ヒロインは無双したい③
とりあえず、レンカは一度身の回りの荷物を取りに、『憂国のシンデレラ』へ帰ることを許された。
「お前、どこへ行ってたんだ」とはキスマークをつけたままのアンバー。
「心配で眠れなかったよー」つやつやの顔色でカイヤが駆けよって来る。
「無事でよかった……」
闇堕ちバージョンのクマを刷いたスピネルを見ると、彼だけが本気で心配してくれたようだ。
みんなを騙すのは心苦しかったが、誤認逮捕されたところを助けてもらった恩返しで、人手不足のため、しばらく別のゲームで働く旨を伝えた。
三者三様反応は違うと思っていたが、予想通りアンバーとカイヤは即沸き立った。
「別のゲーム? どこだ? 『ラブコンチェルト』か!?」
「あ~夢男子のための学園ギャルゲーね、ぼくは興味ないけど?」
ふたりに別段異議はなさそうだが、スピネルは違った。
「おれは反対だ。ほかのゲームなんて、まったく世界が違うんだぞ」
「スピネル、言ったでしょ。わたしは乙女ゲームしか知らない。この世界の外に出て自立してみたいのよ」
初めから公言していた志だし、自分のゲームのバグを調べるいいチャンスなのも事実だ。
「それに、うち以外のゲームでもバグが起きているらしいの。CPUの不良だってわかれば、管理人に申し立てができるわ」
当然テロリストの件は内密なので、こっちは後付けである。
「だが、ギャルゲーなんていかがわし……」
納得いかないようにぶつぶつとしぶる。
「スピネル、『ラブコン』は健全な泣きゲーでレーティングはCEROC(十五才以上対象)だよ。ギャルゲーだからって、そんな目で見るほうがいかがわしいよ」
「サブカルショタはめんどくさいな」
三人の話の方向に疑問を覚え、レンカは肝心なことを伝えていないと気づく。
「あの、わたしが行くの、美少女ゲームじゃないわよ」
「? どこへ行くんだ?」
そこで初めて、彼らはレンカが見慣れぬ制服を着ているのに気づいた。
「『デザート無双2』!?」
三人は目をゴマ粒ほどに縮小した後、めずらしくハモって声をあげた。
まっ先に反対するのは、やはりスピネルだった。
「だめだだめだ、狩猟ゲームなんて危険だ!」
「違うの、わたしの仕事はハンティングじゃない。クエストの受付なのよ」
アンバーとカイヤは今度も乗り気である。
「受付嬢か、それなら危険はないだろう。アーマービキニの女スレイヤーになるわけでなし」
「狩りは男のロマンだよね(いろんな意味で)」
「いいや、何があるかわからない。やっぱりだめだ」
かたくなに首を縦にふらないスピネルの肩が、両側からはさまれる。
「まあまあスピネル、ヒロインには旅をさせろと言うじゃないか。わたしたちも協力しよう」
「そうそう、あまやかすばかりが愛じゃないよ。新しい世界をぼくらも受け入れようよ」
スピネルの肩をつかんだふたりの手に、ぎりぎりと力が入る。
「お前ら……!」
特にアンバーの、あわよくば『デザート無双2』の女性キャラとお近づきになりたいという下心は見え見えである。
「スピネルお願い、わたしたちの未来のために」
レンカも秘儀奸計の上目遣いで懇願した。
「くっ……あざといぞレンカ」
そう言いながらもたじろぐところを見ると、抗えない何かがあるらしい。
「なんだかんだで一番単純だな」
「攻略後の男キャラなんてこんなもんだよ」
嘲る彼らをにらみながら、スピネルはやけくそになって叫んだ。
「あーもうわかった! ただし毎日メールしろよ!」
(重っ)
スピネル以外、そろってモノローグがかぶった。
『デザート無双』──全世界でシリーズ累計三千万本以上の売り上げを誇る、アクションゲーム。
特に続編である2は人気が高い。
「獲物はいただき」がキャッチコピーで、アニメ、映画、コミカライズとメディアへの進行は止まるところを知らない。
ジャンルが違うとはいえ、F Dも未だ出ていない『憂国のシンデレラ』とは規模が異なる。
気後れしながらサハラについて来たレンカだったが、ゲートをくぐった転瞬、
「わあ……!」
乾いた熱気に驚いて頭上を仰いだ。
天井の高い開放感ある石造りの建物は、砂漠と同じサンドベージュ。
道具屋や食堂が軒を連ね、ホールには強そうな装備を纏ったスレイヤーたちが、レンカの身幅ほどもある武器を軽々と背負い行き交っている。
初めてのゲームを訪ねた際の感動は、『エピックオブドラグーン』同様やはり新鮮だ。
(わたしはここで一歩大人になるんだわ)
レンカは志を新たにホールへ踏み出した。
数タイプいるスレイヤーはそれぞれ特化した能力や武器を持っており、ここではプレイヤーが自由に使い分けることができる。
現在、プレイヤーはログアウト状態。
操作されていない時間は各自好きに過ごし、受付を通せば誰でもクエストへ参加できるという。
「ゲームが始まっても、我々は彼らと違ってN P Cだ。プレイヤーはクエストの受付に来るだけだから、きみのことは気にしないだろうが、いちおう気をつけ……」
「主任、大変です!」
サハラの説明をさえぎり、突然レンカとそろいの制服を着た青年がホールへ駆け込んで来た。
ただ事でない様子に、サハラはレンカを放ってすぐさま彼といっしょに走り出す。
残されたレンカは、今なら逃げられるのではと考えたが、あの笑みを思い出すとそれは危険な気がして自分も彼らの後を追った。
「ま、待ってください!」
着いた先はP Cの個室前だった。クエストに出ない時間、くつろぐための部屋だ。
「さっきからチャイムを鳴らすのですが、出て来られなくて」
「開けたまえ」
サハラの許可を受け、青年はドアの鍵を回した。
中は外の砂丘が見えるコテージ風の一室で、雑然と散らかり生活感はあるが、部屋の主は見当たらなかった。
「もうすぐプレイヤーが電源を入れる時間です。いつもならもうここで待機していただいているのですが」
青年はおろおろとひたいの汗を拭いた。
『憂国のシンデレラ』なら、主人公のレンカが行方不明なのと同じだ。ゲームの存続に関わる大問題である。
辺りには、剛剣だけが無造作に転がっている。
「武器があるということはクエストではないな。ギャルゲーにでも遊びに行っているのではないか」
「彼、クエスト以外はどこにも出かけない引きこもりですよ。女の子なんかモンスターより怖いと言ってました」
突っ込みどころは多々あれど、レンカの乙女脳を介すと異性への意識の裏返しにも聞こえる。
女ぎらいの設定のスピネルでも、本編ではレンカと会う前にシャワーを浴び無精ヒゲを剃るシーンがある。
(まああれは、プレイヤーの女の子たちへのサービスカットでもあるけど)
そんなことを考えていたからだろうか、ふとシャワーの音が聞こえた気がした。
サハラたちは呼び出しのアナウンスをかけるため、総合案内と連絡を取っている。
レンカはひとり洗面所をのぞいてみたが、バスルームの曇りガラスに人影はなかった。気のせいだったようだ。
洗面所を見回すと、開いた窓には砂丘が広がっており、さらさらと風と砂の音がした。
この音と聞き間違えたのか、確かにシャワーと似ている。
ところが窓を閉めると、今度はよりクリアに水音が聞こえた。
(違う、やっぱりシャワーの音だ)
ひとの気配はない、脱衣所に着替えもない。
なのに音だけがする。
「……あのー入ってます?」
確認したが返事もない。
〝開ける? or 開けない?〟




