02 想いの行方
私の一人称で進む連載です。
苦手な方はあらかじめご了承ください。
私が勝手に決めつけてはいたことだが、やはり当然のことながら、幼なじみも騎士試験に受かったそうだ。
受けた試験担当者が違うために、配属される部隊も違うが、それはそれでいい。
何も幼なじみにべったりとしていたかったわけじゃない。
幼なじみの目的は果たされた。
これで王女の傍で働けるし、運が良ければ、王女に会える、そんな存在になれたのだ。
私は私で、昔のように掛け合いの出来る仲になれたのが、嬉しい。
幼なじみは顔こそ酷いが、訓練に支障が出るほどではないというので、明日を待って部隊に配属されるそうだ。
試験担当するのは、各部隊の隊長だったようで、その配属下になると言っていた。
なら私も、試験担当した隊長の部隊に配属されるのだろう。
幼なじみの隊長は、中々に豪気で熱意があるらしく、ぼこぼこにされたが、豪快に幼なじみを認めてくれたそうだ。
「見る目がある人だ」
ベッドの中でそう笑えば、幼なじみは顔をしかめて、ため息を吐いた。
「うるさい」
嫌そうな顔をしてそう呟いた幼なじみに、笑いをかみ殺して喉を鳴らす。
幼なじみは、あまり良い印象を抱いてはいないようだが、私は断然、その人物に好感を抱いた。
闘いらしいこともしてこなかった私たちが、試験に受かるのは相当奇妙なことのように思える。
だが、幼なじみの決意は、目を見張るものがあった。
傍に行けるのだ、守れるのだ、……会えるのだ。
棒を片手に対峙して幾星霜、王都に近づくごとに、その思いは如実に幼なじみの存在を色濃くした。
あれほどいるんだかいないんだか、訳のわからなかった幼なじみが、いまこんなにもその存在を感じる。
人はわからないものだ。
もう問いかけても、振り返っても、呼び返してもくれないのかと思っていた。
「お前はいつ頃だ」
「ん?」
「いつ配属される」
憮然とした顔で問いかけてくる幼なじみに、顔を綻ばせる。
「いや、受かったと言われただけで、まだ何も言われていない」
「配属される部隊も解らないのか?」
疑念に眉をしかめる幼なじみは、釈然としないらしい。
笑って頷けば、ため息を吐かれた。
そんな風にされても、私にそれを知る術はない。
最初に会った女性には、暫く身体は動かせないだろうと、言われていた。
幼なじみが入る部隊への配属も、私にはもう少し先の話になるだろう。
「お前と私は同等だったのに、これでは置いていかれてしまうな」
笑って、仕方がないことだと、溜飲を下げる。
やはりスタート地点が同じだったがために、幼なじみが先に部隊に配属されることを少し悔しく感じる。
遅くて配属は一月かかるだろうか。
たかが一月と、人は思うかもしれない。
ただ私たちは、その一月、一日に、全てを傾けてきた。
だからたった一日の差が、きっと私たちに大きな隔たりを刻む。
駆け足で駆け抜けるように、幼なじみは私を置いていくのだろう。
「早く良くなれ」
待っているとは言わなかった。
追いつけるとも言わなかった。
それらが全て、出来ないことだと、幼なじみはわかっていたから。
王女を守る力を身につけたいから、待つことはできない。
成長を待つことができないから、追いつくことはできない。
その幼なじみの思いを、私は痛いほどわかっていた。
「ああ」
わかっているとは言わなかった。
頑張るとも言わなかった。
それらが全て、言わずとも伝わると、私は思ったから。
伝わっていないかもしれない。
もう昔とは違うのだから。
それでも、その程度の絆はあったと、私は信じたかったのだ。
結局、一月はかからずとも、私が部隊に配属されるまでは、およそ半月の時間を要した。
その間、幼なじみは自部隊でしごきにしごかれて、それでもなんとか食いついているらしい。
あの時の女性は、この王城の女医だったようで、そこを経由して幼なじみの五体の損傷が伝わってくる。
私たちのあの鍛錬は、ただのお遊びに過ぎなかったということだろう。
私もこれからズタボロになる毎日が待っている。
それも良い。
半ば捨てるように家を出たのだから、それぐらいの報いは受けなくてはならない。
そして部隊に配属された日、下品で申し訳ないが、まず最初に、ゲロを吐いた。
その次に血を吐いた。
その次は意識を失った。
ああ、随分ときつい。
体中が王都を目指していたときの比ではないほど痛む。
意識を失えば、水を被せられて、起こされるために、休む間もない。
これでは嫌でも筋肉はつくし、体力も上がる。
幼なじみもこのような生活をしているのだろう。
その日の夜は、死ぬ気で飯をかっ食らい、死んだように眠った。
騎士の宿所は基本、隊長・副隊長階級でもない限り、共通部屋になると聞いていたが、私は一人部屋だった。
なんの気兼ねもせずに、堅苦しい服を脱ぎ捨てて、ベッドに身体を沈めた。
朝がまた辛かった。
筋肉痛だ。
寝返りを打つだけで、筋が張って痛い。
歩くのにも、一苦労だ。
一日目より二日目の方が足腰が立たず、へなちょこだったとは、情けなくて笑い話にもなりゃしない。
それでもその日も、限界まで身体を動かして、ついには血反吐を吐いた。
慣れるのは、いつになるのだろう、と筋肉痛に苦しみながら、朝食を食べに向かう三日目。
筋肉痛はこんなにも続くものか、笑いたくなった四日目。
よく平気な顔で動けるな、と周囲を見渡した五日目。
ここにいる人間、ひょっとして皆、化け物なんじゃないかと思った六日目。
その筆頭にいる隊長が、なんだか妖怪に見えてきた七日目。
それらを内包している王城が悪魔の巣窟に見えた八日目。
筋肉痛がなんとか治まってきた九日目。
かと思ったらぶり返してきた十日目。
痛みに呻く十一日目。
なんだかんだで化け物の仲間入りを果たすまでに、どれだけの日々を乗り越えてきたか、思い出したくもない一月目。
筋肉は女性にあるまじきほど、気色悪くついて、本当に逞しくなったものだとふと息を吐く。
やっとの思いでこの部隊にも慣れてきて、訓練についていけるようになった。
なるほど、ここは生き地獄だったと、痛みと格闘した日々を思い返す。
一月目になれば、まあ下品な話だが、ゲロを吐くこともなくなり、食らいつこうとして、食らいつけるようになった。
最初の十日間は心で食らいついて、身体が地に伏していたのだから、私の成長ぶりはそこから窺えるだろう。
私自身に、余裕のようなもの。いや実質全然余裕などないのだが、そういうものを見つけたらしい部隊の先輩の一人は、声をかけてきてくれるようになった。
最初のうちは総無視だったので、てっきり嫌われているかと思っていたのだが、そうではないらしい。
「お前が試験受けてるときに、俺は応援してたんだぜ? 一緒にやってみてぇってな」
まさか、と快活に笑いながら、肩をばしばしと叩いてくる先輩に、苦笑いを返す。
そこ、治りかけの傷があるとこです。
それより何より、嫌われていなかったことは、良かった。
これから同じ部隊で過ごすのだから、こういう所でも連携が取れていなければならない。
「俺はこの部隊じゃまだ新入りだからな、お前みたいな奴が入ってきて嬉しいよ」
どうやら先輩は、この部隊では新入りの部類に入るらしい。
その割には、他の皆と同じ動きを同じ早さでこなしていたのだから、相当凄いものだ。
私なぞは、一工程遅れて、終わるのも遅くなる。
「これからよろしくな」
差し伸べられた手に、小さく笑う。
別に騎士部隊に入るために、王都に来たわけではないが、認められればそれなりに嬉しいものだ。
「はい」
笑い返して、その手を握り返した。
村にいた頃とは、私は大分様変わりしたが、幼なじみは一体どうなっているのだろう。
あの幽鬼のような姿に戻っていないことを願っている。
願う以前に、戻っていないと、私の中でははっきり答えが出ているが、やはり実際に見ないと事実を得ることはできない。
もう少し、この部隊に慣れたら、会える日が来るだろうか。
部隊同士の合同訓練もあると聞く。
そのうち会えるだろう。
幼なじみにはまた昔のように笑っていて欲しい。
ただあの頃のような、私と幼なじみの関係には、もう戻れないだろう。
遊ぶのも一緒、怒られるのも一緒、笑うのも一緒、泣くのだって一緒。
あの頃のことを、きっと幼なじみは忘れている。
それでも意思を欠如したような、お前の姿を、私はもうこれ以上見ていたくはなかったのだ。
大切な、私の幼なじみ。
お前が王女に会いたいと思う気持ちと同じほど、私は昔のお前に戻ってほしかった。
きっとわからないだろう。
私が相手でなくてもいい。
王女が相手でもいい。
笑ってくれ、泣いてくれ、怒ってくれ、楽しんでくれ。
私はそんなお前が好きだった。
私は、私の好きなお前にまた会いにきたのだ。
そのために、騎士になる試験にも受けた。
王女の元で、昔のように笑うお前に、会いたかったから。それを見たかったから。
たったそれだけだ。
それぐらい、お前は叶えてくれるだろう。
「なあ、お前はなんのために、騎士になりたかったんだ?」
興味深そうに、聞いてくる先輩に、小さく笑みをこぼす。
きっと、わからない。
「騎士になってまで見たかったものがあるからです」
王女の元で働く騎士でなくては見られなかった。
この国でなくてはならなかった。
少しずつ、少しずつ、魂が吹き込まれていく、私の幼なじみ。
あの日、奪われた心を、取り戻していく。
村にあのままいれば、きっと幼なじみは、笑いもしない人間になっていた。
叶わないと誰に言われるまでもなく、わかっていた幼なじみだから、力なく王都の方向を眺めることしかできなかった。
けれどもう違うのだ。
王女の直接の力となれる。
守れる力を、身につけることができる。
それだけの思いが、幼なじみを突き動かしている。
あのとき、見舞いに来た幼なじみの、自隊長を、うるさいと嫌がった言葉。
あれも村にいた頃だったら、何を思うこともなかった筈だ。
ただ何も映さずに、虚空を眺めただろう。
王女が、幼なじみの感情の、全ての根元にある。
敵わない。ああ、まったくもって、敵わない。
敵うはずもない。
あの日、心奪われた幼なじみの姿を、私はずっと忘れられずにいる。
腐抜けた様子のお前に、右往左往として、手探りに声をかけていた幼い私が、ようやっと報われた気がした。
お前がまた、腐抜けたお前に戻らないように、私はお前の傍にいよう。
王女も年頃になれば、嫁に行く。
その王国先でも、お前が騎士になれるように、努力しよう。
そうしたら、また名前を呼び合って、笑える。そんな仲に戻れるだろうか。
いまはまだ解らずとも、時がくれば解るだろう。
そう思えるようになったことが、嬉しくて、私は小さく笑みをこぼした。
テンションが上がり続け、続きを投稿します。
この連載、いまのところ一切人物の名前が出ていないので、誰が誰だがわかっていない方は、申し訳ありません。