いくつかの事実
エルザ達親娘の言い争いが続く中、村の方から一人の男性が小走りでやってきた。
「ふう、もう終わったみたいだね。あ、君がジン君かい?」
そう言って微笑む彼もまた犬系の獣人で、まだ二十代後半とおぼしき青年だ。
(エルザのお兄さんかな?)
そう思いつつ返事をしようとするジンより先に、エルザ達二人が同時に叫んだ。
「父さん!」
「あなた!」
「ふふっ、お帰りエルザ。ミリアも無茶をしちゃ駄目だよ」
優しく微笑む男性は、エルザの兄ではなく父だった。若く見えたが実際の年齢は四十代前半と、マキシムのレベルはそこまで高くはないので、この若作りは本人の資質のようだ。
「改めて初めまして。エルザの父のマキシムです。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします。私は――」
その事実に驚きつつも、ジンも慌てて自己紹介を返し、先程と同じようにアリア達も自己紹介を終えた。やはりトウカがジンの娘であるということには驚いたようだが、優しい笑顔で受け入れてくれたのはジンにとっても何よりだった。
「ふふっ。それじゃあミリアの用事も終わったようだし、とりあえず我が家に移動しようか」
決闘まがいの模擬戦を用事の一言で片付けるあたり、マキシムの肝の太さも相当なもののようだ。
「ええ、そうね。婿殿を我が家に案内してあげなきゃ」
「だから違うって言ってるだろう!」
「何よ!」
「何さ!」
そしてマキシムの提案に従って、ひとまずエルザの実家へと移動することになったが、その道中で再び母娘の言い争いが始まったのはご愛敬だろう。
「わー、ここがエルザさんのお家なんですねー」
「可愛いー」
レイチェルとトウカが嬌声を上げる。その家は平屋のこぢんまりした家だったが、オレンジ色の屋根と白く塗られた壁は明るく、その周囲にある花壇には色とりどりの花が咲き乱れている。手入れも行き届いており、全体的に可愛らしい印象だ。
そして家の中に入ってもその印象は変わらず、むしろ明るい色使いの家具やカーテン等の小物が、より可愛らしさを増していた。
「……可愛いですね」
アリアも嫌いではないのか、そう言ってほほを緩める。そしてジンもそんな女性陣や家の様子を眺めて笑みを浮かべつつ、エルザが刺繍を好きになったルーツを見たような気がしていた。
「うちのミリアは可愛いものが好きでね」
「へ~、そうなんですか。でも可愛いだけじゃなくて、なんか落ち着きます」
エルザの母であるミリアも美人だが、その戦士然とした格好もあって荒々しささえ感じさせるイメージだ。だからジンにはマキシムの発言はいささか意外にも思えたが、家全体にある派手ではなく落ち着きのある可愛らしさは好感が持てるものだった。
「もう、いいじゃないそんなことは。それより、座って。すぐお茶の準備をするから」
褒められたのが照れくさかったのか、ミリアの顔は若干顔赤い。そう言って彼女は逃げるように台所に向かった。
「ふふっ。しかしこんなにたくさんのお客様を迎えるのも久しぶりだ。エルザ、椅子が足りないから持ってきてくれるかい?」
「わかったよ、父さん」
「あ、私も手伝います」
マキシムの指示に嬉しそうにエルザが従い、手伝うためにレイチェルもその後を追う。そして一歩出遅れた形のアリアは、トウカの頭をなでながら話しかけた。
「あらら。……トウカは私の膝の上でいい?」
「うん! ありがとう、アリアお姉ちゃん」
「……ほんと親子ねえ」
優しい微笑みを浮かべるアリアと、満面の笑みで答えるトウカ。そしてその二人の姿に微笑みを浮かべるサマンサは、この旅の中で何度も抱いた感想を再び口にしていた。
「ありがたいことです」
アリアに限らず、エルザもレイチェルも本当の娘のようにトウカをかわいがってくれている。サマンサに同調し、ジンもしみじみとその事実を噛みしめていた。
そうこうしているうちにエルザ達が椅子を持って戻り、それほど間を開けずにお茶の準備も整った。ジン達はテーブルを囲むように座ると、可愛らしいカップに注がれた紅茶を口にしつつ、お互いの近況などを話し始めた。
「何しに来たかと思えば、Bランクの昇格試験なのかい。確か半年くらい前はDランクだったよね。……ふーん」
そう言ってミリアはエルザに、そして続けてジンに意味ありげな視線を向ける。確かにこのエルザの急成長は、ジンとパーティを組んでからのことだったし、その原因は明らかだ。色々と言えないことも多いため、ジン達がそろって苦笑で応えるなか、エルザが代表して口を開いた。
「確かにジンと出会えたのは幸運だったな。おかげでレイチェルやアリアとも仲間になれたし、色んな経験ができた。迷宮が出現するなんて思ってもみなかったけど、あれも運が良かった。おかげでレベルも上がったし、オズワルドさんというAランク冒険者にも教えを請うことができたんだ。……っと、そうそう。もちろんトウカにも出会えたしね」
エルザは最後に微笑みながらアリアの膝の上にいるトウカの頭をなでた。
(ふふっ。……でもちょっと気になるかな)
嬉しそうに笑うトウカの様子に場も和むが、ジンは少しだけ気になることがあった。
エルザが言うように様々な意味で幸運であったことは確かだろうが、彼女がその幸運を最大限に活かすべく努力をし続けていたこともまた確かだ。そのことに言及しようかと思うジンだったが、行動に移すより先にミリアが口を開いた。
「へー、オズのやつは今そんなことしてるのかい。あいつもAランクになったんだねー」
「え? 母さんはオズワルドさんのことを知っているの?」
「ああ、私が現役の頃はまだBランクだったね。グレッグやガンツのやつがよく面倒見てたよ。あいつらが酒場に飲みに行っている間、私はメリンダと高い店で飲んでたわ」
オズワルドだけでなく、グレッグやガンツ、メリンダという名前まで出てきた。エルザも冒険者になる際にミリアからメリンダを紹介されたこともあり、それなりに親しいとは思ってはいたものの、まさかそこまで親しい間柄とは想像していなかった。
「メリンダさんと知り合いなのは聞いてたけど……」
「あれ? エルザに言ってなかったっけ? メリンダは私の親友よ。私は冒険者を辞めるまで一緒にパーティを組んでたの。私とメリンダ。そしてグレッグとガンツ、あともう一人の五人でね」
最後に若干の寂しさを漂わせてはいたが、その口調は基本的にあっけらかんとしたものだ。
(そうなのか、知らなかった)
告げられた事実は衝撃ではあったが、グレッグ達ともプライベートで付き合いのあるジンは、どこか納得するものを感じていた。そして、そうであるのならば、単なる傍観者ではいられない人物がこの場にはもう一人いた。
「そうだったんですね。では改めて自己紹介を付け加えさせてください。私はグレッグの妻のサマンサと申します。メリンダ姉様にはとても良くしてもらっています」
サマンサはメリンダのおかげでグレッグの妻になれたと言っても過言ではなく、ミリアが元仲間でメリンダの親友ということであれば、部外者だからと遠慮して口をつぐんでいる必要はなかった。
「あら、メリンダからの手紙で可愛い妹が出来たって言ってたけど、あなたのことだったのね。名前ですぐに気付かなくてごめんなさいね」
ミリアもグレッグがサマンサという二人目の妻を迎えたということは聞いていたが、まさか本人とは思わず、同じ名前なだけだと思っていたのだ。そんなちよっと申し訳なさそうなミリアに、サマンサは微笑みながら続けた。
「いえ、出発前に姉様が楽しそうだった理由がわかりました」
これもまたメリンダの悪戯、茶目っ気なのだろう。
「あはは、メリンダも相変わらずね」
昔を思い出し、ミリアも愉快そうに笑い声を上げる。その場にいるほとんどはつられて笑みを浮かべるが、そんな気分になれない者も若干一名ほど存在した。
「……最初から言ってよ」
そう力なくつぶやくエルザを、アリアが苦笑しつつ肩を叩いて慰める。
例えこの事実をエルザがリエンツに来る前に聞いていたとしても、だからといって現在と何かが大きく変わることはないだろう。ただ、そうつぶやくエルザの疲れた様子も、さもありなんというところだった。
そして人によっては多大な衝撃を与えてきたミリアの爆弾発言だが、これで終わりというわけではなかった。
「しかしそうかー、メリンダ達もいよいよか。良かった良かった」
顔をほころばせながら、しきりに頷くミリア。ただその理由が誰も理解できなかった。
「どうしたの母さん、何がいよいよなの?」
なんとか気持ちを立て直したエルザが尋ねる。
「え? あんたわかんないの? 明らかに匂いが違うじゃない。ってそうそう、サマンサ。あなた大丈夫なの? 旅なんかして。それとも目立たないだけでもう大丈夫なの?」
「え? どういうこと?」
エルザの問いに対する答えも、要領を得ないものだ。エルザは勿論、サマンサも首をかしげる。ただ実際にパートナーとして経験があるマキシムと、そして人生経験の長いジンだけがそれらのキーワードから思いつくことがあった。
「もしかして……」
その推測に対する答えは、すぐにミリアから告げられた。
「まさか気付いていないんじゃないわよね? サマンサ、あなた妊娠してるでしょ?」
「「「え?! ええーーーー!?」」」
告げられた言葉に、サマンサも含め、その場にいるほとんどが驚愕の叫びを上げる。そこには驚きだけでなく、当然ながら嬌声に近い喜びの響きもあった。
(やっぱりか! うわー、おめでたい!)
ジンもまた満面の笑みを浮かべてその事実を祝福するのだった。
お読みいただきありがとうございます。
数話前の時点でこの展開を予想していた方も多かったようですが、まあおめでたいですことですし、わかりやすい伏線でもいいですよね?(笑)
次回更新は年明け二週目か三週目の予定です。誤字修正もせねば。
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ありがとうございました。