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希求の女騎士  作者: 鱒味
12/22

08 誤摩化した願い

 一人称で進む連載です。

 苦手な方はあらかじめご了承ください。

 ……結局、笛は鳴らされた。

 喉元に剣を突きつけられた状態での形勢の好転は難しいと判断されたのだ。



 その笛の音に、ルフがのろのろと私の上を退く。

 私は負けてしまったのだ。

 本当に如実に、ルフと私との差は離れてしまっていた。



 隊の恥となるような結果に、拳を握りしめて悔やむ。

 勝てるとは思っていなかった。

 だが、負けると解っていてまで、新人対戦に出て、私は何を望んでいたのだろう。



 何も得た気がしなかった。

 ただ後味の悪さが、私の心を惑わす。

 遠い、遠い、遠い。



 追いつけるのだろうか、このままただかけ離れていくのだろうか。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。



 子供のように、そんな思いだけが、渦巻いていく。

 壁に寄りかかりながら、他部隊の新人対戦の様子を、茫洋と眺める。

 ルフの名はまだ呼ばれてはいない。



 いつの間にか大きな白紙に勝ち抜き試合の組み合わせが張られている。

 私が敗退し、ルフが次の試合へ進んでいる。

 相手はもう決まっているようだが、試合場が空くまではまだ程遠い。



「よう、負けたか?」



 気付けば、横には先輩が立っていた。

 その軽い言葉に反して、目を細めてこちらを窺う姿に、唇を引き結ぶ。



「はい。……申し訳ありません」

「気にすんなよ。ただ純粋に力が足りなかっただけだ。あれじゃあ、情けない結果とは言わない」

「ですが、負けました。それは事実です」

「真面目だな。そんなに気にすることでもない。試合が終わったら出番ねえから、少し外に行ってみろよ。良い気分転換になる。たった一回負けたきりだ。これからどうにでもなる」



 見下ろしながら笑う先輩の姿に、少しだけ頷いてみせる。

 どうやら気を遣ってくださったようだ。



 実力不足を知りながら、対戦に挑もうとした私を、何故気遣ってくださるのだろう。

 他の新人たちは私のような考えで、この対戦には挑まなかった筈だ。

 私はきっと、この会場にいる誰よりも、不誠実な人間なのだろう。



 本来はこのように先輩に声をかけてもらえる立場ではない。

 そんな人間だというのに。



「あまり、気に病むな。お前は他の奴より時間が足りなかっただけだ。訓練を続ければそこらの奴には負けない」

「……はい」



 ああ。

 本当に優しい先輩なのだ。

 そして未だ私はその優しさに甘んじることしか出来ない存在なのだろう。



 正直な所、現在会場で行われている試合に興味がない訳ではない。

 だが先輩の目が滑らかに私を促すので、ゆっくりと重い腰を上げた。



 王城内では目を和ます庭園が、点々とちりばめられている。

 少し足を進めれば緑豊かなのどかな風景へと導かれた。

 故郷ではこう青々とした見事な光景は見た事がなかったので、少しだけ心が浮き立つ。



 この緑は王都の豊かさの表れだろう。

 少し荒廃している故郷では、あまり見られない光景だ。



「……アニー」



 耳を打ったその声に、ついていた膝に乗せていた手に頬を当てて、その声とは反対の方向を眺める。

 揺らぎそうになる心に唇を噛み締めた。



 足音が聞こえていたために人が近づいていることはわかっていた。

 恐らくは、幼なじみであるルフだろうと、誰に問うまでも思っていた。

 けれど呼ばれた名に、どうしようもなく心が震えてしまう。



 隣に腰かける音に、瞼を閉じた。

 何故、いま来るのだろうか。



 静かに風が頬を撫でる。

 ルフは黙ったまま、ただ肩越しに気配を感じる。

 小さく吐いた息がやけに大きく聞こえた気がした。



「悔しいな」



 ルフが何も言わないのを承知で、そう呟いた。

 自分の心を誤摩化すためだと、自分の浅ましさに思わず笑いそうになる。

 何故、私はこうもどうしようもない人間なのだろう。



 本当に悔しいのは、負けたことではない。

 本当に情けないのは、自分が弱いことではない。



 お前に追いつけず、置いてかれることが恐くて、そんな自分が悔しい。

 強さをただ求めることが出来ず、自分だけが他と違う方向を眺めることが情けない。



「お前と私の実力はそう変わらなかっただろう」



 そんな思いを誤摩化して、ルフを騙そうとするこの心が醜い。

 どうして私は、こんなにも救い様がないのだろうか。



 静かな、どこまでも静かな。

 試合会場とは遠くかけ離れた静謐に身を預けたまま、ただどうしようもない恨み言を呟く。

 妬みのような、ちゃかしのような。



 私の隣にルフは座ったままだ。

 昔は一緒にいない日などなかった。



 親もルフと一緒に遊ぶと言えば、文句も言わずに送り出した。

 本当に兄弟のように育ったものだから、傍にいない日など、想像ができなかった。



「…………勝ちたい」



 小さく、呟いた。

 それは本当の願いではないけれど、ルフは私の言葉を信じるだろうか。



 黙ったままのルフの隣で、呟いた言葉だけが脳裏を過ぎる。

 いつか本当になれば良い。



 浅ましい自分の願いが掻き消えて、ルフの幸せだけを願える人間になれたなら良い。

 振り返らないルフに、痛む胸が頭をかき乱す日が、来なければ良い。

 小さな願いが、確かな願いは、泡のように沸き上がる。



 その全てを口に出す事は出来ないけれど、どうかと願う。

 いつだって望んで願って、けれど全てがきっと叶わないことだ。



 それでも、願う、望む。

 人とはそういう生き物なのだろう。



「ルフ」

「………………」



 呼んだ声に、答える言葉はない。

 それでも、もう昔とは違う。

 ちゃんと私の言葉は、ルフへと届いているだろう。



 そのまま遠くを眺めながら、口を動かす。

 私がここへ来てから、ルフがここへ来てから、随分時間が立っている。



「そろそろ、呼ばれる。戻ったほうがいい。……頑張ってくれ」

「……ああ」



 さくりと、草を踏みしめて、遠く過ぎていくルフの気配を感じる。

 ルフはきっと振り返らない。

 立ち止まる気配を見せずに、ルフの足音はあっという間に聞こえなくなった。



 静寂が戻ってくる。

 ルフの気配はもう一欠片もなく、たった一人きり。

 瞼を閉じて、風を頬に受けながら、唇を引き締める。



「……泣き虫め」



 濡れた頬が痛い。

 ルフはきっと気付かないのだ。


 私の想いに、私の願いに、或いは、私の存在にさえ。

 王女の影を見つめ続けるルフの姿は、眩しいほどに一直線の光を描く。



 私は弱い。

 その一筋の光が、擦れて消えてしまえば良いと願ってしまう。

 そうではないのだ。



 私は願うのは、そんなことではないのだ。

 故郷を飛び出してまで望んだことは、そんなことじゃない。



 何故、揺らぐ。

 何故、留め置くことが出来ない。



「弱い」



 震えた声が、耳を打つ。

 泣きそうに歪んだ声に、唇を噛み締めた。



 強かったなら、こんな思いに揺らがなかっただろうか。

 ルフを思うことを、止めようがない。



 きっと、ルフを思わなければ、こんな思いはしないとわかるのに。

 それでも止めることはできない。

 お前を想わない私は、もはや私ではないのだ。



 だから、解る。

 痛いほどに、苦しいほどに。

 お前にとって、王女とは、そのような存在なのだろう。



 お前が私の気持ちに気付かなくてよかった。

 いまも淡いこの関係が、掻き消えて崩れてしまわずに済むとわかるから。

 敵わない。叶わない。



 願って、望んで、求めても。

 きっと届かない。

 遠くて、脆くて、掴めない。



「忘れてしまいそうだ、ルフ」



 私が真に望んだものを、留め置くことができない。

 頭でわかる理屈が、感情に押し流されて、息もできない。



 知らない振りをして、解らない振りをしてみるけれど、上手くいかない。

 溢れて、流れて、止まらない。

 村にいた頃は、こんなに苦しくはなかったのに、何故。



 浮かんでは擦れる王女の顔に、畏怖の念が沸き上がる。

 ああ、嫌だ。



 ー………………………!

 心の奥底の浅ましい叫びがこだまする。

 そのどうしようもないほどの本心と、狂気を帯びた言葉に心乱される。



 身体を縮めながら耳を塞いで小さく頭をふった。

 違う。こんなことを思いたいのではない。



 大切な人の大切な人を、どうして私は上手く思えないのだろう。

 私は願うのだ。

 紛れもない、ルフの幸せを。



 それなのに。

 どうして、どうして。

 ああ、私は本当は、王女を思うあいつに振り向いて欲しいのだ。



 どれだけあいつの幸せを願おうと、結局私は私を幸せにしたいのだ。

 それでも、そんな自分を許せない私が叫ぶ。



 望むのは、私の幸せではない。

 そう叫ぶ。



「ルフ」



 誤摩化した願いは一体どちらだ。

 お前の幸せを、自分の幸せを。

 私は本当はどちらを求めているのだ。



 いつだって、悩み、苦しみ、結局答えを出せない。

 王都へ来てから、自分の中の矛盾が毎日首を絞める。



 風が穏やかに流れている。

 表面上の平和ではなく、いまこの国には、かつてのような戦争は無い。

 騎士の役目は、国の法に触れる反逆者の処罰や捕縛が主だ。



 領主の税収が適切に行われているか、定期的に視察も入る。

 国民の不満は少ないだろう。

 昔のように、上だけを見上げる時代では無くなったのだ。



 王の視線も、民衆に降り注がれている。

 忠義を掲げるのに、これほど相応しい人間がいるものか。



 本当の忠義でここにいる人間に、私は顔向けが出来ない。

 私の願いは、少なくとも、民衆の平和や、国の発展ではないから。



 ここにいることを後悔する訳ではないけれど、ずっと後ろめたさが付き纏う。

 もっと酷く、罵ってくれていい。

 訓練についていけない私に、決して声を荒げない先輩に、そう思うほどにここは優しすぎる。



「私は情けない」



 私が男だったなら、幼なじみのままでいれただろうか。

 親友のような関係で、酸いも甘いも共有できる仲間であれただろうか。

 男同士なら同じように王女に片思いをして、叶わぬ思いを語り合えたのかもしれない。



 叶わないことばかりを数えて、己の願いを覆い尽くす。

 男だったなら、騎士となっても忠義のままに、力を振るえたろうか。



 けれど私は女なのだ。

 男にはどうしたってなりようがない。

 この思いも、消しようがない。



 歓声も届かないほど、会場から離れた此処では、試合の様子もわからない。

 一試合、二試合、三試合と終わって、いまはどこまで進んだだろうか。



 各部隊の新人の人数からいって、一日では組まれた試合を行いきれない。

 二日か三日、用立てると思うのだが、それもこの試合の進み具合によるだろう。



「……そろそろ、戻るか」



 ルフの試合も見ておきたい。

 どれほどの力を身につけているのか。

 それは私自身と闘ったルフでは、想定しにくいものだ。



 他者と試合をしているルフを見て計るのが一番容易い。

 未だ技術も機微も察せられない私だが、ルフの動きが速いか遅いかぐらいは解る。



 長く剣に従事していた訳でもない。

 実戦経験もない人間がどれほどしがみつけるのか。

 私はあっけなくルフに負けてしまったが、他の対戦者はそう甘くはないだろう。



 経験も努力も、私たちとは桁違いの人生を歩んでいる。

 そんな対戦者たちにルフは一体どれほどの力を示すのだろうか。

 少しの興味と恐れに足を進めながら、これから始まる試合に胸を疼かせた。



 ここまでお読み頂きありがとう御座いました。

 またしばらくお待ちくださいませ。


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