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希求の女騎士  作者: 鱒味
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03 故郷を憶う

 一人称で進む連載です。

 苦手な方はあらかじめご了承ください。

 今回は連載の進みとはあまり関係のないお話です。

 部隊でやっていることと言えば、一に訓練、二に訓練、その他を飛んで、十に訓練。

 とまあ、そういったところだ。

 だがそれというのも、私がやっていることで、必ずしも全隊員がそれを行っているわけではない。



 隊長や副隊長ともなると、訓練に従事することはなく、書類仕事や犯罪者の討伐、取り締まりなどの命を受けて、隊員に指示を出している。



 見回りや門番も、どうやら騎士が行っているようで、それも部隊ごとに割り振られている。

 騎士は私が思うよりもそれなりに忙しいかったのだ。



 国王の遠征などには、十人単位で護衛をするらしく大体一部隊二十人として、二部隊、多ければ三部隊がごっそりいなくなることもあるらしい。

 聞いた話なので、未だ見たことも無いが、そのときには、騎士の空気もピリピリと張りつめ、辺りの空気が痛くなると聞いた。



 また、国の調査員にも騎士が二、三人付くらしく、地方へ視察に行く際には、王都へ帰ってくるのも一年がかりになる。

 実際に、この部隊でも視察に付いていって数名がいないと聞いた。



 だが、入隊して間もない人間は、ただ只管に訓練をするのみだ。

 ある程度の力と隊での実績がないと、隊命に値する指示を出してはくれないらしい。



 先の騎士団員募集で入ったらしい人間も、私と同じようで訓練の日々を送っている。

 私の他に、新人として入ったものは、聞いた限りでは五人。

 そのどれもが、隊の訓練で倒れたり気絶はしなかったらしい。



 私とのあまりの違いに感心するとともに、やはり、という思いが胸をよぎる。

 騎士になると言う人間だ。

 それなりの鍛錬もし、実績も持っているのだろう。



 ほんの四ヶ月前まで、剣も、棒すら振ったこともなかった人間が、騎士の訓練についていけるわけがない。

 幼なじみも私も、受かると信じてはいたが、いま思えばやはりよく受かったものだ。



 訓練に息を荒げながらも、いつもそんな思いが、私の心を渦巻く。

 運が良かった、私と幼なじみは幸運だったのだと、胸に噛み締める。

 受かると妄信していたくせに、と、笑うだろうか。



 王都について、半月。

 城下町での噂は耳に入っていたのだ。



 大勢の人間が受けに来て、明らかに受かると思った猛者が、肩を落として帰って来たとか、少し名の知れた傭兵が身体を負傷して戻って来た、とか。

 それを気にも止めずに幼なじみは死にものぐるいで身体を張っていた。



 それしか道がなかった。あいつが王女のもとへ行くことができる方法は。

 騎士になれないのなら、その試験で骨を埋める覚悟だったのだろう。

 そして、この私も、その思いでいた。



 受からなければ、あいつは死ぬのだ。

 そうなれば、私も死んだと同じ。



 そんな思いもあったが、一番には私には帰る場所がなかった。

 親の反対を押し切って出て来た手前、帰ることはできない。

 きっと、騎士になれなければ王都の町で路頭に迷っていたことだろう。



 だがあいつは受かった。

 私も受かった。

 きっとこの試験を受けた誰よりも弱かったであろう、私たちが、受かったのだ。



 有り得ないと思うよりも、何故と思うよりも、ただ嬉しかった。

 あいつは生きれる、幽鬼にならない。

 身体が喜びに打ち震えるほどに、嬉しかった。



 最悪、私は受からなくても良かった。

 一番は、あいつの嬉しそうな姿を見たかっただけだったから。

 信じてはいても、やはり不安はあったから。



 ただ私はそんなあいつの姿を見たかった。支えたかった。

 騎士になれば、直ぐ近くで、あいつに力を貸せるだろうと思っていた。

 それが私の二番目の願いだった。



 だが当然、そのためには、あいつに貸せるほどの力が、私になくてはならない。

 いままでは同等だったが、いまはもう、あいつと私の実力の差はかけ離れているだろう。

 ならせめて、路端の石程度の人間にはならないでおこう。



 幼なじみにとって、自分に及ばないまでも、足手まといにならない程度になろう。

 出来ることなら追いつきたいと願うけれど、それはきっともう叶わない。



「よお、頑張ってんな」



 訓練中に声をかけてきた先輩に、小さく笑みをおくって頷く。

 とてもではないが、声を出せる余裕は無い。



 どうやら、隊長に指示されていた犯罪者の取り締まりは済んだようだ。

 これから部隊の訓練に参加するのだろう。

 隣で、私と同じように訓練し始めた先輩の横顔を見る。



 私も早く、涼しい顔でこの訓練をこなせる人間になりたいものだ。



「なあ、このあと、少し打ち合いでもしないか」



 先輩の唐突の誘いに、少し意表を突かれてしまった。

 思わずもつれてしまった足を立て直して、必死に頷く。



 だが虚しくも首はガクガクと揺れるばかりで伝わっているか、いまいちはっきりしない。

 あまりある疲労に声を出せる気はしなかったが、言わないよりはマシだと判断した。

 乱れた息を数秒整えて、先輩に顔を向ける。



「お、ねが、しま、ぁ、す」

「ありがとよ」



 瞬時に返ってきた返事に、ほっとして小さく笑みをこぼす。

 この隊の訓練は、原則やることは決まっているが、打ち合いをやるならば、それを優先して構わないという方針だった。



 実践に慣れなければならない身として、それは外せない。

 私は明らかに他よりも劣っているし、その訓練は何を圧しても行いたかった。



 思いもかけず誘ってくれた先輩を、どうして断れようか。

 ただここで残念なのは、私の訓練にはなっても、先輩の訓練には微塵もなれないことだ。

 それを口惜しくは感じるものの、やはり打ち合いの訓練は嬉しい。



「じゃあ、これが終わったら頼むな」



 それにコクコクと頷いて、訓練に励む。

 一応、はい、と返事をしたのだが、聞こえただろうか。



 訓練についていけるようにこそなったが、まだ言葉を発せられるほどの余裕は無い。

 情けないが、平然と訓練をこなすまではもう少し時間がいるだろう。

 隣の先輩はもう私が追いつけないほどの速度で、訓練を終わらせていた。



 まずい、これでは先輩を待たせることになると、私は無い力を振り絞って訓練を終わらせた。

 身体がズキズキと痛みを訴えるのを、誤摩化しながら、ふらつきながらも、立ち上がる。



 明日はこれまで以上に身体が痛くなりそうだ。

 むしろ医務室に行って、身体を一度見てもらったほうが良い気がする。

 もしかしたら、どこか筋を痛めているかもしれない。



 そんなことを考えながら、模擬剣の準備をしながら、剣技にいそしんでいる先輩の元へ向かう。

 先輩は模擬剣を持つ私を見て、笑った。



「少し待つ」



 人の良い笑顔で、そう言った先輩にお辞儀して、言葉に甘えることにする。

 少し無理しただけで、息切れが過呼吸の手前までいってしまった。



 これでは、せっかくの打ち合いも身にならない。

 事あるごとに声をかけてくれる先輩にも悪いことをしてしまうだろう。

 はやく息を整えなくては、と、深く息をする。



 手がカタカタと震えているのに気付いて、やはり身体は限界なのだと、瞼を伏せる。

 さっきの無理で疲れすぎて、体全体が痺れている。

 いままで村で、このような訓練をしてこなかったことも、要因の一つだろう。



 入っておいてなんだが、ここの熱気は、危険と皆無な村民には慣れづらいものがある。

 騎士になると、自分で決めたこととは言え、なかなか上手くいかないものだ。



 つくづく寮が一人部屋だったことが良かったと、安堵に息を吐いた。

 故郷を思い出して歪んだ情けない顔を、誰にも見られずに済む。

 村に置き去りにした家族が気がかりだが、私は日頃からあまり家族思いの娘ではなかった。



 小さい頃は、それこそ悪戯ばかりに精を出して、叱られたりもしたものだ。

 それでも、私はあの家族で一人きりの娘だった。

 兄はいたが、三人とも自立し、結婚し、子供を授かり、もう自分の家をつくっている。



 両親は、自分の息子の奥さんに気兼ねをして、早くあんたの子が見たいと、せがんでいた。

 そう考えると、私はなんと親不孝な娘だったのだろう。



 本当はあのまま、村で結婚して、子供を産んで、はやく親を安心させるべきだった。

 だが、私はここにいる。

 親を捨て、村を捨て、騎士団に入団した。自分のたったひとつの願いのために。



 恨んでいるだろうか。

 騎士になったからには、もう故郷には戻れない。

 早馬で文を出したが、それきりだ。



 死んだものと思ってください。

 そのたった一文を、文の最後に小さく書いた。



 親はどんな思いで、私の文を呼んだだろうか。

 そんな思いが、逡巡の末に、ふと沸き上がった。



 いまはもう傷だらけの身体を見る。

 なにもこんな傷だらけの身体にさせるために生んだわけでもあるまいにと、私は身体に傷をつくった自分を棚にあげて、小さく苦笑した。



 それでも、騎士になると言ったからには、そういうことも親はわかっていたのだろう。

 母は私に傷がつくことに、一番過敏だった。

 だから、それだけではないが、あれだけ反対したのだ。



「なんであんたが、」



 親の泣き顔が、悲鳴が、泣き崩れた叫びが、いまも背中から追いかけてくる。

 ただ目を開いて、最後まで私から目をそらさなかった父が、その目から涙を流すのを、私はただ見ていた。



 父が涙を流したのを見たのは、思えばあれが初めてだった。

 あの人は感情の起伏が薄い人だったから、私はあの人がこんな風に泣くと思っていなかったのだ。



 ここで泣くな。

 そのときに、私は親の慟哭に揺れ動く自分の心を律した。



 私はいまから親を捨てるのだ。

 泣く権利はない。悲しむ資格も、苦しむ資格も私にはない。

 私にできることは、ただ親の言い分を、叱りを、黙って受け入れることだ。



 父は、睨むように私を見つめて、何を言うこともなかった。

 それでも覚悟だけは理解したのだろう。



 母は、最後まで泣き叫んで、私を認めなかった。

 それでも路銀や餞別を渡してくれた。



「これは、あんたの結婚資金だったんだからね、あんたはもう、結婚できないからね、」



 恨むような声音で、そう叫んだ母に、小さく苦笑を返した。

 私は、別にそれで構わなかった。

 もとより、花嫁の晴れ着も、幸せな結婚生活も、王都へ向かうと決めた時点で諦めていた。



 それでも、母は、父は、見たかったのだろう。

 私の晴れ着を、嫁にいくときを、私の子供を、ずっとずっと待っていたのだろう。

 考えても仕方の無いことを、私は延々と思い続ける。



 私は酷い人間だと、忘れないために、ただずっと思い続ける。

 けれど親に謝るのは、心のなかだけに留めようと、決めていた。



 私には許される資格がない。

 恨まれて然るべきだ。

 だから謝らない。



 変な話だ。

 散々な迷惑をかけて、最後に親を捨てた私を、何故私は親が恨まないと思っているのだろう。



 けれど親は、私を思ってくれていた。

 いつも大切に育ててくれた。優しかった。

 あの人たちは、私を恨むのだろうか。



 私の心と反して、私を恨むだろうか。

 それもいい、それがいい。

 そうして私のことは、勘当したと思っていればいい。



 ただそれは、私の甘えなのだと、わかっていた。

 いまはただ故郷を思う。

 あの幼なじみの分も、私はただ故郷を思うのだ。




 訓練に慣れていた主人公の独白でした。

 騎士団に入って、少し郷愁を感じています。

 お読みいただき、ありがとうございました。

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