ゆっくりと、着実に
現在、ジン達は迷宮地下四七階層を攻略中だ。
出てくる魔獣は豚頭のオークから、大鬼へと変化した。頬まで裂けた大きな口の中には鋭く大きい牙がびっしりと生え、筋骨隆々としたその体を覆う肌の色は緑色だ。ゴブリンをより大きく凶悪にした姿を思い浮かべてもらえればイメージしやすいだろう。
やや肥満体気味だったオークに比べると均整のとれた体つきで、より人に近くなった姿の分、若干のやりにくさもあった。オーガはゲームでも馴染みが深い魔獣だが、一般的なイメージとしてあるのはその並外れた膂力だろう。ただ、その力が凄まじい分、頭はあまり良くなく、物語によってはただ本能のままに暴れる獣のように描かれることもあった。
確かにこの迷宮に出るオーガもそれらの特徴を持ち、その膂力はオーク以上だったし、当然その力に裏付けされた近接戦闘能力は高い。だが、一つだけ決定的に違うものがあった。
「魔法に備えろ!」
ジンが叫んだその数瞬後、爆散した炎がジン達を包む。その魔法は手と一体化した杖を持つ、魔術師タイプのオーガから放たれたものだ。
炎に包まれたジン達以外には、魔法を放った魔術師タイプのオーガと満身創痍の盾を持ったオーガが一体残るのみで、その他には五体のオーガが地面に倒れ伏していた、
炎が発現してから治まるまでの時間は数秒足らずと短かったが、その数秒の間を抜けて二つの影が炎の中から飛び出した。
「ふっ!」「はっ!」
残った二体のオーガも決して油断していたわけではなかったが、飛び出してきた二つの影はその警戒をするりと潜り抜けてその眼前に迫ったかと思うと、次の瞬間には相対したそれぞれの首を宙に飛ばしていた。
――ゲームでイメージする一般的なオークとの違い、それは頭の良さだ。
棍棒を振り回す脳筋なモンスターというイメージのオーガだが、この迷宮のオーガは戦士や弓士に魔術師など、様々なタイプが存在した。今回の戦いで相対したオーガ―集団の構も、前衛として棍棒持ちの二体の攻撃役と三体の盾持ち、そして後衛の魔術師が二体だった。
これまでの階層で戦ってきたゴブリンやオークも高度な連携を仕掛けてきていたが、大きく違うのはその基礎能力の高さだ。今回、厄介な魔術師タイプを先に排除しようとしたジン達だったが、その狙いは防御と牽制に徹した前衛五体の連携に阻まれ、内四体の前衛と後衛の一体は沈めたものの、残った一体の魔術師タイプに魔法による攻撃を許してしまっていた。
このように相手の構成によってはダメージを受けることも増え、これまでよりジン達の迷宮攻略のスピードはやや落ちていた。
「ふう、大丈夫か? みんな」
「問題ない」
残心しつつ皆の無事を確認するジンに、彼と共に飛び出したもう一つの影であるエルザが答える。
「大丈夫です」
「私も大丈夫ですが、どうですか? 回復は必要ありませんか?」
続けてアリア、レイチェルと答えたが、彼女たちの答える声にも淀みはない。
「良かった。俺はまだ大丈夫だけど、皆は火傷とかしてない? 少しでもヒリヒリしてたら『ヒール』してもらった方がいいと思うけど」
「そうだな。火傷は大丈夫だが、その前の戦闘でもダメージを受けたし、レイチェル頼めるか?」
「わかりました。アリアさんは大丈夫ですか?」
「ええ、まだ回復してもらう程ではないわ。ありがとう」
とりあえず皆に大きな怪我はないようだと、ジンはホッと息をついた。
ただ、ここに一つの疑問が生じる。
魔法が生み出す炎は、厳密には実際のものとは違うとはいえ、その炎が高温であることは同じだ。ゲームの仕様を引き継いだジンの体は傷つかないので、彼が火傷をしないのは不思議ではない。だが、あれだけの炎に包まれた女性陣にも火傷の一つもなく、髪の毛先さえ焦げている様子はない。それは普通ならあり得ない光景のはずだ。
では、それを可能としたのは何か? ――その秘密は、彼女らのレベルとVIT(耐久力)にあった。
簡単に言えば、レベルが高いほど、そしてVITが高いほど敵性魔法に対する抵抗力が上がり、魔法のダメージは減少する傾向にあるということだ。
もう少し正確にいうと魔法を放つ方のINT(魔力強度)も大きく影響するのだが、ここでは置いておく。注目すべきは、レベルアップとそれによって上がったステータスは、魔法だけでなく物理のダメージまで減少させるということだ。
例えば、このオーガが対象に棍棒をふるい命中させたとする。もし攻撃を受けたのがFランクの新米冒険者だったら、残酷だがその一撃でミンチ状態だ。だが、もしその攻撃を受けたのがエルザなら、当たり所が悪くても骨が折れる程度で済むだろう。同じく新米冒険者なら下手をすれば火傷では済まない魔法を受けても、今回のようにジン達なら火傷にさえならないで済むという話になる。
ジンはともかくエルザ達は、同じ人の肉体である以上その強度に大きな差はないはずだが、その差を生み出すのがレベルと高いステータスによる肉体の強化なのだ。
(とりあえず二~三発喰らっても大丈夫そうだが、課題はあるな……)
迷宮四十七階層に出現するオーガは、単体でCランク低位~中位に相当するが、ジンを含めた全員がその魔法を受けてもまだ余裕があった。つまりそれはジンだけでなくアリアたち女性陣も、ジンほどではないにしろ、かなり高いステータスであるいうことを示している。
ジン達のレベルは、先日Bランク昇格の基準である三十を全員が超えていた。
「しかし、いくら不意打ちしなかったといっても、殲滅しきれずに魔法を喰らったのはまずかったな」
オークのドロップアイテムを回収しつつ反省するジンに、アリア達も各々の意見を返す。
「そうですね。少し前から範囲魔法を使ってくるようになりましたし、魔術師タイプにはこれまで以上に注意しなくてはいけませんね」
「鍛えるためとはいえ、こちらが範囲魔法を使わないという縛りをしているから仕方ないんじゃないか? ジンかアリアのどちらかが開幕と同時に使えば、大分違うだろう」
「確かにこのレベルの敵に防御に徹されたら、いくらジンさん達でも一撃で倒しきるのは難しいですよ。目標としてはノーダメージで倒すことだとしても、今は仕方ないんじゃないでしょうか」
実際のところ、自分達の倍近い数の敵に対する戦果としては、充分すぎるものだろう。範囲魔法を使わないと自分達に縛りを入れ、さらには相手の構成もやや防御寄りだったため、最後にレイチェルが言ったように、仕留めきれなかったのは現在はまだ仕方がなかった。
「うーん、確かにそう言われればそうだな。とはいえ範囲魔法を解禁したら難易度が下がりすぎたからなー。……ダメージを受けるのも訓練のうちだと思うしかないかな」
このジンの言葉はともすれば舐めているようにも聞こえかねないが、それを裏付けるだけの実力が彼らにあるのは勿論、さらに上を目指す覚悟と慎重さも確かに存在していた。
「ふっ、確かに最初に範囲魔法を喰らったときはびっくりしたからな。あれもある意味いい経験だったとおもうぞ」
「本当にそうね、相手に使われるとあれほど厄介だとは思っていなかったわ」
「私としては回復魔法の訓練にもなりますし、望むところです!」
そしてそれは女性陣も同じだった。以前オーク達を相手に不利な条件で戦いに挑んだ時のように、彼女達の向上心はここでも止まることが無かった。
また実のところ、この訓練という考えは決して的外れではない。
魔獣が魔法を使ってくるようになるのは主にCランク上位のものからになり、普通ならリエンツの周辺では遭遇する機会は多くない。だからこの迷宮のように比較的浅い階から魔法攻撃を受ける機会があるというのは、危険性はあるがある意味で得難い経験とも言えた。
しかもこの迷宮に出現する大鬼魔術師は、Cランク中位相当でありながら、主にBランク以上の魔獣が使うはずの範囲魔法まで使用している。それは一般とは違う迷宮の特殊性の一つだったが、Cランク中位程度の魔力しか持たないオーガメイジが放つ魔法は、本来Bランク以上の魔獣が使うそれよりも格段に威力が落ちるのは当然だ。
決して安全とは言えないが、それでも本来のものより比較的マシな威力の範囲攻撃を受ける機会があることは、尚更得難い貴重な経験を積んでいると言えた。
「頼もしいな。俺も回復魔法が使えればよかったんだが、ここはレイチェルに頑張ってもらうか」
アリア達の頼もしい言葉を聞き、ここでジンもようやく頬を緩めた。
ただ、ここで自ら言っているように、ジンは未だに『回復魔法』スキルに目覚める気配はなかった。
ジンの知識も実践も一般的な水準を十分満たしていると思われたが、それでも習得する気配がないのは、誰でも使える『基本魔法』を発展系とも言える四属性魔法とは違い、その他の魔法には個人の適正というものが存在するのだろう。ジンは諦めたわけではなかったが、『回復魔法』については気長にやっていくつもりだった。
「よし、それじゃあ予定通り五十階を攻略した後にBランク昇格の申請を行うつもりだから、この層も含めてあと四つだ。それまで頑張ってやっていこう」
「「はい!」」「おう!」
十階層毎にあるボス部屋を攻略すれば、転移魔法陣が使用可能になるので一つの区切りとなる。既にレベル三十を超えたジン達だったが、これまで通り焦らず着実に経験を積んでいく。
そして十日後、ジン達は五十階層を突破した。
お読みいただきありがとうございます。
まだ大きなものではありませんが、ちょっとずつ話が動き出します。
いただいたご意見ご感想は本当に励みになりますし、参考になります。
近いうちに遅れている誤字修正と共に、活動報告で感想返しを出来ればと考えております。
ありがとうございました。




