新しい力
『斬撃強化!』
エルザの大剣が袈裟斬りに振るわれ、ミノタウロスの体に深く食い込む。それをとどめとして、この部屋での戦闘が終了した。
ジン達がオズワルドと共にマッドモンキー変異種を討伐してからもう半月近くが経つ。ジェイド達も活動を再開しており、あれから別の変異種が出たという話も聞かない。平静を取り戻したかに見えるが、未だAランク相当という強力な変異種が現れた理由も、しかもそれがこの地域にはいないはずのマッドモンキーの変異種だった理由もわかっていなかった。
ジン達は漠然とした不安を感じながらも迷宮の探索と依頼に取り組んでおり、今日も迷宮を探索すると共に各自スキルアップに努めていた。
戦闘とドロップアイテムの回収を終えたジンは、笑顔でエルザ達に声をかける。
「皆もう問題なく『武技』を実戦で使えるようになったね。特にエルザはタイミングもばっちりだ」
先ほどの先頭で『武技』を使ったのはエルザだけではない。アリアは『貫通力強化』、レイチェルは『打撃力強化』をそれぞれ一度ずつ使用していた。
「ああ。ようやく使いこなせるようになってきたみたいだ」
ジンから褒められ、エルザが笑顔と共に尻尾を左右に揺らす。やはり先頭で戦うことが多い分、三人の中では前衛であるエルザがこの『武技』に一番習熟していた。
「私たちも使えるようにはなったけど、やっぱり本職のエルザには敵わないわね」
「確かに私たちの場合、ミノタウロス相手だと前に出るのはまだ不安がありますから。うーん、もう少しオーガで訓練するべきでしょうか」
エルザと違い、アリアとレイチェルは魔法がメインの後衛だ。確かに武器戦闘においてはエルザに軍配があがるが、後衛でありながらミノタウロスと直接戦闘が可能な彼女達もあたら劣るモノではない。まだエルザのように前衛として戦い抜けるほどではないが、後衛に徹することしかできなかったミノタウロスとの初戦闘時を考えれば著しい成長と言えるだろう。
変異種討伐以降、アリア、エルザ、レイチェルの三人は、ミノタウロスではなくオーガが出る五十階層で戦闘を重ねることで己を鍛え直し、同時に『武技』の修得に励んでいた。流石に訓練の相手としては、ミノタウロスは強敵過ぎたのだ。
だがその甲斐もあり、まだその習熟度合いには差があったが、アリア達は全員『武技』を使えるようになっていた。
しかし、これまで彼女達が『武技』を使用したことはなかったし、事実、つい最近まで彼女達はその存在すらよく知らなかった。それなのになぜ彼女達が『武技』を使うようになったのか、話は変異種討伐後の帰り道までさかのぼる。
「『武技』? なんだそれは?」
変異種に止めを刺した攻撃についてジンが説明したところ、オズワルドから返ってきたのはこんな言葉だった。
「そういえば前にも聞いたことがあるような気がするけど、剣術の型とか技なんだろ?」
そう言いつつエルザは軽く首をひねる。
ジンは鍛錬の中で軽く『武技』について触れていたことがあったが、そもそも地力を上げることを優先していたので詳しく話したことはなく、エルザ達からしてみれば一応聞き覚えはあるものの戦闘テクニックの一つなのだろうという認識でしかなかった。
「いや、テクニック的なものじゃなく、『武技』ってのは魔法みたいにMPを使って武器の攻撃力を上げる技のことだよ。斬撃力を上げる『スラッシュ』に貫通力を上げる『ピアース』、打撃力を上げる『インパクト』などがあるんだけど……オズさんもご存じないみたいですね」
ジンが『武技』を覚えたのは、『剣術』や『槍術』などのスキルがランク3になった時だ。そしてこれらのスキルはジンがこの世界で覚えたこの世界のスキルなので、当然『武技』も特別なものではないと思ってていた。
なのでまさかと思いつつ話すジンだったが、オズワルドも聞き覚えがないらしく、エルザと同様に首をひねっていた。
「ああ、初耳だが、武器がらみなら、もしかして『魔力纏』のことか?」
「『魔力纏』ですか?」
オズワルドの返しに、今度はジンが尋ねる番だ。
「ああ、これはあまり知られていないが、使い込んだ武器に魔力を纏わせて振るうと、武器の頑丈さや攻撃した時の少し威力が上がるんだ。スキルではなく技術、……まあ確かに技みたいなもんだな。魔力を武器に纏うから『魔力纏』だ。もしかしたら他では違う呼び名をされているかもしれんがな。さっき俺が変異種の腕を斬り飛ばす時に使ったのもそれだ」
こともなげにオズワルドは話していたが、これは明らかに秘儀に値する情報だ。特に直接戦闘を行う前衛にとっては、喉から手が出るほど有益な情報だろう。だがジンがオズワルドを信用して己の能力を隠さなかったように、オズワルドもまた己の知識を伝えることに躊躇はなかった。
オズワルドは興味深げに身を乗り出すジン達の姿に笑みをこぼすと、ちょっと詳しく話してやろうと続ける。
「そもそもこの『魔力纏』ってのは、それなりの実力がないと扱うのは無理だ。俺はBランクの頃に教えてもらったんだが、完全に使いこなせるようになるには半年くらいかかったな。この『魔力纏』は魔獣の爪や牙みたいなもんで、たとえば低ランク魔獣の爪や牙は鋼鉄以下の強度しかないが、それでもあいつらは鋼鉄製の防具に傷をつけることができるよな。それはあいつらの爪や牙には魔力が込められているからだ。そしてそこに目をつけて再現できないかと考えて生まれた技術が、この『魔力纏』なんだ」
元々が余剰魔力で生まれた魔獣は魔力との親和性が高く、その体には自然と魔力がみなぎっているのだろう。魔獣は自然と『魔力纏』をしているのだと考えると、大した強度ではない低ランク魔獣の爪や牙が鋼鉄製の鎧に傷をつけることができる理由にも納得がいく。
「前にも言ったことがあるが、俺の『爆斧』って字名は狙いを外した攻撃が爆発したように地面をえぐったことからきているが、それを可能にしたのも『魔力纏』だな」
事実、かつてジンとオズワルドが行った模擬戦でも、その現象は起こっていた。また、ジンの特別製の木剣を相手に練習用の鉄の剣で持ちこたえられたのも、この『魔力纏』が理由の一つなのだろう。
ジンの頭に一つの仮説と疑問が浮かぶ。
「もしかして、『魔力纏』は魔力を込めている限りずっと効果が続くのですか?」
「ああ、結構MPも使うんでそれほど長くはもたないがな。要所要所で随時魔力を込める使いかたをするんだが、もし使い続けたら五分も保たないだろう。」
そしてこのオズワルドの答えで、その仮説が信憑性を帯びてきた。ジンは納得したかのように一つ頷き、そして口を開く。
「なるほど……。なんとなくわかってきました。おそらく『武技』は『魔力纏』の一形態なのだと思います」
魔力を込めることは、その分のMPを消費することも意味するのだろうと、ジンは己の仮説を話し始めた。
「オズワルドさんが使う『魔力纏』が武器の耐久や威力など総合的に強化するのに対し、『武技』は攻撃力の強化に特化しています。それも剣なら斬撃、槍なら刺突など、武器の特性に合わせてピンポイントに強化します。効果が限定されているぶん、おそらく単純な威力を比べれば『武技』の方に軍配が上がると思いますが、その効果は攻撃の瞬間しか発揮しません。攻撃に特化した『武技』と、攻撃と防御の両面で使える汎用性が高い『魔力纏』と言えるかもしれませんね」
ジンが使う『武技』は、ゲームだった頃にはまだ使えなかったが、その存在だけはナビゲータ―のクリスに教えられていた。そのためこの世界で覚えた『剣術』が成長して『武技』を覚えた時もジンは疑問に思わなかったが、そもそもこの世界のスキルである『剣術』のランクが上がったからといって、ゲームの『武技』を覚えるのはおかしいのだ。そしてそれは元々この世界にあった『魔力纏』という類似した技を基本にして、この世界でも使える技を『武技』として再現したと考えると一応の説明が付く。その裏付けの一つとして、ジンは『剣術』などのスキルランクがかなり上昇した今も、ゲームの頃には存在した斬撃を飛ばす『飛斬』などの派手な技は一つも覚えておらず、使えるのは単純に威力を上げる『スラッシュ』などの基本技だけだ。
(テッラという現実で再現可能な『武技』が、『スラッシュ』などの異本技だけだったということなんだろう。……もしかして、『魔法』や『武技』を浪漫とか思っていたのを気遣ってもらったのかな?)
ゲームだった頃にはしゃいでいた自分を思い出し、神様の心遣いに感謝して内心で頭を下げるジンだったが、実際その考えに大きな間違いはない。ただ本人は深く考えていなかったが、ジンが木剣で覚えた『手加減』は、相手の致命傷を避けるという『武技』で、明らかに他の『武技』とは毛色が違う特異な技だ。この特異な『武技』が再現されたのには、木剣という仮想現実(VRゲーム)から持ち込んだ武器の方に理由がある。しかし、ゲームでは最低ランクの救済武器でしかない木剣だったからこそ『手加減』が再現されただけで済んだが、もしこれがまともな武器であればそれでは済まなかっただろう。
それはもしもの話ではあったが、現状でもジンが思うのは感謝しかない。
「多分この『武技』はオズさんにも使えると思います。魔力を込めるのは同じですが、纏うのではなく攻撃の瞬間に魔力を込める感じでしょうか。斧なら斬るというイメージと共に魔力を込めて振るう。……私の場合は斬撃強化というイメージを込め、その一連の流れを『スラッシュ』という『武技』として認識しています」
この世界で再現できたということは、『武技』は自分だけしか使えないということはないはずだと、ジンはその前提で話す。
「なるほど、斬撃強化――スラッシュか」
ジンの話す内容に得心がいったオズワルドも感心して頷いた。
「はい、魔法もキーワードで発動しますが、同じように名前をつけることでイメージも強固になりますからね」
「私達も使えるのか?」
もし『武技』を習得することができるのなら、それは己をさらに高めることになる。エルザにとっては自らも習得できるか否かが一番の問題だったが、その気持ちはアリアやレイチェルも同じだ。
「ああ、練習は必要だと思うけど、多分大丈夫だと思うよ。エルザの大剣なら同じ斬撃強化――スラッシュで、アリアは槍だから貫通強化――ピアース、レイチェルは槌だから打撃強化――インパクト、盾は攻撃する場合は衝撃強化――バッシュってとこかな。『魔力纏』はオズさんに教えて貰うしかないけど」
「それはかまわんが、さっきお前が変異種の首を飛ばしたのを考えると、『武技』ってのはかなりの威力だな。練習するにも気をつけないと」
「いえ、本当はあそこまで威力は高くないはずなんけどね。なんであそこまで効果が高かったのか私もビックリしました」
実際、上級技ならともかく、ゲームにおいて『武技』の基本技である『スラッシュ』などは威力を少し上げる程度の力しかなかった。これまで何度もつかってきただけに、今回だけ威力が高かったのは何故か、ジン自身も不思議だった。
「ふむ。いくら『武技』の方が『魔力纏』より威力があるといっても、少々威力が上がったくらいで俺があの変異種の首を飛ばせるとは思わないぞ? ジンの才能や将来性は認めているが、現時点では俺もまだスキルやステータスで負けているつもりはないからな。……ふむ、しかしそうなると武器の差か? 俺の戦斧も業物なんだがな」
「あ!」
その指摘でジンにはピンとくるものがあった。
「オズさんの戦斧は黒鉄製ですよね? 私のこれは黒魔鋼製なんですよ」
「黒魔鋼だと!?」
ぱっと見では黒鉄と黒魔鋼の区別はつかず、また、黒魔鋼といえば希少な最上級の金属の一つだ。オズワルドも驚きを隠せなかった。
「ええ、以前私がその命を奪った方から譲り受けたものです」
そう告げるジンの声は落ち着いており、どこまでも静かだ。
「……なるほど、それで理由がわかった」
そこに何を感じたのか、オズワルドもまた冷静さを取り戻して続ける
「魔鋼ってのは丈夫で単純な武器としての性能が高いのはもちろんだが、もう一つ特性があるんだ。……魔力を通しやすいってことだ」
「あ!」
それはかつてジンも学んだことだ。
「ジンはガンツさんに鍛冶を習っているから気がついたようだな。ミスリルは別にして、普通の武器は魔力が通りにくいだろう? だから『魔力纏』を使うときは魔力を武器に通すのではなく、その名の通り魔力を武器に纏わせることをイメージするんだが、お前はこれまで纏わせるなんて思ったことはないんじゃないか?」
「はい、おっしゃるとおりです」
「魔力がとおりにくい黒鉄でも『武技』は発動してたんだろうが、それが魔力を通しやすい黒魔鋼となればその効率は比べものにならないだろう。魔力との親和性が高い黒魔鋼はその魔力を余すことなく存分に取り込み、その結果『武技』の威力が本来より上がったんじゃないか?」
「なるほど、そういうことだったんですね……」
そのオズワルドの推論は、ジンにも納得できるものだった。
「ふっ、疑問が晴れてスッキリしたみたいだな。だがジン、お前なら大丈夫だと思うが、その黒魔鋼の武器と『武技』に頼りすぎるんじゃないぞ。なまじ威力が高いぶん、基本の技術がおろそかになりかねないからな」
「はい!」
「うむ、良い返事だ。それじゃあ帰ったら訓練に付き合え。俺も『魔力纏』を教えてやるから、お前も『武技』の方を頼む」
「了解です!」
「私たちもお願いします」
ジンに続きアリア達も口々に指導をお願いする。
『武技』がオズワルドの新たな力となるように、『魔力纏』もまたジンの、アリア達の新たな力となるだろう。
こうしてジン達は変異種を討伐して街に凱旋し、そしてその後は迷宮探索と依頼を行いながら訓練を重ねたのだった。
また、訓練を重ねて『魔力纏』を身につけたジンは、その武器の強度を上げるという考え方を発展させ、防御力強化――ガードを修得することになる。
大変お待たせしました。
話の内容もそうですが、更新速度が遅すぎるのでモヤモヤしてしまいますよね。申し訳ありません。
次回も一週間以内の更新は厳しいのですが、なんとか二週間以内には更新したいと思っております。
また、お知らせするのが遅くなってしまいましたが、『異世界転生に感謝を』四巻が10月31日発売予定となっております。これまでで一番ページ数が多いです。
大分前からアマゾンでも予約が始まっておりますので、恐縮ですができましたら応援よろしくお願いします。
ありがとうございました。