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個別行動

 明けて早朝。毎朝恒例のラジオ体操と簡単な柔軟を終えた後、ジン達は宿の食堂で揃って朝食をとっていた。


「それじゃあ、今日は全員が自由時間という事でいいね」


 そう言ってジンがトーストしたパンの上に目玉焼きを乗せてかぶりつく。強めに効かせた塩胡椒が歯ごたえの良いパンと相まって、シンプルだが実に美味かった。


「ああ。私はようやくシーリンに会える事になったからな。出来たら皆の事をちゃんと紹介したいんだが、それはまた今度だな」


 王都で予定していた目的の最後の一つ、エルザと彼女の元相棒シーリンとの面会がようやくなされようとしていた。

 昨日のギルドでの一騒動の後、ジン達はアイリスと合流して王都の散策を楽しんだのだが、宿に戻ると待望のシーリンからの連絡が来ていたのだ。そして早速翌日である今日、シーリンの邸宅にて二人は会う事にしていた。


「私は神殿に行って治療院でお手伝いするつもりです。そこには母もいますし、私の成長を見せたいと思います」


 ちょっと冗談めかして笑うレイチェルだったが、実際彼女の回復魔法の腕はかなり上がっている。先日は内面の成長を両親に見せることが出来たが、今回は冒険者として、神官としての成長を見せる事になる。勿論レイチェルの目的はそこにはないが、それでもそれが両親が喜ぶ親孝行の一つである事は間違いない事実だ。


「私は大図書館で調べ物をするつもりです」


 そう笑みを湛えるアリアはいつになく嬉しそうだ。それもそのはずで、王都にある大図書館は彼女が王都で行ってみたい場所の第一位だった。ただ、大図書館に興味を持っていたのはアリアだけではなかった。


「図書館かー。俺も興味あったんだけど、また今度だな。俺は食材探しにあちこち回るつもり。上手くいけば料理のレパートリーが増えるかもしれないから、期待しといて」


 若干図書館に未練を残しつつも、ジンはしばらく食べていない料理の数々を思い浮かべて気持ちを切り替えた。

 先日、ジンは同じ転生者であるケンの遺した手記を読み、この世界には元の世界にあった食材や調味料がほとんど存在する事を知った。厳密には全く同じではないだろうが、それでもケンはこの世界の食材で故郷の料理を全部再現したと言っているので、ジンの期待は否応が無く膨らんでいた。

 この世界の料理も勿論美味しくて好きなのだが、偶に彼が爺になるまで親しんできた味が欲しくなるのも事実だった。


「土産も期待しているぞ」


「あら、いいわね」


「私は甘いものがいいです」


 上からエルザ、アリア、レイチェルの順だ。

 そんな息の合った3人にジンは笑う。


「はははははっ。了解だ。ついでに酒やつまみも買ってくるから、今晩は俺の部屋で少しだけ飲もうか?」


「「「賛成!」」」


 間髪入れず返って来る女性陣の返事が嬉しくて、自分は幸せ者だなとジンはまた笑った。


 そんな幸せをかみしめていたジンだったが、しばらくすると女性陣より一足先に宿を出た。せっかくなので、朝市に行ってみるつもりなのだ。

 一方、残される形になった3人は、ジンが出た後もしばらく雑談を続けていた。


「アリアもレイチェルも良かったのか? 私に気を使わないでジンと一緒に行けば良かったのに」


 少しばつが悪そうにエルザが尋ねるが、実際今回外せない用事があるのはエルザだけで、アリアもレイチェルも必ずしも今日神殿や図書館に行く必要は無かった。


「いいんですよー。エルザさん一人だけ仲間外れになるのは何か嫌ですし、治療院のお手伝いをしたかったのも本当なんですから」


「ふふっ、そうね。私も図書館に行きたかったし、それにこの間は私だけジンさんと一緒だったからね」


 レイチェルはにこやかに、アリアは少しだけ悪戯っぽく言った。アリアが言っているのは、数日前にジンと孤児院に届け物を渡しに行った時の事だ。


「そうそう、あれはちょっと羨ましかったです。私もジンさんと二人でお出かけしたいな」


 アリアの冗談とレイチェルの素直な反応に、エルザが少しだけ感じていた気まずさは溶ける様にスッと消えていった。


「くくっ。しかし行き先が孤児院なら、ジンは子供達と遊んでばかりでアリアはほったらかしだったんだろ? まあ、それでも行き帰りを二人で歩くのは、ちょっと羨ましいけどな」


 その事に感謝しつつエルザも冗談で返すが、最後にちょっとだけ本音も出ていたのはご愛嬌だ。ちなみにエルザとレイチェルはジンと一緒に孤児院に行ったことが無く、話では聞いていても子供達と遊ぶジンの姿を見た事はない。

 そんな二人から羨ましがられる立場のアリアだったが、本音には本音で答え、更に二人を羨ましがらせる材料を提供した。


「そうね。二人で歩くのは勿論いいんだけど、子供達と遊ぶジンさんを見るのも悪くなかったわよ? 凄く楽しそうで、遊んであげて・・・いるんじゃなくて、一緒に遊んでいるのが見ているだけで分かるもの。……素敵だったわ」


 その時の事を思い出して笑みを浮かべるアリアは、どこか陶然としていてその美しさを増していた。その様は、同性の二人をしても惹かれるものがあった。

 ……しかし冷静に考えると、いくら外見も精神年齢も若返っているとは言え、老人の経験を持つジンが本気で子供と遊ぶのはどうなんだという意見もあってしかるべきだろう。だからこれは所謂「あばたもえくぼ」「たで食う虫も好き好き」というやつなのかもしれない。


「「…… ……」」


 ただ世間的に見てどうかは別にしても、同じ想い人を持つエルザとレイチェルが羨ましがらない訳が無かった。

 もはや言葉は必要ではなく、二人はじっとアリアを見つめて目で訴える。


「……今度皆で孤児院に行く?」


「行く!」「行きます!」


 アリアの問いに、全力の笑顔で答える二人であった。

 色々な意味でジンが幸せ者である事は、どうやら間違いのない事実のようだ。




 そんな女性陣の座談会ガールズトークもしばらくすると終わり、彼女達もジンに続いて宿を出た。そして各々が目的を果たす事になるが、そんな彼女たちの様子を、まずはエルザから見てみよう。


「……という訳だ」


 ようやくシーリンとの対面を果たしたエルザは、彼女の私室で久しぶりの会話を楽しんでいた。彼女と別れてからまだ半年程だが、ジンを始めとしたパーティメンバーについてや、彼らと共に為してきた冒険の数々など、話す事はたくさんあった。


「はーっ。貴方も随分濃い時間を過ごしていたのね」


 シーリンが感嘆の吐息を漏らすが、同時に若干呆れも混じっているようだ。自分も新米当主としてこの約半年頑張ってきたつもりだった。実際王都と地元を往復しつつ奔走していたし、今回も地元での調整を一段落させ、つい昨日王都に戻ってきたばかりだ。

 だが、エルザの成長は更にその上を行く。別れた時はCランク昇格の基準は満たしているもののまだDランクだったのに、今ではもうすぐBランクの基準であるレベル30に届こうとしている。しかもAランク冒険者に稽古をつけてもらっいて、スキル面での成長も著しかった。いくら迷宮という追い風があったとしても、その成長スピードは異常と言ってもいいくらいだ。


「アリアさんが凄腕だってのは聞いていたけど、ジンさんやレイチェルさんも只者ではないわね。……でも上手くいっているようで良かったわ」


 シーリンは己の夢と貴族としての立場から冒険者を辞めた。その事に後悔はなかったが、一人にしてしまう事になったエルザの事が心配でないはずがなかった。エルザと別れる最後の日にジンに出会えたことでその心配も幾分和らいだが、こうして実際にそのジンと信頼できる仲間二人を加えてパーティを組み、笑顔で彼らの事を話すエルザの様子に、シーリンは心から安堵していた。


「まあな」


 勿論エルザが話したのは、あくまで話せる範囲の出来事だけだ。いくらシーリンが親友とはいえ、特にジンについては秘密にしておかなければならない事が多い。しかし、それでも伝わるものなんだなと、エルザは仲間を褒められて上機嫌だった。


「ところで……」


 そんなエルザを、シーリンが意味ありげな視線で見つめる。


「ジンさんとはどうなってるの? もうキスくらいはした?」


「な!?」


 シーリンに投下された爆弾に、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせるエルザ。その素直に反応に、シーリンは明るい笑い声をあげた。そんな彼女にはエルザの変化は一目瞭然だった。


「やっぱり好きになったのね。そうなると思ってたわ」


 別れる時には友達なんていってたくせにと、シーリンがエルザをからかう。


「……ジンとはその……、まだそんな関係じゃ「まだ?」」


「あ……」


 しどろもどろの言い訳に間髪入れずつっこみを受け、エルザは一層顔を赤くする羽目になる。

 まだ特定の相手がいないシーリンと違い、エルザの方が何かとからかわれるネタが多いのは仕方がない。この後もエルザは久しぶりに会う気の置けない仲間と、なんだかんだで楽しい時間を過ごした。




 一方お昼時の神殿の一室では、レイチェルが母であるクラウディアと二人でお昼休憩をとっていた。


「ご馳走様でした」


 既に習慣になっている食後の挨拶をするレイチェルを、クラウディアが優しい目で見ていた。

 この作法については数日前に家族3人だけで食事をした際に説明は受けていたので、クラウディアが目にするのは2回目だった。


「その『いただきます』と『ごちそうさま』は、やっぱりいいわね」


「えへへ。でしょー」


 感心するクラウディアに自慢げに答えるレイチェルだったが、長年離れていただけについ甘えてしまうのだろう、いつもより幼くなるようだ。だがそんな無邪気ともいえるレイチェルの様子は、彼女をクラークに預けた数年前にはとても考えられないものだった。改めてその事を感じ、クラウディアは嬉しそうに目を細めた。


「それもジンさんが教えてくれたのよね?」


「うん、そうだよ」


 何のてらいもなくうなずくレイチェルにとっては、これもジンから教わった沢山の事の一つでしかなかった。


「確か回復魔法についてもジンさんが教えてくれたんだったわよね?」


 それは治療院でレイチェルが見せた回復魔法の冴えに驚いたクラウディアが、一体誰に習ったのか思わず聞いてしまった事だ。リエンツの神殿長であるクラークは確かに優れた術者だが、その教えなら自分も受けていたのでそれが理由とは思えなかったのだ。直ぐに次の患者が来たので詳しくは聞けなかったが、その時ジンのおかげという事だけは聞いていた。


「えっと、正確に言うと回復魔法そのものを教わった訳じゃなくて、人体の構造とか仕組みについて教えてもらったの」


 ジンは未だ回復魔法が使えないが、人体についての知識は豊富だ。病気と健康は、現代日本を生きる人間の重要な関心事の一つだ。普通に暮らしているだけでもTV等から情報を得ることが出来るし、どうしても体の衰えから多くの病気と付き合っていかなければならない老人は、必然的により体について詳しくなりがちなのだ。そしてそれは若い頃から糖尿病と言う持病を持ち、他にもいくつかの病気にかかった経験のある過去のジンにとっては尚更だった。

 だからジンはレイチェルに回復魔法を教えた訳ではなく、自らが知る健康や病気の知識を伝えたのだ。そしてイメージが魔法を強化するこの世界において、知識はそのイメージそのものを強化する役割を果たしたのだ。

 それはあくまで素人に毛の生えた程度の知識でしかなかったが、一度知識の伝承に失敗しているこの世界においては、それでも貴重な知識だった。


「ジンさんって……」


 だが、だからこそ貴重な知識を持つジンは何者だという話にもなる。他にも巷で流行りの健康体操も彼の発案だというし、本人に会ってその人となりは信用しているものの、ジンという人間の氏素性について気にならない訳ではない。だが、実際に尋ねようとするその言葉は続かなかった。

 なぜなら自分でもそれが不必要な詮索でしかない事は理解していたし、そもそもレイチェルに聞いていい話でもなかった。それがわかっている分別のある大人なはずのクラウディアだったが、それでもつい余計な心配をしてしまうのが親という生き物なのかもしれない。


「大丈夫よ。ジンさんに教えてもらった事のいくつかは、おじいちゃん――クラーク神殿長を通じて広める予定だし、そのうち王都こっちにも伝わるはずだから」


 この世界にはない知識だとしても、必要だと思えばそれを伝えることにジンはためらいはなかった。

 言いよどむクラウディアを安心させようとレイチェルが言うが、母が心配していたのはそこではない。何故かその点については全く心配していなかった。


「あのね、私が聞きたいのは「大丈夫よ」」


 躊躇いがちではあったが、ついにジンについて尋ねようとしたクラウディアの台詞をレイチェルが遮る。

 全てを包み込むように微笑む彼女を見て、クラウディアは自分が尋ねようとしたことは全てレイチェルは理解している事を感じた。


「(大人になっちゃって……)」


 まだレイチェルにどこか幼い印象を持っていた母だったが、こうして微笑む彼女の成長に安心するような、でありながら少しだけ寂しいような気持ちを抱く。

 そして自らの余計な心配も今は気にならなくなっていた。


「ふふっ。そうね、大丈夫よね」


「うん。大丈夫だよ!」


 そうして笑顔の母娘は、その後しばらく歓談した後、再び患者が待つ治療院へと向かった。





 そして夕闇迫ろうかという時刻になり、アリアも図書館での調べ物を終えようとしていた。


「(やっぱり『魔法文字』そのものの研究はあまり行われていないみたいね)」


 アリアが内心そうひとりごちる。

 彼女が調べていたのは、魔法を使う際に必要となる『魔法文字』についてだった。事が事だけに他人に相談するわけにもいかず、こうして知識の宝庫である図書館に来たのだ。しかし結果はある意味予想通りだった。

 現在でも作成可能な魔道具に使われている一部の文字等、いくつか既に分かっている物もあるが、そのほとんどは何もわかっていない状態だ。研究自体も魔道具はまだ直接的な利益に結び付く可能性がある為そうでもないが、戦闘で使われる魔法文字については、引退した裕福な魔術師が老後の楽しみで行うなどがせいぜいだった。私塾や魔術師ギルドの秘伝となっている可能性もゼロではないが、その可能性も高いものではない。

 王都への旅路の最中に発覚した、ジンが全ての魔法文字を読めるという事実。やはりそれは下手をすればこの世界の常識や仕組みをひっくり返しかねない代物である事は間違いないようだ。


「ふう」


 アリアが小さくため息を吐く。彼女が図書館に来た目的は魔法文字について調べる為だったが、それは決して義務感だけではない。魔法文字を調べる過程で自らの知識欲も満たされ、アリアは概ね満足だった。


「(ジンさんも喜んでくれるかしら)」


 とは言えジンの事が無ければ、アリアの知識欲の対象は別の物になったはずだ。彼女が調べ物をする際にジンの笑顔を思い浮かべなかっと言えば嘘になる。結果としてやはり魔法文字の扱いには慎重にならなければならない事が分かっただけだが、アリアが苦労してとった裏付けをジンが感謝しないはずも無かった。


「(ジンさんも図書館に来たがっていたし、今度は二人で来れるでしょうか)」


 今度来るときは何を調べようかと、つかの間の妄想にひたるアリアであった。

今回もお読みいただきありがとうございます。また、感想や評価もありがとうございます。


描写が足りないやこういう話が欲しい等のご意見も、本編中もしくは何かの機会に反映させていただくこともあるかと思います。

これからもどうぞよろしくお願いします。


ありがとうございました。

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[良い点] たまに読み返しております [気になる点] 誤植 しかもAランク冒険者に稽古をつけてもらっいて、 ↓ もらっていて、 かな。
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