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鍛錬は続く

「それでこの『火』と『風』、そして『相乗』の文字を組み合わせると『炎』になるんだよ。他にも組み合わせ可能な属性はあるけど、その場合でもこの『相乗』は必須のようだ」


 今日は午後から、自宅のダイニングルームを使って魔法の勉強会が開催されていた。内容が一般的な魔法についてではなく、過去の転生者である渡瀬健二――ケンの遺した遺失魔法ロストマジックについての勉強会なため、参加者はジンとアリアの二人のみだ。


「この『相乗』が遺失魔法のポイントなんですね」


 アリアの手元にはケンが遺した魔法書の原本がある。ジンはすでに『メモ帳』でコピー済みなので、一時的に原本の方はアリアに預けていた。


「確かにポイントではあるね。これまでやってきた『氷』や『雷』なんかは四属性以外の全く新しい属性だったのに対して、これは『相乗』と組み合わせることで威力を向上させるものなんだ。どちらかといえば一番わかりやすいと言った方がいいかな。既存の『火』にあたる魔法文字をさっき言った『炎』置き換えるだけで、『火のファイアアロー』が『炎のフレイムアロー』になって威力が跳ね上がるからね。ただし詠唱は長くなるし、消費MPもかなり増えるのが難点かな」


 これまでも遺失魔法で使われている失われていた魔法文字について何度か勉強会をやってきたが、一度に情報を公開するのではなく、一つ一つ地道に勉強してきた。今までは一般的に使われている四属性魔法にはない、失われた属性魔法について学んできたが、今日からは以前ペルグリューンから聞いた過去の話にも出た一部の魔法使いしか使えなかったという強力な魔法についての情報が解禁されていた。


「それで発動するには、具体的にどれくらいのMPが必要なんでしょうか?」


「あーごめん。今まで必要性を感じたことがないから、実はまだ試していないんだ。今度ミノタウロス相手に試してみようか」


 ジンがアリアよりも早く知識を得ていたことを考えると、いささか悠長な対応にも思える。だが、もとよりジンに現在のこの世界にない知識である遺失魔法を一般に普及させるつもりもなかったし、自分で使うことにも消極的だった。それはケンが遺した魔法書がもたらす知識は、本人も言っていたようにあくまで万一の備えとしか考えていなかったせいもあった。


「ジンさん・・・・・・。いくらいざという時のためでも、ちゃんと使えるか一度は確かめておいた方がいいと思うのですが……」


「面目ない・・・・・・」


 実際同じ遺失魔法でも、『氷』の魔法文字はアイスクリームをつくったり冷蔵庫の改良や冷凍庫の作成をしたりと有効に活用している。それに比べると、本当の意味でいざという時の備えである攻撃魔法についてはおざなりになっていたと言わざるを得なかった。

 ただ、ジンもこうした失われていた魔法文字の勉強は毎日続けている。そのこともあって、魔法文字の理解さえじゅうぶんであれば、発動はウィンドウを使った裏技でなんとでもなるという少し甘い考えがあったようだ。


「いえ、ジンさんがこういう知識を得ても変わらないのは素直に素敵だと思います。でも今度からは私のことは気にしないで、ジンさんだけでも試してくださいね。・・・・・・まあ、今回は私もすぐに覚えますので、今度迷宮に潜るときに一緒に試してみましょう」


 迷宮の手強いミノタウロスとの戦いのなかで、攻略を優先するのであればこれらの古代魔法を使用することが一番の早道だ。それを自分達以外誰も知らない強力な力という誘惑に惑わされることなく、ゆっくりでも全員の成長を第一に考えるジンの姿勢にはアリアも共感できたし、それでこそとジンだと誇らしくも思う。それに、もしかするとジンは自分が古代魔法について習熟するのを待っていたのかもしれないとアリアは推測した。


「あー、うん、ありがとう。確かにアリアに教える時にだって、消費MPくらいはわかっていた方がいいね」


 アリアに素敵と言われたジンの顔は、不意打ち気味だったこともあってか赤い。さすがに告白を受けた今となっては、ジンはアリアの言葉を素直に受け止めていた。

 その様子はアリアにとっても嬉しいものだったが、その気持ちを長続きさせてくれないのがジンだ。


「・・・・・・でも、迷宮で使えるレベルじゃない魔法はどうするべきか・・・・・・。屋外で使ったら目立ちそうだし、尋常じゃない被害が出そうだからな~」


「・・・・・・この魔法書にはそこまで強力な魔法も載っているんですか?」


 アリアの頬を一筋の冷や汗が流れる。

 彼女が自身でも使う範囲魔法『火の嵐(ルビ:ファイアストーム)』でさえ、迷宮の部屋を全て埋め尽くすのは難しい。それでも敵の集団のほとんどを巻き込むに充分だというのに、集団どころか部屋全体を軽く超える範囲魔法など、想像するだに恐ろしいものだ。それはつまり、ほぼ回避不可能な魔法攻撃ということになる。


(もしそんな魔法を敵に使われたら……)


 アリアは思わずゾッとして身を振るわせる。

 遺失魔法が強力だという認識はアリアにもあったが、単純な威力だけの話ではないことにようやく気付いた。


「あ、うん。魔法の威力を上げるのと同じように、範囲を広げるパターンもあるんだよ。かなり広範囲に影響しそうだから、さすがに迷宮の中じゃ狭すぎて使えそうになくてね」


 何事でもないことであるかのように軽く答えるジンの様子に、思わずアリアの口元がひくつく。


「・・・・・・一応使うときは相談してくださいね」


 ジンのお気楽さや余裕が頼もしい反面、やや憎たらしくも思えてしまうアリアだった。





 勉強会を終えたジンは、復習を兼ねて魔法文字の勉強を続けるアリアを残し、今度はギルドの運動場へ向かう。

 そこにはオズワルドの指導を受けつつ訓練をしていたエルザとレイチェルが待っていた。


「おつかれ、エルザ、レイチェル。調子はどうだい?」


「お、勉強会はもう終わったのか。調子はいいぞ。なあ、レイチェル」


「ええ、今日はオズワルドさんにも褒められたんですよ」


 ジンの到来を笑顔で迎えるエルザとレイチェル。笑顔で答える彼女達の少し汗ばんだ顔が、ジンには少しまぶしく思えた。


「あー、そっか。いいね。それじゃあ俺も準備運動を済ませるよ。ちょっと待っててくれ」


 若干の気恥ずかしさを感じつつも、そう言うとジンは入念に準備体操を始めた。そして再び訓練を始めるエルザ達を横目に柔軟までしっかり終わらせると、丁度手が空いた様子のオズワルドの元へ挨拶に向かった。


「おつかれさまです、オズさん。今日もお世話になります」


「おう。今はちと手が離せないが、後でやろうぜ」


「はい。私もエルザ達と訓練していますので、また後で」


 Aランク冒険者のオズワルドとは、ジンが自分の実力を周囲に示すきっかけとなった模擬戦以降親しくしている。これまでにも何度も稽古をつけて貰っていたし、模擬戦を行った回数も両手の指では足りないほどだ。そしてその過程で、ジンはオズワルドからいい稽古相手と認識されるようになっている。一方的に稽古をつける相手から、対等とまではいかないまでも、本気を出しても大丈夫な相手へとランクアップしていた。

 現在もオズワルドは後進の育成を主に活動しているので毎回ではなかったが、機会があればジンもオズワルドも模擬戦をするのが楽しみの一つになっていた。

 また、そうした関係性の変化から、ジンはオズワルドのことを愛称で呼ぶようになっている。それは本人から「オズと呼び捨てでいい」と言われたからだが、それなりにフランクにはなったものの、それでもグレッグやガンツ達に対してと同じく「さん」付けだけは変わらなかった。


 オズワルドへの挨拶を終えたジンは、今度こそエルザ達に合流して訓練を始める。


「それじゃあ今日もやるぞ」


「はい、よろしくお願いします!」


「やっぱレイチェルは今日気合い入っているなー。ならレイチェルからいくか? 私はその次でいいぞ」


「いいんですか。是非!」


 こうした訓練には目的があるが、それは対象がなにかで変わる。

 現在ジン達の前に立ちはだかっている、ミノタウロスという身長二メートルを超える巨体を持つ魔獣。その特徴はその巨体がもたらす膂力とHPの高さだ。タフなミノタウロスは倒すのに時間がかかり、それが複数になると混戦となることも珍しくない。その時に怖いのが高い膂力がもたらす強烈な攻撃だ。

 結果、ミノタウロスの攻撃から身を守るための防御力の強化が、まず第一の課題だった。


「お願いします!」


 気合いを入れるレイチェルは、右手に戦槌、左手に小盾を構えている。


「よし、いくぞ!」


 エルザも己に気合いを入れると、渾身の力を込めてレイチェルめがけ大剣を振るう。その一撃の早さも重さも、ミノタウロスのそれに劣るものではない。


 ガギャンッ!


 レイチェルが小盾を使い、異音と共にその一撃をそらす。これまで磨き続けてきた『盾術』や『パリィ』のスキルは、エルザの攻撃にも耐えられるだけの力をレイチェルにもたらしていた。


「まだだ!」


「くうっ」


 だが攻撃は終わらない。エルザに続きジンの木剣がレイチェルを狙う。レイチェルは戦槌で弾くようにジンの攻撃を流したが、木剣の重い一撃は彼女の手にしびれを残していた。


「次!」


「いくぞ!」


 だがレイチェルが待ったを言わない以上、攻撃がとまることはない。


「くっ! っ!」


 痺れる右手をかばいつつ、レイチェルは小盾で攻撃を流し、時には体をひねって回避する。交互に攻撃する間隔はそこまでタイトではなかったとはいえ、それでも痺れる右手をかばいつつ、使える手札を全て使ってその後もレイチェルは攻撃を捌き続けた。



「――おつかれ、レイチェル。大分耐えられるようになったね」


「右手をやられた時も踏ん張ったよなー。盾と体捌きだけでしばらく保たせるとは思わなかったぞ」


「うふふ。良い見本が近くにいますから」


 結局レイチェルは事前に決めていた制限時間の十分を耐えきった。ジンはもちろん、盾を持たないエルザやアリアの体捌きも、レイチェルにとっては良い教材だった。


「うん、頼もしいよ。これで例の件がうまくいけば最高だね」


「アリアさんにも付き合ってもらっていますし、頑張ります」


 ジンがいう例の件とは、ジンやアリアも習得している『詠唱短縮』についてだ。レイチェルはこれまでもずっとアリア達の指導の元で習得しようと頑張っていた。レアスキルだけに簡単ではないが、回復魔法を即時発動できる便利さを考えると、挑戦しがいのある課題だ。

 ジンやアリアとは違い、ケンが遺した魔法書には回復魔法の記述は少なく、レイチェルが得られる恩恵はそれほど多くない。だが、その分この『詠唱短縮』の習得に向けて注力していた。


「よし、今度は私の番だぞ」


 レイチェルの頑張りに触発されたのか、エルザもいい気合いを見せる。

 彼女は一人だけ魔法が使えないので、当然ケンの魔法書による恩恵はない。だがミノタウロスを始めとした強敵と常に前線で戦ってきたその経験は、エルザの戦士としての実力を着実に上げていた。

 エルザは大剣一本を巧みに使い、その後行われた訓練でも見事に攻撃を裁いていた。




「しかしお前達でも手こずる相手なのか。俺も本格的に潜ってみたくなるな」


 しばらくして合流したアリアも加えて訓練は続けられたが、最後の締めとして行われたジンとオズワルドの模擬戦の後、ジン達は汗をぬぐいつつ雑談していた。


「そうなると教えてもらえなくなるのでちょっと残念ですが、いい訓練になるのは間違いないと思いますよ。ただ、今から六十一階まで潜るのが大変かもしれませんが」


 ジンの返答を聞いてオズワルドが豪快な笑い声を上げた。


「わははは。確かに大変だ。これもさぼっていたツケだな」


 もしオズワルドがジン達と一時的にパーティを組むことができれば、ジン達の迷宮攻略は格段に楽になるのは間違いない。だが、転送装置は本人しか使えないので、実際には難しいところだ。

 また、これまでオズワルドが迷宮探索に熱心ではなかったのは事実だったが、それでもいささか偽悪的すぎたようだ。


「いや、オズワルドさんのおかげで私達も強くなれたんですから!」


「そうですよ! 他にも助かっている人はたくさんいるんですから、そんな言い方をしないでください!」


「おおう。・・・・・・なんか褒められるとこそばゆいな」


 オズワルドに対してエルザやレイチェルが声を上げたが、その語気は思いのほか強い。その勢いに押されつつも、オズワルドは悪くない気分のようだ。


「あはは。オズさんは皆の兄貴的存在ですからね。ジェイドなんかも口にはしないですけど、そう思っているんじゃないですか?」


「ああ、それは確かに。そういえばダンさん達もオズワルドさんをキラキラした目で見てましたね」


 オズワルドについてこの街にやって来たジェイドは、ある意味では彼の弟子のような存在だ。そしてジェイドのように、強くて懐が深いAランク冒険者オズワルドに憧れている者は他にもたくさんいた。


「うわ、いや、うん。……まあ、あいつらが死なないでいてくれるならいいや」


 照れ隠しか一瞬嫌そうな顔を見せるオズワルドだったが、すぐに許容して受け入れたようだ。ただ最後につぶやいた言葉は、その軽い口調とは裏腹に重い内容だった。


「……この後、呑みにでも行きます?」


 少なくともジンが気遣うくらいの真剣さがそこには込められていた。


「はっ、気にすんな。別にそんな大したことじゃないさ。やっぱり長いこと冒険者なんてやってると、死んでいくやつも多く見てしまうからな。俺もいい年になってきたし、若いもんには元気でいてほしいってだけだよ」


 オズワルドが言っていることは、確かに冒険者につきものの話だ。まだ冒険者となって一年に満たないジンでさえ、見なくなった顔に心当たりがある。

 そしてその状況を良しとしないからこそ、オズワルドは自らのことよりも後進の育成に注力しているのだろう。


「……そうですね。若い人達には元気でいてほしいものです」


 老人の経験があるジンには、なおさらオズワルドの気持ちは理解できた。


「ははっ、なにじいさんみたいなこと言ってるんだ。お前だって若いだろうが」


 しみじみとつぶやいたジンの頭を、オズワルドが笑いながら軽く叩いた。


「あははは」


 ジンが元老人であることをオズワルドは知らず、ジン以外にはアリア達三人だけが知ることだ。若干乾いた笑いになるジンだったが、すぐに笑いを納めて姿勢を正すと、オズワルドに頭を下げて言った。


「ありがとうございます」


 たった一言ではあったが、そこに込められた想いは大きい。グレッグ達が作ってきた下地があるとはいえ、オズワルドの指導をきっかけにリエンツの冒険者全体の意識改革は大きく進んだのは事実だ。

 そして、それによって救われた命があったことも。


「……俺はしたいことをしているだけだ」


 照れてそっぽを向くオズワルドに、ジンは頭を上げるとにっこりと笑いかけた。


「はい! それじゃあ一杯だけ行きますか!」


 これがジンができるせめてもの気遣いだった。


「ぷはっ……くくっ、ああ、一杯だけな」


 ジンの肩をバンバン叩きながら、オズワルドはそのままジンを連れて運動場を去っていく。

 ……二人だけ、女性陣をその場に残したままで。


「……あれって私達のことは忘れてますよね?」


「……なんか男の世界ってかんじだな」


 去って行く男達の後ろ姿を見ながら、レイチェルやエルザが半ばあきれたようにつぶやいた。


「ふふっ。まあジンさんは元老人アレだから、オズワルドさんに共感できるところも大きいんでしょう」


 アリアも思うところがないわけではなかったが、折角わかり合っている彼らの邪魔をするのも気が引けた。


「――どうせ帰ってきたらジンさんは謝ってくれるんだから。……ね?」


 最後にそう言ってアリアはエルザ達に笑いかける。


「ふふっ、そうですね」


「ああ、確かに間違いないな」


 レイチェルとエルザもそれに同意して笑顔を見せる。

 そして和気藹々とした雰囲気のまま女性陣は自宅へと戻ったが、さすがに一杯では済まなかったのだろう。一時間以上遅れて帰ってきたジンは予想通り彼女達に謝り、そしてアリア達も笑顔でその謝罪を受け取るのだった。

かなり遅くなってしまい申し訳ありません。次回は遅くとも二週間以内には更新します。


二日後の六月三十日には書籍版三巻が発売されます。

今回も話の大筋はそのままですが、書き下ろしのシーンなどたぶん今までで一番web版に手を加えていると思います。ご覧いただければ幸いです。


ありがとうございました。

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