やっかいなお願い
トウカとの一件から数日が経った。
ジン達は王都のギルドで近場の依頼を受け始め、既に数件こなしている。
勿論あの夜の飲み会で決めたように、トウカに会う為に孤児院にも暇を見つけては顔を出している。ただ、他の子達もいる手前トウカばかりに構うわけにはいかないので、出来るだけトウカを誘って皆で遊ぶようにしていた。
そんな王都での生活にも慣れてきたジン達は、今日も依頼を達成してギルドに戻ってきていた。
「やっぱり王都周辺は強い魔物は出ないんだな」
依頼達成の手続きを済ませ、掲示板で次の依頼を物色しながらジンがぼやいた。
ジン達が探している日帰り可能な近場の討伐依頼は、今回も変わらずどれもDランク以下のものばかりだった。確かに王都周辺で強い魔獣が出ては困るので、これで良いと言えばそうなのだが、ランクに見合った依頼が出来ないというのも悩みどころなのだ。
「まあ、近場だから仕方がないだろう。それよりこれなんかどうだ? 今日やったやつ程じゃないが、掲示してから2週間くらい経っているぞ」
エルザが指差したのは、討伐依頼ではなく採取依頼だ。ただいつもの常時依頼とは違い、探すのが難しかったり、採取地が危険な場所にあったりするなどの理由で難易度が高い依頼だ。
当然この王都周辺に採取地はなく、本来なら近場の依頼を探しているジン達にとっても敬遠すべき依頼だ。
「ちょっと見てみる」
だがジンはエルザが指した依頼に目を通すと、そのまましばらく僅かに眼球を揺らしながら虚空を睨み続ける。そして少し後に笑顔で口を開いた。
「うん、大丈夫みたいだ。それじゃあ、これを受ける事でいいかな?」
「「「了解(です)」」」
傍目にはジンが何を以て大丈夫としたのか根拠がわからないだろうが、エルザ達は迷いもなく了承する。
勿論その理由は、ジン達が共有する秘密である『地図』の存在だった。
「(もう慣れたけど、やっぱ反則だよな)」
そもそも採取依頼というものは、いかにして見つけるかという事が最も重要で難しいポイントだ。
しかし、先程ジンは『地図』を使って依頼品を検索し、簡単に存在する場所を特定した。いくら能力の使用に悩む事は無くなったとは言え、ジンが若干の後ろめたさを感じたのも無理はない。
今回は幸いにして王都の周辺に必要な数が点在していたので、若干遠い距離にある密集地への日帰り弾丸ツアーを組む必要はなかった。とは言え流石に数も少なく広範囲に点在しているので、結構な時間はかかるはずだ。
だがそれでも夕方くらいまでには帰って来れるだろうという事で、今回はこの採取依頼を受ける事に決めたのだ。
また、こうした点在する薬草の元になる種は、風に飛ばされたり動物の糞や冒険者等の衣服に付着したり等、偶然とイレギュラーによって運ばれるものだ。その為、運ばれた先の多くは生育条件が合わず、ほとんどは一代限りなので、それを採取する事に関しては罪悪感を覚える必要が無いのが救いだった。
そうして順調に王都での冒険者生活をこなしているジン達だったが、先日行った運動場での訓練の一件もあり、周りの冒険者達から色々な意味で熱い視線を送られていた。
純粋に能力を見る者、女性達の外見に魅かれる者、その他何を求めているかは様々だが、共通しているのは自らのパーティに組み込めないかという事だ。
実際引き抜きの話もいくつか来ていたが、その数は予想していたよりも遥かに少なかった。
それは一つにジン達の実力が高すぎるという理由があった。と言うのも、それなりの冒険者となれば、ほとんどの者は自分の実力を正確に把握する事が生死に直結すると、骨身に染みて理解しているものだ。
だからジン達が運動場で見せたCランクとは思えない高い実力は、とてもではないが自分達にはついていけないと、彼らに勧誘を思いとどまらせる充分な抑止力になった。
ただその話を間接的にしか聞いていない者や、ランクだけはジン達より高いBランクの冒険者の中には、それだけでは思いとどまらない者もいる。だがその場合でも、現在のパーティを離れて移籍するメリットを提示しなければならないのは同じだ。
例えば、引き抜きを考えている相手が人間関係がうまくいっていなかったり、お金に困っていたりするならば話は早い。それに代わる条件を提示すれば可能性はあるだろう。しかし、ジン達『フィーレンダンク』にそうした引き抜きの要因となる問題はない。
だから、それでも誘いをかける相手というのは、大別すると三つに分けられる。
ジン達と同等以上の実力を持つか、そう勘違いしている馬鹿か、そして最後に何も考えていないかだ。
「お前が『木剣』か!?」
そう声をかけられたのは、ジン達が孤児院へ向かう途中の事だった。
ジンの視線の先にいるのは、まだ少年の面影を色濃く残す若い男だ。見た目の年齢からして恐らく成人したばかりの冒険者と思われるが、それにしては初心者には高いマッドブルの皮鎧に加え、拵の良い長剣を腰に差している。
こうなるとこの男は若さに見合わない実力者か、もしくは親が裕福かのどちらかになる。
「初めて会う。私はオストブル伯爵家三男のクリストファーだ。クリスと呼ぶことを許そう」
結果は後者だった。その愛称に若干の懐かしさを感じつつも、ジンは王都に来る前にグレッグから受けた貴族への対応について思い返していた。
ジンが住んでいるこの国の名は、ナサリア王国。その名の通り、王と貴族が政を行っている国だ。
ただ国のトップたる王の権力は大きいが絶対ではなく、その下にある貴族達からなる議会の力を無視する事はできない。いかに王と言えど、議会の承認なしに発令は出来ない仕組みになっている。
そしてここでいう貴族は、先祖代々そうである必要は無い。平民でも一般に貴族試験と呼ばれる資格試験に合格し、かつ五年に一度行われる選挙で選ばれると、貴族となって議員として働けるようになるのだ。これに譜代貴族の議員を合計したのが、この国の議会を運営する議員となる。
ただ、ここでいう貴族位は、あくまで議員である間だけ限定の資格のようなものだ。四期20年以上連続で勤め上げて初めて、男爵の位を授与されて正式に貴族として叙せられる事になる。
ただし、貴族としての権利は一代限りのものだ。あくまで貴族なのは本人だけで、その子には権利は引き継がない。しかし本人が生きている限りは議員を辞めた後も年金として貴族報酬が貰えることになるので、これが特権と言えるだろう。
では伯爵家はどうかと言うと、子爵家以上は譜代貴族となり、代々続いていくものだ。ただあくまで家を継ぐのは一人だけなので、このクリスの三男という立場は微妙なものになる。
跡継ぎの心配がいらなくなると、成人後は一代爵である男爵として別家を立てるしかない。その場合も俸給はもらえるが額は多くない為、国に役人として仕えるか、もしくは民間で生計を立てるかの選択を迫られることになる。そこでクリスは冒険者を選んだのだろう。
だが未だに伯爵家の三男と名乗っているということは、今後想定される独立の為の準備という事なのかもしれない。
その彼がジン達に声をかけてきた理由は、次のようなものだった。
「お前達に頼みがある。俺達をお前のパーティに入れてくれ」
クリスがここで俺達と言っているように、クリスは一人ではなく、彼の後ろには二十歳前後と思しき女性冒険者が控えていた。頭にある猫耳から、獣人である事が窺える。
「クリス様のお付をしているコロナといいます。よろしく!」
貴族に仕えているとは思えない軽い口調で挨拶をするコロナだったが、その口調とは裏腹に顔には申し訳なさそうな表情を浮かべている。クリスよりも年長者である彼女自身は、この頼みが無茶な事である事を理解していたのだ。
「一応レベルと冒険者ランク、それと得意とするスキルを聞いてもいいかな?」
これまでも物事の道理を無視した態度には厳しい対応をしてきたジンだったが、このクリスの物言いは若干横柄ではあっても悪意は感じられない。
なので強硬な態度はとらずに一応情報を尋ねてみはしたが、それでも現段階では彼らをパーティに加えるという選択肢はなかった。
「私のレベルは5、冒険者ランクはE、得意なのは剣だ。コロナはレベルが18、ランクはC、得意なのも同じ剣だったよな?」
「そうです。一応弓も得意ですけどね」
「…… ……(これが噂に聞く貴族の思考なのか?!)」
クリスから視線を向けられていない間は常に申し訳なさそうなコロナはともかく、ほぼ初心者であると一切悪びれることなく発言するクリスの態度に、ジンは絶句しつつ変な驚きを感じていた。
少なくとも初心者がいきなり初対面でBランク昇格も近いパーティに入れて欲しいなど、普通なら断られるとわかりきった話だ。
「残念だがレベル差が開きすぎている。悪いが断らせてもらう」
ジンは一瞬呆然としてしまったが、一応メンバーに視線で確認をした後にそう結論を伝えた。
決してレベルやランクが全てとは思わないが、彼らの人柄も分からなければ実力が高いとも思えないこの状況では、断る以外ありえなかった。
「なっ!? 何故だ? 確かにまだ私は成長の余地が多いのは間違いないが、才能はあると言われているんだ。すぐに追いついて見せるし、損はさせないはずだ。コロナだって私の護衛を任されるぐらいだから腕は立つんだぞ!? それにお前たちだって四人は少ないだろう? 私達が入れば六人になって丁度いいじゃないか!」
やはり本人としては、断られるとは全く思っていなかったのだろう。クリスは動揺を隠せなかったが、言っている事は何一つジン達がパーティに加える理由にはならなかった。
「(才能があるって、家庭教師か誰かにお世辞でも言われたのかな? もし本当に才能があっても今は5レベルだし、その気があれば王都には迷宮があるんだから、もうちょっと上げられるんじゃないか? コロナさんもCランクなんだしそれなりに腕は立つとしても、どのレベルまでの腕を持っているか見た訳じゃないし。パーティだって確かに五人組とか六人組が多いけど、四人組だって結構いるんだけどな)」
流石にここで押し問答するつもりはないジンは、黙ったまま心の中でそう考えていた。
本気でパーティに入れると思っていたクリスに驚くばかりだが、それでもジンは一つだけ感心している事があった。
「(貴族の立場を理由にはしないんだな。うん、クリスという名前なんだから、そうでなくては)」
クリスが貴族に関係する事を発言したのは、最初の自己紹介の時だけだ。
どうやらこのクリスは些か常識に欠けている所があっても、グレッグに注意するように言われたごく少数いるという勘違い貴族ではないようだ。
ジンは久しぶりにゲームの最後に友人となったクリスを思い出し、トラブルに巻き込まれた状況下でありながら少し穏やかな気分になっていた。
「それに……」
「クリス様」
なおも言いつのろうとするクリスをコロナが止める。
「差し出がましいようですけど、ここは一度退いた方がいいと思いますよ。『木剣』さんはちゃんと断る理由を言いましたし、クリス様があきらめないのなら作戦を決めなきゃですよ。ね?」
「誰があきらめるものか! ええい、わかった。……それではまた来る! 失礼する」
本人もこのままでは無理だという事は理解していたようだ。
クリスは悔しそうではあったがコロナの意見を受け入れ、意外にあっさりとその場を去って行った。しかも何だかんだで去り際にはちゃんと挨拶をしており、やはり性質はそこまで悪くないようだ。
そして護衛であるコロナも、最後に口パクでごめんねと言い残し、申し訳なさそうに頭を下げてからクリスの後を追うのだった。
「何か、凄かったな……」
去っていく彼らの後ろ姿を見ながら発せられたこのエルザの感想は、ジン達全員が共通して感じていた事だ。
「ですが、何でも自分の都合の良いように考えるのは貴族の人らしいですけど、悪い人ではなさそうですね」
このレイチェルの台詞に、他の皆も頷く。貴族らしい尊大さは少し見られたが、どこか憎めない所があの主従にはあった。
「しかし「あきらめない」ですか……。ちょっと大変かもしれませんね」
最後にぼそっとアリアがこぼすが、これはこの後の騒動を予見していたのかもしれない。
ジン達は顔を見合わせ、そして深くため息を吐いた。
この国の貴族は領地は持っていません。ただ代々代官を務める街や村などは存在します。
それでも領地ではないので税収はすべて国庫に行き、貴族は爵位に応じた貴族報酬と、やっている仕事に応じた給料の合計が収入になります。
とまあ、他にも色々と考えましたが、無駄に長くなりそうだったのでカットしました。そのうち本編に入れ込むか、最悪活動報告で発表するかもしれません。
それでは、今回もお読みいただきありがとうございました。