Bランク昇格の条件
「――Bランク魔獣の討伐ですか?」
「ああ。Bランク以上ともなると、特に戦闘能力が重要になるからな。昇格の条件として、少なくとも一体は討伐した記録が必要となる」
思わず聞き返してしまうジンに、グレッグは気にすることなく追加情報を交えながら答えた。
Bランクともなればパーティ単位での戦いになるのが当たり前のため、正確に言うとパーティの人数によって必要になる討伐数は変わる。三人以下で一体、四人以上六人以下で二体といった具合だ。だが、ここで詳細を語る必要はグレッグにはなかった。
(これは厄介だな)
しかし、ジンにとってはこの条件は問題だ。
元ギルド職員であるアリアから、Bランクには高い戦闘能力が求められるということはジンも聞いていた。その証明としてBランク魔獣を討伐することが求められるのは理解できたし、そのこと自体自体はそれほど問題ではない。ジンが厄介だと感じたのは、Bランク魔獣が生息する場所だ。
そもそもリエンツの周辺に、Bランク以上の魔獣が出ることなどほとんどない。わざわざ探しに行くのかと眉を寄せるジンに、グレッグが続けて口をひらいた。
「ふっ、トウカが心配なんだろう?」
「……ばれていましたか」
長くリエンツを留守にするとなると、問題になるのは残されるトウカの存在だ。子持ちの冒険者は他にもいるが、彼らが長期依頼で留守にする際には、孤児院で預かってもらうのが普通だった。
ジン達はこれまでもトウカを孤児院に預け、日をまたぐ依頼を受けたこともあったが、それでも一泊が最長だ。今回はとてもそれで済むとは思えないため、ジンは残されるトウカの事を気にしていたのだ。
「こればっかりは仕方がありません。この辺りでは探して遭遇するものでもありませんからね。未開拓地方面に行けば可能性はあると思いますが……」
魔素が濃い地域ほど魔獣のランクは上がる傾向があり、その代表が魔獣の勢力が強い未開拓地となる。だから通常はその付近にある開拓村を拠点にして地力を上げつつ活動することになるが、ジンの場合は『MAP』があるので見つけること自体は難しくない。ただ、問題はそこまでの距離だ。
「未開拓地って、どれくらい離れているんですか?」
「北東の端にあるとは聞いたことがあるが……」
レイチェルもエルザも、未開拓地についての知識はほとんどない。正確な知識を持つのはアリアだけだ。
「王都の更に先よ。片道一カ月近くかかるわね」
「「往復二カ月!?」」
思わず声をそろえて叫んでしまうエルザとレイチェル。
実際はもう少し期間を縮めることは可能だが、それでも長期間に渡ることに違いはない。
(やっぱ遠いよな……)
ジンはこの結果を漠然と予想していたが、それでもこうして正確なところを聞くとショックを隠せなかった。トウカが心配だというだけでなく、ジン自身もトウカと会えないのが寂しかった。
だが、一方でグレッグは、落ち込むジン達に視線を向けつつもニヤニヤと含みのある笑みを浮かべていた。
「――グレッグ教官? 何かあるんですね?」
まだBランク昇格試験についていくらか知識があった分、アリアがいち早くグレッグの態度がおかしいと気付いた。
「はははっ、お前たちは本当にすっかり家族になったな。すまんすまん、Bランク魔獣の討伐記録だが、既にお前たちは全員が条件を満たしているぞ」
「「「え?!」」」
流石にこれはアリアも予想外だ。だが過去の記憶を探ると、思い当たることが一つだけあった。
「だいたい一年前になるが、アリアは俺やメリンダと三人ではぐれBランクの討伐に参加しただろう? あの時はギルド職員だったが、討伐記録としてはちゃんと残っているので、これでアリアは条件をクリアだ。それに他の三人はマッドボアの変異種を倒しただろうが。あれはちゃんとBランク相当魔獣として扱われている。だから始めからお前たちは全員、Bランク魔獣は討伐済みになっているのさ」
「「おおっ!」」「「わっ!」」
ジン達全員が思わず歓声を上げる。本来ならこんな時でもからかう機会を逃さないグレッグに文句の一つも言いたくなる状況だが、それも気にならないほどの喜びが湧き上がっていた。
「――だが、他にも条件がある」
ジン達の喜びも一段落したところで、グレッグは続けて話しだした。
「本来はBランク魔獣を討伐することが昇格試験になるんだが、既にその条件を満たしている場合は、そのパーティに不足している要素に関係する試験を別に課すことになっているんだ。まあ、滅多にそんなことはないし、試験と言っても名目上みたいなもんだけどな」
規則なんで仕方がないと、グレッグはがりがりと禿頭をかきつつぼやいた。
「それで、私達に不足しているのは何でしょうか?」
試験を課す当事者であるグレッグがこの調子なので、もしかしたら試験そのものは時間の無駄なのかもしれない。だが。それでもジン達にとっては、二カ月近くもリエンツを留守にするよりは遥かにマシだ。尋ねるジンに、グレッグは用意していた答えを提示した。
「お前らは、護衛依頼の数が極端に少ないな」
ジンが持つ『MAP』の検索機能などもあり、討伐や採取などの依頼が短期間で効率的にこなせるのに比べて、どうしても護衛依頼は束縛される時間が長い。特に迷宮出現してからしばらくは数をこなす必要があったこともあり、ジン達が護衛依頼をした回数は、先日の王都へのものを含めても両手指の数まで届かなかった。
「というわけで、お前たちには護衛依頼をやってもらう。目的地はジャルダ村だ」
「え!?」
グレッグが言ったその村の名前に大きく反応したのはエルザだ。何事かと見つめるジン達に説明するため、エルザが口を開いた。
「ジャルダ村は、私の故郷の村なんだ」
「ははっ、適当な距離さえあれば別にどこでも良かったんだが、そういやジンはエルザの両親にだけ挨拶していないと気付いてな。いい機会だろ?」
アリアの場合、ジンは彼女の亡くなった両親の墓参りは勿論、育ての親ともいえる孤児院のヒルダとも親しくしていた。レイチェルも祖父であるクラークは勿論、王都で彼女の両親へも挨拶済みだ。だが、エルザは叔母であるシーマとの面識はあるものの、両親には手紙で挨拶しただけだ。「それは不公平でしょう?」とは、相談したグレッグに対する彼の妻であり、エルザの師匠ともいえるメリンダの言だった。
「そんで護衛対象だが、サマンサにしようと思っている。普通ならBランク以上の昇格試験にはギルド職員は同行しないんだが、護衛依頼となると誰もいないでは格好がつかないんでな。ほんと面倒だぜ」
そもそもグレッグとしては、ジン達がBランク昇格条件を達成している以上、名目にすぎない試験など不要という考えだ。ただ規則として決まっているので仕方がないし、全くの無駄ではないのだからと自らを納得させていた。
「まあ、あいつも気心の知れたお前らとなら、いい気分転換になるだろう。なかなかまとまった休みはとれないから、言ってみれば休暇代わりだ。ちょっと公私混同が過ぎる気もするが、たまにはいいだろう?」
ウインクこそしなかったが、グレッグは茶目っ気たっぷりに笑っていた。
「そんなわけだから、お前らも誰か一緒に連れていきたいやつがいるなら同行させても構わんぞ」
笑いながらそう言うグレッグが指す人物は、一人しかいない。
「トウカを連れて行ってもいいんですか?!」
エルザの故郷はリエンツの北西にあり、往復でも半月ほどの距離だ。だが、たかが半月、されど半月だ。その間トウカを一人にするより、同行が許されるならジン達にとっても願ってもない事だった。
「子供の護衛もしなけりゃならんから難易度は上がるが、それでもいいなら好きにしろ。……本当なら迷宮探索の手を止めさせてまでやる事じゃないんだ。せめてこれくらいの役得がないとやってられんだろう」
せっかくBランク昇格の条件を満たしているというのに、不必要とも思える試験、しかも護衛という時間がかかるものをせざるを得ないのだ。いくら決まりとはいえ、体裁の為に幼いトウカを半月も一人にするのはグレッグも心苦しいものがあり、ジン達の気持ちも慮ってこうした形にしていた。しかも現在トップで迷宮を攻略しているジン達は、一日あたりのドロップアイテムの売却額はかなりの金額になる。そんなパーティをお金にならない試験で半月も拘束するのだから、せめて他のメリットはないかと考えた、言わば苦肉の策だった。
(それでも公私混同が過ぎるかもしれんがな)
グレッグが今回の試験にサマンサをつけたのも、休暇云々は建前に近く、同行するならジン達が気心がしれた相手がよかろうと考えたからだ。
親しき中にも礼儀あり。友人であるというのは別にしても、それだけの気を使うべき相手へとジン達は成長していた、
「「「ありがとうございます!」」」
だが、その気遣いはジン達にとってこの上なく嬉しいものだった。
実家に行くことが気が重いのか、若干エルザは反応が鈍かったものの、それでもエルザを含めた全員が笑顔だ。
こうしてこの日から五日後、ジン達はリエンツを発ち、エルザの故郷であるジャルダ村へと向かうのだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回の展開はちょっとだけ悩みました。違和感などなければいいのですが。
数日前の活動報告にも書きましたが、書籍版二巻は今年の冬の期間内、つまり来年初頭の発売予定です。誤解を生む表現で申し訳ありませんでした。
今回活動報告にて少しだけ感想返しをしております。
皆様からいただくご意見ご感想は私のエネルギーの源です。
よろしければ評価ポイントと共に、皆様のご意見やご感想をお聞かせください。
書籍版の感想も歓迎です。
ありがとうございました。