↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫が隠した星 〜楽園に行く前に、片付けることがある人たち〜  作者: Junbi
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/33

幕間四 裁判ではありません

 救済が始まる前後で、地球人類史を根幹から揺るがすような情報が、あちこちへ流れはじめた。


 猫のことや、いわゆる支配者階級のこと、ザ・プレデターの敗北記録――だれが記録を閉じ、だれがそれを使い、だれが見ないふりをしたのかということ。


 重要だった。


 少なくとも公開した人間は、それを捨ておけない情報だと考えた。


 救済を目前にして、地球人全員のまえに、その情報が並べられた。


 これによって、猫と支配者階級がふくろだたきに遭うと考えた。


 正義の行使だった。


 けれど、たいていの人は、そのまえを素通りした。


 あるいは見なかったことにして、楽園のプールへ飛び込むことを選んだ。


 老いも痛みも空腹もない水辺のまえで、地球人類史を揺らされても困る、ということなのだろう。


 もしくは、揺れているところを見るのは、プールに入ってからでも遅くないと思ったのかもしれない。


 追加情報として、猫が地球にいた理由も公開された。


 猫が教団から身を隠すために地球を覆っていたこと。その覆いのなかへ地球人まで巻き込み、救済を長いこと遅らせていたこと。


 それを足した人間も、その話を知ったばかりだった。


 たいして確かめもしなかった。


 聞いたことを、ひとまず前の資料へ足して、もう一度ばらまいた。


 扉のまえで立ち止まった者もいた。


 僕が思っていたよりも、ぜんぜん少なかったが、いないわけではなかった。


 それらの情報によって、彼らのなかには感情の渋滞が起きていた。


 これまで自分がやってきた行いは、本当に正しかったのか。気づかぬ間に、猫や支配者階級の手先となっていたのではないか。


 法律はだれのものだったのか。人間が人間を傷つけてきたことにも、自分たちの知らない理由があったのではないか。


 自分が不幸なのは、彼らのせいだったのではないか。救済が遅れたというのは、いったいどういうことなのか。


 カヂルグミは、それらの問題を、合同説明会という形でいっぺんに処理しようとした。


 場所は、公民館だった。


 前方にはスクリーンが下ろされ、その横にホワイトボードが立てられていた。長机がいくつか並んでいる。


 壁には、古い健康診断のお知らせと、「使用後は机を拭いてください」と書かれた紙が貼られていた。


 赤い磁石がひとつだけ、ホワイトボードの端に残っている。


 ほとんどの椅子は、前を向いていた。前方には説明する側の机があり、後ろには聞く側の椅子が並んでいる。


 そこだけ見れば、普通の説明会だった。


 ただ、普通の説明会にしては、後ろのほうがすこしゆるかった。


 そこにいる人たち全員が、責任の所在を明らかにしたいわけではなかった。


 すぐにプールへ飛び込まず、準備運動をしているだけの人たちもいた。


 声がするから立ち寄った人、茶が出るから座ってみた人、知っている顔がいたからのぞいている人。


 公民館で大きな揉めごとをすると、そういう人たちも混ざる。


 お茶の係もいた。


 公民館なので、茶を出しているだけだった。


 湯呑みの数を数え、足りない椅子をひとつ持ってきて、ポットのコードがだれかの足に引っかからないように端へ寄せていた。


 どことなく薫る楽園の気配が、公民館のありふれた一コマと重なっていた。


 それだけに、余裕のない人たちの顔は、余計に物騒に見えた。


 会場の入口には、配布台があった。


『配布台』


 そう書いてあるので、受付ではない。


 そこには、三種類の紙が積まれていた。


『必ず読む紙』


『持って帰るだけでよい紙』


『あとで読まなかったと言わせないための紙』


 受付より面倒だった。


 配布台の横に、女が立っていた。


 紙束を抱え、片手に太いペンを持っている。配っているというより、受け取っていない人間が紛れ込まないように見張っていた。


 だれかが近づくと、女は三種類の紙を一枚ずつ重ね、角をそろえて差し出した。


「一枚目だけ読んでください。残りは、持っていることが重要です。立ち止まらないでください」


 説明は早かった。


 受け取った者が内容を確かめようとすると、その肩越しに、後ろで待っていた者へ紙を差し出した。


「読むのは向こうでお願いします。ここで読むと詰まります」


 詰まるほどの人数はいなかった。


 それでも、二人か三人が配布台のまえで順番を待つと、女はすぐに声を上げた。


「並ばないでください」


 先頭にいた男が、後ろを振り返った。


「でも、順番に受け取らないと」


「順番はどうでもいいです。受け取ってください」


「横入りしてもいいんですか」


「横入りではありません。配布です」


 男は納得していない顔で紙を受け取り、横へ退いた。


 残った者たちは、並んでいないつもりで、ひとりずつ前へ出た。


 紙だけは、さっきより早く行き渡った。


 ほとんどの者は、説明会へ来たつもりだった。


 説明を聞いて、自分の気持ちと折り合いをつける。そのくらいに考えていた。


 本心では扉をくぐりたい。けれど、そのまえに一度だけ、納得しておきたかった。


 配布台の女だけは違った。


 説明を聞いて納得するためではなく、この説明会でされた話を、あとでなかったことにさせないために立っていた。


 その真剣さにあてられて、何人かは手にした紙を持ち直した。


 椅子へ向かいながら話していた者も、いつの間にか声を落としていた。


 受付ではない配布台のまえで、説明会はすでに裁判へと変わりはじめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。