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希求の女騎士  作者: 鱒味
9/22

06 第三部隊

 一人称で進む連載です。

 苦手な方はあらかじめご了承ください。


 二月。

 私に残されたその猶予の時間の中で、私は一体どれほどのことができたと言うのだろう。

 結局、今日この日になってしまっても、打ち合い訓練は出来なかった。



 手と足の豆もまだ治りかけで、包帯はぐるぐると巻かれている。

 何故ここまでぼろぼろになったのか。

 それは連日の無茶な訓練がたたったとしか言い様がない。



 豆が潰れるたびに、戦々恐々とした思いで、治療塔へ向かい、私は例の先生の診断を受けた。

 幸いなことに、先生の怒りにはあれ以降触れていなかったので、私は安心していたのだが、私の身体に見かねた様子だった先生が訓練を控えるように言ったときは肝を冷やした。



 必死に頼み込みながらも下手になるのは大変だった。

 先生は話せば解ってもらえる人のようで、渋々ながらも最後には頷いてくれた。

 その代わりには定期的に検診に来るように言われたが、それには逆らうまい。



「よお、緊張してるか?」

「あ、いえ」



 先輩は私の肩を叩きながら、問いかけてくる言葉に首を横に振る。

 私の隊でこの新人対戦に参加しているのは、私の他にいる五人の新人と、隊の人数名。



 心無しか新人らしき人間は互いを牽制しあっているが、私は元々範疇外なのだろう。

 興味深げに少し目をやるだけで、直ぐに他の人間に視線を移される。

 確かに、私は強いとは言えないが、こうも扱いの差が顕著だと、寂しいものだ。



 新人と新人対戦に関わる副隊長以上の人間以外は、休日になっているらしい。

 だから国の騎士団に比べれば、鍛錬場の人数は少なめだ。



「第三部隊は……まだのようですね」

「ん?」



 私が辺りを見渡して、そう呟いたのに、先輩は小さく眉を上げた。

 ただ単に、幼なじみの姿を見ないから呟いたに過ぎないが、確か前に先輩が言っていた。



 あそこは出る。確実に、全員、揃って。

 一部隊がおよそ二十人。

 先の騎士隊員募集で、多少は数の変動が生じたらしいがそれでも三十人程度。



 招集をかければ四十人ほど、シフト制で交代している。

 後に聞いた話では、うちの部隊は人数が少ないらしく、他部隊では六十人ほどがいるらしい。



 そこから考えて計算をしてみると、ここにいる人数では第三部隊はいないと考えていい。

 そんな考えがあったからなのだが、先輩は神妙な顔で息を吐いていた。



「……ああ、あそこの部隊のことだから、ギリギリまで訓練してんじゃねえかな」

「……訓練……」

「気になるか?」

「はい、少し」



 何となく勘違いされてそうだが、決して幼なじみがいるからではない。

 そこまで私は幼なじみ馬鹿ではない筈だ。

 単純にそこまでやり込む隊長や副隊長の人間性に興味があったからだ。



 うちの隊長や副隊長はそこまで隊員の指導に熱心ではない。

 副隊長には縁が無く会えたことはないが、それこそが指導には熱心ではない象徴だろう。

 私はこの隊に配属されてから、鍛錬場にずっといるのだから。



 まあ訓練についていくだけで精一杯な私には、隊長や副隊長の指導が入っても満足にこなせるとは思えないが。

 それでもやはり、他部隊との差には興味がある。



「おし、じゃあ行くか」

「え?」

「あそこの訓練はいつも同じ場所だからな。……あそこもうちと負けず劣らずだし、まあいいだろ」



 ぼそりと呟かれた最後の言葉が若干気にかかるが、見せてもらえるものなら見せてもらいたい。

 鍛錬所から踵を返した先輩の背中を追いかけた。



「あ、あの」

「んー?」

「さ、先ほどから、何か、声、が……」

「ああ……、気にすんな。第三部隊隊長の愛の絶叫だ」



 あ、愛の絶叫?

 そのどこか背筋が凍る響きに、口元が知らず引きつる。

 誤摩化そうとして出した笑い声は、思いもかけず擦れて抑揚がなかった。



 いけない、先輩についてきたのを、少し後悔してきた。

 先輩の背中を追う足が、先ほどの鍛錬所に戻りそうになるのを、必死で止める。



「ぉぉぉぉぉぉぉ」

「あ、の」

「気にすんな。害はない」

「ぉぉぉぉぉぉぉ」

「そ、の」

「大丈夫だ。あれはちゃんと生き物だから」



 人間云々突き飛ばして、そこからなのですか?

 先輩のあまりの言い様に、思わず引き腰になりながら、息を呑む。

 まずい、第三部隊に所属している幼なじみが心配になってきた。



 傷だらけになった幼なじみの声が今頃になって蘇ってくる。

 そういえば昔と違って、幼なじみの反応は起伏が薄くなっていた。

 幼なじみがうるさいと言うのなら、それは尋常ではないのだろう。



 何故、それに私は気付かなかったのだろう。

 あいつは王女以外、基本的にどうでもいい人間だというのに。

 自分の察しの悪さに思わず(ほぞ)を嚙む。



「ついた」

「………………」

「おおおおおおおおおおお」



 先輩に首で促されて、歩を進めた先。

 見渡す目前に広がるこの光景は、一体なんだと言うのだろう。



 規律正しく並べ立てられた男たちは、一様にかけ声を上げている。

 列をなして腕をひたすら組み替えながら、状態を地面につけて上げる動作を繰り返す。

 これは腕の筋力を上げる訓練だ。



 ただ一人、常規を逸している人間が、その列の先頭にいる。

 一、と数えるうちに二回下げて上げる動作をしている。

 すごい。……すごいが、恐い。



「皆ァ! やっているかァ! 筋肉いってるかァ!」

「うぉすっ!」

「……あ、の……」



 言葉に詰まる私に、先輩は優しく頭を撫でる。

 この光景から目を離せない。

 あまりに恐ろしくて、いまにも逃げ出したくなる光景だというのに、足はぴくりと動かない。



 そこではっと気付き、私はその部隊を見回す。

 幼なじみもこの部隊の所属だ。

 加わっているのだろうか。



 結論から言うと、……見つけた。

 だが村にいた頃、王都へ向かう頃とは、明らかに趣きが違っていた。

 無言で只管、腕を組み替えながら、身体を下げて上げて……。



 随分、健康的になった。

 そう思わず感嘆の息を漏らす。



 村にいた頃は、幽鬼のようだった。

 目の下の隈はいつまでも取れなかったし、身体は痩せてひょろひょろとしていた。

 歩くたびに身体が左右に揺れていたときの面影はない。



「この部隊は、良い所ですね……」



 少しだけ昔に近づいている。

 あいつはいつも外で遊んでいたから黒こげだった。

 この頃は、青白くなって、お世辞にも健康とは言えなかったのだ。



 きっと毎日の訓練で、よく眠れるようになり、日に焼けるようになったのだ。

 そして食べるようにもなったのだろう。



 ここで、あいつは必死にやっているのだ。

 王女を守る存在になるために、お姿を見ることができるように、守るに値する人間になるために。



「ああっ?!」

「……何か変なことを言いましたか?」

「い、いや。……こいつってその手の趣味があったのか……?」

「あの」

「やっぱ連れてこなかったほうが……」

「あの、何を仰っているのですか?」

「お前、移動願い、出さねえよな?」

「はい?」

「って、お前、移動願い制度知らねえんだった! ちくしょう、しくった。だから俺教えてなかったのに! ああ〜言わなきゃこの部隊にいたのに!」



 何故先輩は、私が移動すること前提で話をしているのだろう。

 私はそんなに、自分の部隊を嫌っているように見えたのだろうか。



 頭を抱えて唸っている先輩を、ぼんやりと眺める。

 私がこの部隊に入って、ずっと、考えていたことがある。

 私という存在は、隊にとって足手まといではないか。



 ずっと、それが気がかりで、面倒を見てくださる先輩が、一番の気がかりで。

 他の隊にやりたくない、そう思ってくださっているとは、露にも思わなかった。



「私は、移動する気はありません」

「へ?」

「熱心に指導してくださる方がいる部隊を離れて、私はどうして強くなれると言うのでしょう」



 足手まといで、迷惑をかけている。

 そう思っている隊にいることができるのは、一重に受け入れてくれる方と熱心に指導してくれる方がいるからだ。



 訓練に倒れても、それでも見捨てないでいてくれる。

 追い出さないでいてくれる。



 しがみついて、見苦しくも追いつこうと追い抜こうと、私はその一心でここに立っている。

 そんなみっともない私を、どうして先輩はこうも優しくしてくれるのだろう。



 部隊の皆さんは、隊の規律を乱して、碌に追いつけも付いていけもしない私に、文句一つ言わない。

 思わず笑みを零しながら、私は先輩の顔を見る。



「感謝しています。とても。だから他隊に移動願いを出す事はありません」

「お前……」



 そんなに年もいっていないとはいえ、大の男に目を潤ませながら見下ろされて、多少居心地は悪いが、しっかりとその目を見返す。

 ここで目を逸らしてはいけないような気がしたのだ。



 しばらくはそのままで先輩の目を見つめていた私だったが、ふと先輩の目に違う色が混じった気がした。

 これは少し不審になっているのだろうか。



「……まてよ、うちの隊の地獄を味わって、なんでそんなこと言えんだ? ……まさか、こいつ……」

「……………………」



 だから何故本人の意思を確認しないのだろう。

 掠れ聞こえてくるその言葉に決して良い意味などないとそこはかとなく感じれる。



 とはいっても、疑心暗鬼に陥っているような先輩に、これ以上何かを言っても無駄だろう。

 痛い思いをしたくてしている訳でないのだが、というかそういう人がいるのだろうか?

 王都は様々な人間がいると聞くから、もしかしたらいるかもしれない。



 苦しい思いも、痛い思いも、普通人は嫌いだ。

 私もそれにそぐわない。

 ただ、目的のためなら、どんな痛みや苦しみも乗り越えられるのではないだろうか。



 譲れないものが、人にはあるのだ。

 その譲れないもののために、人はどんな苦境にも動かないのだ。



「………………」



 いつの間にか、幼なじみを凡庸と眺めていた私に気付いたようで、先輩が不審げにこちらを見た。

 私の顔を覗き込むようにして、眉を寄せている。



 カーキ色の瞳は、僅かに心配げな色を滲ませて、先ほどの不審など欠片も見せない。

 先輩の顔に塞がれて、幼なじみの姿は見えない。

 だが変わらず訓練が続いていることだけは耳でわかる。



「……大丈夫か」



 心配げに声を潜める先輩に、笑いかける。

 どこまでも優しい人だ。



「そろそろ行きましょうか」

「ん? ああ。もういいのか」

「はい」

「じゃあ、まあ。行くか」



 頭に手をやり、自分の髪を掻き回しながら、先輩は踵を返す。

 その背についていきながら、少しだけ後ろを振り返る。



 目を細めて眺める先の幼なじみは、私の存在には気付いていないようだ。

 村を出た頃の面影など、見る影もなく、私は、少しだけ胸が疼いた。



 まるで遠くなったような、近くなったような。

 擦れたような、鮮明になったような。

 そんな揺れ動く感情の機微を、自分のことながらに理解できなくて、そのまま歩を進める。



 何故か、この一歩が、幼なじみと、私との差を、如実にしていくように思えて。

 少しだけ恐くなったのは、何故だろうか。




 本編更新!

 また新たな登場人物が(ちらりとですが)出て来たので、そろそろ本格的に名前を出したほうがいいと感じています今日この頃。

 この連載はのろのろぉっと進むので、また少々お待ちくださいませ。


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