表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/207

とある冒険者の独白(書籍版二巻発売記念)

これは書籍版一巻の特典として配布されたものと同じ内容になります。

時間軸としては、一巻終了後~二巻開始前です。

「よう、久しぶりだな。どっか行っていたのか?」


 俺が広場で馴染みの顔を見かけた時、そいつは珍しく不機嫌そうな顔で歩いていた。声をかけたらいつもの飄々としたそいつに戻ったが、それでもさっきの顔が無しになるわけじゃない


「飲みにでも行くか?」


 もし吐き出したい事があるのなら、聞いてやるのが友達ってもんだろう? 俺の誘いに、そいつは嬉しそうに頷いた。


 俺の名はデニス。一応Cランクの冒険者だ。

 前に住んでいた街を離れ、このリエンツの街に来たのはつい半年前だ。前の街でパーティを解散したのもあって環境を変えてみたってやつだが、実際その判断は正解だった。


 腹が立つ話だが、冒険者の中にはレベルが上がって調子に乗り、色々やらかして一般人に迷惑をかける奴がたまに出る。そういう奴は遅かれ早かれ潰れるか潰されるわけだが、そうなる前に色々やらかすせいで冒険者自体が敬遠されるようになる事もしばしばだ。

 だからほとんどの街では冒険者に対する見方は厳しいものになりがちだが、この街では余程ギルドがしっかりと手綱を握っているのか、そもそも冒険者の雰囲気自体が落ち着いたものだ。恐らくある程度の期間はずっとそうなのだろう。


 だからこの街では冒険者に対する風当たりがそれほどきつくなく、家を借りる際に冒険者価格で割り増し料金を取られる事もないし、酒場で一般人に胡乱な目で見られることも無い。おまけにこれが一番重要なことだが、何と俺にもちゃんとした彼女が出来た。

 親御さんとも顔見知りだが、冒険者であることを理由にして付き合いを反対される事もない。実に素晴らしい街だ。

 そんなわけで、たった半年だがこの街に愛着も湧いたし、ここで所帯を持つのも悪くないと思っているくらいだ。


 そんな彼女がいる身の俺としては、これから行く店としては女っ気のない安酒場を選ぶしかなかった。昔は女がいるタイプの店によく行っていたが、ああいった店は横に女が座って酌をしたり会話を楽しんだりするだけで、別にベッドまで付き合ってくれる訳じゃない。浮気をするわけじゃないのだから、それぐらいは許して欲しいところなのだが、それでも嫌と言われれば従うしかないじゃないか。

「もし私が同じような感じで男の人がお酌してくれる店に行ったらどう思う?」なんていわれた日にゃあ、何も言い返せねえしな。

 まあ、愚痴を聞くには不向きなのも確かだ。俺は少しだけ後ろ髪を引かれながらも、気兼ねなく飲める酒場の方へ移動した。


「んじゃ、再会に」


 俺達は互いにグラスを掲げると、その中に入れた少量の酒を飲み干した。たった一口分だけとはいえ、それなりに濃い酒が喉を通る刺激はキツイものがあるが、何故かそこに充実感と美味さを感じる。


「く~っ」


 この最初の一杯が最高に美味い。


 こうしてちょっと高い酒を少量だけ飲むのも良いが、ビールをジョッキ半分ほど一気に流し込むのも良い。今日は飲みがメインなのでこっちにしたが、飯をがっつり食うつもりならビールにしただろう。

 ただ、もちろん俺達は意識や記憶を失うような無茶な飲み方はしない。冒険者たるものが酒に溺れる様な事があってはならないというのは、過去の失敗を通して学んだ俺達共通の教訓だ。

 とは言っても、俺がその教訓を学んだのはこいつと会う前の話だ。こいつとは俺がこの街に来てからの付き合いだから、まだ半年ぐらいにしかならない。切っ掛けはもう忘れたが、会ってすぐに意気投合して、それからたまにこうして飲みに行く仲だ。


 俺はまだ固定のパーティは組んでいないが、こいつはこの街ではそれなりに名が知られたCランクパーティの一員だ。恐らくあと半年か、遅くとも一年以内にはBランクに上がるだろうと言われている。そんな優秀なパーティに所属しているだけあって、こいつ自身の能力も高い。近距離戦闘から遠距離まで器用にこなす万能選手オールラウンダーで、その人当りのよさもあって様々な交渉ごとにも打って付けだ。リーダーとして引っ張っていくタイプではないが、ムードメーカーとしては得がたい存在だ。他のパーティメンバーも優秀なようだし、実に羨ましい話だ。

 まあ、一番羨ましいのは、そういう信頼できる仲間がいる事だけどな。


「で、どうした?」


 しばらくは当たり障りの無い事を話しながら酒をちびちびやっていたが、頃合かと見てちょっと聞いてみた。話したければ話すだろうし、そうでなければいつものように陽気に飲むだけだ。

 だが、そんな気遣いは無用だったようだ。気を使ったのが馬鹿みたいに思うほど、待ってましたと言わんばかりに喋りだした。ただ、こうして気軽に話せるという事は、そこまで深刻ではないということでもある。俺は内心苦笑しながらこいつの話を聞いた。


「――なるほどな」


 それでこいつの愚痴というか、不満をしばらく聞いたわけだが、内容は簡単に言えば女性問題だ。気になっている女に他の男の影があるというお決まりの話で、数日振りに依頼から帰ってみれば自分の知らない間に急接近してきた男がいて、しかも女の方も満更じゃないかもしれないと聞かされれば、確かに嫉妬心を抱くのは理解できる。俺も彼女がいる身だから尚更そう感じた。


……感じたのだが、その気になる女の名を聞き出した途端、そんな感情は俺の中から消え去った。中々その女の名前を言おうとしなかったのも頷ける。

 こいつに脈はまったくないし、そもそもアプローチすらしていないはずだ。


「お前なあ、アリアさんって……」


 こいつの想い人――いや、単なる憧れの女性だな。リエンツ冒険者ギルドの受付をしている彼女に憧れる人間は、男女を問わず多い。特に若い冒険者達ほどそうだ。

 まず美人ってのは言うまでも無いだろう。年齢は二十一か二らしいが、見た目は充分十代でとおる。基本的に無表情であまり感情を表に出さないが、そんなものが彼女の魅力を損なう事はない。彼女の的確な注意喚起やアドバイスで命を拾った者も多く、無表情に見えても情が無い訳ではないからだ。

 しかも俺がたまに参加する臨時パーティの古参冒険者の話では、彼女は凄腕の元Cランク冒険者で『氷の魔女』という二つ名持ちだそうだ。Cランクでありながらその実力はギルドでも五本の指に入るとは、その冒険者の談だ。

 そうした古参の面々には彼女が新人の頃から知っている者も多く、その実力を認めた上で娘や妹のような目で見ているし、若い冒険者達や俺の様に彼女より少し歳上の奴らでさえも、憧れや敬意を込めて「さん」付けで呼んでいる程だ。

 確かにアリアさんに近づく男ってのは気になるが……


「もしかして、最近入った新人の事を言っているのか?」


 そう、相手がアリアさんであれば、俺には心当たりが無いわけではなかった。


 俺がその新人を見たのは、多分そいつが冒険者登録をした日なんだと思う。

 そいつは、何やら物珍しそうにキョロキョロしながらギルドに入って来た。何が面白いのかは知らんが、やけに楽しそうにしてやがった。


 俺はちょっと彼女と喧嘩していたので虫の居所が悪かったが、そいつの楽しそうな顔を見ていたら、何か気が抜けちまった。俺も初めてギルドに来た時はあんなだったかもしれないなと、ちょいと昔を思い出して懐かしくなっちまったんだろう。

 思わず足を止めて見ていたが、そいつがアリアさんのいる受付に向かったのを機に、俺はギルドを出る事にした。元々帰るところだったし、何となく手土産でも買って彼女に会いに行こうという気になったのだ。まあ頑張れよと心の中で応援しつつ、俺は彼女が好きな花を買う為に花屋へと向かった。


 次にそいつを見たのは翌日の事だ。俺は夕方になってギルドが混む前に、良い依頼がないか探しに来たところだった。

 俺が掲示板の前に向かっていると、視界の隅に昨日見た新人の姿を捉えた。真新しい鎧と剣を装備し、なかなか様になっている。ちょうど報酬を受け取っているところだったので、前日に冒険者登録したばかりでもう初依頼を達成した事になる。どうせ採取依頼だろうが、それでも昨日の今日で大したもんだ。


 俺が新人の頃は、慣れていないこともあって三日くらいかかった覚えがある。今だって運良く薬草が固まって生えている場所を見つけない限り、とても一日では無理だ。案外あいつは『採取』スキル持ちなのかもな。

 などと昨日の内に彼女との仲直りを済ませていた俺は、おおらかな気持ちで新人君の順調な滑り出しを祝福した。


 それから二日後、俺はホクホク顔でリエンツの街に戻ってきた。ちょっとした依頼で近くの村に出ていたのだが、その最中に予定外の獲物――マッドアントに遭遇して討伐したのだ。


 こいつらは基本的に複数で行動する魔獣だが、俺が見つけた時は一匹だった。所謂はぐれってやつだろう。麻痺毒を持っている厄介な奴だが、一匹ならやりようはある。

 いざという時に直ぐに解毒できるように、まず俺は麻痺毒を治すポーションを腰のベルトに挿す。割れる可能性が無いわけじゃないが、素早く対応できる方が大事だ。そうして準備さえしておけば問題ない。硬い甲殻が邪魔ではあったが、俺は一度もダメージを受ける事無く、数撃でマッドアントを仕留めた。


 元々ワーカータイプのマッドアントは、硬い甲殻と麻痺毒が厄介なだけで素の能力だけで見ればそこまで強い魔獣ではない。これがソルジャータイプになると話は別だが、ステータスだけで言えばDランクなら二~三匹を同時に相手しても問題ないだろうし、Eランクに成り立てでも、一対一ならそこまで苦戦はしないだろう。

 だが、実際はマッドアントの硬い甲殻は槍や剣といった多くの武器と相性が悪く、安定してダメージを与えるには高い筋力かメイスなどの打撃系の武器が必要になるし、麻痺毒にいたってはパーティならまだしもソロでは命取りになりかねない。


 それでも俺達みたいなCランク冒険者なら、麻痺対策さえしていれば二~三匹を相手にしても大丈夫だろうが、それでもリスクがつきまとう厄介な相手だ。

 だが、倒してしまえばこっちのものだ。マッドアントの甲殻はランクのわりに良い値段で売れるので、ちょっとした小遣い程度にはなるからな。俺がホクホク顔になるのも分かるだろう?


 その後、本来の依頼を片付けてリエンツの街に戻ってきた俺は、良い気分でさっそくギルドへと向かったわけだ。そしてギルドに到着してすぐにまた例の新人を見たんだが、その時はいつもと様子が違っていた。

 先日新調したばかりの鎧を傷だらけにし、しかもパンパンに膨らんだ大きな袋を二つも持って受付でアリアさんと話をしているところだった。


 その時俺は、その袋の中身が採取品やドロップ品だとは考えもしなかった。いくら傷だらけの鎧が戦闘をした事を思わせても、冒険者になって数日しか経っていない新人が、まさか大袋二つ分も素材を手に入れたとは思わないだろう?


 だが、そのまさかだった。


 新人は袋の中から素材を一つ取り出して、アリアさんに見せた。すると珍しく彼女は動揺した様子を見せ、すぐに新人を連れて二階に上がっていった。

 その時俺は自分が見たものが信じられなくて、その場に突っ立ったまま二人が階段を登って二階に向かう後姿を茫然と見ていたよ。


 あいつが取り出した素材は、マッドアントの甲殻だったんだ。


 ――ああ、わかるよ。そうだな。俺も自分の目で見ていなければ、信じられなかっただろうな。大袋二つ分の素材なんて群でも相手にしなきゃ無理だろうし、冒険者に成り立ての新人がマッドアントを、しかも群を相手にして生きて帰ってくるなんて、そりゃあ普通に考えれば有り得ないよな。

 だが、こいつは事実だ。


 まあ、無理に信じろとは言わないさ。とりあえず話を続けるぞ。


 翌日、寝過ごした俺は昼になる少し前にギルドへと向かった。いつもどおり掲示板の前で良い依頼がないか物色し、ふと何気なく入り口に視線をやるとあの新人がちょうど入ってくるところだった。

 その時に目が合ったんだが、新人は俺に会釈をしてから受付へ向かった。ちょっと意外に思ったよ。もし前日に俺が見た光景が真実なら、少しくらい調子に乗っていても不思議じゃないからな。まあ、礼儀正しいのは悪くない。その後はあんまりじっと見ているのも何なので、依頼を確認しつつ時々横目で新人を見ていたんだが、そこで起きたのがお前も知っている『赤いローゼンの花事件』だ。


 ――だからそんな顔をするなって。お前はさっき新人がアリアさんを騙しているみたいな言い方をしたけど、俺が見た感じでは、そうは思わなかったぞ。だってお前、アリアさんの笑顔って見たことがあるか? しかも凄く嬉しそうな笑顔なんだぞ? 第一、根本が間違っているんだよ。あのアリアさんが騙されるわけがないだろうが。


 ――ああ、わかったわかった。そんなに言うなら自分の目で確かめてみろ。確かお前は、今度の初心者講習で指導役をするって言っていたよな? 見極めるには良いチャンスじゃないか。


 こうして俺は噂の新人君についての話を終えた。これ以上話しても一緒だろうし、話せる事ももうほとんど残っていない。その後は話題を変えてしばらく飲み続け、丁度良いところで終わりにした。

 あいつは俺が言った事を信じきれなかったようだが、それでもちょっとはすっきりした顔をして帰っていった。後は自分で気付くだろう。


 あいつには伝えなかったが、『赤いローゼンの花事件』を目撃した後に俺はグレッグさんに呼び出され、前日に報告したはぐれのマッドアントについて聞かれた。話しているうちに気付いたさ、これには昨日の新人の件が絡んでいるって。

 案の定、話が終わったら次にマッドアントの調査依頼を持ちかけられた。何でも本当はDランク依頼として出すつもりだったらしいが、昨日俺がマッドアントの素材を持ち込んだ事で丁度良いと目にとまったらしい。


 勿論グレッグさんは、俺にある程度の事情や危険性等について説明をしてくれた。

 近くの森でマッドアントの群が発見されたが、すぐにとある冒険者によって女王を含む全てが討伐された。だから既に危険性はないと思われるが、念の為に残党がいないかなどを調査してきて欲しいとの事だった。

 グレッグさんはその冒険者についての情報は明かさなかったが、俺にはそれが誰なのか言われるまでもなくはっきりわかった。しかしクイーンを含む群まで倒すとは。驚くどころかちょっと呆れてしまったのは、マッドアントについての知識がある奴ならわかってくれるはずだ。


 余程相性の良い攻撃手段を持っているのかもしれないが、それでもあまりに規格外すぎる。恐らくは冒険者になる前も何らかの形で魔獣を狩っていてそれでレベルが高いとか、もしくは特別なスキルを持っているなどの特殊な理由があるのだろう。

 他にも色々と気になる事はあるが、これ以上は考えても仕方がない。単なる好奇心でしかないし、本人に直接聞かなければわからない事だ。そしてそれは他人のスキルや事情を無闇に詮索しないという、冒険者の流儀に反する行いだ。


 結局俺はその場で依頼を受け、今日になって二日間の調査から帰ってきたところで不機嫌そうなあいつに会ったってわけだ。

今回俺が報告した他にもいくつか問い合わせ中の案件があり、それらの報告が集まったら第二弾の調査も検討しているそうだ。しかし、今後もそれに俺が関わるかどうかはまた別の話だ。

 何れにせよ、俺にはこの件をむやみに吹聴するつもりはない。実際新人について誰かと話したのも、今回が初めてだ。一応グレッグさんから受けた依頼に関する部分は話していないので、このくらいなら問題はないだろう。


 それに今回あいつに話した事で、上手くいけばあの新人には味方が増える事になる。これからどんどん上に行くであろう新人には、味方は多い方が良いからな。

俺が言わなくてもあいつなら新人がどんな奴か気付いたかもしれないが、まあ友人として事前に忠告くらいはしてやりたかったしな。少なくとも、あの新人は無闇に敵に回していい奴じゃない。


 しかし改めて考えてみると、何でここまであの新人に肩入れしたのか、自分でも不思議だ。だけど多分最初に新人がギルドに入ってきた時、その笑顔を見た時点で既に気に入っていたんだろう。その後もいいタイミングで会った事にも、何か不思議な縁みたいなものを感じたしな。

ただ、縁があるとは言っても、俺が新人君とパーティを組む事も、今後何らかの関わりが出来るとも思えない。自分の実力は自分が一番良く分かっている。陰ながら応援させてもらうさ。


 ――ただ、俺はもう一度頑張ってみようと思う。


 冒険者を辞めてこの街の兵士になるのも悪くないと思っていたが、もう一度上を目指してみる気になった。新人の笑顔を見ていたら、何か中途半端な今の状態でいるのがもったいなくなってきた。

 彼女との喧嘩の原因も俺のやる気が失せかけていたせいだったから、今回の決断を彼女も応援してくれるだろう。いつか俺がこの街の兵士になる事があったとしても、それは精一杯冒険者として頑張った後の話だ。

 たまに臨時でパーティを組む奴らに正式にパーティを組まないかと誘われていたが、この機会に真剣に考えてみるつもりだ。


「俺も負けないぜ、新人君」


 俺の名はデニス。新人だった頃の夢や希望を思い出した、Cランクの冒険者だ。

昨日1月30日に書籍二巻が発売されました。これも皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

よろしければ活動報告の方にでも二巻のご意見やご感想、ご要望などをいただければ嬉しいです。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ