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希求の女騎士  作者: 鱒味
7/22

05 治療塔のあの人

 一人称で進む連載です。苦手な方はあらかじめご了承下さい。

 新人対戦まで、あと二月。

 募集期間の最終日から、六月、およそ半年経ったところで、実力試験を実施するらしい。



 先輩曰く、あまりにみっともない成績や能力だった場合は、隊で酷い訓練を受けなければならないらしい。

 だから無理をして受けなくてもいいのだと、笑っていた。



 確かに私はお世辞にも実力があるとは言えない。

 隊の訓練にもついてくのがやっとの人間だ。

 その点を考えて、気を遣ってくれたのだろう。



 何も新人対戦で勝つ事が目的ではないのだが、一応隊から出されるということで、恥ずかしい成績では困る。

 しかも私の場合は、単なる私事で出るのだから、尚のことだ。



 知り合いに会いたいがために、隊の沽券にも関わる対戦に出るというのだから、私という人間は本当に困ったものだ。

 そのために、なんとか隊の恥にはならないものかと、対策を先輩に伺ってみた。



「あと二月だからなあ、お前はやっぱり隊の訓練に慣れるのが先決だろうな」



 給食室で向かいの席の先輩にそう言われて、私はその日から夜にも訓練するようになった。

 勤務時間内の訓練にも何が何でも食らいついた。

 無茶な動きをしたせいで、筋肉痛は常よりも酷くなってはいたが、仕方のないことだ。



 そのような毎日で、朝、起きるのは、この上もなく億劫だった。

 何せ眠いわ、だるいわで、着替え一つにのろのろとしていて手間取った。



 ある日着替えを取り落として、ふと部屋の床を見たときがあった。

 点々と血が床にこびり付いている。

 見回してみれば、場所によっては擦ったような跡もある。



 そこで初めて気付いた。

 どうやら足の裏に豆が出来ていたようだ。

 そしてその豆は潰れて、足の裏を見てみれば、べろりと皮が剥がれて内皮が見えていた。



 手の豆にはとうに気付き、包帯などを巻くなどして処置をしていた。

 だが、毎日の筋肉痛に必死すぎて、さすがに足の裏にまでは気が回らなかった。



 意識してしまえば、気になるものだ。

 鍛錬所の床を歩くたびに、痛んで仕方がない。

 ああ、筋肉痛だけで十分だったというのに、これは酷い。



 仕方がないので、先輩に言われて治療塔へ向かった際に、足の豆も見てもらった。

 意識をしてからはそこが熱を持っているようで気持ちが悪かったからだ。

 しかも心無しか、皮膚が黄ばんでいてぶよぶよとしてきて、とにかく気分が悪い。



「なんで、こんなになるまで放っておくんですかねぇ。膿んでいるじゃないですかぁ、これじゃ上手いこと処置しても痕が残っちまいますよぉ、本当になにを考えてんですかねぇ」

「も、申し訳ありません」



 その日は運が悪かった。

 先輩を相手にした傷に関してはそうとやかく言われはしなかった。

 だがまさか治療塔で一番口うるさいと称される先生にあたるとは思っていなかった。



 この先生は、傷を放っておく患者がとにかく嫌いらしい。

 騎士などはその典型的な例だ。



 我慢するだけして、悪化して、どうしようもなくなって、治療塔にやってくる。

 そんな患者が、騎士といおうか、武官に多い。

 あの先生にあたると皆が皆うんざりすると笑っていた。



 だが、あたってしまった側としては、ただ只管肩身が狭い。

 常に恐縮して、先生の話を聞き続けるしかない。



「三日は安静にしてくださいよぉ」

「そ、それは」

「何ですかぁ、何か文句でもぉ?」

「も、申し訳ないです、その、包帯を巻いて清潔にしますので、訓練だけは出れるようにできませんか」

「騎士にしては、殊勝な態度ですけどねぇ」



 先生はこちらを向きながら、机を人差し指でしきりに叩いている。

 ああ、相当機嫌が悪そうだ。



 この先生は気が高ぶると、語尾が伸び、貧乏揺すりをし、口調が刺々しくなるらしい。

 たかが豆が潰れたくらいでと、思ってしまうが、この先生に逆らって満身創痍になった人もいると聞くので、何も言えない。



「というか、あなた、痛くないんですかぁ、普通ここまで膿めば、歩くたびに激痛が走る筈なんですけどねぇ」

「そ、その、い、痛みには慣れてしまって」

「慣れるどこの痛みじゃない筈なんですけどぉ?」



 眉をしかめながら、怪訝に言われると何も言い返せない。

 確かに痛いには痛いが、何故か知らないが、私はこれ以上の痛みを知っているような気がするのだ。



 だがその手の専門知識がある訳もない私に、先生を言い負かせる理論を持っているはずもない。

 ただ只管頭を下げて、挙動不審に答えを返すのみである。

 そんな私の様子に、先生は眉を上げた。



「別に手っ取り早く治す方法がないわけじゃないですけどぉ、痕が残りますよぉ?」



 足を指差されて、痕が出来る位置と大きさを、先生の人差し指が辿る。

 眉間に皺を寄せながら、苦虫を噛んだような顔の先生に、顔を引きつらせる。

 何故そこまで機嫌が悪いのだろう。



 何も返せない私を不審に思ったのか、見上げてきた先生に、へらりと笑みを返す。

 ああ、睨まれた。なんだかものすごく恐ろしい顔をしていらっしゃる。



 お医者さんって、もう少し優しいものだと思っていた私には、そうとうの大ダメージだ。

 そんなに医師の誇りを傷つけるような怪我をしたのだろうか、私。

 前の人は優しかったのにな、とどこか遠い思い出に浸りながら、苦笑する。



「あの、傷が残ってもいいので、手っ取り早い方で……」

「……別にいいですけどねぇ、なんだって騎士連中は自分の身体を大事にしないんですかねぇ、しかも、男ならまだしも、あなた女性でしょぉ?」



 先ほどよりも、心に突き刺さる言葉に、苦笑しか返せない。

 私はとにかく避けるのが下手だ。

 必死に避けようとするあまり、変な方向で身体をねじったり、切り返したりするのだろう。



 そのせいで、豆も筋肉痛も、思いもしないところになったり、ひどかったりする。

 いままでは隊に常備してある簡単な処置道具や、支給される治療道具に、頼っていた。

 そのおかげでここに来なくても良かったのだ。



 本当は些細な傷でも見て貰ったほうがいいとは思うのだが、こんな傷、と笑い飛ばされるもののために、わざわざ治療塔へ行くのは気が引ける。

 だから自分の精一杯で、私は処置をしていたのだ。



「親にもらった身体を、もう少し大事にしてもいいと思いますけどねぇ」



 ああ、その言葉が一番、刺さる。

 咄嗟の答えに窮して、息を詰まらせながら、笑おうとして失敗する。

 それに返す言葉を私は持ち合わせていない。



 舌が口の中でもつれて、頭はちっとも動いてくれない。

 一体私はそれに何を返せるのだろう。



「…………別に、いいんですけどね」



 私の方を見た先生は、小さくため息をついて、カルテに何かを書き込む。

 何を書き込んだかを見れる余裕が私にはなかった。



 ただ先生の張りつめていた空気が、少し緩んだような気がして、息が少し楽になった。

 カルテに何かを仔細に書き込んでいる先生の様子をぼんやりと眺める。

 先生の説教で、大分時間が経ってしまった。



 訓練が終わった後で良かったと、安堵しながら肩をなで下ろす。

 ただ問題はまだ夕食を食べてない。

 気を抜けばお腹が鳴りそうだ、まずい。



「あなた、ご飯食べました?」

「え、あ、いえ」

「そうですか、ちょうどいいです」



 ちょうどいい、一体なにが、と首を傾げて問いかけようと口を開きかける。

 先生は机にペンを投げ出して、ぐるりとこちらを見た。



「いま処置しましょう」

「いまですか」

「ええ。いま。すぐ。訓練休みたくないんでしょう。麻酔はかけますが、一応吐かないようにね」

「そ、ですか」

「ええ」



 それは一体良いのか、悪いのか。

 判断はつかなかったが、話の流れで頷く。

 とりあえず訓練を休まなくていいのは、いいことだ。



「あ、言っときますけど。麻酔が切れたあとのことは保証しませんからね」



 だが、他人事のように言われたその言葉だけは、流さずにちゃんと聞き入れておけば良かった。

 いまさらながらに後悔しても仕方のないことだが、まさか歩けないほど痛くなるとは解らなかった。



 訓練でぐったりと疲れている筈の身体が、ベッドに入っても眠れない。

 ベッドの布に足が擦るたびに走る激痛。

 眠たくても眠る事のできない苦痛。



 結局その日は、意識を失うようにして、ベッドに沈み込んだ。



 痛みを紛らわすためにぐるぐる巻きにした包帯で訓練が滞った。

 先輩には異様な目で見られた。

 事情を話したら、頭を撫でられた。



「お前って、運が悪いのな」



 その言葉に素直に頷くわけにもいかずに、ただ空笑う。

 本気で哀れそうに見ないで欲しい。



 なんとなく心地よくない視線を流して、話を変えようと笑顔で話題をそらす。

 気を逸らす話といえば。



「あ、そういえば、昨日の先生に今度から受付で五番と名乗るようにと言われたのですが」



 一体どういう意味があるんですかね。

 そう聞こうとした声が途切れる。



 ただ目を見開いて、衝撃を受けている様子の先輩に頬を引きつらせる。

 私はいま変な事を言ったのだろうか。



「お前、まさかあの人の担当になっちまったのか」

「た、んとう、とは?」

「お前が病気や怪我したときに、治療塔へ行ったら、必ずあの人を経由しないと他の人の治療は受けられない」

「それは、番号を言わなければ」

「止めておけ、俺は言ったな?」



 ごくりと息を呑んで、先輩の顔を見つめる。

 ああ、こんなことになるなら、聞かなければ良かった。



「あの人に逆らって満身創痍になった人間がいると、俺はお前に言った。そうだな?」

「は、はい」

「その続きを俺は話さなかったが」

「つ、続きが」

「そいつは傲慢な奴だった。隊長や副隊長に睨まれても鼻にかけない奴だった」



 何で全部過去形なんだ。

 いや、私はなにも聞きたくない。

 だから懐かしむように、目を細めないでください、先輩。



 話してくれるなと、声を大にして叫びたいが、とてもではないがそんなことを言える雰囲気ではない。

 ああ本当に私は運が悪いのかもしれない。



「ある日、そいつは治療塔へ向かった。満身創痍で還って来た」



 そう、その話を、私は先輩から聞いた。

 憔悴しきった様子で、まるで魂が抜かれたような有様だった。

 仮にも騎士であった男が、そんな状態になるのだから、あの人には逆らうなと、そうしきりに言い聞かされたのだ。



「そいつは、人という人を見るだけで、土下座する人間になってたよ」

「ど、土下座」

「段々、そいつの症状は悪化していった」



 まるで病気のように話す先輩に、そこまで異様な光景だったのかと、顔を青ざめさせる。

 私も一歩道を間違えれば、そうなっていたのかもしれない。



 そう思い当たって、背筋がぞうっと凍える。

 あの先生にそんなことを出来る力があるとは、あの外見からは想像もつかなかった。

 確かに、刺々しく話す先生だな、ぐらいには思っていたが、まさかそんな。



「終いには訓練所の脇にある木に土下座して只管謝るようになった。当然、そいつに騎士が勤まる筈もない。しばらくして、除隊していった」



 目元を抑えながら話す先輩のあまりにあんまりな話に言葉が出ない。

 それに私はどう言葉を返せばいいのだろう。



「そいつの行方は俺にはもうわからない。いま、どうしているかもな……」



 真剣な顔で私を見下ろす先輩に、息を呑む。

 何かを訴えかけるような瞳に、震える唇を開く。



「……治療塔へ行った際は、五番と名乗るようにします」



 私のその言葉に、先輩は小さく頷いて、頭を撫でてくれた。




 次の更新は少し間が空きそうです。

 お読み頂きありがとう御座いました。

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