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希求の女騎士  作者: 鱒味
10/22

6.5 努力と献身

 この話は前回の間話の視点を引き継いでいます。

 一人称で進む連載です。苦手な方はあらかじめご了承ください。

 誰かのために、己の苦しみを恐れない。

 我武者らでも滅茶苦茶でも、彼らは努力の意味を知っている。

 その目を見ることを知れば、誰もがきっとわかる。



 深く、広く、強い光と火を灯して、彼らはきっと全てを拾いあげていく。

 ああ、と胸にこもる息を吐く。



 俺の所にも来た。

 爺さんの話にただ目を輝かせていただけの頃と、俺はもう随分風体を変えたけれど。

 やっと、来たのだ。



 そう、いまはもういない爺さんに語りかける。

 あれこそが、騎士なのだと。



「目を見ればわかる」



 深く広く、……強く。

 ああ、確信を持って告げることができる。

 彼女の目を見れば、わかる。



 彼らには容姿など関係ない。

 屈強な身体を持っていなくても、子供だろうと、老人だろうとも。

 そんなものは関係ないのだ。



 その目を見ればわかる。

 ああ、こいつは、我武者らに、滅茶苦茶になれる人間だ。



「惜しいな」



 この場から離れようとした後輩を引き止めたのは、気まぐれじゃない。

 きっと、魅せられる。

 彼女は強いのだ。



 弱さとは、技術がないからではなく、体力がないからではなく、折れることを言うのだ。

 強さとは、俊敏であるからではなく、腕力があるからではなく、折れないことを言うのだ。



 ああ、俺には無理だ。

 きっとかつての彼に襲いかかった困難に、容易く折れる、脆くも諦める。



「サルマ・オーエン」



 彼こそが、この国の英雄だ。

 ぼそりと呟いて、目を細める。

 なればこそ。彼女もきっと英雄となれる器を持つ。



「あれはいい」



 ああ、本当に惜しい。

 同じ隊(・・・)で働けないことが、こんなにも惜しい。



 恐らく隊長は認めないだろうと解る。

 あの人の女嫌いは生粋のものであるから、仕方がない。

 それなりの過去と実績(と言うのもおかしい気がする)があるから、薦めることはできない。



 薦めたらもれなくぼこぼこにされる。

 ふと思い出したくもない過去を思い出して、背筋を凍らせる。



 昔、あの人に女を買わせようと、無謀な無茶をした馬鹿は、半身不随になって除隊した。

 あいつの薦め方は常識の範囲外だったから、かろうじてあの人は謹慎処分になっただけだったが。



 いや、やはり思い出したくない。

 さりげなく、隊長から目を逸らして、息を吐く。



 あの人の双眸は、いやに冴え冴えとしていて、苦手なのだ。

 こちらに負い目はないというのに、責め立てられている気になる。

 あの人を最初に見たときは得体も知れぬ恐怖を味わったものだ。



 思えば俺は様々な人間を見てきた。

 爺さんの言う、惚れるような目に会いたくて、……俺はずっと待ち焦がれていたのだ。



「俺は隊長や副隊長程に強くはないが、長くこの王国にいるだけ、人脈はそれなりに持ってるからな……」



 熱心に観戦する後輩に、聞こえていないと知りながら、笑いながら呟く。

 ああ、でも惜しい。本当に惜しい。



 一緒に訓練をしたかった。

 同じ隊であったなら、俺が強くなる方法を教えてやれたというのに。



「ああ、惜しいな……」



 そんな思いも勿論、ありすぎる程に。

 だけれどそれよりも、いまは出会えた奇跡のような出来事が、俺を浮かれさせる。

 にやつく口元を手で抑えながら、壁にもたれかかる。



 親父に言ったら、なんと言うだろう。

 目を輝かせて興味を示す姿が目に浮かぶ。

 それでもいまは、秘密にしておこう。



 俺も爺さんに聞いた話のような目を持つ人間に会えて、嬉しすぎるんだ。

 ああ、今日は善き日だ。



 さて、彼女が所属する部隊は一体何処が良いだろう。

 昔なじみがいる第四部隊も良いかもしれない。

 第三部隊は除外して、この国にはまだまだ良い部隊がある。



 親父が所属していた第二部隊も良いだろうか。

 あそこは顔が利くから、俺も時間を縫って様子を見に行ける。



 つらつらと勝手にそんなことを考えていた俺だったが、隊長は彼女を引き取るらしい。

 あの女嫌いも彼女に何か感じ取ったのだろうか。

 彼女がどれほど強くなるのか、その行き先を思うと心躍る。



 王都で設立された小さな警備隊、ニヴェル警備隊。

 かつてサルマ・オーエンが信じた女神の名を掲げている。

 騎士で神を崇拝する人間は少ない。



 自らの努力と、実力に頼り切るものが多いせいもある。

 仮に信じたとしても武神のみだ。

 勝利や圧倒、等々の言を掲げる筋骨逞しい男神。



 俺自身、神を信じているわけではない。

 だがサルマ・オーエンが信じた女神には好感を持っている。

 努力も献身も、重要なことだ。



 だがきっと、そんな生き方は辛いだろう。

 俺は誰かのために己の全てを捨てられない。

 全てを犠牲には出来ないのだ。



 憧れと現実は違う。

 俺もいつしか己の全てを捨てられるものに出会えるだろうか。



 サルマ・オーエン。彼の生き様に、俺は魅了され、心酔した。

 自分のためには、決して力を使わない人生。

 それを思うと腕の中の温もりが、急に重くなった気がした。



「お待たせしました。今日は何のご用件で……あら、ガイアさん。珍しい。今日はどんなご用件で?」

「……キャリーを呼んでもらえるか?」

「ええ? キャリー様を?」



 相手から上がったどこか非難めいた言葉に、思わず眉を寄せる。

 何だ、そりゃ。



「あいつ、キャリー様なんて呼ばれてんのか?」

「だって、あの方は素晴らしい方なんですもの。数々の奇跡を起こしてきた天才女医ですのよ」

「頼みたいんだよ、治療。うちの隊長にやられちまってな。女だし、傷が残らないように……」



 顔をしかめた受付に、小さくため息を吐く。

 あいつが凄腕で患者は予約待ちなのは知っている。

 本当なら、ただの怪我人ぐらいで動かないのだろう。



 だがそれでもあいつは俺が知っている限りで一、二を争うほど、腕がいい。

 そして信用できる人間だ。

 意識のない状態で治療されるなら、女同士がいいに決まっているという、偏見もあるが。



 さらに言えば、俺の知り合いで女の医者なんざ、キャリー以外には知らない。

 努力と献身の女神。

 医者なんざニヴェア女神を体言したかのような存在だ。



 キャリーも若干認めたくはないがそんな面を持っている。

 かもしれない。


 

 騎士となった彼女は、誰のために、何のために、努力をし、その身を捧げるのだろうか。

 柔らかな身体、傷だらけの身体、力をなくした身体。



 隊長の模擬剣が打ち付けられて、血がうっすらと翳むその頬に手をやる。

 僅かに熱くなった手で、自分の髪をかき分けながら、小さく疼く胸に目を細める。



「久しぶりね、ガイア」

「キャリー様」

「キャリー」



 受付で何やら揉めているような声が気にかかったのか。

 医事室の方から受付へと歩いてきたキャリーの姿に、胸を撫で下ろす。

 このままこの受付と押し問答では、いつまでも話が進まない所だった。



 歓声に似た声を上げた受付に、辟易としながら、キャリーに目配せをした。

 その意図を容易く汲み取ったのか。

 キャリーはどこか呆れたような表情で、肩を竦めた。



「ローラ、私に来た患者を、勝手に拒まないでちょうだい。それで、ガイア?」

「ああ。治療を頼めるか」

「ええ、その子?」



 快諾されたのをいいことに、未だ渋い顔をしている受付を通り、キャリーに向かっていく。

 いまは急患もいないことだし、別に良いだろうが、そんな顔しなくても。

 患者を連れて来たというのに、と不満を感じもするが、医者も医者で色々あるのだろう。



 そこら辺の不具合はややこしくて、騎士には解らない機微だ。

 本人が良いと言っているのだから、あからさまに顔をしかめるのは控えたほうがいい。

 ただそれだけは医者じゃなくとも解った。



 受付から医事室に入った所で、キャリーが振り返り、ため息をついた。

 しばらく見ないうちに、随分と風情が変わった。

 髪も長くなり、身代は変わらないまでも、どこか均整が取れている。



 大人になったということだろうか。

 心無しか雰囲気や仕草も昔のそれとは違う。



「ごめんなさいね。ローラは少し頑なな所があって……」

「いや、別にいい。……それより、見てやってくれるか。傷が残らないのは無理だとしても、出来るだけ目立たないようにしてやれるか?」



 俺の言葉に、目を瞬かせたキャリーは、昔の面影と重なった。

 寝台に下ろした彼女の顔と身体をまじまじと眺めながら、少し考える仕草をして、髪をかきあげる。



「珍しいわね、ガイアはそういうことに頓着しない人だと思っていたわ。……でも、残念だけれど傷は残るわ。試験の試合が模擬剣だろうと、ここまで深い傷を、抉られるようにされては、治るものも治らない。それにこの子、包帯が取れてるから解るけど、剣で切られているわ」

「……そうか」



 包帯で巻いている所へ、隊長が模擬剣を打ち込んだ時から何となく気付いていた。

 いくら酷く打たれようと、一つ当たったくらいで血がにじむのはおかしい。

 浅い傷ならば、直ぐに血は止まる。



 試験中に血が途絶えることはなかったから、深い傷なのだろうと思っていた。

 よく動けるものだ。

 この打たれ強さと集中力は、稀に見ないものがある。



「打ち身も酷いわ。暫く治らないわよ。あなたの所の隊長はこれだから……」



 顔をしかめながら、苦虫を潰したように、言葉を濁すキャリーに苦笑する。

 あの鉄仮面の隊長の診断をしたこともあるキャリーはそれなりに思う所もあるらしい。



 しかし、剣で傷をつけられているとは、どういうことだろうか。

 キャリーの向こう側、仰向けに寝かされた彼女を見つめる。

 見たところ、剣を持ったことのない人間に見える。



 俺の読み違いだろうか。

 単身(・・)、王都へ向かった道中、見よう見まねで訓練をしてきた。

 そういう風に見受けられたのだが。



 あの決意の目は、何もかもを捨ててきたように思えた。

 まさか連れはいないだろう。



 王都に来る途中で、誰かに指導を請うたのだろうか。

 その割りには足さばきや身体運びが素人すぎる。

 剣の傷など、相手がいなければ出来ない。



「ガイア? なにをぼうっとしてるの?」

「ん? ああ、悪い」

「この傷、残るかもしれないわ。あの隊長に言ってちょうだい。受からせる気のない人間を、無闇に痛みつけるのは、止めてちょうだいって。いままで運ばれてくるのが男だったから我慢してたけど、今度は女の子! もう、うんざりだわ」



 冷めきった目で、こちらを責め立てるキャリーに両手を上げて、降伏する。

 やったのは、隊長であって俺ではないのだが、ここで逆らうと後が恐い。



「隊長も、悪気があってやった訳じゃない、キャリー」

「知らないわよ。試験に受けに来て、女の子が、受かることもできず、傷だけ残る。どれだけ辛いことかわかるの、ガイア」

「……得たものはある。彼女は受かった」



 そう、あるのだ。

 彼女は消せない傷の代わりに、騎士になった。

 驚愕に目を見開くキャリーを横目に奥歯を噛む。



 だが一体それは救いだろうか。

 騎士という職業に、彼女は何を求めたのだろう。

 身体はきっといま以上にボロボロになる。



 浮かされていた気分はまるで泡のように掻き消える。

 女だ何だと、俺は思わない。

 だが彼女の細く柔らかな身体を思い出せば、それが失われることを惜しいと感じるのだ。



 かつてに味わったことのない苦い感情が、ふと沸き上がり顔を歪めた。

 俺は一体どうしたと言うのだろう。

 ただ、当に離れた筈の温もりに、心乱されて、どうしようもなくなった。




 次は本編更新です。

 また少々お待ちくださいませ。


 お読み頂き、ありがとう御座いました。


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