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希求の女騎士  作者: 鱒味
16/22

10.5 見えない強さ

 こちらは一人称で進む話ではありません。

 苦手な方はあらかじめご了承ください。

 これ(・・)は女ではないのだ。

 あのとき、ヴェルマはそう息を吐いて、対峙したその相手を見つめたのだ。



 女ではないのだ。

 そう言い聞かせてみれば、ヴェルマの心中で何かが溜飲を下げる気がした。

 安堵に似た、皮肉に似たものも胸に込み上げたが、それでもそれまでの悪寒よりは大分マシなことのように感じた。



 ヴェルマは人と対峙することに喜びを感じない。

 元来戦闘に執着する質ではないのだ。



 かといって理不尽な潰しあいに、怒りや失望を感じるわけではない。

 好き好んでするわけではないだけだ。



 ただ言い聞かすべきを言い聞かし続ける。

 自分は相手を試すものだ。相手は自分に試されるものだ。

 たったそれだけの関係に、反吐が出るほど頭が痛かった。



 隊員を増やす気など、ヴェルマには毛頭なかった。

 現時点で必要性を感じないからだ。



 いまいる人数で不備を感じていることもない。

 雑事に人が必要だと言うのなら、それ用の人間を雇えば良い。

 わざわざ騎士で集める意義を感じない。



 十分統率を取れている中に、異物を入れるなど、誰が好き好んでするものか。

 だが、軍部からの指令とあっては聞かない訳にもいくまい。

 騎士は所詮、国に仕える身なのだ。



 国に敷かれている軍部の総括者は、国でも最高権力者に近い人間だ。

 今更、忠誠だなんだと唱えるわけではないが、仕える者である限り、仕えられる人間はいる。

 自分の場合は、国に仕えるべきで、その中枢となる第二王子が主だった仕える人間だ。



 その指示だ。

 入れない訳にはいかなかった。

 実力や経験のない人間を入れれば、任務時に必ず泥を被る人間がいるというのに。



 どれほど均整の取れた部隊だろうと、一つの異分子に、あっという間に均衡は崩れる。

 いまがベストだ。最高の状態だというのに。

 一体何を血迷ったのだろうか、自分は。



「隊長、頼まれていた書類終わりました。……どうかしましたか?」

「……バルンか。ああ、そこに置いてくれ。後で確認する」

「はい。そういえば隊長、この前の休みに新人対戦を行ったと聞きました。結果はどのようになったのですか?」

「首位争いは一部隊の新人だな。後は知らん。張り出されもしないから、レイルにでも聞いてみればどうだ。あいつには一部隊の指揮を任せておいた」

「聞きました。けれど答えてくれなかったので」

「そうか」



 ならば知らん。

 再び書類に目を落とせば、バルンは一息ついて、机へと歩を進める。



 答える気がないと悟ったのか。

 横脇に書類を置いた所で、バルンの無骨な手が机の書類の一枚を触った。



「……もう新人を任務に出されるのですか?随分早いのですね」



 その言葉に、ちらりと書類に目を落として、一つ息を吐く。



「実力的に問題はない。早く使い物になってもらわなくては」

「上からのお許しは」

「問題ない。むしろ急がなくてはならないのは、上も同じだろう」



 ここのところの急激な戦力補強の意図を、ヴェルマも知らない訳ではない。

 一応の理屈も理解はしている。



 だがそれでも納得がいかないのは、一重にヴェルマ自身の精神の一端によるものだ。

 苦く思いながら、まだまだ青いな、と心中で自分を律する。



 それでも気に食わないものは気に食わないのだ。

 結果を出す為の努力をし続けて来たヴェルマには、これ以上の重荷は堪え難かった。



 魔術の恐ろしさも、魔力の得難さも、ヴェルマは知るべきを知っている。

 手に入れようと伸ばして掴める力は手にして来た。

 それでも尚足りないというのか。



「話は終わった。さっさと行け」

「はい、申し訳ありません」



 自分の機嫌の悪さを感じ取ったのか。

 すんなりと頭を下げて、退室したバルンの背を一瞥して、机の書類に目を落とした。



 現段階で顕著に現れている問題は一つ。

 自分の望んできたことのツケが回ってきたとはいえ、面倒なことだと、肺にたまった息を深く吐き出す。



 新人を早く任務に使えるようにはしたいが、世話役に割ける人間がいないのだ。

 一番隊が抱え込んでいる任務は、滞りなく済まさなければならない。



「やはり新人たちの任務はずらさなくてはならないか……」



 上も面倒な条件をつけてくれた。

 まさか順位ごとに、就く任務の期間を決めるとは。



 否が応でも、戦力を強化せねばならない事態になってきているのだろう。

 ヴェルマが隊長に就きはじめた頃は、上が騎士団内のことに口出ししてくることはなかった。

 昔を思い出してどこかやるせない心地になりつつも、書類を処理する手は止まらない。



 もう慣れた作業に首を馴らしながら、頭を働かせる。

 ふとヴェルマは、作業の手を止める。



 うちの新人にも一人、確か世話役がついていた。

 アニーという新人にレイルがついていることに、ヴェルマは思い当たって目元を押さえて息を吐く。



 レイルはアニーの世話役だ。

 つまり任務に出すのにも、二人が一緒であるのが、好ましいのだろう。

 だが、他の新人に回す人間が、ちょうど任務に回して一人もいない。



 その時期に急ぎの任務がない人間はレイルだけだ。

 出さなくてはならない期間から計算すると、アニーの任務期間には戻って来れない。

 また一つヴェルマは息を吐いた。



「仕方がないか」



 アニーには、任務が丁度終わり戻ってくるガイアを付けようと、頭の中で算段をつける。

 騎士内のことに見聞があり、実力も実績も申し分ない。



 本来なら副隊長にでも配属される力を持つ男だ。

 それに加えて、一回戦で敗退した新人に任された仕事など精々外回りの付き添いだ。

 不足などある筈もない。



 多大な実力不足もガイアなら何とかするだろう。

 入れてしまった限りはどうにか使い物になってもらわなくてはならない。

 これは騎士全体の沽券に関わることだ。



 何故、入れてしまったのだろう。

 考えれば考えるだけ付き纏う苦みに、胸が焼ける。



 試験を実施している時は、入隊の許可を出す気など欠片もなかった。

 完膚なきまで叩きのめして、五体満足で帰らせる気さえなかったというのに。



 あの目と対峙している内に、何故か、忌々しい男の顔が浮かんだのだ。

 終いには、常日頃、口うるさく言われた言葉まで、脳裏に蘇ってきて苦虫を噛んだ。



「努力だけで何になるというのだ、阿呆が」



 吐き捨てて処理した書類を乱暴に横脇に置く。

 ああ、何故。



 沸き上がる嫌悪に苛まれながら、眉を寄せる。

 何故、いまさら、と心中で罵りながら、ヴェルマは舌を打った。



「……やはり入隊許可を出すべきではなかったな」



 ヴェルマの信念を揺るがすのは、いつだってあの男の存在なのだ。

 この部隊にいまはいない存在に、奥歯を噛み締めて拳を握る。



 自分の考えや信念を変える気など、ヴェルマには毛頭ない。

 いままで生きて来た人生の中で、それがヴェルマの唯一なのだ。



 それを揺るがす存在が傍らにいた時を思い浮かべて、ヴェルマは無言で眉を引き絞る。

 笑うように鼻を鳴らして、新たな書類を手に取った。



「あの男、戻って来たら、絶対に叩きのめしてくれる」



 日が経つのは、あまりに早い。

 新人を採用してから、一年もの年月が流れようとしている。

 ゆっくりと、しかし確実に周囲を取り巻く環境が変わっていく。



 ヴェルマの手に残る一つの書類は、その事態を重く捉えてると言っていいだろう。

 第二回の騎士隊員募集における騎士寮増築の旨について。



 あの大掛かりな騎士隊員募集を行うまでの準備期間は三年。

 前回の募集からまだ一年も経っていない。

 よほど上は今回の事態に危機感を抱いているのだろう。



 無理もない。

 ガダージャ国が揺らぎ始めた。



 あそこは才を重んじる国。

 高みを目指すあまりに、重要な何かを見落としている国。



「……まだ戻らないのか。……やはり事態はそう簡単に良い方には転ばないか」



 かろうじて均衡を保っていた国が崩れる。

 その反動は一体どんな事態を引き起こすのだろう。

 想像のつかないそれに、各国が怯えているのだ。



 得体の知れない国の、得体の知れない行動。

 それ一つのためだけに、国が動く。

 全く持って理解しがたいものだ。



「一体何が起こるというのだ」



 才だけを求める国。

 力こそ全てだと唱う国。

 創始者の理を百年もの間、引き継ぎ守り固執した。



 強いだけでは、人は優秀とは言えないのだ。

 賢く、素早く、その上で強くあらねばならないものなのだ。



 いつだかそう告げたヴェルマの言葉に、男は一つ笑って一蹴した。



 全てを求めるなよ。

 人間はどう足掻いたって、完璧になんかなれやしない。



 だから愛おしいのだと、そう笑う。

 その思考は、ヴェルマには理解できないことだった。



 不完全であるものに安定などない。

 揺らぎ、薄れて、崩れる、そして原型など跡形も残さず形を変える。



 揺らぐ事のないものが強さ。

 薄れる事のないものが力なのだ。

 そこまで考えてふとヴェルマは気付く。



 俺はあのとき。



 色のついた幻のようなものが脳裏に浮かぶ。

 あの双眸、意識が朦朧とし視界も定まっていない、焦点の外れたあの眼差し。



 光が射すともいえない鈍い色をしたその目が、やけにヴェルマの胸を騒がせた。

 揺らがない、薄れない、崩れない。



 目に見えぬものなど信じるに値しない。

 結果こそが全てだと、いくら努力をしようと結果が出なければ意味がないと。

 ヴェルマはそう思っている。



 けれど、結果が出ている訳でもなく、ただその双眸だけが如実に語る。

 ヴェルマの信念にどこか引っかかったのだ。



 人はヴェルマを生粋の実力主義と呼ぶけれど、人に任務をこなす力を求めて何が悪い。

 実力がないものは必ず任務に失敗する。

 これは仕事なのだ。



 いくら努力して最善を尽くそうが、成功しなければまるで意味をなさない。

 出来たか、出来ないか。

 仕事のできないものは首を切られる。



 世の当然の摂理だ。

 ただ人一人辞めさせるのにも手間と時間がかかる。

 ヴェルマはその手間と時間を省いただけだ。



 考えれば、考えるだけ、ヴェルマはアニーの入隊許可を出した自分がわからなくなる。

 辞退を申し立てないならば、叩き潰して、気絶まで追いやって、その上で失格を告げるつもりだった。



 諦めないだけでは、強さと呼べないのだ。

 それが一体何の力になる。

 他の隊ならいざ知らず、自分の隊には必要なかった。



「意味がわからん」



 自分の告げた言葉の意味を、探って見落とす。

 気付きたくもないと目を逸らす。



 女ではないのだ。

 言い聞かせなければならなかった言葉が、いつの間にかヴェルマの中から掻き消えている。

 自分は自分でも知らぬうちに、あの小さな新人を認めているのか。



 それに不快感を及ぼさない自分を何よりも嫌悪した。

 実績のない、経験のないものを、何故。



 見えない不確かなものなど認めない。

 そう心に決めた何かがひっそりと揺らぐ。

 ヴェルマをそっと俯いた。




 一人称で続ける連載に限界を感じ始めたので、試験的に投下。

 人数も増えて来たので、この形に移行していこうと思います。

 よろしくお願いします。

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