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「ガァアアア!!」


 その断末魔が迷宮にこだまする中、ズシンと重い響きと共に固い石畳の上にオーガが倒れ込む。一本角の明らかに通常個体と違うそのオーガは、この六十階層を守る階層主フロアマスターだ。そしてその先にあった扉が開き、奥に次に続く階段と、一階へ戻る為の転送ゲートが見えた。


「ふう。皆、お疲れ」


 周囲の安全を確認すると、ジンが残心を解いて息を吐く。十階層毎に存在する階層主を倒したことで、転送装置が使えるようになって一区切りついたことになる。


「お疲れ、ジン。やっぱでかい奴は攻撃が痛いな、大丈夫だったか?」


 二メートルを優に超す巨体から繰り出される棍棒の一撃は重く、エルザはその攻撃を一手に引き受けていたジンの負担を気遣う。


「大丈夫だよ、ありがとう。それよりエルザの方こそ一撃もらってたけど、怪我はないか?」


「ああ、一応大剣でブロックしたから大丈夫だ。それにレイチェルが治してくれたからな」


 気遣いに気遣いで返され、エルザは笑顔で応える。そして水を向けられたレイチェルもまた笑みを浮かべた。


「ふふっ、任せてください。それじゃあジンさんも回復しますので、じっとしててくださいね」


 鈍器が生み出す衝撃は、大盾越しでもジンの体に確実にダメージを与えていた。戦闘中も適時回復して貰ってはいたが、戦いを終えて少し減っている体力をレイチェルの回復魔法が癒やす。


「うん、これで全快したよ。ありがとう」


「どういたしまして」


「うふふ。それじゃあジンさん、どうしましょうか? 次の階の様子だけ確認しますか?」


 微笑みをかわす二人の姿に目を細めつつ、アリアが方針を尋ねる。このまま転送装置を使って帰るのも手だが、次の階層の様子を確認した後でも遅くはない。


「んー、どうしようか。っと、ちょっとごめん。先にドロップアイテムの回収を済ませるよ」


 そう断ると、ジンは倒れ伏す数体のオーガの死体に近づいてその体を触っていく。『設定』をいじれば倒すと同時にドロップアイテムを回収することも可能だが、そうするとあまりにもゲーム的過ぎるのか、何となく気持ちの収まりがつかないので、ジンは余程のことが無い限りはあえて触ってから回収するようにしていた。


「よし、お待たせ。これからどうするかだよね。俺はどちらかというとこのまま帰る方かな」


 実際はどちらでも良かったが、そんな時でも意見は出すようにジンは心がけていた。


「私は次に出る魔獣を確認したいかな。オーガは歯ごたえがあるから、別に次も同じで構わないけどな」


 低階層のゴブリン祭り、オーガ祭りの頃と違い、エルザはそこまでストレスが溜まっていないようだ。その当時の姿を思い出したのか、エルザ以外の全員が笑みを見せる。


「ふふっ。私はこのまま帰る方に一票です。何があるかわかりませんしね」


「うふふ、そうね。エルザには悪いけど、私も帰る方に賛成かな。時間的にはちょっと早いけど、その分ジンさんには豪華な夕食を期待したいですね」


 これでエルザ以外はこのまま帰るを選んだことになる。だがエルザは最後にアリアが悪戯っぽく付け加えた提案がいたく気に入ったようだ。


「おお、いいね。ジン、五十階層突破祝いってことでどうだ?」


「あははは。そうだね。そういやBランク昇格のお祝いもきちんとはやっていなかったし、今日は帰りに商店街に寄って色々買い込もうか」


 笑顔で応えるジンを女性陣の歓声が包んだ。


「やった! 私は焼き肉がいいな」


「わあ、じゃあ私はタルタルソース付きのお魚のフライがいいです。あ、サラダは私が作りたいです」


「うふふ。それじゃあ私はエビのガーリック炒めで。あれはお酒にも合いますしね」


 次々に希望を口にする彼女達の様子は、ジンにとってもより笑顔を誘われるものだ。


「よし、それじゃあ帰ろう!」


 その言葉の後にジン達は転送ゲートをくぐり、地上へと帰還した。

 ジンがグレッグ達に悩みを相談した夜から、既に二十日ほど経っている。まるで胸のもやもやを発散するかのように、迷宮探索や依頼にと、ジン達は精力的に活動していた。

 その甲斐あってか、彼らはその心に未解決の想いを内包しつつも、表面上はいつもと変わらないように見える。


 だが、それはただきっかけを待っていただけだった。



「ジンさん、お話があります」


 豪華で楽しい夕食を終え、一足先にトウカを寝かしつけた今はお酒がメインの席になっている。そんなほどよくお酒も回った頃、おもむろにアリアがその始まりを告げた。

 アリアだけでなく、エルザやレイチェルもまたじっとジンを見つめており、彼女達のたたずまいには真剣な何か感じられた。


「え? どうかした?」


 ジンは何かしでかしたかなと脳裏に疑問符を浮かべるが、思い当たることはない。とりあえず雰囲気に呑まれ、自らも自然と居住まいを正していた。


「まず最初は私から話す。ジン、父さんから聞いてるけど、お前父さんと話してから気にしていることがあるよな?」


 エルザからぶつけられたストレートな質問に、ジンは一瞬言葉に詰まる。その心臓が大きく跳ね上がった。


「――ばれていたのか……」


「マキシムさんと話してから、ジンさんは明らかに様子がおかしかったですもの。何かに悩んでおられるようでした」


「ええ。大体の想像はつきますが……」


 レイチェル、そしてアリアと次々にジンのつぶやきを肯定する言葉を続ける。こうして気遣ってもらえることは、ジンにとって情けなくも有り難いことであった。


「心配かけてごめん。最近はあまり悩まないようにしてたけど、皆にはバレバレだったみたいだね」


 彼女たちの沈黙がジンに続きを促す。


「よし。情けないけど、ちゃんと話すよ」


 心配をかけていたという申し訳なさ、そしてこうして心配してくれる彼女達への感謝が、見栄と虚勢の壁を打ち破ってジンの口を開かせた。


「マキシムさんと話したのは、エルザ達の子供のことだ。俺は高レベルのデメリットを意識したことはなかったけど、今回のサマンサさんの件で思い知ったよ。冒険者を続ける以上、いつか向き合わなくてはいけない問題なんだって」


 高レベルになればなるほど子供が出来にくくなる。その事実はジンを不安にさせたが、それは自分がどうこうという理由ではない。


「俺は良いんだ。将来いつか結婚するとしても、別に自分の血を引く子供にこだわりはない。トウカという娘ができたからね。でも、皆は違う」


 ジンは一旦そこで区切ると、意を決して続けた。


「情けないけど正直に言うよ。俺は皆が離れることが怖かったんだ」


 続けられたその言葉に、口を開こうとしていたアリア達の動きが止まる。

 彼女たちはこれまでジンは単に自分達を心配して悩んでいたのだと思っていたので、その執着ともとれる彼の感情は意外だった。だが、それはジンが自分達を心から必要と思っていることの裏返しともとれ、アリア達にとっては決して嫌なものではなかった。


「冒険者を続けていく以上、レベルを上げていくことは必要なことだ。一緒に行動するようになってまだ一年も経っていないのに、こうして全員のレベルが三十を超えている。おそらくこのペースでいけば、あと数年でAランクの基準であるレベル五十に到達できるかもしれない。それは有り難いことだし、望むところだ。……だけど、高レベルになればなるほど子供は出来にくくなる。だから皆には、その前に冒険者を辞めるという選択肢だってある。それに気付いて怖くなったんだ。皆が結婚して離れていくのがね」


 ここでジンは大きなため息をつくと、無造作に頭をかいた。


「はーーーっ。我ながら情けない。結婚して子供を持つのも、冒険者とて仕事に生きるのも、その他にも生きる道はたくさんあるし、どの道を選ぶのも皆の自由なんだとわかってはいるんだけどね。時と共に状況は変わるし、変わらない方が珍しいっていうのに……」


 このままのペースでレベルが順調にあがっていくならば、今のままでいられるのは後数年かもしれない。ジンは現在の状況がありがたいからこそ、その変化の可能性が怖かった。


「ジンさんが気にしているのは私達の子供のことなんですね? そしてもし私達が子供を産みたいと思った場合には、ジンさんの元を離れていくと考えていると」


「はい。その通りです」


 このアリアの念押しは、ジンにとっては自分の駄目さを思い知らされるのと同じだ。甘んじて受けようと、ジンは神妙な口調で頷いた。


「「「はーーーーーっ」」」


 アリア達から異口同音に大きなため息が漏れる。ジンは呆れられたかと縮こまるが、彼女達が呆れたのはジンが思うそれが理由ではない。

 アリア達は顔を見合わせると、お互いの意志を確認するかのようにそれぞれが力強く頷いた。


「ジンさん、私達にはお伝えしたいことがあります」


 そう前置きされ、ジンは今度は何を告げられるのだろうとドキドキしながら顔を上げる。


「ジンさん、私達は貴方がどんな選択・・・・・をしようとも、貴方の側から離れるつもりはありません」


「そうだ。そんなくだらないことで悩むな。もっと自分のことを信じろ」


「ですね。ジンさん以外の人なんてありえません」


「みんな……」


 アリア、エルザ、そしてレイチェルと続けられたその台詞に、ジンの顔がほころぶ。

 だが、彼女達が伝えたいのはそれだけではない。


 まずアリアが僅かに頬を染めつつ告げる。


「私達はジンさんのことが大好きですから。もちろん仲間としてだけでなく、恋愛対象の男の人としてです」


「え?!」


 予想だにしていなかった告白を受け、固まるジンを余所にエルザが続く。


「もし将来子供を産むとしても、私達にはお前以外の奴なんて考えられない。だから離れるなんてあり得ないんだよ」


 言い終わったエルザは真っ赤になった顔を手で仰ぎ、レイチェルは満面の笑顔を浮かべる。


「好きな人の子供だから、トウカちゃんは私達の子供でもあるんです。ですから私達も自分で産むことにこだわりはないんですよ」


「あ……、その……」


 言葉が続かないジンを笑顔で見つめ、再びアリアがまとめる。


「私達の誰を選んでも選ばなくても、どんな選択をしても私達がジンさんの側から離れることはありません。仲間としては勿論、男の人としても、私達はジンさんのことが大好きなんですから」


 そして三人は顔を見合わせると、改めてジンに想いを伝える。


「ジンさん、ずっと好きでした」


「その。好きだぞ、ジン」


「ジンさんのことが大好きです!」


 その何の駆け引きもない真っ直ぐな好意を向けられ、ジンの顔が真っ赤に染まった。



 恋愛についての考えは人それぞれだが、特に大人になればなるほど、己の想いに蓋をすることが可能になってくる。それは例えば職場や仕事先でいいなと思う人ができても、己や相手の立場や状況をおもんばかり、それ以上の関係を考えない様にするといった具合だ。

 ジンの場合も、会社ではないが仕事仲間としてアリア達のことを考えていたため、自らの中にある好意をそれ以上考えないようにしていた。しかも彼女たちと同居という環境下にあったため、より己を律する気持ちは強かったと言える。

 だが、それはあくまでジンの考えであって、アリア達には関係ない。男女関係に弱腰なジンを責めこそすれ、気まずくなる可能性を超えて好意を伝える彼女達の勇気と覚悟は賞賛すべきだろう。


「あっと、ごめん。ちょっと待って」


 ジンは右手で赤くなった顔を隠しつつ、落ち着く時間をとろうとする。覚悟があったアリア達とは違い、今回の告白はジンとしては不意打ちに等しかった。


 向けられる好意には気付いても、これまでの人生でモテたことがない恋愛音痴な元老人に、それが男女間のそれかどうかなど判断がつくはずもない。むしろモテないと自覚しているからこそ、勘違いしてはいけないと自分を戒め、初めからその可能性を除外していた。

 ジンのこれまでの人生であった数少ない恋愛経験のように、もし自らがはっきりとした好意を抱いていれば、勘違いを覚悟で果敢に攻めたのかもしれない。だが先に述べていた理由で己の感情に蓋をしていたため、行動を起こす前の問題だった。

 これまでジンがアリア達から向けられる異性としての好意に気付かなかったのは、鈍感というのもあるが、元年寄り故のこじらせという理由の方が大きかったと言える。


 ……だが、こうして告白を受けたことで、それが全て一転した。


「大丈夫ですよ。ゆっくり考えてください」


 アリア達も顔を赤くしながらジンが落ち着くのを待つ。

 自分達の誰が選ばれても、そして選ばれなくとも、彼女達の共にいるという決意は変わらない。自ら告白した余裕からか、アリア達は動揺するジンの姿が嬉しくもあった。

 そうしてしばらく時間が経つと、ようやくジンも落ち着いてきた。


「ふーっ。ごめん、お待たせ」


「いえ」


 言葉少なにジンに返すと、アリア達はこの後に続くであろうジンの言葉を待った。


「まず、最初にだけど、ありがとう。皆の気持ちは凄く嬉しい。こんな風にストレートに告白されるのなんて初めてだからさ。凄く驚いたけど、本当に嬉しいよ」


 心からの笑顔をジンは浮かべる。

 少なくともジンだって彼女達のことを憎からず思っていることは間違いなかったし、そんな相手から好意を寄せられて嬉しくないわけがなかった。とはいえ、すぐに返事をするのも難しいのも事実だ。


「だけど返事は少し待ってくれないかな。俺も皆のことは好きだけど、ずっと女性として意識しないようにしていたからさ、自分の気持ちがまだわかっていないんだ」


 己の感情に蓋をしていた為か、ジンが彼女達に対して思う気持ちは一定で、現状は特定の誰かに対して突出した気持ちをいだいていない。なので正直に、今はまだ誰も選べない・・・・・・と伝える。

 だが、アリアたちも元からすぐに答えをもらえるとは思っておらず、むしろジンが口にした好きという言葉が嬉しくて、その緊張感が一気にほぐれた。


「はい。ジンさんは私達の気持ちに気付いていないとわかっていましたから、今は気付いてくれただけで十分です」


「ああ。返事は急がないから、ゆっくり考えてくれ」


「ええ。もう一度言いますけど、誰を選んでも、選ばなくてもいいんですよ。それでも私達はジンさんの側にいますから」


「ありがとう。前も言ったけど、俺は前世でもずっと独身で、こういうのは慣れていないんだ。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、ちゃんと結論は出すつもりだから。その……今後ともどうぞよろしくお願いします」


 そう言うとジンはテーブルに手をついて頭を下げる。

 煮えきれない返事に怒り出すこともなく、笑顔で受け入れてくれた彼女達の対応が嬉しかった。

 こうして情けなくも女性からの告白という手段で目を開かせてもらった以上、せめてしっかりと自分の気持ちを見つめ、逃げることなく結論を出すつもりだ。


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


「よろしく。返事は急がなくても大丈夫だからな」


「うふふ。よろしくお願いしますね。ジンさん」


 アリア達にとっても、始めから対象外と断られたわけではなく、これから真剣に考えてくれるのなら問題ない。

 アリア達も笑顔で応えたが、顔を上げたジンの目に飛び込んできた彼女たちの笑顔は、早速意識し始めた彼にとっては魅力的で眩しいものだ。


(まいったな。また心臓がドキドキしてきた)


 長年の独身をこじらせた元老人は、ようやくスタートラインに立てたようだ。

 皆様のご意見ご感想、ありがとうございます。自分でもどうかなと思っていたところだったので、大変参考になりました。

 それまで刊行が続かないとだめですが、幸い書籍化という絶好の機会がありますので、ご意見を参考に今後修正を入れていこうと思います。


 とりあえずジンの意識については今回で一旦区切りがつき、次回からメインに戻ってストーリーを徐々に展開していく予定です。


前回に限らず、皆様のご意見ご感想は本当に参考になります。今後ともどうぞよろしくお願いします。


 ちょっと体調不良が続いていていただいたご感想の確認が数日遅れるかもしれませんが、よろしければお願いします。


 ありがとうございました。

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[気になる点] 地の文では六十階のボスって書いてあるけど、台詞では五十階とあるけど、どちらが正しいのかな?
[気になる点] オーガ祭じゃなくてオーク祭では? [一言] 本格的にハーレム道に入るのかな
[気になる点] 断末魔はこだまするようなものではありませんので辞書でご確認ください > その断末魔が迷宮にこだまする中、
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