表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/207

母娘の語らい

「なかなか、やるように、なっ……たね! 見違えたよ!」


「鍛え、られてる、から……ね!」


 翌日早朝、村の外れにある広場でエルザとミリアの母娘が模擬戦を繰り広げていた。

 使用しているのはエルザがこの村を出る前に使っていた練習用の木製の大剣だ。だが、いくら木製といえども大剣サイズになるとかなりの重量になる。しかも中には鉄の芯が入っているので尚更だ。


 しかしレベルアップを重ねた今、エルザのステータスはこの村にいた頃とはすでに別物だ。その重さが気になることは無かったし、ミリアの本気の攻撃にさえなんとか対応できていた。


 バキッツ!!


 大きな破壊音とともに、ぶつかり合った二本の大剣が共に砕ける。やはり木製の武器では、彼女達の本気のぶつかり合いには対応出来なかったようだ。


「あ~あ。時間切れ前に終わっちゃった」


「ははっ、まあ仕方ないさ」


 せっかくの楽しい時間が終わってしまったと、不満げにミリアがつぶやく。そんなまるで子供のような母の態度に、エルザも笑みを誘われた。


「ねえねえエルザ。何だったら実剣でやる?」


 良いことを思いついたとばかりにミリアが顔を輝かすが、それはエルザにとっても魅力的ではあったが、かといって素直に頷くわけにはいかなかった。


「あー、いや、レイチェルもいないし止めとこう」


「えー! ……まあ仕方ないか」


 現在ではジン達との訓練でも実剣を使うようになっていたが、それでも万一の事故対策のために回復手段は必ず用意していた。しかし今朝は訓練用の武器しか持ってきていなかったし、それに二人だけで出てきていたので自分達の他には人もいなかった。

 さすがに危険すぎなのはミリアも理解していたようだ。若干不満そうではあったが、すぐに納得して引き下がる。


「じゃあ少し話でもしましょうか」


 代わりにとばかりに、ミリアはそう言ってその場に腰を下ろし、隣をポンポンと叩きエルザにも座るように促した。


「はいはい」


 若干の気恥ずかしさを感じつつエルザもその隣に腰を下ろし、朝の清涼な風を感じながら母娘の会話が始まった。


「随分やるようになってたけど、やっぱりジン君のおかげ?」


「まあそうだな。他にもメリンダ教官やAランクのオズワルドさんにも鍛えてもらったけど、やっぱジンの影響が大きいかな」


「へー、オズもリエンツに来てるんだ。あの子もAランクになったんだ」


「また母さんまであの子って……。あの人には私達以外にも何人も鍛えてもらっているよ」


 グレッグ達もそうだったが、オズワルドの若い頃を知っているとそう感じられてしまうのかもしれない。

 ただ、エルザ達にとってはあの子どころかあの方と言ってもいいくらいの尊敬の対象だ。事実、ジン達もオズワルドの指導のおかげで急成長出来たが、初心者講習でジンの仲間だったダンやシェリー達を始めとしたリエンツの若い冒険者達も彼の指導を受けて成長していた。


「ふーん。まあオズは真面目だったしね。でも、今は一人なのか……」


 オズワルドの過去を知るミリアにしてみれば、今はその隣にいない彼のパーティメンバーのことも知っていて当たり前だ。別れた理由が進む道が分かれたせいなのか、それとも最悪の事態が起こったせいなのかは知るよしも無かったが、長年続けてきたパーティを解散して一人になるのは、並大抵の理由がなければしないことでもあった。


「まあオズのことはいいわ。機会があれば本人に直接聞いてもいいしね。それより一体どんな鍛え方をしてるの? ちょっと急成長し過ぎよ、あんた」


 だが、それもある意味冒険者である以上つきものの話だと、もの悲しい気分をミリアは頭一つ振って切り替える。


 エルザがこの村を出て二年と少し経つが、たまにメリンダから来る手紙で知る限り、ついこの間までは際だった成長を遂げていたわけではなかった。しかし、ジンとパーティを組んだと報告してきたあの手紙来た頃から、何かが決定的に変わったのだろう。ジンと出会ってからまだ一年も経っていないというのに、もうレベルは三十を超えてBランクにならんとしているのだ。

 しかもそれだけではない。


「あたしから見ても、あんたの腕はもう並のBランクを軽く超えているよ。特に攻撃に対する対処が上手いわね。場慣れしているというか何というか。格上相手の戦闘にも慣れている感じだわ」


「ふふっ、そうか。母さんから見てもそうなのなら嬉しいな」


 日々の努力が認められたようで、エルザは嬉しかった。


「昨日の夜にダンジョンに潜っているっていう話はしただろう? その時にジンの提案で結構無茶な鍛え方をしているんだ」


「鍛え方?」


 攻略で鍛えるとはどういうことだろうと、ミリアが疑問符を浮かべる。


「ははっ、確かにそう思うよな。実はね――」


 別にジンに口止めされているわけではないので、エルザは自分達がダンジョンでやっていることを話し出す。確かにそれは単なる攻略だけでなく、実戦を利用した鍛錬でもあった。


「――という具合に多数を相手にすることを当たり前にやっているからな。これもジンの方針なんだが、おかげで防御系のスキルもいくつか身につけたし、ランクも上がっているんだ」


「…………」


 一対複数の戦いを挑んだり、後衛と前衛を入れ替えて戦うなど、エルザ達がダンジョンでやっていることは通常のダンジョン攻略としては考えられない行為だ。わざわざ自分を不利な状況に追い込んだ状況で攻略を進めるなど、そこにメリットがあるなどミリアは考えたこともなかった。しかし、もしそれを可能とするだけのパーティメンバーのフォローと本人達の実力があれば、確かに有効だというのも認めざるを得ない。

 そしてさすがのミリアも、ジンの『地図』をフル活用してそれを多数繰り返しているとは思っていない。もし知っていればその驚きは今の比ではなかっただろうが、知らない今でもエルザの訓練法に開いた口がふさがらなかった。それは驚きだけではなく、そこまでやるのかという呆れに似たものまであった。


「それにダンジョンだけじゃないぞ。オズワルドさんには偶にしかお願いできないけど、ジンだったらいつでも訓練に付き合ってくれるからな。それにアリアやレイチェルだって後衛なのにかなりやるから相手にしてると気合いが入るんだ。私は武器を振るうことしか出来ないから、負けられないだろ?」


 エルザだけでなく、アリアやレイチェルの実力もメキメキと上がっている。各々が得意とする魔術の腕はもちろん、前衛としての実力もかなり高い。そして劣等感や嫉妬を捨て、ただ剣の腕のみを追い求める今のエルザは、負けられないと言いつつもその顔には屈託のない笑顔が浮かんでいた。


(このままいけば、そう遠くないうちに私を超えるかもしれないわね)


 いつか訪れるその日のことが楽しみでならない、エルザの姿に安心したミリアは、穏やかな母の笑顔を浮かべていた。


 ……だが、それで終わるミリアでもなかった。


「よし、それならあの子達ともやり合ってみるか!」


「やめて」


 やっぱり言い出したかと、苦笑しつつミリアを止めるエルザであった。

 


 



「それでは失礼します。お元気で」


「はいはい。またおいでねー」


「また会えるのを楽しみにしているよ」


 ジンの別れの挨拶に、ミリアとマキシムが笑顔で応える。結局エルザの故郷での宿泊は一泊のみで、朝食後にジン達は旅立つことにした。


「サマンサお姉ちゃん、寒くない?」


「平気よトウカちゃん。ありがとう」


 馬車の中には布団やクッションが敷き詰められ、妊婦に大敵の冷えからその身を守れるようになっていた。もちろんそれはジンの『無限収納』から出された物だが、まだその存在は明かしていない。ただジンもサマンサの体のために使用を躊躇するつもりはないので、帰りの道中で明かすことにはなるだろう。


 それぞれに別れは済ませ、いよいよ出発だ。


「ではまた!」


「行ってらっしゃい」


 そして馬車は走り出した。




「うふふっ。ミリアさんって楽しい方でしたね」


「ええ。可愛いものが好きってところもエルザに似てたわ。それにお料理が苦手なところも」


 レイチェルの思い出し笑いにアリアが続く。あの後、実際にアリア達を模擬戦に誘うミリアと、それから守るエルザの漫才じみた攻防があったのだ。


「私もミリアさん好きだよ。優しいし。あ、マキシムさんも」


「ふふっ、そうね。でもメリンダ姉さん達と同じパーティだったのは驚きだったわ」


 自分の側に寄り添うようにいてくれるトウカの頭をサマンサが優しく撫でる。トウカが言ったように、ここにいる全員がエルザの両親に好感を持っていた。


「ふーっ……実際にその娘やってる私はもっと驚きだったんですけど」


 自分の両親のことなのでエルザもそんな皆の気持ちが嬉しくないわけではないのだが、ずっとリエンツで世話になっていたメリンダと同じパーティだったのを教えてもらっていなかったことなど、その胸中は複雑だった。


「はははっ。まあ、結局教えてもらったんだからいいじゃないか。俺も今回色々勉強になったよ」


 ミリアとの摸擬戦だけでなく、夜にしたマキシムとの話もあった。まだ完全な気持ちの整理がついているわけではなかったが、ジンはいずれアリア達がパーティを離れる可能性があることを考える良いきっかけになったと考えていた。

 だが、ジンがこんな風に考えてしまうのは、マキシムが期待していた方向とは大きく違う。


「よし、この後も安全運転でリエンツまで帰るよ。サマンサさんは、どんなに小さなことでも気になったらすぐに言ってくださいね」


 サマンサを気遣って声をかけるジンの様子に、いつもと違うところは感じられない。ただ、御者台で馬車を操るジンの顔は真っ直ぐ前を向いており、馬車の中にいるエルザ達からはその表情を伺うことは出来なかった。


(なんと言ったものか……)


 そのジンの姿を見つめ、エルザは内心思い悩む。

 昨日の夜はエルザだけが自宅に泊まり、その際に父から「余計なことを言ってしまったかも」と話した内容の一部を教えてもらっていた。現段階でジンが考えてることに僅かでも想像が付くのは彼女だけだ。


(しかし自分の子供の話なんて……もう! ジンがいない時にアリアさん達に相談だな)


 その内容はエルザ一人の手には余るようだ。


 こうして思いがけない発見がいくつもあったこの旅も、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。

 お待たせしました。

 締め切りに間に合わせようと必死で余裕がなかったんですが、実際は私の計算ミスで二百ページ以上余計に手直ししてましたorz


 このweb版も書籍版も共に皆さんに喜んでいただけるように取り組んでおりますので、よろしければご意見やご感想、ご希望や改善点など何でも結構ですのでお教えください。


ありがとうございました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ