表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/207

女の子

 久しぶりに完全別行動となった中、女性陣はそれぞれに充実した時間を過ごしていたが、それはジンもまた同じだった。


「(流石王都だな! 色々手に入ってウハウハだ~)」


 王都に来てから既にいくつかの食材を入手していたジンだったが、やはり本格的に動くと効率が上がるものだ。ジンはたくさんの食材や調味料を手に入れることが出来て上機嫌だった。


「(やっぱ鰹節や昆布が手に入ったのは大きいよな。昆布はともかく、鰹節なんて絶対無理だと思ってたのに)」


 味噌や醤油もそうだが、鰹節も肝となるのは菌だ。今回ジンが入手したのも、荒節ではなく本枯節と呼ばれるカビ付したものだ。まず間違いなく転生者が関わっていたのだと思うが、再現にはかなりの困難を伴った事だろう。鰹節を販売していた店主が言うには、少なくとも数百年前から作られているが、一般にはあまり知られていないそうだ。それは恐らく鰹節を再現した転生者の配慮もあったと思うが、それ以上に下地として文化の違いから根付きにくかったのだろう。

 現在では店主が住んでいる地域では日常的に使われる様になっていたものの、それ以外では今でも昔から付き合いのある所にその多くを卸すのみなのだそうだ。この店主はその現状に甘んじるを良しとせず、少しずつでも鰹節の認知度を高めようと、こうして王都に出て直接販売していたのだ。


「(結構高かったけど、良い買い物だったな~。今度は何を作ろうかな。楽しみだ)」


 今回ジンが購入した食材や調味料は昆布や鰹節以外にも数多くあり、この機会を逃すまいと大量購入した事もあって、現段階でも優に小金貨5枚(約50万円)を超えている。しかし、その甲斐あって欲しかった物はほとんど買えたと言っても良いだろう。迷宮探索等で今ではかなりのお金を稼ぐ様になったジンにとってはそこまで大金という訳ではなかったが、やはり買い過ぎな面は否めないだろう。しかし別に日本料理にこだわるつもりはジンになかったが、そもそも精々家庭料理レベルの腕しかなかったジンにとっては、使い慣れた食材や調味料があると安心するのだ。

 ちなみにジンはお金を自分個人の資金とパーティ資金と転生時に持っていた資金の三つに分けて管理しているが、これらの食材の代金は自分のポケットマネーから出している。本来ならパーティ資金から出して良いのだが、こうなったのはジンも買い過ぎを自覚しているからだろう。だが、それでもなんだかんだでジンは幸せだった。


「(あとはアレ・・が見つかればな~。確か自分でも作れるはずだったけど、流石にアレを自作しようとは思わなかったんだよな。)」


 ここでいうアレとは、ジンにとって醤油と並ぶ日常的に使用していた調味料だ。だが、残念ながらこの王都でも未だ発見できていなかった。そんなあまり喜ばしくはない状況なはずなのに、何故かジンの表情は明るい。


「今度は西地区の方に行ってみようかな。さーて今度は何に出会えるかな~」


 ジンはここでも食材探しという休日ぼうけんを楽しんでいた。





「ん?」


 そうして食材探しに王都中を回っていたジンだったが、ふと自分の後をついてくる気配を感じた。すぐにその場で立ち止まり振り向いてみたが、普通に街ゆく人々が見えるだけで、特に怪しい人影はない。一応『地図』を出して確認するも、そこに敵意を持つ相手を示すレッドマーカーはなかった。


 ここで確認しておくが、ジンは今回の食材探しでは『地図』の検索機能は一切使用していない。『検索』は探し物に便利な機能なのだが、今は発見や出会いを楽しむのも目的の一つなのであえて使わなかったのだ。


「(……ん~、やっぱりついて来てるみたいだな。)」


 気のせいかとも思ったジンだったが、念のため『地図』を出したまましばらく行動していると、やはり一つの光点が付かず離れずついてきているのが確認できた。


「(害はないみたいだけど、どうしたものか……)」


 いつもなら害が無いならば放っておくのだが、ジンは何となく気になるものを感じていた。




 そうしてジンが悩む少し前に時間は遡る。

 ジンが西地区に移動する途中に、以前行った事のある孤児院があった。ジンは今回は寄らずに校庭で遊ぶ子供達に目を細めつつ通り過ぎたが、そのジンにある一人の子供が気付いた。


「(あの時のお兄ちゃんだ)」


 その子供は、だるまさんが転んだを遊ぶジンを見て「お父さん」と漏らした銀髪桃眼の女の子だった。


「(あのお兄ちゃんとお話したい)」


 それは女の子があの時からずっと思っていた事だったが、少し内向的な彼女は沢山の子供達と遊んでいるあの輪に入っていけなかったのだ。ジンが帰った後もずっと話をしたくて仕方が無かったが、ジンがどこの誰かも知らないのでただ我慢するしかなかった。しかし、そのジンが今は一人で歩いているのだ。


「(……うん!)」


 女の子は気付いてからずっとジンを見つめていたが、ジンはその視線に気付かず孤児院から離れていく。去っていくその背中をじっと見つめていたかと思うと、女の子は何かを決心した様子を見せ、座っていたベンチに手に持っていた絵本を置くと立ち上がる。そしてそのままジンの後を追って駆け出した。

 ここで普通なら子供達を見守る職員が気付くのだが、女の子は大人しく手のかからない子を認識されていたため、全く注意を払っていなかった。そして職員達が女の子がいない事に気付くのは、子供達の遊びの時間が終わった後だった。




「(どうしよう。どうしよう。)」


 そして時は現在に戻るが、女の子はジンの後をついていったものの、ずっと見ているだけで未だ話しかける事が出来ていなかった。

 元より大人しい彼女が孤児院を抜け出してジンの後をつける段階で、その勇気はほとんど尽きていたといってもいいかもしれない。この時間帯は子供達は皆孤児院等で勉強している事がほとんどな為、周りを行くのは大人ばかりだ。そんな大人達にじろじろ見られ、その目を避けるように移動する女の子は委縮しており、かなりいっぱいいっぱいだった。


「(お話したいのに……)」


 声をかけたいのにかけられない、そんな自分が悔しくて、女の子の目が涙で滲みそうになる。自分から声をかけなければいけないのも分かっていたし、泣いても始まらない事は理解していた。だが、まだ幼い女の子はもう限界で、涙腺が決壊するのも時間の問題だった。目元をぐしぐしと袖で拭うが、涙を完全に拭う事は出来なかった。


 そんな女の子は自分の事でいっぱいいっぱいだった為に、すっかり周囲に注意を払う事を忘れていた。涙を我慢する為に目線はジンから離れていたし、自分が身を隠しているその場所が大きな樽をいくつも積んだ馬車の影である事にも気づいていなかった。

 そしてその時、バキンと何かが割れるような異音がした。




「行ってみるか……」


 一方少し対応に悩んだジンだったが、どうにも気になってしまったので結局は確かめてみる事にした。自分に敵意を持っている訳では無い事は分かっていたので、別に問題にはならないだろうという些か楽観的な見込みもあった。ただ『地図』の事がばれないようにしないととは思いつつ、ジンは自分を付けてきた人物を探し、ゆっくりと来た道を戻る。

 少し前から感じていた気配をたぐったジンの目に映ったのは、想定していた大人ではなく小さな子供だった。


「おやおや」


 予想外の人物に少し気が抜けたジンだったが、すぐに子供が一人でこんな所にいるのが可笑しい事に気付いた。これは保護しなければと足を踏み出すジンの目に、しゃがみ込む女の子のすぐ横にあった馬車の荷台で揺れる大きな樽が飛び込む。ジンの血の気が音を立てて引いた。


「危ない!」


 すぐさまジンは『急加速』で女の子の元へと走る。同時に声を上げて危険を知らせるが、女の子までにはまだかなりの距離があった。

 ジンの声は女の子に届き顔を上げるが、その視界に映るのはこちらに向かって走る真剣な顔のジンの姿だ。勝手に孤児院を抜け出した罪悪感もあり、咄嗟に怒られると思った女の子は体をこわばらせる。


「そこから離れるんだ!」


「(離れる? 怒ってるの?)」


 続けて発せられたジンの叫びも、混乱する女の子にはうまく伝わらない。この時周囲の人間も何事が起きているか気付き始めていたが、咄嗟に行動できたのはジンしかいなかった。

 どうしたんだろうと女の子がジンの視線をたどって横を見上げると、今まさに倒れんとする大きな樽が目に映った。


「っ!?」


 驚きの余り叫ぶこともできず、咄嗟に女の子は頭を手で覆ってそのまましゃがみ込んでしまう。防衛本能としてはそうなるのだろうが、これで女の子はその場から完全に全く動けなくなってしまった。

 

「(まずい!)」


 高いステータスを活かし、スキルも使って全速で走るジンだったが、樽は既に倒れ始めていた。このままでは樽との間に滑り込むことも、女の子を突き飛ばす事も不可能だ。加速した思考の中でジンは考える。諦めるという選択肢はジンには無かった。


「(いけるか?! いや、やってみせる!)」


 届かなければ届かせればいい。ジンはその場に少しでも体を近づけようと、勢いを殺すことなく地面を蹴って飛び込む。そして数歩の距離を縮めるべく、倒れ込む樽目がけ木剣をすくい上げる様に振るった。


 ガッ!


 木剣の長さをプラスしても、樽まではギリギリの距離だ。ジンは空中で必死に体を伸ばし、かろうじて木剣の剣先が樽に触れる。だが無理な体勢から振るわれた木剣には、樽を押し返す力が足りなかった。だから同時にジンはスキルを発動した。


衝撃インパクト!』


 打撃力を増したその一撃に押され、勢いよく樽が跳ね上がる。それと同時に過剰な打撃力が樽を壊し、その破片が女の子を襲う。だがそれはジンも織り込み済みだ。


「(南無三!)」


 思わずおまじないを唱えつつ、ジンは表示させっぱなしだった『地図』のウィンドウを破片と女の子の間に滑り込ませる。地図やステータス等を表示するウィンドウは、メモ帳としても活用していたように触れる事も可能だった。それを女の子を守る盾として使う、勿論試したことなどないし、出来るかどうかは賭けだった。しかし、ジンはその可能性に懸けたのだ。

 初めからウィンドウを盾として使わなかったのは、何処まで離れた所に出現させることが出来るか分からなかったからと、樽の重量を防げるのか等、確実性に不安があったからだ。

 そしてジンは滑り込ませたウィンドウにわずかに遅れてそのまま破片舞い散る中に飛び込むと、ウィンドウの上から女の子に覆いかぶさった。


 グシャッ!


 ジンに弾き飛ばされた樽が大きな音を立てて地面に落ちる。木剣の勢いもあって真上に飛ばず、ジン達がいる位置から少しずれたところに落ちたのは幸いだった。

 白昼の往来で起こった惨事に人々が静まり返る中、ゆっくりとジンが体を起こす、そしてその下から姿を現した女の子には、大きな怪我どころか傷一つなかった。


「「「「おおおおおーー!!!」」」


 女の子の無事を確認した人々が歓声をあげる。幸いにも弾き飛ばされた樽や破片で怪我をした人もおらず、今回犠牲になったのは樽が一つとその中身だけだった。


「怪我はしていないよね?」


 その事にホッと胸を撫で下ろすジンだったが、腰を下ろして目線を合わせると、一応確認の為に女の子に声をかける。そしてジンの笑顔を見た女の子の胸中に、色々な想いが湧きあがった。


「わぁああーん。(ありがとう! 嬉しい! 会えた! 会えた!!)」


 女の子はコクリと頷いたかと思うとジンに抱きつき、その心のままに大きな声を上げて泣き出した。


「うん。もう大丈夫だよ。よく頑張ったね」


 ジンは若干困り顔をしつつも女の子が泣き止むまで優しく慰め、その様子を周囲にいた人々もまた優しく見守っていた。

少し遅れました。

今回も引きで申し訳ありません。


読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] その子供は、だるまさんが転んだを遊ぶジンを見て「お父さん」と漏らした銀髪桃眼の女の子だった。 お父さんじゃなくてパパってなってたはずですよ。
[一言] ウィンドウを物理で使うのは新しすぎるww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ