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想いを新たに

「お待たせ。セイルーン産のいい茶葉が手に入ったの」


 アリアたちを応接間に案内し、そして一人部屋を出ていたサマンサが、人数分のお茶を用意して戻ってきた。もやもやした気持ちを抱えたままのアリアたちの気持ちをほぐすかのように、部屋中が紅茶の芳醇な香りで満たされていった。

 それぞれが配られた紅茶を手にすると、十分に香りを堪能した後に口に含んだ。


「おいしい……」


 紅茶好きのアリアが、その言葉と共にほっと息を漏らす。エルザやレイチェルも、暖かい紅茶のぬくもりに癒される気がしていた。


「ふふっ、よかった」


 サマンサはこの後に言葉を続けることはせず、ただアリアたちを微笑みながら見ているだけだ。若干重苦しかった雰囲気も薄れ、彼女たちはお茶を楽しむことに集中していった。


「ありがとうございます。おかげで落ち着きました」


 そのまましばらく時が経ち、まず最初にアリアが、そしてエルザやレイチェルも続いてサマンサに礼を言った。実際、紅茶で体と心に一息入れた彼女達は、少しずつ自分達の気持ちを整理し始めていた。


(それで、誰が母親だ?)

 あの時のグレッグの言葉をきっかけに、アリアたちは自分達の立場を自覚した。自分たちはあくまでジンのパーテイの一員なだけであって、ジンやトウカとは家族でないということを。そして、このままずっとそれが変わらない可能性もあることを。

 今回の一件は、彼女たちがその思いと立場を再確認するいい機会になったと言える。


 彼女達は、それぞれジンと自分との関係を見つめなおしていた。


(最初は友達だと思っていたのにな)


 エルザは過去を思い返す。少なくとも、初心者講習後の飲み会で、パーティに誘った時はそうだった。その気持ちが変化したのは、やはり相棒であったシーリンとの別れに際して、ジンがしてくれた一連の行動がきっかけだろう。今でも友達であるという思いは変わらないが、それだけでは収まらなくなっているのも事実だ。


(私はどうなりたいんだ?)


 エルザは自らにそう問いかけていた。



(最初は神様、次は同じ加護持ちの仲間、そしてクラーク神殿長おじいちゃんみたいに安心できる人だったんですよね……)


 ジンへの印象が変化していく過程を思い返し、レイチェルは内心で感慨深げにつぶやいていた。

 最初にジンを見たのは、祈りながら光に包まれている姿だった。その姿に神様の存在を感じ、すぐにジンンは加護持ちではないかと思った。今では妄信めいた考えであったとレイチェルも反省しているが、その時は真剣だった。初心者講習後にジンと直接話したことでその妄信めいた部分はなくなったが、それでもジンへの信頼は増すばかりだった。祖父であるクラーク神殿長を指すおじいちゃんみたいという言葉は、レイチェルにとって最大級の褒め言葉だった。

 その気持ちが変化したきっかけはレイチェル自身にもわからなかったが、まるでそれが当たり前であるかのように自然と抱く好意の種類が変化していった。


(このままでいいの?)


 レイチェルもまた、自らに問いかけていた。



(ジンさんのパーティの一員になれて、本当に嬉しかった。でも、それで満足していたのかもしれないわね)


 三人の中で、一番最初にジンへの気持ちを自覚したのはアリアだ。一足先にジンと一緒に行動するエルザとレイチェルを見て、アリアは彼女たちの幸運を喜ぶと同時に、その立場を羨む気持ちも感じていたのも事実だ。その時から単なる習慣だった自主訓練が異なる意味を持ち始め、そして魔力熱の一件をきっかけに、ジン達のパーティの一員になることができた。それはアリアにとって叶うはずがない夢だと思っていただけに、彼らの仲間になれて本当に嬉しかった。


(でも……)


 ジン達との共同生活は楽しく、冒険者としての活動も、日々の成長を感じることができて充実していた。だからだろうか。いつの間にか現状維持で満足し、それ以上の関係を求めなくなっていたのかもしれない。少なくとも、関係を進めるために自ら積極的に動くことはほとんど無かった。


 そして、それはアリアだけでなく、エルザやレイチェルにもまた言えることだった。

 彼女たちが願うのは何か。それはもしかすると、問う必要もないくらいわかりきったことなのかもしれない。



「ふふっ、みんないい顔になったわね。さっきまでとは大違い」

 落ち込む彼女達が見ていられなくて、サマンサはこうして応接間に無理やり連れてきた。だが、たった一杯の紅茶だけで、すっかり彼女達は自分達の気持ちを切り替えることができたようだ。

 サマンサは楽しげに笑うと、最後の一押しを始めた。


「みんな知ってると思うけど、パーティ間の恋愛ってどうしても多いのよね。問題になることもあるからその気持ちに封をする人もいるけど、ずっとは難しいと私は思うの。じゃあその気持ちをいつ解放するのかなんだけど、それこそそんなの当事者じゃなければわかんないわよね」


 当事者だってわかるとは限らないし、わかっていてもその通りに行動できるとも限らない。ただ、今日こうして現在の自分達の立場に疑問を感じただけでも、アリアたちは一歩前に進んでいた。


「だから私の経験談を話してあげる。これはアリアにも話してなかったことよ」


 そして一度咳払いすると、サマンサは昔を思い出して微笑を浮かべつつ話し始めた。


「――私がその人を好きになったのは、まだ成人する前だったわ。気付いたら、たまに孤児院に来るあの人の事が好きでたまらなくなっていた」


 それは一途に恋心を抱き続けた一人の女性の話だった。


「最初に告白したのは、成人してすぐだったわ。でもあの人は笑って取り合ってくれなかった。今思えば年齢差も結構あったし、成人したばかりの私なんか子供にしか思えなかったんでしょうね。でも私は諦めなかったわ。少しでもあの人に近い立場になろうと、すぐに冒険者になったの。初心者講習で知り合った年の近い人たちとパーティを組んでね。でもね、一生懸命頑張ったんだけど、私たちにはあんまり冒険者としての才能はなかったんでしょうね。数年かけて何とかDランクにはなってたんだけど、Cランクなんて更にこれから何年かかるのかわからなかったわ」


 当時を思い出し、少しだけ寂しそうな顔を見せるサマンサ。

 アリア達も何となくサマンサの言うあの人の顔が浮かんできたが、なおのこと彼女の話を聞きのがすまいと、無意識に前傾姿勢になっていった。


「そこで限界を感じて冒険者を辞める仲間が出たわ。その時に私も一緒にパーティを抜けて、冒険者ギルドの受付になったの。元々ギルド職員になるのは、私の将来設計の一つだったからね。勿論、採用試験に受かるために勉強もしてたのよ? あの人に近づくため、プライベートなんかそっちのけで勉強したわ」


 以前にも述べたが、ギルド職員の条件の一つが、Dランク以上の冒険者であることだ。さらに職員としてやっていくには、様々な知識が要求される。サマンサは冒険者としての活動をつづけながらも、必死に頑張ったであろうことは想像がついた。

 まだ少しの寂しさはぬぐえなかったが、それでも懐かしそうに笑うサマンサの様子に、アリアたちもあの人が誰なのかもう確信していた。


「それからも三年間、脇目も振らず仕事を頑張ったわ。冒険者時代から何度か他の人に告白されたけど、私にはあの人しか見えなかったからね。勿論断ったし、あの人にもずっと恋愛感情を見せなかった。だってあの人にまずちゃんとした大人として認めてもらうのが先で、それからじゃないと恋愛対象として見てもらえないと思っていたからね。いやー、我ながらあの頃は頑張った」


 自画自賛だったが、サマンサと同僚だったことのあるアリアには納得できる話だ。アリアがギルド職員になった四年前からずっと、サマンサは頼れる先輩だった。


「そしてあの人に仕事で頼ってもらえるようになって、それからも普通に会話を重ねて外堀を埋めていき、ようやく私を孤児院の子供ではなく、一人の大人として認めてもらったと確信してから、私はまたあの人に告白したの。ふふっ、あの時は驚いていたわ。昔、成人してすぐに告白されたことは覚えていたけど、まさかいままでずっとその気持ちが変わらないなんて思ってもみなかったようね」


 思い出してくすくすと笑うサマンサ。よほどその時のあの人の様子がおかしかったのだろう。同時にアリアたちの脳裏にも、まるで見てきたかのようにそのシーンが浮かんだ。


「でも相手もさるものでね。すぐにOKは出なかったわ。年齢差も結構あったし、彼には既に一人奥さんもいたから、私は二人目になるしね。絶対あの時だって悪い気はしてなかったはずだけど、まあ慎重になるのは理解できるわ。俺にはもったいないとか、もっと若いやつがとか色々言ってきたけど、ここまで来たら押せ押せよ。私は諦めずに好意を伝え続けたわ」


 誇らしげにサマンサは笑う。


「実は彼の奥さんにだけは、ずっと前から私の気持ちを伝えていたの。本気なら応援するわと、いろんなアドバイスをくれた。ここまで告白を我慢したのも彼女のアドバイスだったし、告白されたとあの人が奥さんに相談していたのも、私には筒抜けだった。おかげで彼の気持ちの変化は、手に取るようにわかったわ」


 さもありなんと、特にエルザが大きく頷く。エルザも世話になった彼の奥さんは、冒険者としての実力はもちろん、女性としての懐も深い、女傑といってもいい存在だ。


「彼が私の気持ちを受け入れてくれたのは、私が告白してから一年後だったわ。あの時の彼は……。ふふっ、これは私たちだけの秘密ね」


 彼――グレッグにとっては幸いなことに、どうやら勝手に告白プロポーズをばらされるという、男として最悪の事態は避けられたようだ。


「まあ、私の場合はこんな感じよ。私の場合は相手がかなり年上だから、あんまりあなた達には参考にならないかもしれないけどね」


(((すごく参考になります!)))


 秘密なので言えないが、ジンの前世を考えると、アリア達もサマンサ達以上の年齢差があった。


「それにあなた達は三人とも気持ちは同じでしょう? 彼があなたたちの誰を受け入れるのか、もしくは三人とも受け入れるのか。そして彼が一人だけを選んだ場合、他の二人は諦めるのかしら? いえ、もしも誰も選ばなかったら? そのあたりはジンさん次第だけど、覚悟はしておかないとね」


 サマンサが一番親しいのはアリアだったが、この件に関してだけは同じように全員を応援していた。

 だが彼女達の事を案じつつも厳しいその言葉に、アリアたち三人は顔を見合わせると破顔して頷きあう。そして言った。


「「「ありがとうございました!」」」


 彼女たちはパーティメンバーであり、恋敵ライバルであり、そしてかけがえのない友人なのだ。

 ジンがどんな答えを出すにせよ、彼女たちの答えは決まっていた。


 その後、部屋から出てきたアリアたちに失言を謝るグレッグに対し、どこか生暖かい視線が向けられたとか向けらなかったとか。

 いずれにせよ、今回の出来事以降、少しずつジン達の関係に変化が出てくることになる。


 トウカという新しく加わった家族の存在、それは彼らに何をもたらすことになるのだろうか。それは今後語られていくことになる。


お読みいただきありがとうございます。


ジンが出ないのでちょっと閑話っぽくなってしまいましたが、お楽しみいただけたら嬉しいです。

ただ、前話も含めて構成を見直した方がいいかもしれませんね。難しいです。


また、amazonで書籍版の表紙が公開されました。よろしければご覧ください。


ありがとうございました。

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