同期達
「なに?! もうBランクになっただと?!」
「うるさい!」
冒険者ギルド近くの酒場に、アルバートの叫び声が響く。その声の大きさに何事かと一瞬周囲が静まりかえったが、すぐにシェリーが突っ込みと共にアルバートの頭を叩いて黙らせた。
「すみません。何でもないんです」
ほぼ同時に立ち上がったカインが頭を下げ、それで周囲も大事ではないようだと、再び酒場に元の喧騒が戻ってきた。
「アルバートさん、声が大きすぎです」
「気持ちはわかるけど、まず落ち着こう」
「すまん」
メグとダンからも責められ、アルバートも素直に反省したようだ。今度は声を通常のボリュームまで落として話を続ける。
「しかしダン、本当なのか? あいつが強いのは知っているが、もうBランクだなんて早すぎだろう。俺達でさえまだCランクになっていないのに!」
「アルバート、また声が大きくなっているよ」
最後の方にはまたボリュームが上がってきていたアルバートを、やれやれとカインが窘めた。
「ああ、すまん。つい……。しかしまだ初心者講習から一年もたってないんだぞ? 俺達がDランクになったのだって、普通に考えればかなり早いはずだってのに」
アルバート、カイン、ダン、シェリー、メグ。この五人にジンとレイチェルを加えた七人は、一緒に初心者講習を受けた言ってみれば同期だ。
彼らもジン達に少し遅れたが、それでも半年もたたないうちにDランクに昇格した。しかし現在Bランクとなったジン達と比べると、大きく水をあけられていることになる。
「ギルドで聞いたから間違いないと思うよ。それに僕はジンがBランクになったのも納得だよ。アルバートだって運動場でジンがオズワルドさんと模擬戦をしているのを見たことがあるだろう? Aランクのあの人とあれだけやり合えるんだから、驚くほどのことじゃないと思うけど?」
「むむむ……」
ジンの実力が高いことは理解していても、負けたくないというライバル心から素直にその実力差を認めづらかったのだろう。うなるアルバートにシェリーが若干冷めた視線を向ける。
「ほんと馬鹿だね。ジンが凄いのは初心者講習の時からわかっていた話じゃない。私達は私達のペースで頑張ればいいだけよ」
「そうですね。私達もオズワルドさんに稽古をつけて貰っているし、この街には実戦経験を積める迷宮だってあるんです。私達はかなり恵まれている方だと思いますよ?」
シェリーに続いてメグからも諭され、アルバートも渋々ながら認めざるをえないようだ。
「……確かにそうだな。俺達は俺達のペースで……」
「お、久しぶりだね。元気してた?」
自分に言い聞かせるようなアルバートの台詞を、偶然現れた当の本人であるジンが遮る。
「……やっぱり納得いかーん!」
再び周囲の迷惑を顧みずに叫ぶアルバートに、先程以上の厳しい突っ込みが入ったのは言うまでも無い。
「あははは、アルバートは相変わらずだな」
突如叫びだしたアルバートには驚かされたジンだったが、話を聞いてみればなるほどと納得できる話だ。変わらないなとジンの頬が緩む。
「ちょっとはマシになったと思ってたんだけどね」
はあとため息をつくカインもまた苦労性なのは変わらないようだ。
「いや、待ってくれ。確かにジンが強いのは認めるが、ライバルとしては負けを認めるわけは……」
アルバート自身も現在の実力差に思うところがないわけでもなかったが、それでもライバルと言えるその精神力は大したものだ。
「もうライバルと言う方が恥ずかしいような……」
「往生際が悪いと思います」
ダンの冷静な指摘に続き、メグの突っ込みが入る。
「お前ら……」
比較的温和な二人からの指摘は、流石のアルバートも堪えたようだ。
だが、落ち込むアルバートを見守るダン達の目は優しく、口元にも笑みがある。初心者講習の時にあったぎこちなさや隔意はもうそこにはなかった
「ジンさんは嫌じゃないみたいですね」
そんな彼らの姿を目を細めて見守るジンに、自身も笑みをたたえつつアリアが尋ねる。
「まあ、アルバートの負けん気の強さは嫌いじゃないね」
以前もアルバートからライバル宣言を受けたことがあったが、やはりその真っ直ぐなライバル心はジンにとって心地よいものだった。
「そうなの? うざくない?」
「ぐ……」
「ちょっと、シェリー」
容赦の無い突っ込みを受けてうなだれるアルバートを見て、さすがにメグがシェリーをたしなめた。
「あははは。いや、何だかんだでアルバートは真っ直ぐだからね。俺も負けてられないって思うよ」
その実力差を理解してもなお変わらないライバル心を向けてくるアルバートの態度は、人によっては身の程知らずと取られるかも知れない。しかし、変に歪むことなく真っ直ぐにその気持ちを持ち続けることができるアルバートに対し、ジンはある種の尊敬の念すら覚えていた。
そして、そんな言葉に込められた感情というものは、好悪の区別なく多かれ少なかれ相手にも伝わるものだ
「……そうか、うん」
言葉少なに答えるアルバートだったが、その口元には隠しきれない笑みがあった。
「ところでジン、ちょっと聞いても良い? 僕達ももう少しでCランク昇格試験が見えてきたんだけど、何かアドバイスはないかな?」
ようやくアルバートが落ち着いたと見て、ダンが話題を変えてきた。
やはり安定して経験を積むことが出来る迷宮の恩恵は大きく、さらにオズワルドの指導もあって実力をつけつつある彼らは、もう少しでCランク試験を受けるための基準を満たそうとしていた。
ジン達より遅いペースとはいえ、普通に考えるとかなり速いペースだ。
「以前ゲインさんが言ってたように、試験を受けるなら昇格基準より2~3レベルくらい余計に鍛えておいた方が良いと思う。特に今はせっかく迷宮があるんだから、あせる必要は無いさ。それにレベルだけじゃなくてスキルアップもね」
ジン自身もCランク昇格試験で盗賊と遭遇した経験がある。それは極端な例かも知れないが、Cランクからは街を跨ぐ依頼が可能になり、危険度が跳ね上がるのは事実だ。たとえ盗賊に遭遇することが滅多にないこととはいえ、無策で挑むのは危険すぎだ。
「うむ、確かにそうかもしれんな。……なんだ?」
この場にいる大多数の人にとって意外なことに、この意見に真っ先に同意したのはアルバートだった。
自らを驚きの目で見るパーティメンバーに、アルバートは憮然とした態度で応じる。
「まさか真っ先にアルバートが同意するとは……」
「うん、昇格条件を達成したらすぐにCランクに挑戦するとか言い出すと思ってた」
「私も。アルバートは『ふん、そんな軟弱な考えでどうする』とか言うと思ってたよ」
「熱でもあるんですか、アルバートさん。回復魔法をかけましょうか?」
「お前ら……」
前半のカインとダンも大概だが、後半のシェリーと特にメグは酷すぎた。近しいパーテイメンバーにここぞとばかりにからかわれ、アルバートは再びがっくりと肩を落とした。
「ふふっ、でも本当にアルバートさんは変わりましたね。あ、もちろん良い意味で」
そんなアルバートをフォローするつもりなのか、レイチェルが微笑みながら口を開く。まだ傲岸不遜にもとれる話し方は完全には直っていなかったが、それでもかつてのアルバートとは雲泥の差だ。対人関係に不器用なあまり誤解され続けてきた少年は、カイン以外にもパーティメンバーという理解者が増えたことで成長できたのだろう。
「そうだな。初心者講習時に教官として同行した私も感慨深いぞ。最初の自己紹介の時はどうなることかと思ったが……」
それにエルザも笑顔で続いたが、後半から雲行きがおかしくなってきた。
「あら、どんなのだったの?」
「確か『戦闘は俺に任……』」
「勘弁してください!」
アリアの質問に答えようとするエルザの台詞を、たまらずアルバートが遮る。あの時ジンだけでなくグレッグを初めとした先輩方の前で言い放った身の程知らずな発言は、彼にとって抹消したい記憶――黒歴史となっていた。
「「「あはははははは」」」
そんないつの間にか弄られキャラになったアルバートを中心に、その場を明るい笑い声が満たした。
「ふふっ。確かに迷宮もあるし、オズワルドさんの指導もある。俺達は恵まれているんだから、ジンが言うとおりだ」
ひとしきり笑った後、笑いの余韻を残しつつカインが脱線した話を元に戻す。それに他のメンバーも同意して頷いた。
「……俺達はもっと強くならなければならないからな」
噛みしめるようにアルバートがつぶやく。自分の未熟さを自覚しているからこそ、強さに対して真摯に向き合っているのだろう。そして自らをまだまだと考えるからこそ、人は成長できるのだ。
そんな彼らの様子を見つめていたジンは、その視線をアリア達女性陣に移すと「いいかな?」と目で問いかけた。
「……ジンさんの思うとおりにしてください」
アリアが代表してその視線に答えると、エルザとレイチェルも笑顔で頷くことで返した。
「うん、ありがとう」
ジンもアリア達に笑顔で返すと、アルバート達に向けてさらに口を開く。
「よかったら、俺達がやっている迷宮を使った鍛錬法を教えるよ。」
「え?」
「多分この迷宮でしか使えないと方法だと思うけど、効果的なのは俺達も実践してるから保証する。だけど簡単ではないよ。迷宮探索の効率も悪くなるし、確実に怪我は増えるだろうね」
「メグさんの腕の見せ所ですね。回復魔法のスキルも上がると思いますよ」
「アルバート、カイン、シェリー、この鍛錬は前衛には特に効果的だ。私もいくつか新しいスキルを身につけることが出来たしな」
「その分メグさんやダンさんのように魔法をメインに使う後衛にとっては少し厳しい鍛錬だと思いますが、それでも将来を考えると必要であることは間違いありません。この経験はいつか貴方達の命を救うと思います」
ジンの発言に続き、レイチェル達を初めとした女性陣も次々と口を開く。それはジン達の言葉が本気であることをアルバート達に感じさせた。
だが現役の冒険者にとって、強くなるための方法など秘密にして当たり前の情報だ。実際ギルド職員でもないオズワルドがこれと見込んだ後輩達に稽古をつけているのも、本来ならありえない話だった。
「……本当にいいんだな?」
この鍛錬法はジン達の強さの秘密の一端でしかない。しかし、それでも貴重な情報だ。ジン達の本気を知った以上はアルバート達も断るつもりはなかったが、それを耳目が集まるこの酒場で明かして良いのかと確認していた。実際、いつの間にかジン達の周辺のテーブルで交わされる会話は極端に少なくなり、そのボリュームも小さくなっていた。
「構わないよ。アルバート達も広めて貰っても構わない。……ただし!」
最後にボリュームを上げて発せられたジンの鋭い一言に、聞き耳を立てていた周囲も含めて背筋を伸ばす。
「この鍛錬には命の危険がある。油断や準備不足があれば命を落とす。……絶対にそのことを忘れるな」
ジン達が行っている鍛錬は、やや格下の相手にあえて不利な状況で戦闘を行うというものだ。それがジン達の実力を底上げしているのは事実だが、やはりリスクは高い。もしその覚悟がないままに行えば、あたら命を無駄に捨てることになりかねなかった。ジンが放つ真剣な空気に周囲は息を呑む。
だが、もっと強くなれるかも知れないという希望は、冒険者として生きる者達の心を大きく振るわせた。
「……わかった。俺達が実践する時も絶対忘れないし、この方法を広める時も必ず念を押す。頼む、教えてくれ」
まず初めにアルバートが頭を下げると、それに他のメンバーも続いた。……だが、それだけでは収まらない。
「突然すまない。俺達はCランクパーティの『草原の風』というものだ。勝手を言うようで申し訳ないが、どうか俺達にも教えて貰えないだろうか」
「俺達はDランクパーティの『森と泉』です。俺達にも聞かせて貰えないでしょうか」
「すみません、私達は……」
「俺達は……」
次々と周囲で聞き耳を立てていた冒険者達が立ち上がり、それぞれ名乗りを上げ始めた。彼らが盗み聞きではなく直接教えを請うという対応に出たのは、ジンと、そしてアルバート達の真剣さに感化されたからかもしれない。
そして聞かれても構わないと思っていたジン達にとって、それを良しとせずに直接教えを請う彼らの態度は好感が持てるものだ。ジンはアリア達と、そして最初は周囲の行動に驚きを隠せないかったアルバート達と顔を見合わせると、その顔が自然と緩んだ。
「「「もちろん!」」」
こうしてこの後、酒場にいた冒険者の多くにジン達が行っている迷宮での鍛錬法が明かされた。質疑応答を交えながら具体的に話されたその情報は、危険性や注意点も含めて正しく伝えられることになった。
ただ、この鍛錬法が効果的なのは確かだが、ジン達ほど順調な成長が見込めるわけではない。『地図(MAP)』のように、ジン達にあって彼らには無いものも多い。
だが、それでもこうした取り組みは、オズワルドがこの街に来たことをきっかけに始まった鍛錬の習慣と共に、リエンツにいる冒険者達の底上げに一役買うことになる。
大幅に遅れて申し訳ありません。
今回は「初心者講習」の同期達が登場しました。活動報告でも書いておりますが、書籍版を元にしていることをご了承ください。
また、その書籍版三巻が六月三十日に発売予定です。アマゾンで表紙を見ることができますので、よろしければご覧ください。
次回についても活動報告で。本当に遅れがちで申し訳ありません。
ありがとうございました。




