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希求の女騎士  作者: 鱒味
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13.5 マルロ・ガンゼルト



 険しい顔をしたガイアは、手元の書類に目を落としながら、ため息を零した。

 羅列する文字から読み取れる情報は、決して楽観視のできない問題ばかりだ。



 ガイアは既に官僚の火急の指示によって国への速達を頼んであった。

 そして送られてきた返事もやはり、この事態を大事と受け止めているようだった。

 新たな騎士部隊を編制し官僚もまた一人、送られてくるようだ。



 たかだか魔石、と鼻で笑うボンクラどもをガイアはこれまでに何度も見てきた。

 だが、まだ国の中枢はそこまで腐っていないらしい。



 新入りであり、これが初仕事であるアニーがいるガイアの仕事はこれで終了とはなるが、送られてくる騎士が一番隊の者であるなら、詳細を知ることも容易いだろう。

 ガイア自身にとっては一番隊の人間が送られるとわかりきったことである。



 元より一番隊に任された仕事から露見した事態であるし、なによりこの重要項を王が他隊にわざわざ送る理由もない。

 どんなに過業務をこなしていようと、上はお構い無しだ。



「元々あった仕事は他隊に回ったろうがな」



 ふっ、と遠い目で彼方を眺めながら、ガイアは疲れたように肩を下げた。

 王が一番隊に仕事を回すのは、王が隊長贔屓だからだ。



 仕事が回りきらないと隊長が判断し、王へと申し出ればそれは受理される。

 それを滅多にしない隊長だからこそ、一番隊の隊員は皆が皆苦しんでいるのだが。



「しかし、不味いな」



 これだけの魔石が取り扱われているとなれば、どうやら事態はただの商人同士の問題ではない。

 幾度目かのため息に苦悩が募る。



 空を見上げるように首をもたげて、ガイアは椅子の背もたれに力なく寄りかかった。

 その背後でガチャリと戸が開いたのに、ガイアは目線だけを寄越して口を開いた。



「これはこれは……何の御用ですかな、出世確実と城内でそこはかとなく囁かれている官僚殿」

「……よせ、ガイア。下らん御託を言うな。虫酸が走る」

「それは失礼致しました、マルロ殿」

「その取り繕った口の効き方もいらん」

「堅物が、珍しいこと言うじゃねえか」



 眉をしかめた男は、軽く息を吐いてガイアの元へと歩を進める。

 細い体格をした少々眉間に皺を寄った男は、今回のガイアたちの護衛対象である。



 道中ではこのような砕けた様子もなかったが、それは仕事中であったこととアニーがいたことが要因だろう。

 いまはといえば、アニーは所用で席を外しているし、官僚としての書類は全て国へ送ったあとだ。



 マルロ・ガンゼルト。

 身分の都合で地方官僚をしていた男だが、その優秀さ故に国へと引き上げられた男だ。

 ガイアが知り合ったのは、確かその頃だった。



「久しぶりだな」

「おう」



 疲れたようにため息をついたマルロがこぼした言葉に、ガイアは声を緩めて言葉を返す。

 元来、気難しげな男だ。



 それでもこうして交友を忘れずにいてくれたのは素直に喜べる事だ。

 長いこと連絡もとっていなかったが、やはり忘れたわけではないのだろう。



「忙しくて会う機会もなかったからな」

「ああ、互いにな」

「何年ぶりだ」

「6年だ」

「もうそんなに経ったか」

「ああ」



 騎士も官僚もほとんど休みのないような仕事だ。

 もう何年も家族に会っていない、といったのは騎士や官僚ではそう珍しくない。

 ましてや、騎士と官僚、仕事上の関わりも広く浅くが基本的だ。



 ガイアはこの時間にわざわざマルロが尋ねて来た理由を大方察していた。

 ふと目元を緩めて手の書類を机に置いた。

 マルロはガイアに続いて対面の椅子に腰を据えて指を組んだ。



「ガイア、どう思う」

「直球だな、もう少し昔を懐かしむとかはないのか?」

「ガイア」



 眉をしかめて咎めるようなマルロの口調に、ガイアは肩をすくませて口を開いた。



「恐ぇ顔すんな。悪かったよ。大方お前が考えてることと一緒だ」

「やはりこの規模では……」

「街の警備隊が大なり小なり関わってんだろうな」

「……嘆かわしいことだ」



 マルロの苦渋に満ちた声にガイアの眉間にも僅かに皺が寄る。

 国の騎士団が関わっていた汚職もまだ記憶に新しい。



 ガイアは人間一人一人が聖人君子では必ずしもいられないと思ってはいるが、やはりこの事態には眉をしかめずにはいられない。

 ましては人一倍生真面目なマルロには断固として受容できる事態であるのだろう。



 こうも次々と国政に揺るがす問題が起こるのは、本格的に何者かが裏で糸を引いている可能性もあるということだろうか。

 だがあの事件とこの事件を関連づけるものは見つからない。



(さすがに考え過ぎか……)



 机のうえの書類に目を落として、小さく息を吐く。

 ガイアが経験した事のないような大事がこの先に起こる可能性も十分に考えうる。



 きっとそういう時期なのだろう。

 マイア戦争からの沈黙の百年。

 今の時代に至るまでに特に国を揺るがす出来事は起こっていない。



 表面上の平和を保っているこの現状は大きな揺り返しが起こるという前触れだろうか。

 何にせよ、国にとっては愉快ではない出来事だ。



(あまり楽観視もしていられないな)



 心中でぼやきながら、ガイアは机の書類に手を伸ばす。

 マルロの方へと書類を渡せば、ガイアの手から書類が離れた。



 元々マルロからガイアへと下げられた書類だ。

 中の見聞が済んだら返すべきだろう。



「ガイア、そういえば一番隊に女が入ったそうだな」

「珍しく白々しいな、マルロ。どうした。もう会ってるだろ?」

「いや、珍しいことだと思ってな。”あの”一番隊に、女が入るとはな」



 単調な声だったが、その口調の端々に現れるものに、ガイアは力なく項垂れた。



「官僚の間でも有名なのか、あの話は……」

「当たり前だ。噂になってるぞ、一番隊の悲劇は」

「聞きたくはない。黙っててくれ」

「……ふん、まあいい。昔の返しだ。有り難く受け取れ」



 そんなもんはいらねぇ。

 マルロの堅物さを昔散々からかったツケがまさかここで回ってくるとは。

 ガイアは苦虫を噛み潰したような心中で、額を苦悩で押さえた。



 あの時は若かった。

 散々からかったガイアのことをマルロは根に持っているのだろう。



「だが、いいのか。ルーラ嬢のこと」

「街を回りたいっつう話だったからな。あいつもこういう街には来た事がなかったようだし、いい機会かと思ったんだよ」

「そういうことを言っているのではない、ガイア」

「わかってるさ」



 何も誤摩化そうとして、こんな話をしてる訳じゃない。



「だが領主の娘だ。危ういところを通るわけじゃねぇ。そうそう問題があってたまるか」



 眉をしかめて咎めるような口調のマルロは、ガイアの判断に納得しかねるのだろう。

 憮然とした顔で腕を組んだマルロに、ガイアはふと息を吐いた。



 ガイアがついていったのであれば、マルロがそう文句を言う事もなかったのだろう。

 マルロが論点においているのはアニーの経験値だ。



 問題が起こっても対処できる力。

 それがアニーに備わっているかということへの疑問視なのだろう。



 ガイアも一応この任務の責任者、アニーの監督者である。

 マルロの言う事を考えなかったわけでもない。



 だがアニーは街の無頼漢ごときに引けを取るような腕ではない筈だ。

 でなければ入隊試験の際にとっくにふるいの外だっただろう。



 訝しげにガイアの方を見るマルロには、納得しかねるのだろう。

 年若く、しかも女の騎士。

 その実力を疑るのも無理は無い。



「問題は無い」



 その疑念を払拭するように、ガイアは念を押すように言い連ねた。

 ただの街のチンピラならば、何の問題もない。

 体力も速さも、そこらの男には負けないものを持っている。



 ーただ。

 そう、ただ、それがただのチンピラだった場合の話だ。



 アニーは恐らく今まで武を鍛えてきた者にはまだ敵わない。

 唯一の危惧を上げるとするならば、その点だろう。



 だがこの街の領主は良心的で、町民にも慕われている。

 恨みつらみを持つ者もいるだろうが、表立っての悪い噂は聞かない。



「まあ、お前にゃわからないだろうがな」



 加えてルーラ嬢のことも考えれば、問題が起こるなんてことは万が一にも無い筈だ。

 あの目に見えた箱入りお嬢様は治安の悪い所に用などないだろう。



 だがガイアが考えて許可を出したことは、全て推量だ。

 そんなことを目の前のマルロに漏らせば、きっといい加減だと口うるさく言い募られるに違いない。



 心中の懸念を包み隠しながらガイアは眉を上げた。

 ぴくりとマルロの拳が動くのを目の端で見届けてこっそりと笑いを堪える。



(こいつ、相変わらずだな……)



 頭の固い負けず嫌い。

 昔はからかうのが楽しくて、わざとマルロの性質を煽るような言葉を口にした。



 いまはもうそんな年ではない。

 だが昔の知り合いの変わらぬ様子を見ると、愉快な気持ちになるのは抑えられない。



 堪えきれずクスリと漏れた笑いに、マルロは頭に血が昇ったようだった。

 ガイアがしまったと思うよりも早く、マルロはにこりと笑って口を開く。



「私はそろそろ戻らなくては……では、”おひめさま”を大切にな」



 何の前触れもなくむしかえってきた話に、思わず顔をしかめる。

 笑いながらこちらを見下すような物言いに、率直に腹が立つ。



 思わず口からついてでそうになった、いらねぇお世話だ、という言葉を呑み込んで口を引き締めて何気なく顔を背けた。

 ここは何も余計な事を言わないほうがいい。



「……ふん」



 鼻で笑うような体を取られて、ガイアの顔は能面になった。

 心中で直ぐさまにも怒鳴り返したい心境をなだめすかしてどうにか平常を保つ。



 反論すれば最後、鬼の首を取ったかのように付け入る隙を与えてしまう。

 ガイアが言葉に窮さなくてはならないのは、それもこれも全て、一番隊に付き纏うあの中傷のせいだ。



 誰が言い始めたか、あの話は、瞬く間に騎士団内に広まった。

 王からの信の厚い一番隊への嫉妬心も手伝ったのだろう。



 全く不名誉な話だが、否定しきれないのが、尚辛いのだ。

 おかげで一番隊への転任話は他隊で泣いて嫌がられるという。



 酷い話だ。

 実際に働いている俺たちの立場はどうなるというのか。



「官僚に言われたくねぇな」

「一番隊の女日照りにはどんな職場も負ける。誇れることだと思わないか」



 それのどこが誇れるってんだ。

 小さな反論は為す術もなく打ち崩されて、負け惜しみにとせめてもと笑う。



 優しげな顔を装うマルロに心中で罵声を浴びせながらガイアは自分の敗北を虚しく悟ったのだった。

 ちきしょう。




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