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希求の女騎士  作者: 鱒味
6/22

04 訓練と覚悟と

 本編更新です。

 一人称で進む連載です。苦手な方はあらかじめご了承ください。

 考えてもみれば私は親の反対を押し切って、決意のまま村を飛び出た。

 全て自分の勝手でやってきたことなのに、謝るというのは変な話だ。

 たとえ間違っていても、間違っていると知っても、私はそれすらも捨ててきたのだから。



 自分の呼吸が大分整って、指の震えも治まってきたところで、腰をあげる。

 私がいま、親の為に思うことはひとつだ。

 死ぬのはやめておこう。



 先輩の前に立ち、視線をあげる。

 いつも思うのだが、この先輩が笑ってない所、見たことがない。



「お願いします」

「おう」



 笑って迎えてくれた先輩に、私も小さく笑い返す。

 親は、子供の死が、一番辛いと聞く。

 騎士として死ぬことはあっても、せめて娘は死なせずにいよう。



 だから隊命に従って、闘いに出向くことがあったら、あらかじめ伝えておこうと思っていた。

 訃報は村に送らないでほしい、と。

 もちろん、それは、私が死ぬようなことがあったらの話だ。



 なにを馬鹿なことをと笑われるかもしれない。

 元々、村に訃報を送ることはないかもしれない。

 それでも、それだけは親のために出来る、私の唯一だ。



 確認も、嘆願も、きちんとしておこうと、私は思っている。

 隊の訓練に慣れてもいない私には、まだほど遠い話ではあるが、知らぬうちに送られて、親に心労を与えるのは、少々きつい。



 そういえば親に送った文に、幼なじみを無理矢理連れて行ったと書いた。

 父や母は、隣のおじさんとおばさんに伝えてくれただろうか。



 あいつのことだから、親に手紙を書いていないと思う。

 私があいつをここへ引き込んだようなものだし、せめてもと、言葉を綴った。

 おじさんとおばさんは、騎士になろうと死地へ赴く息子に泣いているだろうか。



 ああ、いけない。じくりと痛んだ胸を、素知らぬ振りして押し流す。

 どうやら連日の過酷な訓練に、気が弱っているようだ。

 何をするにも、どうにも感傷的になっていけない。



「始めるぞ」

「はい」



 切り替えろ。

 私は強くなる。いいや、弱ければ、生きられない世界にいるのだ。

 ここで私はなんであれ生きていくのだ。



 相手を、相手を。

 目を開けて、目前にそびえる先輩に、笑いかけた。

 私はいまから、相手を、殺しにかかる。



 精一杯の力で、全力で、何者にも止めさせはしない。

 そうなろう。そういう道を、私は選んだのだから、覚悟に言い訳はできない。



「さあ」



 行こうか。

 誰に語りかけるわけでもなく、ただぽつりと呟いた。



 身体を獣のように翻す先輩の身は軽い。

 それに対して私の身体はまるで鉛のようだ。

 向かい合っていくうちに、自分の身体が重く鈍いもののように感じる。



 何故ああまで軽やかに動けるのだろう。

 だがその動きに反して打ち付けられる模擬剣の重みは、私の腕がじんと痺れるほどだ。



 ああ、私は弱い。

 とても弱い。



 先輩は笑ってはいない。

 いつになく真剣と言おうか、真面目と言おうか。

 ああ、こんなにも向き合ってくれている、そう思えるのだ。



 その思いに(むく)いるには、どうしたらいいのだろう。

 返せるものなど、何もないのだ、私には。



「何を考えてやがる、動きが鈍ってるぞ!」



 途端に飛んで来た怒号に、身を引き締める。

 ああまずい、先輩に失礼な真似をしてしまった。

 真剣に向き合ってくれている先輩に全力を尽くさなければ失礼だ。



 それに私はのんびりとしている暇はない。

 先輩と張り合えるほどに、強くならなくては、私は私の望むものになれない。

 経験がなんだ、努力がなんだ、技術がなんだ。



「私、はっ」



 もう意識は朦朧としていて、自分が一体なにを言いたかったのか覚えてはいない。

 痛みにその声がかき消されて、ただ呻くように立ち上がる。



 模擬剣だろうが、棒切れだろうが、真剣だろうが、それが身体に打ち付けられれば、痛い。

 避けなくてはならないとわかっている。

 だが私は、先輩ほど速くは動けない。



 全てにおいて、私は先輩に劣っているのだ。

 私は弱い。だが、それを受け入れることに何の意味があるのだろう。



 先輩の模擬剣がの振動が、腕にまで伝わって、柄を持つ手が、ジンジンと痺れる。

 足掻け、足掻け、足掻け。



 一秒さえ立ち止まることは、許さない。

 休むことは、許さない。

 全身全霊で向かえ、どれだけ外れようと、どれだけ打ち込まれようと、ただ向かえ。



 痛みに意識を持ってかれれば、その分だけ、身体が動かなくなる。

 息を吸って、吐いていなければ、あっという間に、意識は遠ざかる。



 やがて、先輩の姿を捉えることが出来るようになった。

 避けた方向がわかるようになった。

 模擬剣が向かってくるとわかるようになった。



 それでも模擬剣は当たらない。

 先輩の姿を追えない。

 模擬剣を避けることが出来ない。



 私は遅い。

 力もない。体力も、技術も、能もない。



 訓練だけでは、追いつけない。

 隊の訓練をこなしているだけでは、一生先輩には敵いっこない。

 何が何でも、たった一回、模擬剣を先輩に入れようと、私は必死で身体を動かした。



 どこからか、私の意識は全て溶けて、気付いた頃には、先輩が私の顔を覗き込んでいた。

 ぼんやりと眉をひそめている先輩を眺める。



「おい、大丈夫か?」

「は」



 一体なんのことだろう。

 模擬剣を握る手が、硬直していることに気付いて、首を傾げる。



「悪いな、つい熱くなって、お前のこと考えずに打ち合いしたもんだからよ」

「私は倒れたのですか?」

「いや、最後まで打ち合ってたぜ」



 確かに鍛錬所の床に倒れてはおず、なんとか立ってはいるが。

 それでは一体なんの話なのか。

 怪訝な顔をしてたことに気付いたのか、先輩は苦笑して頭をかき乱した。



 いつのまにか、いつもの先輩に戻っている。

 もしや打ち合いはこれで終わりなのだろうか。



「お前、その模擬剣、放せるか?」

「それは」



 一体どういった話なのだろう。

 首を傾げる私に気がついたのか、先輩は苦笑して私の腕を取った。

 それに思わず反応して、びくりと腕が引きつる。



「ああ、やっぱ張り付いてんな。息吸えるか?」

「はい」

「じゃあ、その腕、自力で挙げてみろ」

「はい」

「指動くか?」



 その言葉に沈黙する。

 動かない。

 剥がそうと指先を動かそうとするが、まるで木のように固くなっている。



 眉をひそめて、硬直している指を一本動かす。

 弱々しくピクピクと痙攣している。



「悪かったな」



 ぼつりと低く呟かれた言葉に、顔を上げて首を傾げる。

 一体なにを謝られているのだろう。

 珍しく気落ちした顔で落ち込んでいる先輩に小さく苦笑する。



 こういうときに、どう答えを返せばいいか、わからない。

 全く私という人間は本当に困ったものだ。



 私が男で、尚かつ騎士という武勇に優れた人間であれば、何故謝られているのか、わかっただろうか。

 それも所詮はたらればの話で、考えても仕方のないことだ。



「打ち合いは、もう終いですか」



 何も掴めた気がしない。

 そんな思いで、先輩に声をかければ、小さく笑いかけられた。



「やっぱ打ち合いはまだ無理だな」



 爽やかな笑顔で、本当のことをおっしゃる。

 わかってはいたことだが、そう真正面から言われれば傷つくには傷つくのだが。



 指はまだ模擬剣に張り付いている。

 これは一体いつになったら取れるのだろうか。

 自分のことながらわからなくて、あえなく肩の力を抜く。



 そこで顎に手をやって何やら考え事をしていたらしい先輩が口を開いた。

 眉間に皺を寄せて、難しげに目を細める。



「お前はやっぱ訓練についていけるようにならなきゃ駄目だな」

「はい」

「週休一日なんだよなあ、この部隊」

「他の隊は違うのですか」



 ぼやくように呟かれた言葉に首を傾げる。

 その言葉に、ふっと先輩は軽く笑って、私の頭に手を置く。

 いや、撫でられても意味がわからないのですが。



 頭が自然に下がるのを感じながら、先輩を窺おうと目を送る。

 これはどう見ても。

 ……哀れまれている。



 なんでそんなに疲れた顔をしているのですか、先輩。

 先輩の余りに愁眉に満ちた顔に、思わず怯んで、その問いかける筈だった言葉を呑み込む。

 何故こんなに様変わりしてしまったんだ、先輩。



「そうだよなあ、お前もこの隊にさえ入らなけりゃ、もう少し身体が楽だったのになあ」



 たまにくる親戚のように、年老いた声で空を眺めながら呟く。

 渋い。あまりに渋い。

 確か先輩の年齢は二十八ではなかったか。



 何故そんなにも男の色気(いわ)く苦労が滲み出ているのか。

 思わず訳も根拠もなく、大丈夫ですよ、と慰めてしまいそうだ。

 いやいや根拠も訳もないのに、慰めちゃいかん。



 ぴくりと指が先輩の背中に向かいそうになったのを懸命に抑える。

 先輩を宥めたいとか、失礼すぎる。



(……あ、取れる)



 いつの間にか感覚の戻っている指に気付いて視線を落とした。

 試しに親指を剥がしてみる。

 問題なく剥がれた。



 右に持っていた模擬剣を左手に移そうとする。

 さっきまでの余韻もなく、左に移動した模擬剣にあっけに取られる。

 気が抜けたからだろうか。



「先輩」

「おう」

「取れました」



 報告がてらに指を握って開いてみせると、先輩が目を開く。

 私の指を手に取って、しげしげと眺める。

 開いて握る動作を確かめながら、安心したように息を吐いた。



「本当だな、ああ、問題もなさそうだ。身体の打ち身はどうだ」

「特に感じることはありません」

「一応、治療塔に行っておけ。痛みが麻痺しているかもしれん」

「はい」



 実質訓練は終わってはいないから、それが終了してからで良いだろう。

 先輩に断りを入れて、そこから去ろうとした時だった。

 呼び止められて、足を止める。



「二月後に騎士部隊の新人対戦がある。お前、出るか?」

「は?」

「うちの人数は少ないから、出来るだけ全員出したいと副隊長に言われてるんだ」

「騎士部隊の新人対戦……」

「まあ、強制じゃないから、無理に出なくてもいいんだが」



 苦笑されて、私は小さく考えた。

 騎士同士の対戦があるとは初耳だ。

 部外にはあまり出ない情報なのだろうか。



「全部隊が出るのですか?」

「ん、さあ、どうだかな。騎士自体の仕事があるし。ああ、だけどあそこは出るな、確実に、全員揃って」



 どこかうんざりとしたような声音で呟く先輩の声に首を傾げる。



「騎士団所属第三部隊だ」



 その言葉に目を微かに開く。

 騎士団所属第三部隊、それは耳馴染みがある言葉だ。



「お前はどこの所属になったんだ、」

「俺はー……」



 幼なじみの言葉が蘇る。

 白いベッドの上で、私は幼なじみを見上げた。

 その頃はまだあいつは酷い顔で、その部隊の隊長を、うるさいと嫌がっていた。



「第三部隊……」

「ああ、……知ってんのか?」

「いえ。新人対戦でしたね」

「ああ」

「出ます。よろしくお願いします」

「まあ、出なくても新人は見学が強制だからな。腕を試してみるのもいいかもしれんな」



 苦笑されて頭を撫でられる。

 それを避ける気にもならず、沈黙して受け止めた。



 騎士部隊の新人対戦。

 第三部隊に所属しているあいつは出るだろうか。

 いまは、一体どうしているのだろう。



 意味もなく疼きだした胸を抑えて、小さく笑う。

 懐かしい私の幼なじみに会える。

 私はただ、それだけのことで、心が浮き立つのだ。




 なんとか更新。

 次の更新は出来れば早くしたいなあ、と思っています。

 お読み頂きありがとうございました。

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