到着
「ふう」
今日何度目かのため息をエルザが吐く。
目的地であるエルザの故郷に近づくにつれて、ジン達はこうしたエルザの溜息を聞く回数が増えてきていた。
(ふふっ、俺も一人暮らしをしていた時は、何でか分かんないけど実家に帰るのが億劫だったよな)
そんなエルザの様子も、ジンにとっては自分の若い頃を思い出す微笑ましいものでしかない。ジンは気にはなりつつもそこまで心配はしていなかったが、そんな経験のないレイチェルやアリアはそうではなかった。
「エルザ、また溜息が出てるわよ。……何かあるなら言ってみなさい」
「そうですよ。何か気になる事でもあるんですか?」
「ああ、すまない。……その、何でもないんだ」
心配するアリアとレイチェルに、言いだそうとして言えずに誤魔化すエルザ。同じようなやり取りは、もう何回も繰り返されている。
だが、明日にはジャルダ村に到着するという時になって、ようやくエルザが重い口を開こうとしていた。
「いよいよ明日にはジャルダ村だ。エルザも久しぶりの里帰りだし、一泊だけでなく二、三泊していくか?」
始まりはこのジンの投げかけだった。
「そのことだが、ちょっとアリアとレイチェルに話したいことがあるんだが、少しあっちにいいだろうか?」
エルザからの提案を拒否する理由があるはずもなく、三人は連れ立って馬車の影へと移動した。
「どうしたのかな、お姉ちゃん達」
「ふふっ、大丈夫よ、トウカちゃん。きっと悪いことじゃないはずよ」
残されたトウカは心配そうだったが、サマンサが優しく宥めた。話すのがあの三人だけでということであれば、その内容はともかく対象が誰なのかは明白だった。
「そうそう、心配することないよ、トウカ。多分村で何かあるんだろうけど、悪いことじゃないと思うよ。何か困っていたら俺達にも相談してくれるはずさ」
サマンサに同調し、ジンが優しくトウカの頭をなでる。トウカも少し安心したようだが、その顔は完全には晴れなかった。
「――すまない、待たせた」
そしてしばらくして、話し合いを終えたエルザ達が戻ってきた。皆どこかスッキリとした顔をしていた。
「お帰り。それでどう? 何かある?」
「いや、とりあえずは相手の出方次第だ。多分村で一泊はすることになると思うが、長くても二泊で済むと思う。もしかするとジンには迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
「うん、大丈夫だよ」
頭を下げるエルザに、ジンは気にする必要はないと軽く答えた。
(あまりにも久しぶりの帰郷だから、心配していた両親に怒られるのかな? そのとばっちりが俺に来るのかもしれないけど、それくらいは笑って受け入れるさ)
エルザが冒険者になる為に故郷を出てから二年ほど経つが、今までずっと帰郷したことはなかった。パーティを組んだ時に手紙で故郷に知らせてはいたが、だからこそ矛先が自分に向かうのかもしれないなとジンはそう予想したが、心配する両親の気持ちも理解できたので、その時は甘んじて受けるつもりだった。
「エルザお姉ちゃん?」
再び心配になったトウカが、不安そうな声でエルザに問いかける。
「ごめんごめん、心配しなくても大丈夫だぞ、トウカ」
そんなトウカをエルザは優しく抱きしめ、それでようやくトウカも安心できたようだ。
「ふふっ、くすぐったいよ、エルザお姉ちゃん」
そう言いつつも、トウカもエルザを抱きしめ返して甘えていた。
「アリアもレイチェルも大丈夫?」
エルザとトウカはもう大丈夫かなと、ジンはエルザに相談を受けたであろう二人に声をかけた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「はい、頑張りましょうね、ジンさん」
答える二人は微笑みを浮かべており、どうやら問題なさそうだとジンも笑みで答えた。
(ま、気にする必要はないか)
ジンが何を頑張る必要があるのか、それはすぐ明日にでもわかることだった。
「到着しました。サマンサさん、お疲れ様でした」
翌日の昼過ぎには、ジン達は無事エルザの故郷であるジャルダ村に到着した。この後はまず村長宅にサマンサを送り、サインを貰えば後はリエンツに戻るだけだ。その前にエルザの両親に挨拶するという仕事は残っているが、それは試験とは別の話だった。
「あら、もしかしてエルザ?」
到着して間もなく、久しぶりの故郷を懐かしそうに眺めていたエルザに声がかけられた。
「あ、叔母さん! 久しぶり!」
「まあまあ、すっかり綺麗になって。あら、この人達はあなたのお仲間かしら? エルザがお世話になっております」
ふくよかな体をした中年女性――アンジーが、ジン達に向けて頭を下げる。その頭の上には、エルザのものより若干丸みのある犬耳があった。
「こちらこそエルザにはお世話になっております。私はエルザと同じパーティでリーダーを務めているジンと申します。そして彼女がアリア、そしてレイチェル。この四人で『フィーレンダンク』というパーティを組んでいます。それとこの子は私の娘でトウカ。この方は今回の依頼の護衛対象でもあり、友人でもあるサマンサさんです」
ジンの紹介に合わせ、それぞれが一礼して挨拶を済ませやが、中でもトウカは若干緊張気味だ。
「まあ……。ふふっ、皆さん。私はこの子の叔母のアンジーよ。よろしくお願いしますね」
ジンがトウカを自分の娘であると紹介したときは少し驚いていたアンジーだったが、それを含めても彼らの振る舞いは叔母である彼女から見て悪い印象ではなかったようだ。アンジーはにこやかな笑顔を見せていた。
「アンジー叔母さんは、母さんの妹で、シーマ叔母さんの姉なんだ。昔から色々お世話になっててね」
エルザは久しぶりに身内に会た喜びからか、満面の笑みで補足情報を入れる。そしてそれはジンも知る人の名前だった。
「ああ、弓屋のシーマさんか。三姉妹ってことかな?」
「そう。一番上が私の母さん」
なるほどねと頷くジンだったが、その時、今気付いたとばかりにアンジーが手を叩いた。
「そう! そういえば姉さん達とはもう会ったの?」
「いや、まだこの村に到着したばっかりだから……」
「まあ、だったらすぐに知らせてくるわ。今日は泊まっていくんでしょう?」
「ああ、そのつもりだけど、それはもう少し後でも……」
「ちゃんとお父さんに先に伝えるから心配しないで。あなたも何かこの村で用事があるんでしょう? それを済ませてからまた会いましょう。……それじゃあ皆さんもまた後で」
どこかためらいがちなエルザを余所に、アンジーは笑顔でそう言うと去っていった。
「ふふっ、優しそうな人だね」
「ああ、色々とお世話になっていたんだ。――だが、その話は後だ。まず村長のところに行こう」
いい人みたいだねと和むジンを、エルザがせかす。確かにご両親に挨拶をするより先にサマンサを村長宅に連れていかなくてはと、ジン達はエルザの案内に従って移動することにした。
「――はい、確かに。しかしそれにしても久しぶりだね、エルザ。ご両親のところには、これから行くのかい?」
この村には犬系の獣人が多いようで、村長もまた白髪交じりの犬耳と尻尾を持つ獣人だった。サマンサ護衛完了のサインを済ませた村長は、数年ぶりに帰ってきたエルザの姿に目を細めつつ問いかけた。
「はい、少々気が重いですが……」
その言葉通り、答えるエルザは今にもため息をつきそうだ。
「ふふ、あれも愛情だよ。しかし……」
そんなエルザの様子に苦笑しつつ、次に村長は意味ありげな視線をジンに向けた。
「あの、何か気になる事でも?」
「いや、ジン、大丈夫だ。村長、とりあえずこれで失礼します。行くぞ、ジン」
ジンの疑問に村長が答える前にエルザが口をはさむ。
「ほほっ。うんうん、行ってきなさい」
押し出されるように村長宅を出るジン達に、村長から楽しそうな声がかけられた。
「おいおい、どうしたんだ、エルザ。何か焦っているみたいだぞ?」
村長宅を出て少ししたところで、ジンは手を引いて足早に移動するエルザに問いかける。
「ふーっ、すまない。いつあの人が来るかわからなかったんでな。……せめて父さんと一緒なら少しは安心なんだけど」
エルザもようやく足を止めてジンに謝罪する。トウカやサマンサは、アリアとレイチェルがしっかりフォローしていたので問題ない。
だが、ぼやいていたエルザが突然ハッと振り向いた。
「へえ? ちょっとは出来るようになったみたいね」
そう言って不敵な笑みを浮かべるのは、使い込まれてはいるがしっかりした作りの軽鎧に身を包み、黒鉄製の大剣を肩に担いだ熟練の冒険者と思われる雰囲気の女性だ。
「母さん!」
「「「え?」」」
エルザの叫びにジン達は揃って驚きの声を上げる。
彼女の母親が元冒険者という話は聞いていたが、どうみてもその姿も雰囲気も共に、現役の冒険者が身にまとうそれだ。
驚きを隠せないジン達を、エルザの母――ミリアは不敵ともとれる笑みを浮かべて見つめていた。
お読みいただきありがとうございます。
ばたばたしているので誤字修正なども進んでおりませんが、ご意見やご感想はありがたく拝見させていただいております。
次回も少なくとも二週間以内を目処に頑張ります。
ありがとうございました。