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希求の女騎士  作者: 鱒味
8/22

5.5 ニヴェア騎士団

 前回の間話とは話は繋がっていません。

 人物が大分増えてきてしまったので、名前を……、と思ったのですが、未だに本編の中心人物の名前が不明です。

 一人称視点で進むので、苦手な方はあらかじめご了承ください。

 この国に魔術師はいない。

 正しく言えば、この国の要職や公職についている魔術師は、いない。



 その歴史を辿るとすれば、およそ百年を(さかのぼ)らなくてはならない。

 百年ほど前、どれほどの人間が知っているだろう。

 かつてこの国に騎士団はなかった。



 我がシドリア国で、少数精鋭の騎士団と唱われるニヴェア騎士団も、その実、百年ほどの歴史しかない。

 何故、それを俺が知っているかというと、爺さんに伝え聞いた話だとしか言い様がない。



 真実がどれだけあるか。

 断言できないほどの夢物語だが、俺はその話の全てを信じているのだ。



 ニヴェア騎士団。

 大陸の北方に位置するシドリア国で、有数の実力者が集まると言われている。

 いまでこそ精鋭と誇られる騎士団だが、昔はたった十人ばかりの王都の小さな警備隊だった。



 国に召し抱えられてこの規模にまでなって、どれほどの人間がその事実を知るだろうか。

 偉そうに語る俺でさえ、爺さんに伝え聞いた話で、実際の光景を見たわけでもない。

 ただガキの時分から聞かせられた夢のような話に、少年ながらに心をときめかせた。



 百年ほど前、この国に騎士団はなかった。

 その三年ほど前は、この国に騎士団があった。



 空白の三年。

 その三年に一体なにがあったのかと、語り尽くせば一夜が消える。



 実に簡単に話せば、魔術が流行り、武術が捨てられた三年だった。

 才能がもてはやされ、努力が嘲笑された三年であったとも言える。



 基よりの才能がなければならない魔術とその身一つで成り立たせられる武術。

 わかりにくいだろうか?

 ただその時代は、才能があるものとないものとの格差が生じたのだ。



 騎士団が無くなるまでに起こった出来事は、ある国が魔術師一人に屈服したことから始まった。

 そのある国は、昔から良い噂を聞かないもので、税の徴収、権力者の奔放な職務放棄から、乱用まで。

 ことごとく庶民の踏みにじり、失望させていた国であった。



「我らが働く? 何故? そんなものは庶民にやらせておけば良い。我らは庶民とは違って、好きなように生きれる身分なのだ」



 ……どこでも、貴族というものは変わらない。

 権力と高貴を振りかざし、己こそが世界の唯一だと、信じて疑わない。



 そんな権力者が蔓延する国で、その魔術師は生まれた。

 極々平凡で、なんのことのない親の下に生まれたと聞いている。

 親は、魔術師が生まれて直ぐに、貴族に不敬を働いたと切り捨てられた。



 小さな、孤児院に、魔術師は押し込まられるように育った。

 親を殺し、その貴族がのうのうと暮らす。

 魔術師はやがて国への反感と憎悪を抑えることが出来なくなった。



 貴族と見ると、眉をしかめ鼻を縮ませる。

 そうして年を追うにつれ、その思いも膨れ上がる。



「ああ、憎い。あいつらをどうにかできないものか」



 そんな時分に、魔術師は、自分に魔術の才能があることを知った。

 思うままに、魔術を使えば、全てのことが簡単に思えた。



 その力を使って、魔術師は夜ごと、貴族を殺して回るようになったという。

 まずは、魔術師の親を不敬と罵って殺した、貴族の一族(・・)



 魔術師は親の敵だけではなく、貴族と名がつくものを遊ぶように殺していった。

 それはやがて、貴族だけではなく、権力者にも向けられた。



 庶民の羨望は、魔術師に傾けられる。

 やがて、その国全土の庶民が、魔術師を英雄と扱った。



 魔術師の力は、国の最大の権力者である王へと向いていく。

 そして、国は滅んだ。



「才能無きものが、国政に関わるべきではなかったのだ!」



 そう高笑いをしながら、魔術師は自分に恭順する人間に告げた。

 各国にまで響く悪政を敷いていた国の終わりに、誰もが注目し魔術師の力に圧倒された。



 それまで魔術師は、人ならざる力を使うものと、恐れられるだけだった。

 それが魔術師を英雄と扱う人間が現われ、世情は大きく変わっていった。

 高い給金を支払って、国が魔術師を雇うようになった。



 各国同士で奪い合いも勃発し、まるで競争するように国民の血税を魔術師につぎ込む。

 そして魔術師の軍隊を設立した。

 元来の騎士団を取り潰した果てに、出来た軍隊だった。



 それが、空白の三年。

 多くの反発を呼んだが、魔術師の持つ力にそして権力に、当時の人々は逆らえなかった。



 そして騎士団が潰されて、一年がたったころ。

 ギルドでの仕事を中心に貧しくも生計をたてていた騎士や傭兵たちに転機が訪れた。

 戦争が始まったのだ。



 国境の非常に曖昧なところに発見された、マイアという奇異で利用価値の高い鉱物。

 当然、騎士や傭兵は、王城へ詰めかけた。



「雇ってくれ! 俺たちを使ってくれ! 腕は衰えちゃいない!」

「そうだ、闘える! 俺たちの力を国のためにー……」



 騎士や傭兵は、祖国のために働きたい、そう王城の門戸に訴えかける。

 三日三晩、その叫びは途切れなかったという。

 そして、王城内から、大臣が出て来た。



 息を呑んで、期待に満ちた目で、騎士や傭兵たちは、告げられる筈の言葉を待った。

 王城内に受け入れられることを望んだのだ。



 だが、その大臣の後ろには、複数人の魔術師が控え、大臣は鼻高々に、王の書状を取り出す。

 厳かに、祖国のために集まった、騎士や傭兵たちを嘲笑するように、大臣は告げた。



「我が国から戦争に出すものは、国に仕える第一魔術師団のみだ。お前たちの力など必要ない。おい、追い返せ」



 魔術師に命を下し、騎士や傭兵を、王城から追い払った。

 その所業は、騎士や傭兵たちの胸に深く刻まれる。



 ガキの時分に聞かせられた話が、爺さんの声で次々と蘇る。

 静かで深みのある声は、不思議と胸に染み渡ったものだった。



「……国に見捨てられた者たちの、失望は口に上るまでもない。そしてマイア戦争は一年も待たず終戦した」



 騎士や傭兵たちの反乱が、三国で生じた。

 元々、競争するように魔術師をかき集めていたのだ。

 どの国も、似たようなことをやっていた。



 その皺寄せが、戦争で一気に集まったのだ。

 国への愛顧や信頼が反動となって、反乱は大きくなっていった。



 もともとそれなりの実力も経験も有していた騎士や傭兵たち。

 数で劣る魔術師たちがいくら才能で勝るとはいえ、太刀打ちできなかった。

 反乱はやがて激しくなっていく。



 王都の混乱に乗じて、山賊や盗賊が盗みや狼藉を働く。

 国民は国に払った血税で養われている魔術師が、一向に事態の鎮静に向かってこないことに不満を抱く。



「国民の警備に至るまでには、魔術師の数は圧倒的に足りなかった。力は強大であっても、事が多ければ、役に立たなかったのだ」



 その混乱の中で、町のあちこちで警備隊が出来た。

 国に失望し、憎みさえする騎士や傭兵たちが、それでも国を守ろうと、警備隊を作り上げたのだ。



 警備隊に所属する者のほとんどは年若い者たちだった。

 国への愛顧が長年仕えていた者よりも深くはなく、裏切りによる失望もかろうじて浅かった。



「そのなかの一つに、ニヴェア警備隊があった」



 爺さんは僅かにその目を光らせて、唇を震わせる。

 拳をぐっと握り、声に力がこもった。



 この話に、ニヴェア騎士団が生まれるに至った経緯がある。

 王都には他にも警備隊があり、どれも似たり寄ったりの実力だった。

 ただ一つ違うことがあった。



「その警備隊にいたのが、サルマ・オーエン。誰よりも年若く、未熟で、だが……誰よりも意志が強かった」



 熱意と、意志との人間。

 警備隊を最初に騎士や傭兵たちに呼びかけて作り上げたのは、サルマ・オーエン、その男だった。



「その警備隊の者は皆、年若いものが多く、夢と希望を持っていた人間たちだったが、……その目、その目だ!」



 しゃがれた爺さんの声が、いまもこうも容易く脳裏に蘇る。

 ああ、懐かしい。

 ガキの時分は、どんな御伽話よりもその話が好きだったのだ。



 爺さんはいつもその話をするときだけは、普段の無口が感じられないほどに饒舌になった。

 楽しそうに、嬉しそうに、爺さんは誇らしげに、俺にとっても夢物語を朗々と告げる。



「わかるか、ガイア。サルマ・オーエンのその目。誰しもがそれに敵わない」



 いつもは顰め面をしている爺さんのその姿を見るのも、俺の楽しみだった。

 まるで子供のように、目を輝かせた爺さんは、本当に珍しかったのだ。

 子供ながらに、いつも無口で恐ろしげな爺さんを、俺は忌避していたものだから。



「その目に真っ直ぐと見つめられ、その目と声で諭されると、誰もが最後には納得する。国の反乱騎士や傭兵たちを何人仲間にしたか知れない」



 熱の入る爺さんの話に、仕事から帰って来た親父も目を輝かせて聞きにくる。

 俺の親父も騎士に憧れて、いやどちらかというと、爺さんの話に憧れて騎士になった人間だ。



 ちなみに爺さんも騎士だ。

 ニヴェア警備隊に入っていたらしい。



 つまり親子三代で、たった一人の、熱意と意志の人間、サルマ・オーエンに心酔しているのだ。

 彼はそれほどの人物だった。



「当初、二十人程度だった警備隊を百人にまで成長させたのは、ニヴェア警備隊だけだった」



 ニヴェア。

 それは神話に出てくる女神の名だ。

 双子の妹の女神。



 奔放で明るい姉と反して、控えめで静かな妹、ニヴェア。

 忠義と仁愛を司る女神ニヴェアを、サルマはかつてこう評したという。

 努力と献身の女神ニヴェア。



 警備隊の名にも使ったサルマは、相当その女神に心酔していたのだろう。

 騎士や傭兵は、普通は神を信じたりはしない。

 だから、サルマ・オーエンは、本当に珍しい人間だった。



 親子三代で、たった一人の人間、熱意と意志の人間、サルマ・オーエンに心酔した。

 爺さんは、かつてシドリア国で囁かれた人傑の騎士の話をいつもこう締めくくる。



「相手の目を見ろ、いいか、ガイア。目を見て、その意志を計れ」



 意志強き者に誰一人勝てはしない。

 彼らは努力を惜しみはしない、彼らは……。



「ガイア、お前もきっと惚れる。彼らは強く美しく、そして何よりも、人の為に心を砕くのだ」



 そういう人間になりたかったのだと、小さく呟く。

 だが、俺にはなれなかった。



 ずっと、俺は待っている。

 誰かのために、自分の身を粉にして、努力できる人間を。

 意志強き人間をずっと探しているのだ。



 彼のサルマ・オーエンの目を見つけるために、俺は初めて会う人間の目をじっと見る。

 欲望の色、意志弱き目、眩いほどの輝きを持つ目に、俺は未だに会えてはいない。



「目を見ればわかる」



 何度か、後輩に俺は何故か見る目があると言われ、そう答えた。

 何人も、何人も、かつてのサルマ・オーエンを求めて、目を見つめてきた。



 誰が信用に足るか。強いか。

 目を見れば、はっきりとわかる。

 ただどれほど待とうが、彼らには会う事はなかった。



 武勇が立つという男、人格が整ったという男、才覚溢れる男。

 心は震えず、ただ、これは違うのだ、そんな思いが胸をよぎるのみだった。



 期待しては裏切られ、待ち望んでは来ず。

 いつしか怠惰に出会う人の目を見る。



 会えるだろうか、いつかは。

 期待して裏切られるのはきついだけだと、嫌になるほどわかっているというのに。

 ただそんな小さな期待を、俺はいつまでも捨てられなかった。




 お分かりでしょうか?

 主人公の先輩の先輩視点……!です。(凄く解りにくい)

 タグに『逆ハー?』と入っているのは主人公がものすごく慕われそうな連載になりそうな気がしたからです。

 お待たせして申し訳ありませんでした。お読み頂き、有り難うございました。

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