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成長と日常

「ブモォオオオオオウウッ!」


「かああっっつ!」


 迷宮に二つの雄叫びがこだまする。巨体を誇る牛頭人身の魔獣ミノタウロスが長柄の戦斧を振り下ろし、それを両手持ちにしたジンの黒魔鋼製のグレイブが迎え撃つ。両者一歩も退かず、中空で互いの武器が交差した。


 この場にいるのは彼らだけではない。ジンの頼れる仲間達以外にも様々な装備のミノタウロスがいたが、その中でもジンと対峙しているこの一体は他の個体より頭一つ大きく、その頭部以外は全身金属鎧フルプレートで包まれていた。


「ブウァアア!」


「させるか!」


 隙ありとみた別の革鎧を着込んだミノタウロスが棍棒を振りかぶってジンに襲いかかるが、それをエルザの大剣が阻む。……だけでなく、大剣が棍棒を弾き上げ、棍棒ごと両腕を上げさせられたミノタウロスの胴体をむき出しにする。


『スラッシュ!』


 そして革鎧に守られていない柔らかな腹を、エルザの大剣が深く切り裂いた。


「――業火で貫け、『炎の槍フレイムランス』!」


 断末魔の叫びをあげて沈むミノタウロスを横目に、アリアの魔法が別の個体に向けて飛ぶ。過去の転生者であるケンから受け継いだこの遺失魔法ロストマジックは、見事に杖持ちのミノタウロスの胸部をその右腕ごと抉りとった。


「私が相手です!」


 そんなアリアを守るのは、黒鉄製の中型の盾カイトシールドと戦槌を手にするレイチェルだ。『挑発』で残る二体の注意を自分に引きつけ、以前より大きくなった盾を手に相手につけいる隙を与えない。

 盾役としては体重が軽すぎるという欠点がある彼女だったが、加護持ち故に高いステータスと培ってきた盾術スキルのおかげで、ミノタウロス二体を相手に盾役を危なげなくこなしていた。


「ふん!」


 そしてフルプレート姿のミノタウロスを一手に行き受けていたジンが、十数合の打ち合いの後にすくい上げるようにグレイブを振るう。その一撃でミノタウロスの左手が根元から飛び、それで勝負は決まった。怪力を誇るミノタウロスといえど腕一本では巨大な戦斧をまともに扱うことはできず、ほどなくして敵の全滅という形で戦闘は終了した。



「ふう……。大分安定して倒せるようになってきたかな?」


 戦闘を終え、ジンが先ほどの戦闘を振り返る。現在彼らがいるのは迷宮の70階で、これが通算三回目のボス戦だった。


 ジン達が初めてミノタウロスと相対してから既に一カ月以上が経つが、一体でもBランク相当と考えられるミノタウロスはさすがに手強かった。2メートルを超えるその巨体から繰り出される攻撃は脅威で、まともに喰らえばジン達といえどただではすまない。そのため、ジン達はこのままミノタウロスを相手にするのを一旦断念し、五十階層に戻って大鬼オーガを相手に鍛え直すことにした。もちろんオーガも強敵ではあったが、それでもミノタウロスよりはマシだ。以前からしてきたようにあえて不利な状況を作って挑み、特に防御系のスキルを重点的に鍛える。途中から『武技』の習得という新しい要素も入ったが、満足がいく結果を得るまで半月以上の時が必要だった。

 そして再びミノタウロスを相手に61階から攻略を進め、現在攻略中のこの70階で何度もボス戦を繰り返しているのも、自分達の実力を底上げするためだった。


「そうだな。今回は無傷でいけたし、次は私がボスを引き受けたいな」


 三度目のボス戦ということもあってか、エルザは手応えを感じているようだ。

 この三度の戦いで彼女のスキルランクが上がったわけではなかったが、その経験は自信を与えるに十分だったということなのだろう。その下地にあるのは『武技』という新しい攻撃手段の存在だけではなく、これまで鍛え続けてきた各種スキルの存在があった。


 現在、エルザの『剣術』のスキルランクは7、『大剣術』も6まで伸びており、『回避』や『受け流し』などの防御系スキルもほとんどが4か5まで成長している。その実力は『大剣術』一つとってもBランクの上位と同等と言えるが、習得している防御系スキルの多さはそれ以上だ。突出して高いスキルはなかったが、攻防平均して高めの多彩なスキルは総合的に見ればAランクにも迫っていた。


「エルザの気持ちもわかるけど、その前に私達三人で当たってみない?」


「あ、私も賛成です! 一人では不安ですけど、三人なら安心ですし」


 やる気を見せるエルザに目を細めつつも、アリアが慎重論を唱え、それにレイチェルも同意する。彼女達もエルザと同様にそれぞれが成長を見せていた。


 アリアは一番得意とする『火魔法』スキルが7になり、先ほども実戦で見せたように、過去の転生者であるケンから受け継いだ『遺失魔法』の一つである『炎魔法』も習得している。とはいえ習得したのは初歩の極一部でしかなかったが、元より『古代魔法』は強力だがその分消費MPも多いため、実用を考えるとそれだけでも十分だった。

 また、魔術師として遠距離攻撃を主とするアリアだったが、それでも『槍術』は5まで上がっていたし、『回避』などの防御スキルもほとんどが4以上と、専門のエルザよりやや落ちるとはいえ戦士としても一級品の腕を持つに至っている。単なる魔術師として見てもBランク上位、総合的に見れば『古代魔法』を抜きにしてもエルザ同様Aランクに迫ると言って良いだろう。


 レイチェルも『回復魔法』は7まで上がり、高度な魔法も使えるようになって回復役として更なる成長を見せている。加えて『鎚術』と『盾術』は5まで上がっており、特に習得して比較的日が浅いといえる『盾術』がここまで成長したのは、彼女の努力の賜物にほかならない。以前使っていた小盾から中型のカイトシールドに替え、そして『盾術』を始めとした各種防御系スキルも軒並み5近くなった今では、ジンに続くパーティの第二の盾役として活躍している。残念ながら未だ『詠唱短縮』は習得できていないが、今も訓練は続けており、習得したあかつきには盾役と回復役を同時にこなせる唯一無二の存在となるだろう。

 現段階でも他の二人同様、総合的な能力はAランクに迫っていた。


「確かに一人はまだ大丈夫とは言い切れないな。なあジン、次は私達三人でボスにあたってもいいか?」


「ああ、次はそうしてみようか。少しずつ実力は上がってきてると思うけど、焦らず着実に進めていこう」


 アリアとレイチェルに言われてもなお意見を曲げない頑迷さはエルザにはない。そしてジンもまたエルザ達三人の意気込みを微笑みながら受け入れた。


 このように順調すぎるほどの成長を見せた彼女達だったが、それでもその度合いで言えばジンに軍配が上がるだろう。

 彼のメインウェポンは剣と槍の機能を持つ槍剣グレイブという独特な武器だが、『剣術』と『槍術』共に8になり、『槍剣術』も7とAランク冒険者であるオズワルドにあと一歩というところまで迫っている。しかも各種防御スキルは軒並み6を超えており、中にはオズワルド以上のランクに至っているものまであった。

 魔法に関してもウィンドウを利用する裏技を使って多くの『遺失魔法』を修得していたし、『詠唱短縮』のランクも5まで上がっている。新規修得したスキルこそほとんどなかったが、所持しているスキルはどれも高い水準といえる。

 純粋な戦士として考えた場合でも、さすがに経験を積んだAランクであるグレッグやオズワルド達には及ばないものの、現時点でAランク相当の実力は身につけていると言って良かった。


「了解だ。先は長いけど、レベルも着実に上げていかないとな」


 Aランクの基準の一つにレベル50以上というものがあるが、現在の彼らのレベルは未だ40にも満たない。迷宮で『地図』を使って効率的に戦闘を繰り返してもなお、レベル50という壁は高かった。


 ――だが逆に言えば、彼らは40にも満たない現在のレベルで50レベル以上のAランクに近いか、それと同等の実力があるということでもある。

 迷宮の完全攻略に向け、ジン達は着実に成長していた。


「それじゃあ今日は帰ろうか」


 自分達の成長を実感しつつ、ジン達は転移石に触れて迷宮を後にするのだった。





「おかえりなさい、お父さん! お姉ちゃん!」


 迷宮を出たジン達は、帰宅前に孤児院へと寄った。目的はトウカのお迎えだ。


「ただいまトウカ」


 ジンは胸に飛び込んできたトウカを笑顔で抱きしめる。


「ほれ、トウカ。今度はこっちだ」


「うん!」


 ジンの次はエルザ、その次はアリアと、トウカは順に彼女達の懐に飛び込んでいき、それぞれからぎゅうっと抱きしめられる。

 そこに揺るぎない愛情を感じ、トウカは心からの笑顔を見せていた。


「あ、ジン兄ちゃん! ああ、お迎えか~。いいな~トウカは」


 その子はトウカとほぼ同年代の元気な男の子だ。初めは時々遊んでくれるジンを見つけて笑顔だったが、すぐに遊びに来たのではないことがわかって残念そうな顔に変わっていた。

 保育所や学校の役目も併せ持つ孤児院には様々な立場の子供達が通っているが、当然ながらそこで暮らす親がいない子供達には迎えなど来ない。親代わりのヒルダ達から愛情を注がれてはいても、トウカを羨ましく思うのは仕方がなかった。


「へへ~。うん、私も嬉しいよ!」


 引っ込み思案だった頃のトウカなら、冗談でもこんなことは言えなかっただろう。だがその台詞は優越感からではなく、自然に沸き上がってきた素直な気持ちだ。

 そしてこれは、取り繕うことなく本音を言えるくらいトウカが孤児院の子供達と仲良くなっているということの証明でもあった。


「ちぇっ。まあいいや。ジン兄ちゃん、今度俺達とも遊んでくれよな」


「ああ。リッツ、また遊びに来るよ」


 その男の子――リッツはジンの返事に満面の笑みを見せる。その頭をポンポンと軽く叩き、ジンは孤児院を後にした。


「えへへ~♪」


 孤児院から自宅までの帰り道、ジンと手を繋いで歩くトウカはご機嫌な様子だ。彼女のもう片方の手は同じく満面の笑みを浮かべるエルザが繋いでおり、いささか両親が若すぎたが、三人で歩く様は親子・・のようにも見える。そして彼らの少し後からアリアとレイチェルが続いていた。


「いいな~」


 レイチェルが小声でボソッと内心を漏らす。孤児院からの帰り道、トウカの片手はいつもジンでふさがっているので、もう片方の手は女性陣の順番制だ。


「ふふっ、確かに羨ましいわね。でも明日はレイチェルの番でしょう?」


「あははっ、聞こえちゃいました? 恥ずかしいです」


 レイチェルの素直な感想に、アリアは口元に手を当てて微笑む。だが、聞こえていたのは彼女だけではない。


「俺にも聞こえたよ。照れることはないじゃないか」


「ふぇっ? ジンさん?」


 振り返って笑顔を見せるジンに、レイチェルは聞かれてしまった恥ずかしさから動揺を隠せなかった。


「トウカは人気者だなー。俺も父親として鼻が高いよ」


 だが次の瞬間、ジンは空いている方の手でトウカの頭を撫でながらそう言った。――彼女達が羨ましいと思う理由が、トウカと手を繋ぐことができるからだけではないのは言うまでもないだろう。

 鈍感の極みともいえるジンの対応に、動揺していたレイチェルは一転して頬を膨らませ、アリアはため息をつく。そしてトウカと手を繋いでいるエルザも天を仰いだ。

 一転して不機嫌な空気にジンは失敗を悟るが、何が悪かったかはわかっていない。助け船は意外なところから出された。


「お父さん……。お父さんは、もうちょっとお姉ちゃん達の気持ちを考えてあげなきゃ駄目だと思うよ?」


「え?」


 ジンを諭す10歳の愛娘トウカ。父親を敬愛する彼女だったが、ジンを気遣いつつもそこに少し呆れが混じっているのは否めない。

 一応ジンは女性陣から告白を受けたことを忘れているわけではなかったし、時折苦悩しているのも事実だ。だが、それでもこと恋愛方面の機微に関しては、やはり疎いままだった。


「言ってくれてありがとう、トウカちゃん」


「うん、よく言ったぞ、トウカ」


「ほんとトウカは良い子ね。なのにジンさんは……」


 アリア達は口々にトウカを褒め、逆にジンを視線で責める。告白もしているのだから、もっと意識して欲しいというのは正直な気持ちだろう。


「ごめんね、お姉ちゃん達。私はいいから、お父さんと手を繋いで。……それぐらいしないと駄目なのかも」


「ええっ!? それは駄目だよ!」


 トウカの提案に女性陣より先に大きく反応するジン。彼にとって娘であるトウカと手を繋ぐことは自然なことだったが、自分に好意を抱いてくれているアリア達と手を繋ぐとなると話が別だ。しかも他人の目がある往来でとなると尚更だった。

 ジンは実年齢はいい年どころの話ではないので手を繋ぐくらい大したことではないはずだが、抵抗があるのは相手を意識しているからなのか、それとも相手が一人ではない・・・・・・からか。いくつになってもファーストステップは新鮮なときめきがあるものかもしれない。

 いずれにせよ顔を赤くしてうろたえるジンの姿は、アリア達の溜飲を下げるに十分だったようだ。


「まあ、これくらいで許してあげましょう」


「うん、ジンも反省しているみたいだしな」


「ええ、ジンさんも私達の気持ちを忘れないでくださいね」


 そして彼女達にとってもまた、人前で手を繋ぐのはまだ恥ずかしかったのかもしれない。


「お父さんも早くお嫁さんにしちゃえばいいのに……」


 そのトウカのつぶやきは、誰かに伝わる前に泡と消えた。――それが良いことかどうかは別にして……。


少し遅れてしまいました。申し訳ありません。


この話の前に日常回を入れた方がいいのかもしれないなどと悩みましたが、今回の様な形になりました。

このままでいい、いや、だめだ。このエピソードが読みたいなど、皆様の忌憚のないご意見をお聞かせいただければ幸いです。

一番はもっと早く更新することだと重々理解しているのですが……。


また、活動報告で書籍などのお知らせをしておりますので、よろしければご参考ください。


お読みいただきありがとうございました。


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[一言] 一手に行き受けていたジンが、 →一手に引き受けていたジンが、
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