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希求の女騎士  作者: 鱒味
11/22

07 第一回新人対戦式

 一人称で進む連載です。

 苦手な方は、あらかじめご了承ください。

 結局、幼なじみの所属する部隊は、新人対戦の開始ギリギリまで会場には来なかった。

 新人対戦の開始間際、まばらに来ていた会場の隊員達が、部隊ごとに集まりだす。

 隊長や副隊長が点呼を取っているようであった。



 うちの部隊は元から一カ所に集まっていたし、隊長は新人対戦を仕切っている。

 いろいろと忙しい人だ。



 副隊長には未だに会えていない。謎な人だ。

 この会場にも来ているのだろうか?



 そして第三部隊の隊員が、会場に入って来た。

 誰も彼もが汗だらけで、彼らが入ってきた瞬間に一気に会場がムッと湿気に満ちた気がした。

 まるで雨期が来たような空気の蒸し具合に、くらりと頭を抑える。



 さっきまでの程よく乾いた空気が嘘のようだ。

 何故こんなにも熱気に満ちているのだろう。



「おい、大丈夫か」



 見かねた先輩が声をかけてくれたのに、首をふって否定する。

 心無しか、先輩の顔も引きつっている。

 やはり普通はこのような状態にはならないのだろう。



 新人対戦は始まる前に、部隊ごとに整列する。

 隊長か副隊長が号令を取るのだが、うちの隊長は新人対戦を仕切っている人間だ。



 当然、副隊長が号令を取るものだと思っていた。

 横にいた先輩が動き出すまでは。



「んじゃ、集まれ。うちの部隊はこっちだ」

「先輩が号令をなさるのですか?」



 思わずといった様子で上げてしまった声を手で押さえる。

 しまった、場も弁えずに上がった声が、大分周囲の注目を集めてしまったようだ。



 無作法にも程がある行為をしてしまって肩身を狭くする。

 誹りも叱責もせず、先輩はただ私を顧みた。

 顎をかきながら、先輩は、ハハ、とどこか乾いた声を上げる。



 そして、疲れた様子で、肩を落とした。

 どうやら、また私は先輩の触れられたくない所に、触れてしまったらしい。



「……いや、新人対戦を見学に行くっつったら、隊長に任されちまってな。どうしようもねえから、お前らの指揮することになった。ここに俺の名前を知らねえ奴がいるかもしれねえから一応言っとく。今回の新人対戦第一部隊の指揮を執るレイル・カルッサだ。よろしく頼むぜ」



 そう苦笑しながら明るげに自部隊に紹介をする。

 このような人当りの良さも、警護する身には向いているのだろうか。

 騎士部隊などというのならば、上下関係は厳しいという印象なのだが、先輩を見る限りにはそう見受けられない。



 仮にも王国直属の騎士部隊だ。

 先輩が特別なのだろうと思う。

 未だに先輩以外に、騎士部隊の者と接していない私が言うと憶測にしかならないのだが。



「普通は、隊長か副隊長が指揮を執るのにな……」



 ふっと、遠い目で彼方を眺める様子の先輩に、どう声をかけていいものか。

 本気で悩みかけた所で、新人対戦が開幕する気配を感じた。

 自隊長が新人が並列する目前に歩を進めている。



 その様を横目に確かめた先輩の顔も引き締まり、先ほどの明るさの余韻もない。

 会場はあっという間に静寂に包まれる。



「では、シドリア国ニヴェア騎士団第一回新人対戦式を始める。各々己が力量を出し尽くし、武を極めんことを」



 あまりに短かな開幕にも、第三部隊の声に合わせて、騎士団全体から大きな声が上がる。

 歓声に似た開式に、気圧されながらも、短かな開幕を告げた隊長の後ろを見つめる。



 項まで下がる金髪を撫で付けたようなオールバック。

 指定服を着込んでいないことから考えて騎士隊員ではないだろう。



 だが内々に行われるような新人対戦に、まさか部外者が見物に来るようなこともないだろう。

 軍部に携わる要職に付いている臣であろうか。

 その割には年がそぐわない気がしないでもないが。



 壁に寄りかかった状態で、騎士団を眺めている様子から見れば、身分が高いのはわかる。

 わかるのだが、どうにも。

 武に優れてそうにも思えず、やはり違和感は拭えない。



「対戦に至っての組みあわせはあらかじめ決めてある」



 隊長の説明が続く中で、ひっそりと目の前に立つ背中を窺うが、それに対して違和感を覚えている節はない。

 騎士団全体でも、彼の存在に対して異議を感じているものはいなさそうだ。

 私が気にし過ぎなのだろうか?



 細かいことが気になる質ではないが、ここまで引っかかるのは何故だろう。

 どこか見覚えがある気もするが、田舎から出て王都へ来て半年経とうが、情報誌を呼んだ覚えはない。



 王都には詳しくないのだ。

 つらつらと疑念が浮かんでは消化されずに、ただ目前を見つめることしか出来ない。

 まさか問題のある人間が、騎士団の前でのうのうとしている訳でもないだろう。



 その点では何の心配もないと解るのに。

 何故私はこんなにも心乱されるのだろう。



 困惑のうちに、居心地が悪かった私だが、直ぐにその答えはわかった。

 それは自部隊の隊長の言葉によって唐突にもたらされた。



「尚、他隊との公正さを示すために、我が国の第二王子、軍部総括官であるフラル王子にお越し頂いた。くれぐれも失礼がないように、又フラル王子を失望させることのないよう、励むように」



 フラル王子。

 その名を告げられた瞬間に、壁に背を預けていた男は腕を上げる。

 刹那に金糸の髪が前へと落ちた。



 耳慣れた名前に、ああ、なるほど、と心中で頷いて納得してみせた。

 道理で、心乱されたわけだ。



 かつて私たちの村に訪れた王女の実の兄だ。

 自分の国の王子、それも第二王子ともあれば、どんな田舎者でも絵姿や噂話に一度は見聞きした事がある。



 私は、絵姿こそ目にしたことはないが、聞いたことはある。

 シドリア国の軍部の総括者としての任についていると、商人に伝え聞いたことがあった。



 どこかで見た事あると思ったのも、昔に目にした王女の面影を見たからだ。

 私が彼女を忘れるわけがない。



 当然、幼なじみもそうであろうが、あいつは気付いていたのだろうか。

 いや気付いてはいないかもしれない。

 王女の親族とはいえ、王女ではない。彼女自身ではないのだから。



 幼なじみの感心はただ唯一、王女にあると言って良い。

 その家族が対象に含まれるかは解らないが、私には幼なじみのあの執着が他者に移るとは思えない。



「挨拶に時間を取っていても、我ら騎士団には無益だ。新人対戦式を始める。会場に二つの試合場を設ける。いまから名を挙げる両名は、各々の試合場に向かえ。他の部隊は、あらかじめ伝えた所定位置につけ」

「さて、第一部隊はこちらだ。俺についてこい」



 各々の隊長や副隊長が指揮を執りながら、騎士団全体が二つに分かれて、会場の中央が開く。

 紐で枠をつけられた試合場が、騎士が開けた所で見える。

 二つに分けられたその枠の、ちょうど間に隊長の歩が進む。



 集められた部隊の中で、隊長の怜悧な横顔を見つめる。

 しんと静まり返った会場内で、嫌に鼓動が激しく響く。



 何故だろうか。

 胸が騒ぐ。

 緊張とも違う。恐れでもない。ただとても嫌な気分だ。



「……第一試合、第一部隊アニー・ダーザリ」



 嫌だ。

 ぴくりと動かない隊長の横顔に、そんな思いのまま目を逸らせずにいる。



 微動だに揺るがない隊長に、奥歯を噛み締める。

 嘆くような苦悩が胸を震わす。

 私はその先を聞きたくないのだ。



 ゆっくりと、隊長の口が動くのが、やけに遠くのことのように感じる。

 震えそうになる拳を握りしめて、唾を鳴らした。

 ああ、なんていうことだろう。



「第三部隊ルフ・ユジート」



 ああ。

 落胆に似た吐息が、会場内に溶けた。

 ゆっくりと、その名の方向へと顔を向ける。



 煌々とそれでもどこか仄暗い双眸に、ただ小さく口角を上げてみせる。

 笑いたいわけじゃない。

 でも他に私はどんな顔をすれば良かったのだろう。



 踏み出す足は、お前に近づくけれど。

 それが心が近づくこととは異なってることを私は知っている。



 腕が震えないように模擬剣へと手を伸ばしながら、向かい合って対峙する。

 自隊長の声がちょうど隣に位置する試合場の対戦者の名を上げているのが聞こえる。



 脇につく隊長や副隊長は、両者の隊とは関係のない部隊の人間だ。

 審判になるのにも公平さはいるという計らいだという。

 当然と言えば、当然のことだが。



「準備は良いか」



 それに返す言葉も無く、頷くことしかできなかった。

 目の前に望んでいた相手がいる。



 また会うことになる。

 会うのだと、そう思っていた相手がいる。

 こんなにも近くに、お前を感じるというのに、息が止まりそうで堪らない。



 お前と会いたくて、ここにいるのに、何故、お前の顔を直視できない。

 一体何の為に、私は新人対戦にまで乗り込んだのだろう。

 隊の恥になると知って、それでも尚、私は私の望むもののために。



 そんな手前勝手な行動をしてまで、ここに出向いた。

 これを果たして私は望んでいたのだろうか。

 いいや、そんな筈はない。



「では、第一試合、始め」



 幼なじみの身体が動く。

 どこに向かい、どこへ打ち込むのか。

 目にうつっている筈なのに、何故こんなにも身体が痺れるのだろう。



 幼なじみの双眸が、仄暗くそれでも僅かな光を滲ませる。

 あの頃の輝きとは、未だほど遠い。



 所詮新人の騎士だ。

 王女の目にかかるには、鍛錬を積み、実績を築かなければならない。

 そして尚かつ王族の傍に配備される運もなければいけない。



 あいつが望むものは、遥か遠くて、本当に遠くて、その辿り着くまでの苦難は計り知れない。

 お前の為を思うなら、私はお前の手助けをすべきなのだろう。

 王女と会うべく手助けを。



 会わせたくない。

 会わせたくない。

 会わせたくない。



 そんな思いばかりが込み上げてきて、困る。

 お前が望まないことばかり、思い浮かぶんだ。



 ルフの模擬剣が肩に入り込む。

 私はやはり避けることが苦手なようだ。

 ただこの半年で、随分私は痛みに慣れてしまった。



 お前の力では、身体が止まるに足らない。

 模擬剣が入っていない方の身体をルフの方へと捻り込んだ。

 そのまま模擬剣が、ルフの腹を狙う。



 ああ、これが本当の剣でなくて良かった。

 お前の剣は私を止めるに足らず、そして私はお前を殺さずに済む。



 ルフの身体が私から五歩ほど遠のいたのを感じる。

 どうやらルフは避けることが得意らしい。

 私とは正反対だと、ふと笑いが漏れた。



「さあ、ルフ」



 だが、私は退くことはできなくとも突っ込むことは得意なのだ。

 向こう見ずな質のせいだが、今回は役に立つだろう。



 身体がルフへと向かっていけば、今度は避けきれずに、ルフの脇に剣が打ち込まれる。

 さほどルフに損傷を与えられなかったのは、ルフ自身が衝撃を受け流したせいだろう。



 ああ、本当に強くなったのだ。

 どうやっても縮まらない差を感じるようで、少しだけ唇を噛む。



 苦いものが込み上げる胸を誤摩化すように無理矢理笑って、今度はルフの喉を狙う。

 受け流したとはいえ、模擬剣は確実にお前の身体に打ち付けられたのだ。

 浅いとはいえ損傷はある筈、その状態でどう避ける。



「……悪いな、アニー」



 向かっていった身体の横で、ルフの声が響く。

 狙っていた筈の対象を見失って、感じたのは背中に響く熱い衝撃だった。



 ああ。

 呆然と、目前に傾ぐ身体に眉を潜める。

 身体を床に転がされて、そのまま脇を蹴られて仰向けにされる。



 視界がはっきりした頃には、ただルフを見上げることしか出来なかった。

 模擬剣が喉元間際に突きつけられる。

 視界の端で、判定を行う隊長が笛を手に取るのが見えた。



 ついに主人公と幼なじみと先輩の名前が出た!

 ので、今回出た人物をメモ代わりにまとめておきます。


 アニー・ダーザリ(主人公)

 レイル・カルッサ(先輩)

 ルフ・ユジート(幼なじみ)

 フラル王子(第二王子軍部総括者)


 ここまでお読み頂き有り難う御座いました。

 また少々お待ちくださいませ。


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