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新しい家族を迎えて

 リエンツに無事帰ってきたジン達は、オルト達と別れた後まっすぐ自宅へと向かった。

 まだ日が落ち始める時間ではないが、自宅を1か月以上も空けていたので、早めに戻ってする事があったからだ。


「ここが今日からトウカが住むお家だぞー」


「わー、おっきいー」


 この度正式にジンのものになったリエンツの自宅は、確かに周辺の家より大きく、敷地も広い。ここに住むことを想像したトウカの目はキラキラしていた。


「トウカにもお掃除手を伝ってもらうからな?」


「うん! お掃除頑張るよ!」


 元気よく答えるトウカにジンの目じりも下がる。そしてジンはそのまま笑みを深くして言った。


「でも、その前にこの家を探検するぞ! トウカ、行くぞー!」


「きゃー! 行くぞー!」


 玄関に向けて駆け出すジンに、トウカも楽しそうに笑いながら後に続いた。


「ふふっ、息ぴったりね」


「もう完璧親子だな」


「ジンさん、可愛い」


 残されたアリアたちも、はしゃぐジンとトウカの二人を笑顔で見つめる。最後のレイチェルの感想が微妙にずれていたが、似たようなことは大なり小なりアリアとエルザも思っていた。だが、こうして彼女達が客観的に見らていれるのも長い時間ではない。


「おねえちゃん達も行こー?」


 出遅れたアリアたちを待ち、玄関ドアの前で呼びかけるトウカ。それは律儀なだけではなく、皆一緒の方が楽しいからだ。そのすぐ隣には、茶目っ気たっぷりに微笑むジンがいる。


「「「すぐ行く(きます)!」」」


 答えるアリアたちも、負けず劣らずの笑顔だった。


 こうしてジン達は、トウカを案内しながら家の中を見ていく。幸い少し埃がたまっているくらいで、家の状態に特に問題はないようだ。一階を確認した後は、二階の探検だ。


「よしトウカ、ついてこい。私の部屋にいくぞ!」


「うん!」


 二階に上がってすぐ、エルザがトウカと連れ立って自分の部屋へと向かった。二人とも楽しそうで何よりだと、思わずジンは笑みをこぼした。


「ふふっ、ちょうどいいから、二人もトウカに自分の部屋を案内してくれる? 俺も自分の部屋にいるから、終わったら一緒に来て」


 いくらトウカを案内するという名目があるとはいえ、ジンにこれ幸いと妙齢の女性の部屋にお邪魔する気はない。女性との同居ということで、ジンはそのあたりの線引きはキッチリしていた。

 そんなジンの気遣いに苦笑しつつも、承諾したアリアたちは言われた通りトウカを自らの部屋に案内した。


「お姉ちゃんたちのお部屋も綺麗だったよー」


 最後にジンの部屋へとやってきたトウカは、少し興奮気味だ。だがそれも無理はない。この家の設計は転生者である元日本人によっておこなわれており、この世界ではスタンダードなものではない。特に玄関で靴を脱ぐという行為は、トウカも父親から故郷の習慣として話だけは聞いたことはあったが、実際にしたのは初めてだ。他にも個人宅でありながら存在するお風呂も、トウカには驚きだった。


「広いねー、ここがお兄ちゃんの部屋なの?」


 ジンの部屋は、主寝室ということもあってアリアたちの部屋の倍近くの広さがある。ただ、ジンには便利な『無限収納』があるので、目立つ家具はベッドと机くらいだ。あまり物が置いていない為、女性陣の部屋と比べるといささか寂しい部屋といえる。


「そうだよ。ちゃんとしたトウカの部屋が出来るまでこの部屋にベッドを入れるから、しばらくはトウカの部屋でもあるよ」


「わあ! お父さんと一緒は嬉しい! ずっと一緒でもいいよ?」


「ははっ、トウカがそう言ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんとトウカの部屋もつくるからね。それじゃあ、トウカのベッドを買いに行こうか。俺は掃除をするから……そうだな、アリアがトウカと一緒に行ってくれる?」


「はい、わかりました」


 こうした時は、やはり年長者でもあるアリアが一番安心して任せられる。アリアも否はなかったが、トウカは少しだけ不満そうだった。


「トウカもお掃除するよ? 寝るのはお父さんと一緒のベッドでいいし」


「「「それは駄目」」」


 ジンがいうより早く、アリアたち三人が反応した。決して強い口調ではなかったが、間髪入れず飛んできた駄目だしに、目をぱちくりさせるトウカ。

 大人であるアリアたちが子供のトウカに嫉妬するはずもないが、反対の理由に世間の良識以外の要素も幾分か混じっていそうなのもまた事実だった。


「お姉ちゃんたちの言うとおりだよ。トウカも9歳なんだから、もう一人で寝ないとね。ん~。そんなんで自分の部屋が出来たとき、一人で寝れるのかなー?」


「できるもん! もういいもん、お父さんと一緒に寝てなんかあげないんだから」


「あ~トウカが怒った~。逃げろ~」


 あくまでもアリアたちの反応は世間の良識ゆえとしか思わないジン。だが、ジン自身トウカの事を子供、しかも娘としか認識していないので、これは擁護の余地があるはずだ。

 おどけるジンにトウカもすぐに機嫌をなおし、楽しそうに笑い声をあげながら逃げるジンの後を追った。


「何してるのかしら、私」


 その場に残され、我に返ったアリアがそうこぼすと、エルザとレイチェルも同意して恥ずかしそうに身を縮めた。

 彼女たちもお年頃ということなのだろう。



 こうしてトウカのリエンツでの生活が始まったが、一緒に暮らすとなると、やっておかなければいけないことが沢山あった。


「トウカです。よろしくおねがいします」


 リエンツに帰ってきた翌日、ジンとトウカは帰宅と家族が増えた報告に、お世話になっている各所をまわっていた。


「おう! トウカちゃんか。お父さんには俺も世話になってんだ。こっちこそよろしくな」


 そういって豪快に笑うのは、ジンがよくいく肉屋の店主だ。この商店街が今日の挨拶まわりで残った最後の場所で、留守の間も気にかけてくれたご近所さんや、トウカがジン達が冒険中にお世話になる孤児院に、グレッグやガンツ、ビーンといった関係の深いところには既に挨拶済みだ。当然クラークを訪ねた時は、神殿でトウカと一緒に祈って神様に家族が出来た報告もしていた。


 皆ジンが子供を引き取ったことに驚きを隠せなかったが、それはそうだろう。18歳の若さで9歳の子持ちになるなど、本来なら考えられない話だ。だが、それでもジンならしっかり親としてやっていけると、最終的には皆ジンの決断を後押ししてくれていた。特に奥様方の「困ったことがあったらいつでもおいで」の言葉は、新米パパのジンには心強いものだった。


 この挨拶まわりには当然アリア達も同行していたが、この商店街には彼女達の姿は見られない。

 そうなった理由は、皆で神殿を訪れた後、冒険者ギルドに依頼達成の報告と挨拶に行った際の出来事にあった。


「おい! あれ!」「え、うそ!?」「わー可愛い」


 久しぶりに訪れた冒険者ギルドは特に変わりなく、ジン達はいつものように受付にいるサマンサのところへ向かっていた。だが、いつもと違うのはむしろジン達の方だ。

 ジンの手を握ったまま興味深げに周りを見ているトウカの姿は、確かにいつものジン達にはないものだ。

 ここしばらく見ていなかったと思えば、子供連れでやってきたジン達。それを見た彼らが思うのは、多くは久しぶりという感情だ。ただ、中にはちょっとぶっ飛んだものが混じっていた。


(いつの間に子供を作ったんだ?)


 ヒソヒソ声で聞こえるその感想は、いくらトウカが年齢より幼く見えるとしても、時間軸を飛び越えたあり得ないものだ。突然のことで混乱しているのと、それだけ小さなトウカといるジン達の姿が自然なものだったのだろう。とはいえ、弁護はできない発想だ。


「お、帰ったか。……ジン、それで誰が母親だ?」


 サマンサから連絡を受けたのか、現れたグレッグが極めつきの疑問を投げかける。流石にグレッグはバカではないので、恐らくはギルドが微妙な空気になっているのを察して代弁したつもりなのだろう。もちろん、多分にからかう気持ちがあるのも間違いない。


「口を閉じてください、ギルド長」


「殴りますよ、ギルド長」


「空気を読んでください、ギルド長」


 トウカの母親に見られることは望むところなアリアたちも、事実無根なところで詮索を受けるのはいい気持がしない。久しぶりに復活したアリアの冷たい無表情にエルザやレイチェルもならい、静かな口調で一刀両断に斬り捨てる。大人しいレイチェルにまでそんな反応をされて、さすがのグレッグもタジタジだ。


「グレッグさん、その質問は彼女たちに失礼ですよ。この子はトウカ、王都で出会って私が娘として引き取ったんです。トウカ、この人はグレッグさん。俺達がお世話になっている冒険者ギルドの人だよ」


「こんにちは。ジンお父さんの娘になったトウカです。よろしくお願いします」


 ここでようやく誤解は解けたが、無遠慮な視線に晒されたアリアたちの顔は未だ晴れない。

 それはこうした詮索が不快だっただけではない。彼女達にトウカに対して格別の親愛の情があるからこそ、あくまでトウカはジンの娘であり、自分たちはただの同居人でしかない現状を思い知らされたのだ。


「トウカちゃん、私はお父さんたちの友達のサマンサよ、よろしくね」


「トウカです。よろしくお願いします」


「ふふっ、可愛いわね。ねえジンさん、ちょっとアリアたちを借りてもいい? お話ししたいことがあるの」


 窮地のグレッグに妻のサマンサが助けに入る。サマンサはそのままアリアたち3人を連れて別室に移動した。


「グレッグさん、女性に対してあれはいけませんよ」


「ああ、すまん。さすがに拙かったな、あれは。トウカもすまんな。お姉ちゃん達を怒らせちまった」


 アリアたちの真意には気付いていなかったが、流石にジンも一言釘を刺さなければならなかった。ジンだけでなくトウカにも謝るグレッグに、彼女はフルフルと首を振る。


「おねえちゃんたちは、グレッグさんに怒っているんじゃないと思います」


 ここに来る前に挨拶した近所のおばさんに、可愛い娘が出来たわねと似たような事を言われた時はどうもなかったのだ。トウカもアリアたちの思いが正確にわかっているわけではなかったが、単にからかわれて怒ったわけではないことぐらいは感じていた。

 ともすればアリアたちがトウカの母親に見られることを嫌がっているようにもとれるが、トウカがアリアたちの事が大好きなように、アリアたちも同じくらい自分の事を好きでいてくれているのは実感していたので、幸いその発想にはならなかったようだ。


「そうか」


 女性に対する洞察力で9歳の子供にも負けるこの有様は、ジンとグレッグが駄目なのか、それとも男だから駄目なのか。 

 それは定かではないが、ジンも自分との子供と思われるのは流石に嫌だったのかなと、勘違いして少し落ち込んだ気分になっていた。こう考えると、これはある意味いい刺激になったのかもしれない。

 こうしてジンはアリアたちの相手をサマンサに任せ、トウカと二人だけで挨拶回りを続けることになったというわけだ。




 そして商店街での挨拶を終えたジンは、トウカと共に帰路にあった。


「お父さん、いっぱいだね」


「いっぱいおまけしてもらったな。トウカは重くないか?」


「うん、大丈夫だよ」


 新しく増えたトウカという娘の存在を歓迎し、そして久しぶりにリエンツに戻ってきたジンにお帰りの意味を込め、商店街の店主達は挨拶がてら買い物をするジン達にたくさんのおまけをつけてくれた。

 結果として、ジンの荷物は両手で抱えないといけないほど多い。トウカもお手伝いと、かさばるが軽いものだけをジンと同じように抱えて歩いていた。


 そんな大荷物を持ちながらも、二人は楽しそうに笑っている。

 夕日に浮かぶ並んで歩く二人の影は、寄り添うように一つに重なっていた。

お読みいただきありがとうございます。


私の書き方が悪く、主人公の行動や考え方の説得力というところで、うまくいっていない場合があるようです。書籍化作業をしていると、「ここらへんがくどかったかな」とか思う事もあります。

こうして気づかせてくれ、考える機会になりますし、非常に参考になりますので、ご意見やご感想は本当にありがたいです。

よろしければ今後とも良い悪い含めてご意見やご感想をいただけますと嬉しいです。その際には具体的であればあるほど助かります。過去の話についても大歓迎です。


より気持ちよく、面白く読んでいただけるために努力していきますので、今後ともよろしくお願いします。

ありがとうございました。

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