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希求の女騎士  作者: 鱒味
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9.5 六人の騎士見習い

 一人称で進む連載です。苦手な方はあらかじめご了承ください。

 主人公の指導者レイル・カルッサ視点です。

 可愛げのない新米なんてのは、いままでだって何度も見て来た。

 実力がないのに威張る人間。変な矜持を持つ人間。

 だが此処まで腹が立つ新米は初めてだった。



 目の前で、第一部隊の新人対戦の一回戦、最後の試合が終わる。

 いくら担当していない新人だって、うちの部隊の人間だ。

 顔と名前ぐらいは覚えている。



「……第一部隊、マイク・エラルージュ!」



 あっさりと、あまりにあっさりと、勝敗を決する旗が上がる。

 直ぐに踵を返して壁に背中を預ける姿に、顔を歪めた。



 解っていた結果だった。

 隊長相手に善戦する奴が、新人対戦の一回戦ごときで、足を止める訳がない。

 うちの隊長はその程度の実力ではないのだ。



 それでも、むかつくのは何故か。

 うちの新人、五名。

 揃い揃って手を抜いてたからだ!



 騎士になったからには、誠実で真摯な人間であれ。

 別にそんな奇麗事を言う訳じゃない。



 だがいまやっている新人対戦は、自隊のいまの実力を他隊に示すために行っているのだ。

 部隊ごとに強さが違っていては、国の騎士団としての威厳が崩れてしまう。



 あそこの部隊は、騎士団の中でも弱くて、というようじゃ、お話にならない。

 だからこそ、いまこの時点で他隊との差を計って、訓練や任務で実力の差を埋めようというのだ。

 だが、どうだ。



 あいつらは、この対戦を価値がないものと決めつけている。

 傭兵やギルド時代と同じものと考えている。

 騎士は単体で仕事をこなすことは滅多にない。



 つまり他者との連携が大事なのだ。

 実力が足らない人間が任務の足を引っ張ることもままある。

 だが、現場で一番足手まといになるのは、現場を知った気でいる中途半端な人間だ。



 結局、うちに入った新米五名は、一人の指導者が付かなかった。

 実力がありすぎるのも要因の一つだろう。



 だがあいつらには自らを”見込んだ人間”がいなかったのだ。

 指導をしてやろう、教えてやろう、協力してやろう。

 そういう人間が他隊に比べ、少ないとはいえ二十いる第一部隊で一人としていなかった。



 これは騎士として致命的なことだ。

 騎士の信用の礎が出来ない。

 俺たちは命を互いを預けるぐらいの気概がなくては駄目なのだ。



 でなければ信用に値しない奴に、命を預けなくてはならない場面に陥る。

 いまは昔ほどに任務も厳しくはない。

 だがそれでも騎士という職業には、少なからず危険が伴うのだ。



 後ろ暗い人間にとっては、騎士は邪魔な存在であるし、それにこの国には厄介な思想を持っている奴がいる。

 一時の戦争に途絶えたかに思えた魔術師思想。



 魔術を統べる国、ガダージャでいざこざが起こっているいま、その思想も表面化していないが、確実にそれは広まっている。

 一部の貴族には魔術師の保有も広がっていると聞く。



 国は荒れちゃいない。

 いまも平穏に暮らす国民で溢れている。

 だがこの頃上層部は段々きな臭くなっている。



 何故いまを維持できないのか。

 貴族という存在が、国を揺るがすのだ。

 より豊かに、より贅沢を、そんな考えでいるから、他者を踏みつけて平然としていられる。



 雲行きの怪しくなる世情に、王や家臣は奔放している。

 だがいつその時が来るかわからない。

 騎士一人が、魔術師一人に渡りあうのは、不可能といっていい。



 団結する力が必要なのだ。

 あの時と同じように、騎士全体が総力をかけなければならないのだ。



 急な騎士の増員もその目的が少なからずあるのだろう。

 第一回と銘打ったこの新人対戦も、これからまだ騎士を増やすという予兆のようなものだ。



 旗が上がる。試合が終わる。

 悔しげな顔をした他隊の人間が自隊に戻っていけば、背中を叩かれて励まされていた。

 思わず苦笑じみながらそれを見届ける。



 うちの隊は仕事はできるが、こういう人情味が薄い。

 あくまでも規則に沿い、ついた任務にも感情は持たない。

 その分、問題も少ないが、坦々と仕事をこなしていくだけの隊務は、あまり好きになれない。



 隊内の仲が悪いわけではないが、土壇場での結束力は他隊に比べて弱い。

 なまじ仕事ができる人間が揃っているからだろう。

 互いを補いあおうという気概が薄いのだ。



 表立った募集がないせいもあるだろう。

 ここ何年も、新米らしい新米にはお目にかかったことがない。

 ふと横に気配を感じた。



「来たのか」

「はい」



 ひそやかに返って来た返事に、少しだけ口端を緩める。

 こいつはそれでも新人らしい新人だ。



 狙っている人間が多かったなかで、指導できる立場につけて良かった。

 まるで弟のような感覚で、教えることも共に時間を過ごすのも苦にならない。



 横に佇む気配は、試合当初の雰囲気と変わってしまった会場内に、戸惑っている様子だった。

 第一部隊の試合が始まる前に出しちまったから、この雰囲気に慣れないのも無理はない。

 その疑問を解消すべく、口を開いた。



「当然と言っちゃぁ、当然なんだが」

「はい」

「第一部隊の猛攻が続いて、他部隊が気圧されている状態だ」



 呟いた言葉に自分で言ったにも関わらず、思わず苦みが込み上げる。

 誤摩化すように笑ってはみたが、上手くいかずに苦笑する。



 傍らにいる後輩以外の五名の新米は、可愛げのない後輩だ。

 同じ隊の人間であっても極力関わりあいたくはない。

 隊長は実力重視の人間であるから、隊内の人間関係には疎いのだ。



 副隊長がいれば、こういう状況になることもなかっただろうが、過ぎた事をいつまでも引きずっていても仕方がない。

 嘆かわしい現実には目を背けたくなるが、それとこれも関係はない。



「うちの部隊の試合はあっという間に終わっちまってな。いまは他部隊同士の試合待ちだ」



 説明がてらに、半ばおざなりにトーナメント表を指し示した手を下ろす。

 俺なんかは見るのも嫌だ。



 実力的に勝てるとは思っていなかったが贔屓の新米は負けちまったし、あまり好きじゃないソレ以外の奴らは勝ち進んでいる。

 ささくれる心を誤摩化すように、けっと荒んでみる。



 さすがに可愛い後輩の手前、そんな心境はおくびにも出さないが、落胆は激しい。

 あいつら負ければ良かったのに。



 自部隊の矜持がかかっていることとはいえ、納得のいかないことは仕方がない。

 あいつら負ければ良かったのに。



「……うちの部隊は、他と違って即戦力になる奴しかいれなかったからな」



 こんな大会に三日も付き合わされるなんて最悪だ。

 試合に負けた新米も否応なしに見学だが、元々俺はこの大会開催時は、休みだったのだ。

 それも三日の三連休。



 ここ五年、またとない”長期休暇”だった。

 たった三日ばかしを長期休暇と呼ぶ俺に涙が隠せない。ちきしょう。



 だがいま異動届が受理されたら困る。

 せっかくの可愛い新米に指導中なのだ。

 こいつがいるうちは、あれだけ希望していた移動も先送りだ。



 だがやはり三十路前には、移動したい。

 俺は結婚したいのだ。家庭を持ちたい。自分の子供と戯れたい。

 三日の休暇を長期休暇と言ってくれる妻が一体どこにいると言うのだ。



 きっと隊長は知らないだろう。

 この部隊が他隊にどう呼ばれているか。



 俺なんかは思い出したくも認めたくもない。

 よって口にも出さない。



「新人対戦の期間は多く見積もって三日だ」



 他部隊の試合を見ると、いつも自部隊の訓練を思い出す。

 隊長は国が決めているノルマ以上の訓練を敢行する。

 そのおかげで、他部隊からもある程度の面目がある。



 ただでさえ少数精鋭と言われる騎士団のなかで、郡を抜いて少ないのはそのせいだ。

 均整を取ろうと人を引き抜き、代わりに二、三人を入れると、必ず逃げ出す隊員が出る。



 それでも隊長はいまの勤務状態を改めようとはしない。

 実力主義だからだ。それも生粋の。

 努力を怠る人間も嫌いだが、結果が全てだと思っている節がある。



「そういや伝え損ねたと思ってな。ちなみに俺は隊長に隊の指揮を三日とも頼まれている。隊長でもねえし、副隊長でもねえのに。マジで俺なんで捕まっちまったのかな」



 つらつらと愚痴じみたことまで口走りながら、軽く口を噛み締める。

 そうなのだ。



 本来俺はこいつの試合を見るためだけに、この対戦を見に来た。

 どこから聞いたのか知らないが、隊長に引き止められてこの試合の責任者を頼まれるまでは。



 これはやはり第一部隊の誰かが画策したとしか思えない。

 大方、隊長を引き止めて、世話係のレイルは新人対戦の観戦に行くそうですよ、とかなんとか吹き込んだのだ。



 こういう大舞台、それも公の行事にかり出されるのは、王の覚えがあるうちの隊長が主だ。

 あの入隊試験以来、初めて見る女の騎士相手に、浮き立つ人間も少なくない。

 なにより隊長相手にあそこまでしがみつく姿に、感銘を受けた人間もいるのだ。



 ある程度の体力がつくまでは静観するという慣例を破ってまで話したのはそのためだ。

 競争力が高い。焦ったのだと言われれば否もない。



 当然妬む人間も出るとは思っていた。

 妬むというよりは嫌がらせの範疇だろう。

 一番の下っ端が有望株を奪っていったことが、気に食わないのだ。



 二回戦が始まる。

 一回戦はうちとやりあった第三部隊の人間だ。



 だが決着は容易につく。

 二回戦は、可愛げのない五人の新人の一人だ。



「……勝者はディレー・ドラン」



 その声に、抑えきれずに舌を打つ。

 気に食わねえな。

 抑えきれない反感が率直な感情に変わる。



 思わず眉をしかめて顔を歪めた。

 涼しい顔で返ってくる男に視線をやりながら歯を噛みしめる。



「……遊んでんじゃねぇよ」



 呟いた言葉は自分でも驚くほど低く冷たかった。

 苦虫を噛み潰したような顔。

 言葉にするならば俺の顔はそうなっていたのだろう。



 ちらりとこちらに視線を送ったディレーを睨みつける。

 少しだけ目を開いて、直ぐに平常になる。



 その余裕さえ気に食わない。

 他者との諍いをその程度に済ます人間に騎士は勤まらない。



 喉元までせり上がるそれを抑えきれず、口から小さく笑いが漏れでた。

 その余裕と矜持がズタボロになるとしたらいつだろうか。

 ソツなく全てをこなせる人間等、この世に存在しない。



「いつか嫌でも協力しなけりゃならない日がくるんだ」



 呟いた言葉に、苦く笑う。

 それはきっと俺も。



 いつか気に食わない新人と組む日が来るんだろう。

 協力しあい、力を高めあい。だがいまは傍らの新人一人でいい。



 隣に立ち、指導し、そしていつか肩を並べられる日が来る。

 その時はそうなると、俺は信じて疑わなかった。

 まさか、あんな事態になるまでは。



 次は本編、……出来れば。

 間話を読んでもらえた方が、本編がわかりやすくなると思いますので、よろしくお願いします。

 ここまで読んでくださって有り難うございます。

 またしばらく更新をお待ちくださいませ。

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