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希求の女騎士  作者: 鱒味
15/22

10 新人騎士の初期任務

 一人称で進む連載です。

 苦手な方はあらかじめご了承ください。

 一人。二人。三人。

 順に姿を消していく見知った人を気にかけなかった訳でもない。

 それでもそのときは自分の訓練に励むことが精一杯だった。



 いつものように。その日も訓練をしていた。

 常と変わっていたことは、いつもは傍観に徹している先輩が、訓練中に話しかけて来たことだろう。



「いま、いいか」



 何か事が起こったのかと思えば、先輩の様子はそのようではない。

 ただ普通に話しかけられただけのようだ。



 訓練の手を止めて、腰を上げる。

 背丈が違うため、見下ろされる形にはなるが、不敬にはならないだろう。



 ぐっと顔を上げて、先輩の目をじっと見る。

 常と変わらぬ様子で、そこから読み取れるものは何もない。



「はい、何でしょうか」

「悪いな、訓練中に。……二十日ほど隊を留守にする。訓練を見ちゃやれないが、無理はしないようにな」

「はい」

「今日の午後から出なきゃならんから、話しておきたかったんだ。邪魔して悪かったな」

「いえ……」



 短期任務だろうか。

 二十日もかかるとなると一見、長期に渡る任務のように思えるが、騎士団での長期任務は一年、二年かかるものを言うらしい。



 それでもわざわざ伝えられたというのは、打ち合いの訓練もあるからだろう。

 いまは週に二日のペースで、先輩の指導にかかっている。



「二十日か……」



 せっかく打ち合いに身体が馴染んできたところだが仕方があるまい。

 元より、体力も俊敏さも、自分には未だ欠けて足りないものだ。

 ここら辺で只管に訓練に打ち込むことも必要なのだ。これはその丁度良い機会だ。



 そうでも思わなければ、やっていられない。

 体力も、素早さも、私は一向に先輩には追いつかない。

 縮まらない差が、どうしても苦しくて、この頃の打ち合いは黙考することが多くなった。



 先輩に不審な顔で発破をかけられてしまうから、その度に反省をするのだが、どうしようもない。

 焦っているのだ。



 幼なじみにも追いつけず、隊の実力を著しく低下させているようにも思えて、心苦しい。

 ならばと夜にも朝にも訓練をしているが、一向に改善されずに、ただ追いつけない事実に惑うばかりだ。



 何故こうなのだろうか。

 少しづつ、少しづつ、自分の現状に追い詰められていく。



 いくら打開策を求め、いくら改善を繰り返そうと、目の前の涼しい顔は崩せない。

 当然のように打ち負かされ、当然のように手を差し伸べられる。

 その手を取ることを、戸惑うようになったのはいつからだろうか。



 隊の訓練についていけるようになっても、まだ足りない。

 努力も、経験も、技術も。



 先輩はそれでいいと笑ってくださるけれど、自分にはそうは思えない。

 強く、強く、強くならねば。

 そんな強迫観念に駆られて、焦りばかりが心を巣食う。



 このままでは駄目なのだ。

 隊の為にも、自分の為にも、私はこんな所で足踏みをするために、故郷を飛び出した訳ではないのだから。



 先輩が隊を立っていったその日。

 不安に戸惑いを抱えながら、指導されるようになって、初めて一人で食事をとった。



 先輩のない訓練も、ただ何事もなく過ぎていく。

 一日、二日、三日、四日、五日。

 日が経つにつれ、先輩のいない部隊にもすっかり慣れた。



 気付けば直ぐ傍にいてくれた先輩の姿がいないことに戸惑うことも無くなった。

 私はそれほど、自分でも気付かない間に、先輩に甘えていたのだろう。



 指導してくださる先輩がおられないため、ただ用意された訓練をこなす日々だ。

 どうすれば体力がつくのか、どうすれば効率が良いのか。

 そんなことを考えるよりも先に、思い付く限りの訓練を繰り返す。



 身体は滝のように流れていく汗だらけで、それが欠片も気にならない。

 段々と自分が騎士団に染まって来ているのだと、少しだけおかしくなった。



「アニー・ダーザリ」



 聞き覚えのない声だった。

 訓練への神経が断ち切られ、少しだけ顔を上げる。

 少し掠れたような、先輩よりも低い音。



 ぶっきらぼうに素っ気なく呼ばれた自分の名前に肩が反応する。

 まさか先輩のいない訓練所で自分の名前を呼ばれるとは思わなかったのだ。



 訓練に向かっていた手を休めながら、声の主へと顔を向けた。

 名前を呼ばれるなど、騎士団に入ってからは、中々なかったことだ。

 短く揃えられた髪に、彫りの深い顔。逞しい体躯を持つ男性が立っている。



「……はい」



 見上げて、顔を窺ってはみたものの、やはり見覚えのない顔に、自然と背筋が伸びる。

 けれど第一部隊の人間であることは確かなはずだ。

 騎士隊員は基本的に他部隊の訓練所への立ち入りは許されていない。



 同時期に入って来た新人の顔は覚えているが、第一部隊の基本隊員は覚えていない。

 紹介をされた覚えも、挨拶をされた覚えもないからだ。

 だから、目の前の人の顔がわからないのも納得がいく。



 自然に引き締まる顔に、ふと目の前の人は頬を緩めた。

 先ほどまでの張りつめていた空気が少し揺らぐ。



「訓練中に悪かった。俺は、ガイア・セシアン。第一部隊に所属している」

「は、私はアニー・ダーザリという者です。ガイア殿、宜しくお見知りおきを」



 緩やかに差し出された手に恐縮しながら握り返す。

 そこではっと気付いた。しまった。

 私の手は今訓練で汗にまみれている。



 差し出されるがままに咄嗟に握り返してしまった。

 顔色を窺うように見上げれば、無骨な手が力強く私の手を握る。



 心中で後悔しながらも、いまさら引き抜くわけにもいかず、なんとか笑い返した。

 このような気色の悪い手で、不快な思いをさせてしまったかもしれない。



 そんなこちらの心中を気にした様子もなく、相手は静かに笑みを浮かべている。

 少しだけ相好を緩めた相手は、第一印象を大幅に突き放して、穏やかで柔らかだ。

 こうも雰囲気が変わると、全くの別人のように思える。



「そんなに堅くなるな。立場的には俺もお前も変わらない」

「いえ、しかし」

「まあ、お前はまだ新人だしな。でだ。そのことで話がある。時間を取れるか」

「はい」

「そうか、なら庵所へ行くぞ」



 足を翻して訓練所の出口へ進んでいく背中に、我にかえって慌てて足を進めた。

 トントン拍子で話が進んでいくが、こちらには相手が何の意図を持っているかがわからない。



 自分でも知らぬ間に何か問題を起こしてしまったのだろうか。

 浮かんだ嫌な考えに、拳を握りしめて、歩を進めた。



「座れ」



 そう手で対面に置かれた椅子を指し示された。

 庵所というのは、各部隊にそれぞれ設置されている。



 その名の通り、騎士達の憩い場だ。

 机と椅子が並べられた屋根がある、壁がない建物で、だがあまり騎士部隊では活用されることはない。



 だが別に設備が悪いという訳ではない。

 雨はしのげるが風をしのぐことのないここは、年中暑い気候のこの国にはぴったりの開放的な所だ。



 部隊によってはきちんと整備をし、奇麗にしている所もあるが、部隊の大半は無法地帯になっている。

 元来身体の強化だけを求めて来た騎士特有の感性であろう。



 礼にもれず、うちの部隊も整備しているとは言えず、辺りが雑草に囲まれて訓練所からは建物の面影も見えない。

 それでも座る椅子や机が残っているだけ、他隊よりもマシなのだろう。



 仮にも寄進されたものだからと、その整備だけは怠らなかったようだ。

 机や椅子に埃が被った様子もなく、奇麗に整えられている。



 ただ建物自体には気を配っても、その周囲には気が回らなかったのだろう。

 人が訪れる道は微かに見える程度で、進んでこの道を通ろうという人間は中々いないだろう。



「……いえ、私はここで」

「気にせず座れと言いたいところだが、気になるならそのままでいい」



 そう言って、先ほどまでいた訓練所の方角を指差す。

 ここからではその影も見えない。



 わざわざ訓練所を離れて、一体なにを話すというのだろうか。

 検討もつかずに、ただ指差された方向を眺める。



「今年うちに入ったのは、お前を含めて六人の新人だ」

「はい」

「他の新人の顔は知ってるか?」

「……はい」



 本当に一体何の話なのだろうか。

 まさか感情のままに首を傾げるわけにもいかず、ただ相づちを打ちながら耳を傾ける。



 自分よりも遥かに経験豊かであろうその手は厚く、立ち居振る舞いにも無駄はない。

 素人目で見ても一筋縄ではいかなそうな人を前に否応なしに緊張してしまう。



 親しみと距離感も取れている先輩は勝手が違う。

 自然に手を握りしめて、口内の渇きを潤すように、唇を合わせる。



 そんな私の様子に気がついたのか。

 少しだけ口角を緩める姿が目に入った。



「そんなに悪い話じゃない。緊張するな。お前、ここんとこ、うちの新人がいなくなってることに気付いたか?」

「はい、それは。訓練をしている間にそれとなく」

「レイルが隊を留守にしてるのもそれが原因だ」

「原因?」

「あ、いや、そんな悪いことじゃない。あれだ。お前らもいつまでも新人って訳にはいかないだろう。入隊して一年も経つ」

「はい」

「そろそろ一区切りつけて、任務に出そうって話だ」



 任務。……任務?



「任務ですか」

「ああ」

「…………任務」

「ああ。…………大丈夫か?」



 目の前で厚い手をヒラヒラと振られて、瞬きを繰り替えす。

 一体何を言われたのだろうか、自分は。



 噛み砕くように脳内で言葉を反芻してみる。

 任務。……任務。

 これはもしや訓練以外に行われるという騎士特有の任される務めのことだろうか。



 心中で首を傾げながら、眉をひそめる。

 平静として私の様子を眺めている人に、問いかけるために口を開いた。



「あの……私にはまだ任務をこなす実力がないように思いますが……」



 こんなにも情けないことを自分で告げる状況に、困惑しながらもなんとか言葉を返す。

 紛れもない事実だろう。



 訓練についていけるようになったとはいっても、私はまだ打ち合い訓練なども満足に出来ていない状態なのだ。

 遠回しの断りに、相手は微かに眉を上げて笑った。



「国からのお達しだ。任務もそれほど難しくはない。外回りをするだけだ」



 そう言われてしまえば、言葉を返すことも出来ない。

 本当にまだ仕事を出来る実力ではないと、そう言い募ることも可能ではあるが、きっとそれは許されることではないだろう。



 自分は雇われの身であり、そして未だ訓練をするだけの穀潰しの存在であるのだから。

 だが役の立たなさは任務をしようが何をしようが同じことだ。

 ここで、自分の実力の無さを、悔やむことになるとは、全くの想定外であった。



「そんなに気に病むな。任務は明後日だ。まだ日にちはある」

「どのような、任務なのでしょうか」

「西南方面に官僚の視察を付き添う。準備を整えておけ」

「そのような任務に、こんなド素人がいっても宜しいのですか」

「心配するな、一人じゃない」



 その言葉に目を瞬かせる。

 言われた言葉に思い浮かぶのは、自分の指導者であるレイルの姿だった。

 だが、まだ任務に隊を留守にしてから十日も経っていない。



 二十日かかると言われた言葉を信じれば、まだ半分も経っていない。

 帰ってくるにしては日があるだろう。



 目の前で、やけに穏やかに繰り出された言葉に、心中で首を傾げる。

 自分に出来ることはただ、その意図を推し量ろうと相手の目を見つめるのみだった。



 大分遅くなりまして、更新するのが恐くなってきた今日この頃です。

 皆さん、お怒りではないでしょうか。というか見ていらっしゃいますでしょうか。

 なんとか一ヶ月以内に更新間に合った!という状態で本当に申し訳ありません。

 また暫く更新をお待ちくださいませー。

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