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おめでた

 そこからの動きは速かった。


「レイチェル、診察をお願いできるかしら?」


「もちろんです!」


 アリアの頼みにレイチェルが力強くうなずく。

 事の真偽とサマンサの体調を確かめる為にも医師の診断が必要だったが、わざわざこの村で医者を探さなくとも、診療所で働いた経験のあるレイチェルならうってつけだった。


「母さん、あたしの部屋はまだ空いてるかな?」


「ええ。掃除もしてるから大丈夫よ」


「良かった。サマンサさん、移動しましょう」


 ミリアの返事を受け、エルザがサマンサに移動を促す。いくら魔法での診察が主とはいえ、さすがに男性の目もあるこの場で診察をするはずもなかった。


「え、ええ、よろしくね」


 サマンサも突然の妊娠の指摘に動揺を隠せない。だが、僅かに笑みを浮かべたその顔には、不安を大きく上回る期待があった。


「トウカも手伝うよ! サマンサお姉ちゃん、一緒に行こう」


 トウカも赤ちゃんがいるという情報に興奮を隠せない。立ち上がったサマンサを気遣うように寄り添った。


「ふふっ、ありがとう」


 満面の笑みを浮かべるトウカにつられて、サマンサもようやく大きな笑みを浮かべる。そして皆はエルザの部屋に移動していった。


「よろしく……」


 診察には邪魔となるジンとマキシムの二人を残して。






 図らずもエルザの父親と二人っきりの状況に置かれたジンであったが、先程もおめでたい驚きの余韻もあって、それほど緊張しているわけではなかった。


「臭いで妊娠ってわかるんですね……」


 むしろ少し落ち着いた今だからこそ、色々と気になることが出てきていた。


「ははは。あれはミリアが特別なんだよ。同じことができる者は、獣人でもごく少数だと思うよ」


 獣人族は人族と比べると身体能力は高めではあるが、犬猫のように嗅覚や聴覚が殊更優れているわけではない。若干はその傾向があるが、あくまで人の範疇だ。

 ミリアが臭いで判断できたのは、獣人だからという理由ではなかった。


「やっぱりミリアさんて凄いんですね」


 その理由を深く気にすることもなく、先程の模擬戦を思い出して納得するジン。元Aランクともなればそれぐらい出来ておかしくないのかもと、自分が秘密が多いこともあり、それ以上気にすることはなかった。


「ふっ、そのミリアに負けなかったんだろ? ジン君も十分凄いさ」


「いえ、途中でミリアさんの体調が悪くならなかったら……っと、そういえばミリアさんは大丈夫なんですか?」


 既に本人に確認したことではあったが、ジンは夫であるマキシムにも確認せずにはいられなかった。エルザの母のことでもあったし、実際に戦った身としては責任を感じるところでもあった。


「ああ、昔みたいな無茶はできないけど、それだけだよ」


「そうですか。良かったです」


 マキシムの返事に胸を撫で下ろすジン。老人だった頃は自分も色々と病気をしていたので、他人のことではあっても健康については気になるところであり、身内であるエルザの母となれば尚更だった。


「ミリアを気遣ってくれてありがとう。ところでジン君、君から見てエルザはどうかな?」


 微笑みを浮かべなからマキシムが尋ねたが、ジンはそれをエルザのリエンツでの様子を知りたいという意味だと捉えた。


「エルザと知り合ったの半年ほど前なんですが、知り合った頃よりずっと強くなりましたし、何度も命を助けられました。いつも強くなる努力も惜しみませんし、エルザは良い刺激をくれるライバルであり、かけがえのない仲間です」


「ふむ……」


 マキシムが聞きたいこととは微妙にズレていたが、ジンのあくまで仲間としてどう思うかというその答えは、娘を持つ親である彼にとってそこまで悪いものではなかった。


「……まあいいか。それならどうかな、ミリアにも勝てそうかい?」


「うーん、そうですね。……良い勝負はできると思いますが、まだ勝つのは難しいかもしれません」


 現状ジンと良い勝負ができるようになっているエルザではあるが、まだ力の差はある。ジンが渡り合うだけで精一杯だったミリア相手に勝つことは、まだ難しいと判断せざるを得なかった。


「……でも、いつか勝てるようになりますよ」


 だが、現在はそうでも将来は違う。それもまたエルザの努力と成長を知るジンが断言できることだった。


「そうか……」


「はい」


 そのジンの答えに何を感じたのか、マキシムが感慨深げに黙り込む。ジンもまた一言応えただけで、その後はしばし沈黙が続いた。

 だが、その沈黙は決して重苦しいものではなかった。


「なあ、ジン君。ちょっと話したいことが……」


 しばしの沈黙の後、マキシムが何か言いかけたが、それはエルザの部屋のドアが開く音と続く会話の声で中断されることになる。二人は顔を見合わせて苦笑すると、和気藹々とリビングに戻ってきた彼女たちを笑顔で迎えた。


「おかえり」


 どうだったと尋ねる前に、トウカがジンの元へ笑顔で駆け寄ってきた。


「お父さん! 赤ちゃんがいるって!」


 その知らせにジンも破顔する。


「おお、やっぱりそうだったんだ。おめでとうございます、サマンサさん」


「ありがとう。ふふっ、なんか照れるわね」


 愛おしそうに自らのお腹を撫でるサマンサ。その顔は既に母のそれであった。


「おそらく妊娠して三ヶ月か四ヶ月というところだと思います。安定期には入っていると思われます」


「帰りは余計に日数はかかりますが、できるだけ村の宿屋を利用した方がいいでしょう」


 診察したレイチェルがサマンサの状態を報告し、アリアが今後について提案する。確かに馬車での旅は体に負担だろうから、かかる日数は問題ではない。


「だな。馬車の揺れ対策として、クッションも増やした方がよくないか?」


 サマンサを椅子に座らせながら、エルザも提案した。


「ごめんなさいね。迷惑をかけちゃって」


 サマンサにとってこの妊娠は喜びだったが、同時に気を遣わせて申し訳ないという気持ちもある。


「何言ってるの。あたしやグレッグ達みたいにレベルが高いと子供が出来にくいんだから、本当におめでたいことなのよ? 迷惑上等よ、胸を張りなさい!」


「そうですよ。それにグレッグさん達も含めて仕事だけの付き合いじゃないんですから、気にしないでください」


 言葉に出して言うまでもないが、立場を超え、ジンはグレッグのことを友人と思っている。その妻であるサマンサも、単なる仕事相手とは思っていなかった。


「その通りです。子供のことだけを考えてください」


「そうそう、お母さんはどっしり構えてないと」


「はい。診察は私に任せてください」


 ましてやアリアはサマンサを数年来の友人だったし、エルザやレイチェルにとっても気心の知れた相手だ。皆まぶしいほど満面の笑顔だった。


「トウカも、トウカもお手伝いするよ!」


 何が出来るというわけでもないだろうが、自分も頑張るというトウカの主張は皆の笑顔を誘う。

 ミリアにとっても友人達の子供の話となるので無関係ではなかったし、その後もエルザの自宅を借りてサマンサの妊娠についての話は続いた。




「あはは。ねえ、あなたたち。後でメリンダとグレッグ宛に手紙を書くから、出発前に持って行ってね。あ、ガンツにも教えないと。ふふっ、いやー本当にめでたいわ!」


 そう言って上機嫌のミリアが酒が入ったコップを傾ける。あの後、サマンサの懐妊祝いとジン達の歓迎を兼ねてエルザの実家で食事をすることになり、現在は皆でその宴を楽しんでいるところだ。


「お任せください。私が責任を持ってお渡ししますから」


「あのアリア?」


 僅かに頬を赤くしたアリアが微笑みながら請け負う。エルザは勿論、アリア達もミリアとすっかり打ち解け、美味しい料理に美味い酒、そしてサマンサの妊娠というとびっきりの肴もあって宴を楽しんでいた。ただ、ガンツはともかくグレッグ達にはサマンサから渡せば良い話だ。戸惑うサマンサが言葉を重ねる前に、続く声があった。


「ええ、その場には是非私もご一緒したいです。お二人とも喜ぶでしょうね~」


「そうだな。当然私も一緒させてもらうつもりだ。いやー楽しみだ」


「二人まで……」


 酔いのせいか、いささか暴走気味のアリアにレイチェルとエルザも同調する。ジンと、そしてマキシムが作った料理の数々が良すぎたせいか、皆いつもより酒が進んでいるようだ。素面なのは妊娠しているサマンサと、未成年のトウカだけだ。


「あはは、大丈夫ですよ、サマンサさん。皆もサマンサさん達の邪魔をする気はないですから」


「そうよね?! なんかアリア達が二人に伝えるその場に同行するみたいに言うから……」


 ジンのフォローにホッとした様子のサマンサだったが、安心するのはまだ早い。


「ただ、ミリアさんから預かった手紙はグレッグさん達に報告する時に渡すことになりますよね? そうなると手紙で知る前にサマンサさんが自分の口で二人に知らせるでしょうし……あれ? となると必然的に私たちはその場に居合わせることになっちゃいますね~」


「…………」


 「いやー仕方が無いなー」と言わんばかりの白々しい態度のジンを、サマンサはジト目で見つめる。


「誓って邪魔はしませんし、二人に伝える時にちょっと後ろにいるだけです。……一緒に喜びたいんですよ」


 グレッグやメリンダは、ジン達が公私に渡って世話になっている存在だ。最後に少しだけ真剣な顔を見せるジンに、サマンサは大きくため息を一つついた。


「ふう……わかったわよ」


 その返事を聞き、ことの成り行きを見守っていた皆が歓声を上げる。


「ふふふっ。真面目なだけじゃなくて洒落もわかるのね、いいね、気に行ったわ! さあ、呑みなさい」


 さらに上機嫌になったミリアに酒をつがれ、ジンもまた笑顔で飲み干す。

 楽しい宴はまだまだ終わる気配を見せなかった。

ちょっと長くなりそうなので今回はここまで。

次回は二週間後ではなく、少し早めにお届けできるように頑張ります。


また書籍版『異世界転生に感謝を』第二巻が今月30日に発売予定ですが、少し前からアマゾンで表紙が公開されております。よろしければご覧ください。


ありがとうございました。

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