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大猿

 その後は早かった。

 すぐさま冒険者ギルドに向かったジン達は、まさに変異種に対する対応を検討している真っ最中のグレッグと面談し、そして正式に変異種討伐の依頼を受ける。

 今回現れたのはこの近辺では見られないはずのマッドモンキーというDランク魔獣の変異種で、しかも四本腕という異形だ。元の姿から変化が大きくなるほど危険性が高いと思われているので、少なくとも一般的なBランク以上、最悪Aランク相当の魔獣と思われた。そのため下手な冒険者では返り討ちにあう危険性も高く、グレッグは自らが動くことも考えていたほどだった。

 しかし、現役Aランクのオズワルドに加え、Bランクとはいえメキメキと腕を上げているジン達ならば任せられると、グレッグはジン達の申し出を快諾したのだ。


 そして現在、ジン達は変異種がいると思われる場所のすぐ近くまで来ていた。


「この先に変異種はいるはずです。何をしているのかわかりませんが、ほとんどこのあたりから移動していないようです」


 ジンはジェイドから話を聞いてすぐに『地図(MAP)』で変異種の位置を確認しており、それは現在も継続している。懸念されたのは変異種が近くの村を襲うことだったが、幸い変異種はジェイド達が遭遇したと思われる場所からほとんど動いていなかった。


「そうか。……しかし前もって聞かされていても、やっぱり驚かされるな」


 オズワルドが『地図』の存在を明かされたのは、つい数時間前、グレッグとの会談中だ。迷うことなく真っ直ぐに変異種のいるこの場所まで来ることができたのは、ジンが持つ『地図』のおかげに他ならない。現役Aランクのオズワルドもこんなスキルがあるとは知らなかったが、冒険者であるならば誰もが欲しがるスキルであることは間違いないだろう。


「やっぱり、オズワルドさんもそう思いますよね。私達も初めて聞かされた時はビックリしましたよ」


 エルザが我が意を得たりとばかりに同意する。彼女達が初めて『地図』の存在を知ったのは、魔力熱の対応を話し合っている会議の最中だった。

 

「しかも……。いえ、ジンさんも反省してくださいましたし、言わないでおきます」


「あー、そうしてください……」


 しかもダズール山っでは実際に『地図』を表示して見せただけでなく、3D表示した上に色づけまでしてみせた。あの時の驚きはレイチェルにとっても印象に残っており、それは後日そのことについて説教をされたジンにとっても同じだった。


「ははは。しかし、便利だからこそ秘密にしておかなければな」


 そのやりとりに思わず笑いを誘われたオズワルドだったが、この情報の危険性については十分理解していた。


「はい、お願いします。……本当にジンさんには驚かされてばかりですので」


 ジンの秘密はその出自やスキルだけでなく、魔法文字に関する知識など多岐にわたる。そう話すアリアの姿には若干の疲れが感じられたが、本人も望んでいることなので、ぼやきあり、のろけでもあると言えるのかも知れない。


「ああ、おかげで間にあったんだ。恩を仇で返すような真似はしないさ」


 今回変異種を前にして即座に退却を決めたジェイドの判断は正しかったが、それでもその後にもし変異種が村を襲ったとなれば、彼らの心に消えない傷を残しただろう。今はこの場を動かない変異種も、この次の瞬間には移動するかもしれないのだ。自らの秘密を明かし、考えられる最速でこの場に導いてくれたジンにオズワルドは深く感謝していた。


「それではジン、ここからは任せるぞ」


「はい。……オズさんを差し置いてというのが気になりますが、やってみせます!」


 オズワルドに応えるジンに僅かな緊張はあったが、同時にやる気もみなぎっている。


 この臨時パーティにおいては、Aランク冒険者であるオズワルドが最上位だ。当然彼がリーダー役を務めると思われたが、そのオズワルドの意向もあってジンがリーダーとして指示を出すことになった。確かにジン達『フィーレンダンク』に臨時でオズワルドが加わった形なので意思疎通はその方がスムーズであったし、『地図』を持つジンが指示役として適任であるという判断もあった。だがなによりジンへの信頼があったのは間違いないだろう。気合いを入れるジンの姿にオズワルドは微笑を浮かべて頷く。


「ああ、お前なら大丈夫だ。俺を存分に使ってくれ」


「はい。……では早速お願いしたいことがあります」


「おお、任せろ。何だ?」


 ジンのリーダーとして早速の指示はどんなものだろうかと、オズワルドは興味深げだ。


「ここからはより慎重に行動をしなければいけませんので、こうして話すのはここまでになります。なので最後に号令をお願いします」


 戦いの前に士気を上げるのは、本来はリーダーの仕事のはずだ。だが、それをオズワルドに指示したジンは、どこか悪戯っぽい笑みをたたえていた。

 

「ははっ、気を遣わんでもいいんだがな」


 今回の変異種に対して一番怒りを感じているのは、愛弟子を傷つけられたオズワルドだ。別にジンは自分の立場をオズワルドの助太刀と定めているわけではなかったが、少なくともこの号令にはオズワルドが相応しいと考えていた。


「……まあいい。よし、それじゃあ準備はいいな。いくぞ!」


「「「「はい!」」」」


 オズワルドの号令の元、ジン達は静かに変異種との決戦の場に向かった。



 変異種がいるのは見晴らしの良い草原だ。ジン達は姿勢を低くし、草むらに紛れるように風下かつ身を隠しやすいルートを進む。そして変異種をはっきりと視認出来る位置まで来た。


「ギャッ、ギャッ、ギャ」


 慎重に顔を出したジン達の目に、何かを振り回してまるではしゃいでいるかのような変異種の姿が映った。


「ふざけやがって……」


 オズワルドの口から漏れ出たうなり声にも似たそれは、決して大きくはなかったが、抑えきれない怒りが込められている。変異種がその四本腕の一つに持っていたのは、ジェイドがレズンを守った際に失った黒鉄の剣だ。そしてそこにジェイドの剣があるということは、他のメンバーが逃げる手放した荷物などもその場にある可能性を示していた。


「許せん……」


 かつてジェイドがジンに話したことがあるが、冒険者が腰に差している武器ものは替えの効く道具であるのも事実だが、同時に己の誇りとなる魂であり、看板とも言えるものだ。それをまるで玩具のようにもてあそぶ変異種の姿に、オズワルドだけでなくジン達もまた静かに怒りを燃やしていた。

 だが今はまだその時ではない。怒りを押し殺し、ジンを先頭に変異種に気付かれるギリギリの距離まで近づく。だがそれでも見晴らしの良い草原という舞台である以上近づける距離には限界があり、変異種の元まではまだ百メートル以上距離があった。

 そして相手にする変異種は『投擲』という絶好の遠距離攻撃スキルを持つのだ。その威力の高さはジェイドの怪我がものがたっており、いかに短時間にその距離を縮めるかが肝となるだろう。


(5、4、3、2……)


 ジンは心の中でカウントを刻み、同時に背後のオズワルド達に見えるように指を折り曲げていく。


(……ゼロ!)


 そしてジンは無言のまま、変異種めがけ走り出した。


「ギャ?」


 ジンは『急加速』を使いみるみる変異種との距離を縮めていくが、すぐにその接近に変異種が気付いた。そして次の瞬間には手に持っていた剣を地面に突き刺し、素早い動きで足下から石を拾い上げるとそのまま流れるような動きで振りかぶった。

 そのスムーズな流れからも変異種が事前に投石用の石などを準備していたのは明白で、おそらくこの見通しの良い場所に陣取っていたのも迎撃のしやすさを考えてのことなのだろう。

 元々猿は賢い動物であるが、それが魔獣に、しかも変異種になったことでそれが強化された可能性もあった。


「来る!」


 変異種から放たれたその石つぶてが、猛スピードでジンに迫る。『投擲』スキルと高ランク魔獣の高いステータスから放たれたそれは、プロ野球の剛速球のレベルを軽く超えていた。


 ガゴンッ!


 衝突の衝撃がジンが掲げた大盾を揺らす。大盾に傾斜をつけることでその衝撃を受け流してはいたが、それでもジンの手に鈍い痛みを残した。


(次!)


 僅かなタイムラグの後、二発目の石つぶても大盾にぶつかる。大猿型の変異種の腕は四本。その右腕から投じられる石つぶてが二度あることは、ジェイドが身をもって確かめてくれていた。


「このまま行く! 射線上に出るなよ!」


 元々見晴らしのいい草原での不意打ちが難しいことはわかっていた。そのため敵に接近を気付かれる時にはまだ距離がかなりあることも、その距離を詰めるまでに変異種が得意とする投擲の脅威にさらされることもだ。

 だから対策として、大盾を持つジンを先頭に、他のメンバーは縦に連なるように続いている。ある程度近づくまでは、この隊列を崩すわけにはいかない。

 衝撃に圧されながらも大盾を手に走り続けるジンの目に、再び飛来する石つぶてが映る。今度はコースをつき、足下を狙ってきた。


「くっ!」


 上半身に対するものと比べ、この足下を狙った攻撃は咄嗟の対応が難しい。それに対処するためにジンの走るスピードが落ちたが、足を止めれば集中砲火をくらうだけだ。前に出続ける。


『ファイアアロー!』


 そして距離が縮まったことで、こちらの攻撃も届くようになった。牽制にジンの背後からアリアの魔法が飛び、それを避けるために変異種の攻撃が遅れた。


『マナライフル!』


 走りながらも、アリアに続いてジンも無詠唱で『無属性魔法』を放つ。お返しではなかったが、炎の矢に続いて僅かなタイムラグで襲いかかってきた魔法の弾丸を避けきれず、変異種の肩を揺らした。


「今だ!!」


 攻撃を受けてひるんでいる隙に、ジン達は一気に距離を詰める。そしてジンの陰からオズワルドとエルザが飛び出した。


「うぉおおおおおおお!!」


 ここまで押さえていた怒りを解放し、オズワルドが咆吼と共に突進する。変異種は咄嗟に手にしていた石を投げつけるが、それは悪手だ。十分な力が乗っていないそれは対処可能な速さでしかない。結果としてそれはオズワルドの肩をかすめるだけで終わり、今度はオズワルドの大斧が変異種を襲った。


「ギャアアア!!」


 オズワルドの大斧は、練習で使っていた片手持ちのものとは違い、両刃で柄も長い両手持ちの武器だ。総黒鉄製で超重量のその一撃は、変異種の左上腕の半ばまで食い込んだ。


「ちっ!」


 だが断ち切るつもりだったオズワルドにとっては不本意な結果だ。続けざまにエルザの大剣が変異種を襲うが、これは避けられてしまったもののオズワルドへの反撃を未然に防いだ。


「ギィァー、オッオッオ!!」


 歯をむき出しにして威嚇する変異種の手には、地面に突き刺していたジェイドの剣だけでなく、ハスターが逃げる際に投げ捨てていた盾までもがある。

 

「俺が正面を抑える。オズさんは左から、エルザは右から頼む。アリア、レイチェルは手はず通りに! 投石への警戒も忘れるな!」


「おう! 任せろ!」


 変異種の右腕は二本とも健在で、しかもその一本にはジェイドの剣が握られている。正面のジンと同じくらい危険な場所だが、オズワルドなら任せられた。


「やってやる!」


 エルザが受け持つのは盾を持つ左手側だ。上腕は傷ついているので実質一本だが、決して油断はできない。


「回復は任せてください!」


「魔法に専念します!」


 レイチェルはジンのすぐ後に位置し、前衛が回復を必要とした場合には随時移動する。そしてアリアはその更に後に位置し、魔法で着実にダメージを重ねていく予定だ。

 二人とも前衛の能力は鍛えているが、さすがにAランク相当かもしれない変異種相手なので、念には念をいれて安全策をとっていた。


「絶対に倒す!」


 ここからが本当の勝負だ。いよいよ戦いが始まろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます。

本当は戦いを終えるまでいくつもりでしたが、お待たせしすぎているので一旦ここで区切って更新させていただきました。次は来月の一週目の土日を目標に頑張ります。


ありがとうございました。

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