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希求の女騎士  作者: 鱒味
13/22

09 第一部隊の実力

 一人称で進む連載です。

 苦手な方はあらかじめご了承ください。

 会場内の空気は異様に張りつめていた。

 午前を越え、午後にさしかかる時刻、本来ならば試合を終えた人が、緊張や気負いから解放されている頃だ。



 会場に近づくにつれて気付いた静寂に眉をひそめた。

 剣を打ち合う音は聞こえるが、人の声の掛け合いが一向に耳に届かなかったのだ。



 試合開始当初の賑わいなどはなく。

 喧々囂々としていた互いを張り合う声は形を潜めている。



 その光景の状況を把握しようと、先輩の姿を探す。

 直ぐに見つけた壁に寄りかかった先輩の横顔はどこか苦笑じみていた。



 息を呑むような観客の脇を通り抜けながら、試合を横目で確かめる。

 激しく競り合うような打撃の衝撃が試合と離れた足まで響く。

 それに試合当初と変わった様子はない。



 ただ剣の打ち合いと、唸り声。

 それきりの静寂に何故ここまで静まり返った状態になったのかと疑念がよぎる。



「来たのか」

「はい」

「当然と言っちゃぁ、当然なんだが」

「はい」

「第一部隊の猛攻が続いて、他部隊が気圧されている状態だ」



 苦笑気味に試合を目視している先輩の指差した先を見る。

 真白い紙に赤い線で勝ち抜き者の名前が記されている。

 名前の脇に部隊名が書かれており、第一部隊の所属者が悉く勝ち進んでいるようだ。



 新人の人数によって、今回行われた新人対戦は試合数がとても多い。

 一日では到底終わらない試合が待っている。

 その中でも第一部隊の人数は他に比べて少ない。



 名前が残るのは、それだけ大変になる。

 だがいまの所書き込まれている勝ち抜き者は、私を除いた五名が全員進んでいるのだ。



 それは異様な光景とも言えよう。

 各々の部隊で、およそ新人の半分は落とされる。

 行う訓練が国で規定された基準を一律にこなしているのだ。



 部隊ごとの実力の差などあってないようなものだ。

 勤務状態は、各隊長によって違うようだが、それでもいま行われている試合は、”新人同士”の試合なのだ。



「うちの部隊の試合はあっという間に終わっちまってな。いまは他部隊同士の試合待ちだ」



 その言葉通りに自部隊の訓練で見かけた同期、といっていいのかわからないが、五名の隊員は壁際に座って試合を見物中だ。

 こういっては何だが柄が悪いな、うちの部隊。



 他の部隊は試合終了者でもそこまで崩れた座り方をしていない。

 試合を目視し、整列している。



 だがしかし他部隊と違って、うちは隊長や副隊長が指示している訳ではないし、そこまできっちりとはしないのだろう。



「……うちの部隊は、他と違って即戦力になる奴しかいれなかったからな」



 厳しげな顔で試合を見つめる先輩の顔を見上げる。

 無表情で、無感情。

 いつも溌剌して人当りの良い先輩らしくない声音に、ひっそりと試合を見た。



 そこまで癇に障るような試合だろうか。

 誰もが己の力を出し尽くして、武を競い合っている気がする。

 正々堂々と、だがその顔はどこか張りつめているような、やはり様子はおかしいだろうか。



 私がいない短い間で、先輩を不機嫌にするような出来事が起こったのだ。

 それは一体なんだったのだろう。



 過去に戻れない私に知れる由もないのだけれど、気になるものだ。

 だがいまはルフの試合だ。

 このままでは二回戦は途中で終わるだろう。



 開始してから時間は経過しているが、一回戦はまだ全て終わってはいない。

 二回戦は一旦食休憩が入ってからだろうか。



「新人対戦の期間は多く見積もって三日だ」



 ふと気付いたように呟いた先輩に視線を送る。

 試合を見据えたまま話を続けている様子では、よほど他隊の実力が気になるのか。



 うちの部隊は順調に勝ち進んでいる。

 私は一回戦で負けてしまったが、他の新人は本当に実力を持っている人間なのだろう。

 他五名は揃いも揃って一回戦を勝ち星で終了させている。



 他部隊は新人の半分は競り落とされただろうか。

 それでもまだうちの部隊よりは多い人数が残っている。



「そういや伝え損ねたと思ってな。ちなみに俺は隊長に隊の指揮を三日とも頼まれている。隊長でもねえし、副隊長でもねえのに。マジで俺なんで捕まっちまったのかな」



 恨み言を言われても、こちらには答えようがないのだが、苦笑しながら相づちを打ってみる。

 ルフの試合は一回戦が終わってからだ。

 それまでは他部隊を眺めているのもいいかもしれない。



 なんとなしにルフの対戦相手を確かめようとして、眉をひそめた。

 赤い線を辿ればその先に書かれているのは第一部隊の人間だ。



 何故、どんな、巡り合わせだというのだろう。

 気付かなかった私も私だが、これはどう考えてもおかしい。

 ずらりと並べ立てられた新人の名前で、何故第一部隊が二人も固まっているのだ。



 他の新人は確かに均等に分けられている。

 だがこれではルフは、第一部隊の人間と一回戦、二回戦と闘うことになるではないか。



「……どうか、したか?」



 怪訝な顔でトーナメント表を見つめる私を、不思議そうに眺めた先輩がそう尋ねた。

 しまった、そんな挙動不審だっただろうか。



 誤摩化すように記されている表を指差して笑う。

 心配されるようなことなど、何もないのだ。

 気にかけられてしまっては居心地が悪い。



「あそこの試合は、二回戦とも第一部隊と闘うのだな、と思いまして」

「ん、ああ、本当だな。ちょうどいい組み合わせがなかったのかもな。……しかし、そうか。相手が不憫だな」

「相手、が、ですか?」

「いや、見てりゃわかるさ」



 呟いて、苦虫を噛み潰したような顔をした先輩は、そのまま黙り込んだ。

 ルフの対戦相手の名前は、ディレー・ドラン。

 あいにくと新人同士の交友もなかったため、顔はわからない。



 だが、あの五人の中にいることは確かだ。

 試合が終わり退屈そうにしている。



 容姿や体格は違うが、どうやら性格などは似通っていそうだ。

 そういえば私は試験最終日に受け、配属されたのはその後のことだが、試合を受けた時点で彼らは既に配属されていた。



 彼らは私よりも早くにあの訓練でしごかれたのだろうか。

 ならば実力も私とは桁違いだ。

 或いは、ルフとも。



 負けるだろうか、ルフは。

 その差に苦しむだろうか。

 人間らしい悔しさと惨めさに、嘆くだろうか。



 あの幽鬼のようなルフからは、もう想像のつかない姿だ。

 期待をする訳ではないけれど、それさえ、いまの私には歓喜になるようだ。



 けれどやはり、どうせなら笑ってほしい。

 頑張れば、勝てるだろうか。

 そんなことを思った。



「……勝者、第一部隊ディレー・ドラン」



 その声で、ルフの二回戦目は幕を閉ざした。

 涼しい顔で自隊に戻ってくるディレー殿の向こう側で、ルフは汗だらけの顔でその背を見つめている。



 闘いの経験もない、ずぶの素人でもわかった。

 ルフは遊ばれていた。

 私の攻撃を寸分違わず避けたルフが、ディレー殿の放った一撃を避けることも叶わなかった。



 模擬剣を振り上げて向かっていったルフの攻撃は、容易く受け止められていた。

 ディレー殿は試合当初の位置から一歩も動かずに勝負をおさめたのだ。



 あまりに違う。

 実力も経験も、その強靭さも、一人の人間が全力で向かったとしても揺るがない強さ。



「っち」



 試合を凝視していた私の真横から、それは聞こえて来た。

 ゆっくりとその方向へ向くと、先輩の顔が険しく、嘗てないほど歪んでいる。

 そのような顔もするのか、と思わず瞑目した。



 隣から湧き出る肌を突き刺すような雰囲気に自然と腕が硬直する。

 とてもではないが、この状態の先輩に声はかけられない。



 無言で先輩の視界から逸れようと、足を一歩下げる。

 ちょうど横になる状態でも先輩から放たれる威圧感は変わらなかった。



 その行動の間に、ルフは黙々として自隊に下がっていく。

 隊長らしき先輩に、背中を叩かれているが、碌に返答もせず、壁に下がっていった。



 やはり、一朝一夕の訓練ではどうにもならないのだろうか。

 他者との圧倒的な差に、戸惑うだけで終わるだろうか。

 だがそんな思いとは裏腹に、胸に宿る熱いものがある。



 あの強さがあれば、どれだけのものを守れるだろうか。

 ルフを守り、ルフを助け、ルフの幸せを掴む事ができるかもしれない。



 目指すべき能力が、直ぐ傍にあるのだ。

 村にいてはきっと生涯まみえることのなかったであろう体現化された力。



 望みを叶えるためには、あそこを目指せばいい。

 眼に見える目標が出来たようで、どこか喜びが溢れた。



 騎士になって初めての”眼に見える強さ”であった。

 対峙して圧倒される訳でもなく、ただそれに魅せられる。



 あれこそが強さなのだ。



 歯を噛み締めて、震える拳を握り込む。

 ざわざわと込み上げるものがある。

 胸騒ぎのような、感動に似た何かが、身体を熱くさせる。



 強く、強く、強く、あそこに届きたいのだ。

 知らずに緩む口端を必死に押さえ込んで、そのときは打ち震える心を押さえ込むのに精一杯だった。



 新人対戦の試合は、三日で終わった。

 トーナメントの最終争いは第一部隊が独占した。



 先輩の”即戦力になる奴しかいれなかった”という言葉通りだったのだ。

 私は彼らのおまけのようなものだったのだろう。



 その後の訓練が大して厳しくなる訳でもなく、たまに見かける隊長の顔が険しくなる訳でもなく。

 私は何の期待もされていなかったのだと確信した。



 悔しさもあるが、そんな感情が沸くことのほうがおかしいほど、私には実力がないのだから仕方がない。

 ただあの試合を見た時から、強さへの憧れは否応無しに高まっていった。



 いくら訓練が厳しかろうが、あそこに手が届くならば何も惜しくはない。

 苦しくとも、痛くとも、それが強さに繋がると思えば、嫌だとは思わなかった。

 村にいた頃にはそんなことを思った事もなかったのに不思議なものだ。



 ルフもそうだろうか。

 訓練への抵抗も少なくなってきた時から、体力も筋力も上がっていった。

 まだまだ先輩には及ばないが、打ち合い訓練もさせてもらえるようになったのだ。



「この頃、変わったな。お前、入った当初は義務感だけで動いてる感じがしてたんだが、騎士団が楽しいか」

「…………はい」



 身体から青あざは消えず、節々は変わらず痛む。

 打ち合いでついた顔の傷が、笑う動作一つで引きつるけれど、小さく笑って返す。



 強く、強くなりたい。

 憧れが膨れ上がり、自分では到底抑えられない。

 この頃は人に模擬剣を打ち込むのが、少し楽しいのだ。



 周りも見渡す余裕もついてきて、周囲の人々を見つめて思う。

 私はまだまだなのだと。



 それだけ頑張れる。

 期待をかけられていないというのなら、重荷がなくて楽なのだ。



 村を出てもう八月が経つ。

 長い乾期が終わって雨期が来る頃だ。

 心無しか頬を過ぎる風もしっとりとしてきた。



 あの頃よりは強くなれただろうか。

 訓練に慣れて少しだけ逞しくなった身体を見下ろした。



 この話で新人対戦終了です。

 読み返してみたら意外に試合における文が短かったです。

 闘う描写は難しくて飛ばしたかったのでしょうね。


 この次からまた違う内容に入っていきます。


 お読み頂きありがとうございました。

 また少々お待ちくださいませ。

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