているレイチェルの姿もそれは同じだ。


(本当に良い笑顔を見せてくれるようになった……)


 ジンと出会う前の彼女の姿からは想像できなかったし、だからこそこうして屈託のない笑顔を見せてくれる孫娘のことが愛おしかった。

 これまでも何度も思ったことではあるが、なにせジンと出会ってからまだ一年も経っていないのだ。クラークはことあるごとに現在の状況を喜び、そしてジンに感謝していた。


「そういえばお爺様、例の件はどうなりましたか?」


 ひとしきり祖父との語らいを楽しんだ後、何かを思い出したレイチェルがクラークに尋ねる。例の件、それはジンから教えられた医療知識のことだ。

 正式にパーティを組んでしばらくした頃、ジンはもしかしたら回復魔法に役立つかもしれないと、彼が知る異世界の医療知識をレイチェルに伝えた。

 それは所詮しょせん素人知識でしかなかったが、糖尿病という持病持ちで健康について人一倍関心があるジンにとっては、健康は一番関心があることだった。しかも元の世界にはネットやTVなどの便利な情報源があり、そうした知識を得ようと思えばいくらでも手に入れられる環境だ。素人知識ではあるが、各種臓器の働きや、それらに関連する様々な病気の種類など、ジンが持つ知識は浅いが広い。一度知識の伝承に失敗しているこの世界では貴重な情報であった。


 ジンの許可をもらい、クラークを通じてそれらの知識を一般に広める準備をしていたのだ。


「そろそろ王都の神殿から各街の神殿に伝えられる頃じゃないかな。ちょっとした伝手を使ったから、ジンさんへの詮索もないはずだよ」


 クラークの言う伝手とは、この国にある神殿を統括する王都神殿、そのトップの神殿長だ。クラークの友人でもある彼を使い、ジンがもたらした医療知識をこの国以外にも段階的に広める予定だ。もし知識の出本を探られたとしても、表に出るのはクラークの名前だけですむように最大限の配慮がしてあった。


「それなら一安心です。実際『生活習慣病』なんて病があるなんて、ジンさんに言われるまで知りませんでしたからね」


 食事と運動は、健康と密接な関係がある。元々回復魔法も万能ではなかったし、完治できない病気もあった。だが、今回ジンがもたらした知識により、これまで治せなかった病気にも対処の糸口が見えるかもしれない。クラークやレイチェルがそれを望んでいるのはもちろん、かつて病気に苦しんでいた経験を持つジンにとってもそれは同じだった。


「そうだね。病気もそうだけど、怪我の方もジンさんに教えて貰ってから治りが早い気がするよ」


 それはレイチェルも感じていたことだったが、ジンの知識を得たことで、優れた回復魔法使いであるクラークでさえ自身の回復魔法の効果が上がったことを実感していた。スキルランクが上がったわけではなかったが、この実感はクラークに久しぶりに成長の喜びを感じさせていた。


「ねえレイチェル、やっぱりジンさんは凄いね」


 クラークが凄いと認めるのは、彼の知識量だけでなく、知識不足で原因が判明していない病で苦しむ人々のことを想い、リスクを覚悟で公開を決めるその心根もだ。そして孫娘のレイチェルは、そのジンの仲間であり、理解者でもある。そしてそれだけでなく、彼の家族になりたいとも考えているのだ。

 クラークはジンを受け入れ、共にあらんとするレイチェルのことも誇らしかった。


「はい!」


 当然のように応えるそのレイチェルの顔を彩るのは、眩しいほどの満面の笑みだった。




 同じくその日、約束通り少し早めに孤児院に寄ったジンは、日が傾き始めたリエンツの街をトウカと手を繋いで歩いていた。


「フンフフ~♪」


 ただ手を繋いで歩いているだけだったが、トウカは鼻歌を歌いご機嫌な様子だ。数カ月前までは王都の孤児院で独り寂しく過ごしていたトウカとしては、こうしてもう一人の父と慕うジンと共にいられることが嬉しくて仕方ないのだろう。また、母親ではなかったが、頼れる姉は三人もいる。昨晩彼女達に一つの相談をし、そして応援すると言って貰えたトウカは、素敵な家族に囲まれて幸せだった。


(やばい、ちょっと泣きそうだ)


 そしてそれはジンも同じだ。ジンはこれまで甥や姪という庇護の対象はいても、自分の子供を持ったことはない。それが、この世界で初めて娘という存在を得ることができた。しかも娘であるトウカからはこの上ない信頼を感じるのだ。

 独り身の孤独を知るジンは、娘と二人手を繋いで歩く、ただそれだけのことで感動の坩堝にいた。


「お父さん、どうかしたの?」


 ジンが普通の状態ではないことに気付いたのか、トウカが少し心配そうな顔でジンを見上げる。


「いや、何でもないよ。トウカと二人で歩くのは楽しいなーって思ってね」


 その台詞のとおりジンは楽しげに微笑むと、繋いでいた手を大げさに大きく振った。


「きゃ。もう、お父さんったら、ちゃんと手を繋がないと駄目だよ!」


 少しバランスを崩したトウカが文句を言うが、顔に浮かぶのは紛れもない笑みだ。そして腕の動きを止めるつもりなのか、そのままぎゅっとジンの右手にしがみついた。


「ははは、ごめんごめん。ちゃんとします」


 自らの腕が子供特有の高い体温に包まれる。その明け透けな信頼に、再びジンを感動が襲った。


(幸せだ……。でもいつまでこうしてられるのかな?)


 それと同時に、世のお父さん方が娘といられる時間はそう長くないことを思い出す。元の世界では、女の子はお年頃になるにつれ、父親と距離を空けるようになるケースが多かった。


「お父さんったら、もう……。ふふふっ」


 だが、現在のトウカは、大人しくなったジンの腕にしがみついたまま、幸せそうに笑い声を上げる。


(ふふっ。ま、いいか)


 益体もない将来の不安を考えるより、現在の幸せに感謝して毎日を過ごす方が建設的だろう。ジンは空いている左手を使い、満面の笑顔でトウカの頭を撫でるのだった。


 それからジンとトウカは商店街に寄って食料を買い込み、仲良く自宅へと帰った。荷物で一杯になったので手は繋げなくなったが、仲が良いねと商店街のおじさんやおばさん達から褒められたトウカはご機嫌なままだ。

 そのまま夕食の下ごしらえを始め、トウカに包丁の持ち方などを教えている間にレイチェルも帰宅した。それから三人で料理を始めたが、今回トウカにはサラダを担当して貰った。レタスを手で細かくちぎり、猫の手でキュウリやトマトを切る。最後はドレッシングをかけて混ぜ合わせれば完成だ。


「凄い、できた! これ、トウカが作ったんだよね!?」


 その都度ジン達もフォローしたし、作業としても切って混ぜるだけだが、それでもトウカが作った初めての料理だ。


「うん、トウカちゃん、よくできたね」


 興奮気味のトウカを、レイチェルが優しい眼差しで見つめる。それはレイチェルも通った道だったし、トウカが感じている達成感にも覚えがあった。


「うん、俺も美味しくできたと思うぞ。それと食べる時に取り分けるのもトウカの仕事にしようか。お姉ちゃん達をビックリさせてやろう」


 ジンは完成後に味見をしたが、愛娘の初めての料理なのだから褒めないわけがない。それに実際初めてにしては手際もよかったし、味の方も上出来だった。


「うん、がんばる!」


 その輝かんばかりのトウカの笑顔は、しばらく後に始まった夕食の際にも、サラダと共に披露されることになる。そしてこの日以降、積極的に料理を手伝うトウカの姿が見られるようになるのだった。


 そんな微笑ましく楽しい夕食も終わり、食後のお茶を楽しみながら明日からの予定を確認した後、最後にトウカから話したいことがあると切り出された。


「お父さん。……私、将来冒険者になりたいの」


 この世界の成人は十六歳だが、十二歳頃になると働き始める者も多い。特に実家が商売をしていたり、将来何らかの職人を目指す者はそうだ。そして将来何を目指すか決めて準備を始める時期が、現在のトウカの年齢である十歳頃になる。


 半年後には十一歳になるトウカだったが、王都にいた頃は両親の死から立ち直れておらず、将来のことなど考えられなかった。だが今は新しくできた家族の存在もあり、ようやく将来を考えられるようになった。そしてその時に思い出したのは、冒険者であった両親のこと、特に母親が語ってくれた冒険譚だ。

 その話が好きだったトウカは、幼い頃から漠然と冒険者に憧れを抱いていた。しかし、それは冒険者であった両親の死で一度消えた。だがその想いが復活できたのは、両親と同じ冒険者であるジン達の存在があったからだ。「いつかお父さん達と一緒に冒険したい」――それは憧れではなく、トウカの中に生まれたしっかりとした目標だった。


「……」


 ジンは腕組みをして目を瞑っており、考えをまとめているのか沈黙したままだ。


「ジンさん、私はトウカに魔法文字を教えようと思っています」


 昨日の夜にアリア達三人は事前に相談を受けていた。まずアリアが、意を決して援護射撃を行う。

 アリアの両親も冒険者だったし、共に冒険中に亡くなっているのもトウカと共通している。積極的に冒険者になることを勧めるわけではなかったが、アリアはトウカの選択を応援していた。


「私は剣だな。しばらくは体力作りになると思うが、私もトウカの決断を応援したい」


 エルザは幼い頃から母ミリアに憧れ、見よう見まねで棒きれを振るっていた。だがミリアが実際に剣を教えるようになったのは、今のトウカと同じ十歳頃からだ。エルザはトウカに過去の自分を重ね、将来を定めたトウカを応援してやりたいと心から思っていた。


「私はお二人の補助しかできませんが、私も同じくトウカちゃんの願いを叶えてあげたいと思っています」


 攻撃魔法も回復魔法もMPを消費して発動する以上、あちらを立てればこちらが立たずで、両立するのは現実的とは言えないだろう。少なくとも最初に学ぶ方向を決めるのは必要で、トウカは攻撃魔法を学ぶことを選択した。もしかすると、そこには同じく攻撃魔法を使う父ジンへの憧れがあったのかもしれない。


 また、攻撃魔法と共にトウカが学ぼうとしている直接戦闘に関しても、自分より優れたエルザがいるので、彼女を差し置いて教えることはレイチェルにない。だがレイチェルは回復魔法が使える魔法使いであり、直接戦闘もこなす戦士でもある。どちらの分野でも補助役として対応できる能力があった。

 レイチェルは幼き頃から神官になる以外の選択肢をもたなかったが、それでも神官になるのは自分の決断だった。両親や祖父クラークがそうしてくれたように、トウカが冒険者になることを望むのであれば、レイチェルも全力で応援してあげたかった。


「――俺の正直な気持ちを言うよ」


 トウカが冒険者になることを認める仲間達の発言を受けても、ジンはまだ黙ったままだったが、少ししてようやくその重い口を開いた。

 

「正直冒険者という仕事は危険だ。トウカのご両親がそうだったように、冒険中に亡くなる人もたくさんいる」


 それは紛れもない事実で、実際グレッグという優れたギルドマスターがいるリエンツでさえ、命を落とした冒険者は少なからず存在する。


「しかし、だからといって俺がいつもトウカの側にいて守ってやることはできない。俺に皆という仲間ができたように、トウカはトウカで仲間を見つけなければいけないと思うからな」


 その台詞で一緒に冒険をするという夢が絶たれたように思えて、トウカの顔が沈む。だがそれでも彼女の中にある冒険者になるという想いは消えない。


「可愛い娘が危険で困難な道に進もうとしているんだから、親としては素直にうなずけないよ。他に違う道があるんじゃないかと思ってしまうのは許してくれ」


 これもまた親として正直な気持ちだろう。あとはその想いにどう対応するかだ。


「……だけどトウカが本気で冒険者になると望んでいるのはわかる。皆と同じように、俺にもその想いを応援したいという気持ちもある」


 初めて肯定的な言葉を貰え、トウカが弾かれたように頭を上げてジンを真っ直ぐに見つめた。


「だから提案させてくれ。トウカが成人するまでまだ五年以上ある。冒険者になるためには魔法か武器のスキルを最低一つ修得していることが必須条件だけど、トウカには魔法と武器のスキルを両方とも修得して欲しい。さらにこれはできれば二つ以上身につけて欲しいけど、防御系のスキルも絶対に修得して欲しい。俺は死なないためには防御系スキルがなにより大事だと思っているからね。――武器、魔法、防御、それぞれのスキルを最低一つ以上修得する。それを目標としてトウカが努力を続けると約束できるのなら、俺もトウカを応援するよ」


 結果としてスキルを修得できなくとも問題ない。努力を続けていたならば、その努力は自信となり、いつかそれが役に立つこともあるだろう。夢に向かって本気で努力するのであれば、ジンは親として内心の不安を押し殺し、トウカの努力を全力でサポートするつもりだ。

 親として子を心配するのは当然だが、少なくとも子が夢のために必死で努力しているのであれば、自らの感情は呑み込むべきだ。ジンは自らに言い聞かせ、そしてそうあろうと誓った。


「約束します!」


 ジンの視線を真っ直ぐ見返し、トウカが大きな声で応える。そしてその場で立ち上がると、再び口を開く。


「ジンお父さん、アリアお姉ちゃん、エルザお姉ちゃん、レイチェルお姉ちゃん。私は冒険者になりたいです! 一生懸命がんばるから、色々と教えてください!」


 トウカはそれぞれに視線を合わせた後、そう言って深く頭を下げた。


「はい、勉強がんばろうね」


「しっかり鍛えてやるからな」


「一緒にがんばりましょう」


 アリア達は口々にトウカに声をかける。中でもレイチェルは少し瞳を潤ませているようだった。


「いいかいトウカ。一杯勉強して、一杯体を動かして、そして一杯遊ぼう。大人になるのはゆっくりでいいんだからさ。そんで、いつか一緒に冒険しような」


「うん!」


 最後に父娘は笑顔で約束を交わす。そしてトウカは、この日から少しずつ冒険者になるための勉強をしていくことになった。

 本格的な指導はまだまだ先の話ではあったが、トウカはジン達という最高の教師陣に恵まれ、しかも一緒に暮らしているのだ。その気になれば学ぶ時間はいくらでもあるし、その内容も密度も濃いのは間違いない。


 彼女の明日は……。

お読みいただき、また感想などいただきありがとうございます。

〆に向け、構成に悩みつつ進めております。今後とも疑問に思われた点や、気になった点などなんでも結構ですので、よろしければご意見ご感想をお聞かせください。


ありがとうございました。

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